血栓形成の原因とは?危険な潜在的影響を探る
血液疾患

血栓形成の原因とは?危険な潜在的影響を探る

人生においてまったく怪我をしたことがないという人は、ごく稀ではないでしょうか。多くの場合、転倒やちょっとした切り傷など、何らかの形で傷を負った経験があるはずです。その際、傷口が自然に治る過程で「かさぶた」ができることがあります。これは医学的に血栓と呼ばれるものの一種ともいえ、出血を止めるために体内で血液が固まる重要な機能です。しかし、この血液が固まるという体の仕組みが、本来の役割を超えて体内の異常な部位で形成されたり、過度に大きく形成されてうまく分解されなかったりすると、血液の流れを阻害して深刻な健康リスクをもたらす場合があります。このような血管内でできた血の塊を「血栓(けっせん)」と呼び、それによって引き起こされる様々な病態を総称して「血栓症(けっせんしょう)」といいます。血栓が引き起こす可能性のある病気としては、肺塞栓症、心筋梗塞、脳卒中などが代表例です。これらは時に命に関わるため、血栓症は決して軽視できない病態です。

要点まとめ

  • 血栓症は、血管内にできた血の塊(血栓)が血流を妨げることで起こる病気の総称であり、日本では高齢化や生活習慣病の増加に伴い、その重要性が増しています。1
  • 血栓形成の主な原因は「ヴィルヒョウの三原則」(血液の変化、血管の障害、血流の滞り)で説明され、手術後、高齢、肥満、運動不足、喫煙などがリスクを高めます。2
  • 血栓は体の様々な部位にでき、脚(深部静脈血栓症)、心臓(心筋梗塞)、肺(肺塞栓症)、脳(脳卒中)などで重篤な症状を引き起こす可能性があります。突然の片足の腫れや痛み、胸痛、呼吸困難、麻痺などのサインには注意が必要です。3
  • 予防には、こまめな運動、十分な水分補給、減塩、バランスの取れた食事、禁煙といった生活習慣の改善が極めて重要です。4
  • 治療は、血液を固まりにくくする抗凝固薬が基本ですが、重症例では血栓溶解療法やカテーテル治療なども行われます。危険なサインに気づいたら、自己判断せず速やかに医療機関を受診することが命を守る鍵となります。5

はじめに:血栓症とは何か、なぜ日本で注目されるのか

日本では急速な高齢化が進んでおり、それに伴い血栓関連の疾患リスクがますます注目されるようになりました。心疾患や脳血管疾患は、日本人の主要な死亡原因であり続けています。2019年の厚生労働省の人口動態統計によると、心疾患(高血圧性を除く)は死亡原因の第2位(死亡総数の15.0%)、脳血管疾患は第4位(同7.7%)を占めています。1 これらを合わせた循環器病は、悪性新生物(がん)に次いで日本人の死因の多くを占めており、国民の健康寿命を脅かす大きな要因となっています。1 さらに、血栓症に関連する疾患は、医療費の面でも大きな影響を与えています。平成30年度の国民医療費の概況によれば、循環器系の疾患の医療費は全傷病分類の中で最も高く、全体の約19.3%(約6兆円)に達しています。1 また、介護が必要となった主な原因としても、脳血管疾患が16.1%、心疾患が4.5%と、合わせて20.6%を占めており、高齢者のQOL(生活の質)低下や介護負担の増大にも深く関わっています。1 このように、血栓症およびそれに関連する循環器疾患は、単に個人の生命を脅かすだけでなく、日本の医療制度や介護システムにも大きな負荷をかけている「静かなる脅威」と言えます。これらの疾患の多くは血栓形成が深く関与しているため、血栓症の予防と早期発見・治療は、個人の健康維持はもちろんのこと、社会全体の持続可能性にとっても極めて重要な課題です。

本記事の目的と構成:専門家の協力のもと、信頼できる情報を分かりやすく

本記事では、血栓がなぜできるのかという基本的なメカニズムから、体の各部位に血栓ができた場合にどのような症状が現れるのか、そして最も重要な血栓症の予防法について、専門家の監修のもと、最新の研究や臨床知見を踏まえ、徹底的に解説していきます。岐阜大学病院の内科医師にご協力をいただき、より深く正確な情報提供を心がけました。生活習慣の見直しや医療機関の受診タイミングなど、読者の皆様が具体的な対策につなげていただけるような情報を盛り込み、日常生活の中で気をつけるべきポイントや、少しの工夫で血栓のリスクを下げられる方法も詳しく触れます。日本の皆様が血栓による健康被害から身を守るうえで、本記事が一助となることを願っています。なお、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個々の症状や体質によっては異なる対処が必要になる場合があります。気になる症状がある場合や具体的な治療方針を決める際は、必ず担当の医師や専門家に相談してください。

血栓はなぜできるのか?主な原因と日本の現状

血栓が形成される背景には、複雑な要因が絡み合っています。ここでは、血栓ができる基本的なメカニズムと、血栓ができやすくなる主な要因、そして日本における現状について解説します。

血栓形成のメカニズム:血液、血管、血流のバランスの乱れ (ヴィルヒョウの三原則)

血栓形成の基本的な考え方として、19世紀にドイツの病理学者ルドルフ・ヴィルヒョウが提唱した「ヴィルヒョウの三原則」が知られています。これは、血栓ができやすくなる主要な3つの因子を示したもので、現代の血栓症理解の基礎となっています。

  • 血液成分の変化(凝固能亢進 – Hypercoagulability): 血液自体が固まりやすくなっている状態です。遺伝的に血液凝固に関わる因子に異常がある場合(例:プロテインS欠乏症、プロテインC欠乏症、アンチトロンビン欠乏症など2, 6)、がん(悪性腫瘍)の存在(がん細胞が血液凝固系を活性化する物質を分泌することがあるため7)、特定のホルモン剤(経口避妊薬やホルモン補充療法など)の使用、妊娠中や産褥期(生理的に凝固能が亢進するため6)などが原因となります。
  • 血管内皮細胞の障害 (Endothelial Injury/Dysfunction): 血管の一番内側を覆っている血管内皮細胞が傷ついたり、その機能が低下したりすると、血栓形成の引き金になります。手術による組織の損傷、カテーテルなどの医療器具による刺激、動脈硬化による血管壁の変性、高血圧や糖尿病による血管への持続的な負担、喫煙による化学的損傷、炎症などが血管内皮細胞を障害する要因です。血管が傷つくと、その修復メカニズムの一環として血小板が集まりやすく、凝固反応が開始されやすくなります。8
  • 血流のうっ滞 (Blood Stasis): 血液の流れが遅くなったり、よどんだりすることも血栓形成の大きな原因です。長時間のフライトやバス移動、デスクワークなどで同じ姿勢を続けることによる下肢の血流うっ滞(いわゆるエコノミークラス症候群の原因5)、手術後の長期安静、心房細動(心臓の拍動が不規則になり心臓内で血液がよどむため)、下肢静脈瘤(静脈の弁機能不全により血液が逆流しやすいため)などが該当します。血流が滞ると、凝固因子が局所的に濃縮されたり、活性化した凝固因子が洗い流されにくくなったりして、血栓ができやすくなります。

これらの3つの因子は、単独で作用することもあれば、複数組み合わさって血栓リスクを高めることもあります。例えば、大きな手術を受けた場合、手術による「血管内皮細胞の障害」、術後の安静による「血流のうっ滞」、そして手術侵襲に対する体の反応としての「血液凝固能の亢進」という複数の因子が関与し、血栓症のリスクが非常に高まります。また、肥満は、慢性的な炎症を引き起こし血管内皮機能を低下させる可能性、運動不足による血流のうっ滞、さらには凝固因子や線溶因子(血栓を溶かす因子)のバランスを崩す可能性などが指摘されており4、ヴィルヒョウの三原則の複数の側面に関与しうる複雑なリスク因子です。このように、多くのリスク因子がこれらの基本原則のいずれか、あるいは複数に影響を与えることで、血栓形成の危険性を増大させるのです。したがって、血栓予防においては、これらの因子を総合的に考慮した対策が求められます。

血栓ができやすくなる主な要因:あなたのリスクをチェック

血栓症のリスクを高める要因は多岐にわたります。以下に挙げる項目に当てはまる場合は、血栓症に対する注意が必要です。

  • 手術後: 特に大きな手術や整形外科の手術(股関節、骨盤、下肢など)の後、長期間の安静が必要な場合。9
  • 65歳以上の高齢: 加齢に伴い血管の弾力性が低下したり、血液が固まりやすくなったり、他の基礎疾患を合併しやすくなるため。
  • ホルモン剤の使用: エストロゲンを含む経口避妊薬やホルモン補充療法は、血液凝固能を高める可能性があります。
  • がん(悪性腫瘍)の罹患・治療中: がん細胞自体が凝固を促進する物質を産生したり、化学療法や手術、中心静脈カテーテルの使用などがリスクを高めます。7 婦人科がんなどは特にVTEリスクが高いとされます。10
  • 骨折: 特に股関節、骨盤、脚などの下半身の骨折は、長期のベッド上安静や手術を伴うことが多く、リスクが高まります。
  • 肥満 (BMI 25以上): 脂肪組織から炎症性物質が分泌されたり、運動不足になりがちだったりするため。
  • 脳卒中や麻痺の既往歴: 体を動かせない状態が続くと血流が悪化します。
  • 静脈瘤: 静脈の壁や弁が弱っているため、血液がうっ滞しやすく血栓ができやすい環境となります。
  • 心臓に問題がある: 心房細動、心不全、心筋梗塞の既往などがあると、心臓内や血管内で血栓が形成されやすくなります。
  • 過去に血栓症を経験したことがある: 一度血栓症になると再発リスクが上がると報告されています。5
  • 家族に血栓症の既往がある: 遺伝的に血液が固まりやすい体質(遺伝性血栓性素因)の可能性があります。2
  • 長時間の運転や飛行、デスクワーク: 同じ姿勢を長時間続けることで下肢の血流が滞り、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)のリスクが高まります。5
  • 妊娠中・産褥期: 妊娠中は生理的に血液凝固能が亢進し、また大きくなった子宮が骨盤内の静脈を圧迫するため、血栓症のリスクが上昇します。産後もしばらくはリスクが高い状態が続きます。6
  • 脱水状態: 体内の水分が不足すると血液の粘稠度(ねんちょうど:ねばりけ)が上がり、血栓ができやすくなります。5
  • 喫煙: 喫煙は血管内皮細胞を傷つけ、動脈硬化を促進し、血液を固まりやすくする作用があります。4

これらのリスク因子を複数持つ場合は、特に注意が必要です。手術を受ける際には、医師がこれらのリスクを評価し、予防策(弾性ストッキングの着用、間欠的空気圧迫装置の使用、抗凝固薬の予防投与など)を講じることが一般的です。9

日本の現状:運動不足と肥満、食生活の影響

日本においても、生活習慣の変化が血栓症リスクに影響を与えています。 厚生労働省の国民健康・栄養調査では、運動習慣のない人の割合が高いことが長年指摘されています。4 近年では、デスクワークの増加や新型コロナウイルス感染症の影響によるリモートワークの普及などにより、日常生活での活動量がさらに減少し、運動不足が深刻化していると考えられます。また、食生活の欧米化や外食・加工食品の利用増加に伴い、高脂肪・高カロリーな食事を摂る機会が増え、肥満傾向にある人も増加しています。平成9年の国民栄養調査では20-60歳代男性の24.3%、40-60歳代女性の25.2%が肥満者(BMI≧25.0)でしたが、厚生労働省はこれらの割合をそれぞれ15%以下、20%以下にすることを目指しています。4 肥満は、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病を引き起こしやすく、これらはすべて動脈硬化を進行させ、血栓症のリスクを高めます。さらに、日本人の食塩摂取量は依然として多い傾向にあります。2019年の国民健康・栄養調査によると、日本人の食塩摂取量の平均値は1日あたり10.1gであり、厚生労働省が推奨する目標値(男性7.5g未満、女性6.5g未満)を大きく上回っています。11 過剰な塩分摂取は高血圧の最大の原因の一つであり、高血圧は血管に負担をかけ、血栓症のリスクを高めます。興味深いことに、食塩摂取量が多い人(1日7g以上)のうち、「食習慣に問題はないため改善する必要はない」と回答した人の割合が最も高いという調査結果もあります。12 これは、健康に関する知識はあっても、それを自分自身の問題として捉え、実際の行動変容につなげることの難しさを示唆しています。血栓症予防のためには、これらの日本特有の生活習慣の課題に対する意識改革と具体的な行動改善が不可欠です。

表1: 主な血栓症のリスク因子と日本における現状
リスク因子 解説・関連性 日本の状況・関連データ
高齢 (65歳以上) 加齢による血管の老化、凝固能の変化、基礎疾患の合併 世界トップクラスの高齢化社会であり、高齢者人口が増加
肥満 (BMI≧25) 炎症惹起、インスリン抵抗性、脂質代謝異常、運動不足との関連 食生活の欧米化により増加傾向。MHLWは目標値を設定し対策推進4
運動不足 血流うっ滞、肥満・生活習慣病リスク増大 国民健康・栄養調査で運動習慣のない人の割合が高い。デスクワーク、リモートワークで拍車4
喫煙 血管内皮障害、凝固能亢進、動脈硬化促進 喫煙率は減少傾向にあるものの、依然として一定数の喫煙者が存在。MHLWは禁煙推進4
長時間不動 下肢の血流うっ滞(特に深部静脈) 「エコノミークラス症候群」として認知。長距離移動(新幹線、飛行機、バス)、長時間のデスクワークが該当13
手術後 組織損傷、炎症、術後安静による血流うっ滞 医療機関では術後の血栓予防策(弾性ストッキング、抗凝固薬等)が標準化5
がん・がん治療中 がん自体による凝固亢進、化学療法・手術の影響 がん患者のVTEリスクは高く、専門学会のガイドラインでも予防・治療が重要視7
特定の薬剤 (ホルモン剤など) 血液凝固能への影響 経口避妊薬、ホルモン補充療法などを使用する際は医師との相談が重要
遺伝的素因 先天的に血液が固まりやすい体質 比較的稀だが、若年発症や繰り返す血栓症の場合に考慮される2
妊娠・産褥期 生理的な凝固能亢進、子宮による静脈圧迫 産婦人科領域でリスク評価と管理が行われる。遺伝性血栓性素因合併時は特に注意6
高塩分摂取 高血圧を誘発し、血管に負担 日本人の食塩摂取量は目標値を上回る。減塩の意識・行動改善が課題11

血栓ができる場所と危険なサイン:部位別の症状と早期発見の重要性

血栓は体の様々な血管にできる可能性があり、血栓ができた場所によって現れる症状や危険度が大きく異なります。症状を正しく理解し、疑わしいサインに気づいたら速やかに医療機関を受診することが、重篤な事態を防ぐために極めて重要です。厚生労働省も、医薬品の副作用として起こりうる血栓症の兆候として、「手足のまひやしびれ」「しゃべりにくい」「胸の痛み」「呼吸困難」「片方の足の急激な痛みや腫れ」などを挙げ、これらの症状が見られた場合は放置せずに医師・薬剤師に連絡するよう注意喚起しています。3

脚や腕の血栓(深部静脈血栓症 – DVT)とエコノミークラス症候群

脚や腕の深い部分にある静脈に血栓ができる状態を「深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis:DVT)」と呼びます。DVT自体も局所の炎症や血流障害を引き起こし問題となりますが、より深刻なのは、この血栓の一部が剥がれて血流に乗り、肺や心臓などへ移動して重篤な合併症(特に肺塞栓症)を引き起こすリスクがある点です。

症状 (徴候・症状)

DVTの症状は、血栓の大きさや場所によって異なりますが、典型的には以下のようなものが片側の脚や腕に現れます。

  • 浮腫(むくみ): 血栓ができた側の脚や腕、あるいはその一部分がパンパンに腫れることがあります。5 健常な側と比較して明らかに太さが異なる(例えば、ふくらはぎの周径が3cm以上違うなど14)、押すとへこみが残る(圧痕性浮腫)といった特徴が見られることもあります。
  • 痛み・圧痛: ふくらはぎや太ももなどに、ズキズキとした痛みや、押したときの痛み(圧痛)を感じることがあります。安静時にも痛むこともあれば、歩行時に強くなることもあります。5 かつて用いられたホーマンズ徴候(膝を伸ばした状態で足首を背屈させるとふくらはぎに痛みが生じる)は、感度・特異度ともに高くないため、診断的価値は低いとされています。5
  • 皮膚の変色: 血栓ができた部位の皮膚が赤紫色や青みがかった色に変わることがあります。5
  • 熱感: 血栓ができた部分の皮膚が周囲より熱っぽく感じられることがあります。5
  • 表在静脈の怒張: 皮膚表面近くの静脈が普段より浮き出て見えることがあります。
  • しびれ: 血栓による圧迫や血行障害により、しびれを感じることがあります。
  • 呼吸困難: DVTの血栓が肺に飛んで肺塞栓症を起こした場合に現れる症状で、非常に危険なサインです。

DVTを疑う症状のセルフチェックとしては、Wellsスコアと呼ばれる基準があり、がん治療中、麻痺やギプス固定、最近の安静臥床や手術歴、局所の圧痛、脚全体の腫れ、左右の脚の太さの差、圧痕性浮腫、表在静脈の拡張、過去のDVT既往歴などの項目を点数化し、DVTの可能性を評価します。14

日本国内での注意点 (エコノミークラス症候群)

日本では、長時間移動(長距離バスや新幹線、飛行機など)の際に発症する、いわゆる「エコノミークラス症候群」としてDVTおよびそれに伴う肺塞栓症が広く知られています。5 この名称から誤解されがちですが、実際にはビジネスクラスやファーストクラスでも、あるいは長時間のデスクワークや運転、災害時の避難所生活など、体を動かさずに同じ姿勢を続ける状況であれば誰にでも起こりうるものです。13 特に高齢者の方や肥満傾向のある方、妊娠中の方、経口避妊薬を服用中の方などはリスクが高いため、こまめに立ち上がったり、足首を回したり、ふくらはぎをマッサージしたりするなどの簡単なストレッチを行う習慣が大切です。

心臓の血栓(心筋梗塞のリスク)

心臓の血管(冠動脈)や心臓の内部に血栓が形成されると、心筋梗塞という命に関わる重大な病気を引き起こす主な原因となります。心筋梗塞は、冠動脈が血栓によって完全に詰まってしまい、心臓の筋肉(心筋)への酸素や栄養の供給が途絶え、心筋細胞が壊死してしまう病気です。放置すると不整脈や心不全、さらには突然死に至る可能性もあります。

症状 (症状)

心筋梗塞の症状は典型的には以下のようなものですが、高齢者や糖尿病患者さんでは症状がはっきりしないこともあります。

  • 胸の痛み・圧迫感: 最も特徴的な症状で、「胸が締め付けられるような」「焼けつくような」「重石を乗せられたような」と表現される激しい痛みが、胸の中央部や左胸に突然起こります。痛みは30分以上持続することが多いです。
  • 放散痛: 胸の痛みが、左肩、左腕の内側、首、顎、背中などに広がることがあります。
  • 呼吸困難: 胸の痛みと同時に、息苦しさや呼吸が速くなることがあります。
  • 冷や汗・吐き気: 顔面蒼白、突然の冷や汗、吐き気や嘔吐を伴うこともあります。
  • その他: めまい、失神、原因不明の強い倦怠感などが現れることもあります。

これらの症状が疑われる場合は、一刻も早く救急車を呼び、専門的な治療を受ける必要があります。

日本の食文化とリスク

心筋梗塞の背景には動脈硬化があり、その進行には生活習慣が深く関わっています。日本人の食生活においては、伝統的に塩分摂取量が多い傾向があり、これが高血圧を引き起こし、動脈硬化を促進する一因となっています。15 また、喫煙習慣も血管内皮を傷つけ、動脈硬化を進める大きなリスク因子です。4 運動不足も血流を悪化させ、生活習慣病のリスクを高めます。これらの生活習慣の改善は、心筋梗塞予防に不可欠です。

肺の血栓(肺塞栓症 – PE)

肺塞栓症(PE)は、主に脚や骨盤内の深部静脈でできた血栓(DVT)が血流に乗って心臓を経由し、肺の動脈に詰まってしまうことで発症する、非常に危険な病態です。16 肺の血管が詰まると、ガス交換(酸素の取り込みと二酸化炭素の排出)が障害され、重症の場合は血圧低下やショック状態を引き起こし、突然死の原因ともなりえます。

症状 (症状)

肺塞栓症の症状は、詰まった血栓の大きさや数、患者さんの元々の心肺機能によって様々ですが、急激に出現することが特徴です。

  • 突然の呼吸困難・息切れ: 最も一般的な症状で、安静にしていても息苦しさを感じたり、少し動いただけでも息が上がったりします。5
  • 胸の痛み: 深呼吸や咳をしたときに強まる鋭い痛み(胸膜性胸痛)を感じることがあります。5 心筋梗塞のような締め付けられる痛みとは異なることが多いです。
  • 咳: 空咳のこともありますが、時に血痰(血液の混じった痰)を伴うこともあり、これは重症化のサインとなり得ます。17
  • 頻脈・動悸: 心臓がドキドキしたり、脈が速くなったりします。5
  • 冷や汗・顔面蒼白: ショック状態に近い場合に見られます。
  • めまい・失神: 血圧が著しく低下した場合や、脳への酸素供給が不足した場合に起こりえます。
  • その他: 発熱、不安感、チアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる)などが現れることもあります。

国内事例と対策

日本では、前述の通り「エコノミークラス症候群」としてメディアで大きく取り上げられたことをきっかけに、肺塞栓症への認知度が高まりました。長時間のフライトやバス移動、あるいは手術後や長期臥床などが誘因となるケースが多く報告されています。予防としては、長時間同じ姿勢を避ける、定期的に足首を動かす、水分を十分に摂取するなどの対策が重要です。国立循環器病研究センター(NCVC)などの専門施設では、肺塞栓症の迅速な診断(造影CT、肺血流シンチなど)と、抗凝固療法、血栓溶解療法、カテーテル治療、外科的血栓摘除術といった集学的治療が行われています。2 日本循環器学会などは、診療ガイドラインを策定し、標準的な診断・治療法の普及に努めています。5

脳の血栓(脳卒中のリスク)

脳の血管に血栓が形成されたり、心臓など他の場所でできた血栓が脳の血管に流れ着いて詰まったりすると、脳卒中(主に脳梗塞)を引き起こします。18 脳梗塞は、脳の細胞への酸素や栄養の供給が途絶えることで脳細胞が壊死し、体の麻痺、言語障害、意識障害など、重篤な後遺症を残したり、生命に関わったりする病気です。

症状 (症状 – FASTとその他)

脳卒中の症状は、脳のどの部分が障害されたかによって多岐にわたりますが、多くは突然発症します。以下の「FAST」という言葉は、代表的な症状の頭文字をとったもので、脳卒中を疑うサインとして覚えておくと役立ちます。

  • F (Face: 顔の麻痺): 顔の片側が歪んだり、垂れ下がったりする。うまく笑えない、口からよだれが垂れるなど。
  • A (Arm: 腕の麻痺): 片方の腕に力が入らない、または感覚がない。両腕を前に上げたときに片方だけが下がってくるなど。3
  • S (Speech: 言語障害): ろれつが回らない、言葉がうまく出てこない、他人の言うことが理解できないなど。3
  • T (Time: 発症時刻と迅速な対応): これらの症状に気づいたら、発症時刻を確認し、 すぐに救急車を呼ぶ ことが重要です。治療開始が早いほど、後遺症を軽減できる可能性が高まります。

その他の症状としては、

  • 視力の問題: 片方の目が見えにくくなる、視野の一部が欠ける、物が二重に見えるなど。
  • めまい・ふらつき: 立っていられないほどの強いめまい、歩行障害、バランスが取れないなど。
  • 激しい頭痛: これまでに経験したことのないような突然の激しい頭痛(特にくも膜下出血の場合)。
  • けいれん: 脳の神経活動が乱れることで発生する可能性があります。
  • 意識障害: 呼びかけに反応しない、朦朧とするなど。

日本における脳卒中の状況

日本は世界でも有数の長寿国ですが、高齢化に伴い脳卒中の患者数は依然として多い状況です。脳卒中は日本人の死亡原因の上位に常に挙げられ、また、寝たきりや要介護状態になる最大の原因の一つでもあります。1 主な危険因子としては、高血圧、糖尿病、脂質異常症、心房細動、喫煙、過度の飲酒などがあり、これらの生活習慣病の管理が脳卒中予防の鍵となります。19 厚生労働省や日本脳卒中学会は、脳卒中予防のための啓発活動や診療ガイドラインの策定・普及(「脳卒中治療ガイドライン」など20)に力を入れています。

お腹の血栓(腸管虚血などのリスク)

腹部の臓器(腸、肝臓、脾臓、腎臓など)へ血液を供給する動脈や、これらの臓器から血液を心臓へ戻す静脈(門脈系など)に血栓ができると、様々な問題を引き起こします。特に腸の血管が詰まる腸間膜動脈血栓症や腸間膜静脈血栓症は、腸管への血流が途絶え、腸管が壊死(えし)を起こす可能性があり、緊急手術が必要となる生命に関わる状態です。

症状 (症状)

腹部の血栓症の症状は、血栓ができた場所や範囲、血流障害の程度によって異なります。

  • 腹痛: 最も一般的な症状で、突然発症する激しい痛みが特徴的です。特に腸間膜動脈血栓症では、お腹を触ってもそれほど圧痛がないのに、本人は非常に強い痛みを訴えることがあります(身体所見と自覚症状の解離)。持続的な鈍痛や、食後に増悪する腹痛なども見られます。
  • 吐き気・嘔吐: 消化管の機能障害により、吐き気や嘔吐が起こることがあります。
  • 下痢・血便: 腸管の虚血や壊死により、下痢や血便(黒色便または鮮血便)が見られることがあります。
  • 腹部膨満感: 腸管麻痺や腹水の貯留により、お腹が張った感じがすることがあります。
  • その他: 発熱、頻脈、ショック状態(血圧低下、意識障害など)に至ることもあります。

日本での背景

日本の食生活は、伝統的には魚や野菜の摂取が多いとされてきましたが、近年は欧米化が進み、高脂肪・高カロリーの食事や加工食品の摂取が増加しています。これにより、肥満や動脈硬化のリスクが高まり、腹部血管の血栓症の一因となる可能性が指摘されています。

腎臓の血栓(腎機能障害のリスク)

腎臓の動脈や静脈に血栓が形成されると、腎臓への血流が障害され、腎機能の低下、高血圧、さらには急性の尿路障害などを引き起こす可能性があります。腎動脈に血栓が詰まると腎梗塞を、腎静脈に血栓ができると腎静脈血栓症を発症します。

症状 (症状)

腎血栓症の症状には以下のようなものがあります。

  • 側腹部痛・腰痛: 血栓ができた側の腰や脇腹に、突然の鋭い痛みや持続的な鈍痛が現れることがあります。尿路結石の痛みと似ていることもあります。
  • 血尿: 尿に血液が混じり、赤色や茶褐色の尿が出ることがあります。肉眼では分からなくても、検査で潜血が陽性になることもあります。
  • 発熱: 炎症や組織の壊死に伴い、発熱することがあります。
  • 吐き気・嘔吐: 腎機能の低下や、痛みによる自律神経の刺激などで起こることがあります。
  • 高血圧: 腎臓は血圧調節に関わるホルモンを産生しているため、腎血流の障害により高血圧が悪化したり、新たに発症したりすることがあります。
  • 尿量の変化: 尿量が著しく減少したり、逆に多尿になったりすることがあります。
  • 急な足の腫れ: 特に腎静脈血栓症では、下大静脈へ血栓が広がると、下肢のむくみが生じることがあります。
  • 呼吸困難: 重度の腎機能障害により体液バランスが崩れ、肺水腫などを引き起こすと呼吸困難が現れることがあります。

国内の腎臓病対策

日本では慢性腎臓病(CKD)の患者数が増加傾向にあり、国民病の一つともいわれています。腎臓の血管障害は、高血圧や糖尿病と密接に関連しており、これらの生活習慣病の管理が腎血栓症を含む腎臓病全体の予防にとって重要です。厚生労働省や日本腎臓学会などは、定期的な検診(尿検査、血液検査など)による早期発見と早期治療の重要性を啓発しています。

表2: 【部位別】血栓症の危険なサインと症状セルフチェック
部位 主な危険なサイン・症状 緊急時の対応
脚・腕 (DVT) 片方の脚や腕の急な腫れ・痛み・皮膚の変色(赤みや青み)・熱感5 症状が急に出現した場合、または呼吸困難を伴う場合は、速やかに医療機関(循環器内科など)を受診。
心臓 (心筋梗塞疑い) 胸の中央部や左側の強い圧迫感や締め付けられるような痛み(30分以上持続)、冷や汗、呼吸困難、肩・腕・顎への放散痛 ためらわずに救急車を要請。
肺 (肺塞栓症疑い) 突然の息切れ・呼吸困難、深呼吸や咳で強まる鋭い胸痛、血痰、失神5 ためらわずに救急車を要請。
脳 (脳卒中疑い) 顔の片側麻痺・歪み、片方の腕や足の脱力・麻痺、ろれつが回らない・言葉が出にくい、片方の目が見えにくい、激しい頭痛3 発症時刻を確認し、ためらわずに救急車を要請。
腹部 (腸管虚血など疑い) 原因不明の激しい腹痛(特に持続性、または食後に悪化)、吐き気・嘔吐、血便 我慢せずに速やかに医療機関(消化器科、救急外来など)を受診。
腎臓 (腎血栓症疑い) 急な腰部・側腹部の激しい痛み、血尿、急な尿量減少 速やかに医療機関(泌尿器科、腎臓内科、救急外来など)を受診。

注意: 上記は代表的な症状であり、これら以外にも様々な症状が現れることがあります。また、症状の現れ方には個人差があります。少しでも「おかしい」と感じる症状があれば、自己判断せずに医療機関に相談することが最も重要です。

血栓症を防ぐために:日常生活でできる予防策と科学的根拠

血栓症は、日常生活における少しの心がけや習慣の改善によって、そのリスクを大幅に下げることが期待できる病気です。ここでは、科学的な根拠に基づいた具体的な予防策を解説します。

運動と活動:血流を促す習慣

運動不足は血流を滞らせ、血栓形成のリスクを高める主要な要因の一つです。特に下肢の筋肉は「第二の心臓」とも呼ばれ、収縮することで静脈血を心臓に送り返すポンプの役割を担っています。このポンプ機能が低下すると、血液が脚にうっ滞しやすくなります。

  • こまめに体を動かす: 長時間の座位や立位は避け、少なくとも1時間に一度は立ち上がって軽いストレッチをしたり、少し歩いたりすることが推奨されます。オフィスワーク中でも、意識して姿勢を変えたり、足踏みをしたりするだけでも効果があります。
  • 長距離移動時の対策: 飛行機、電車、バスなどでの長距離移動中は、1~2時間おきに席を立って通路を歩いたり、座ったままでも足首を上下に動かす(底背屈運動)、かかとを上げ下げする、ふくらはぎを軽くもむなどの運動を行いましょう。13 これらの簡単な運動は、下肢の静脈還流を促進し、深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)のリスクを軽減するのに有効です。実際に、足関節の自動運動は安静時の静脈血流速を約6.3倍に、他動運動でも約4倍に増加させるという研究報告もあります。21 また、足関節運動により平均38%、最大流速で58%の血流増加が認められたとの報告もあり、静脈うっ滞の除去効果が高いとされています。22 厚生労働省もこれらの運動を推奨しています。23
  • 定期的な運動習慣: ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなどの有酸素運動を週に数回、合計150分程度行うことが一般的に推奨されています。これにより、全身の血行が改善し、血管の弾力性が保たれ、生活習慣病の予防にもつながります。
  • 手術後の早期離床: 手術後は、医師の指示に従い、可能な範囲で早期にベッドから離れて体を動かす(早期離床)ことが、術後の血栓症予防に非常に重要です。9

重要なのは、激しい運動をたまに行うことよりも、日常生活の中でこまめに体を動かす習慣を身につけることです。特に長時間同じ姿勢でいることが多い現代人にとって、意識的に体を動かす時間を確保することが、血栓予防の第一歩となります。これは高齢者や体力に自信がない方でも取り組みやすい予防策であり、その効果は科学的にも裏付けられています。

食生活の改善:血栓予防に役立つ食事と注意点

日々の食事が血液の状態や血管の健康に大きく影響することは、多くの研究で示されています。バランスの取れた食事は、血栓ができにくい体質を作る上で欠かせません。

  • 十分な水分補給: 脱水状態は血液の粘稠度を高め、血栓を形成しやすくします。こまめに水分を摂取することは、血液をサラサラに保つための基本です。5 1日に必要な水分量は食事から摂る水分も含めて2リットル以上と言われ、飲み水としては1.2リットル程度が目安とされています。24 特に運動時や暑い日、乾燥した環境(飛行機内など)では、意識して多めに水分を摂りましょう。水や麦茶、ルイボスティーなどのカフェインレス飲料が推奨されます。25 アルコールやコーヒー、緑茶などのカフェインを多く含む飲み物は利尿作用があるため、水分補給のつもりで飲みすぎるとかえって脱水を助長する可能性があるので注意が必要です。13
  • 塩分を控える: 塩分の過剰摂取は高血圧を引き起こし、血管壁にダメージを与え、動脈硬化を進行させることで血栓のリスクを高めます。15 日本人の食塩摂取量は平均的に目標値を超過しており11、意識的な減塩が求められます。厚生労働省は成人の1日の食塩摂取目標量を男性7.5g未満、女性6.5g未満としており、日本高血圧学会は高血圧患者に対して6g未満を推奨しています。15 だしや香辛料、香味野菜を上手に活用したり、減塩タイプの調味料を選んだりする工夫が有効です。25
  • 良質な脂質を摂り、悪玉コレステロールを管理する: 動物性脂肪(肉の脂身、バター、ラードなど)に多く含まれる飽和脂肪酸の摂りすぎは、血液中のLDL(悪玉)コレステロールを増やし、動脈硬化の原因となります。代わりに、青魚(サバ、イワシ、サンマなど)に豊富なEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)といったn-3系多価不飽和脂肪酸や、オリーブオイルやなたね油などの植物油に含まれる不飽和脂肪酸を適度に摂取することが推奨されます。25 EPAやDHAには、血小板の凝集を抑えたり、血液中の中性脂肪を減らしたりする効果が期待されています。26 ただし、EPA・DHAのサプリメントに関しては、一部の大規模臨床試験では心血管イベント予防効果が明確でなかったとの報告もあり27、基本的には食事からの摂取が推奨されます。
  • 食物繊維を豊富に摂る: 野菜、海藻、きのこ類、未精製の穀物(玄米、全粒粉パン、オートミールなど)に多く含まれる食物繊維は、コレステロールの吸収を抑えたり、血糖値の急激な上昇を防いだりする働きがあり、動脈硬化の予防に役立ちます。25
  • 大豆製品を積極的に: 豆腐、納豆、味噌などの大豆製品は、良質なたんぱく質源でありながら、飽和脂肪酸が少なくコレステロールを含まないため、血栓予防に適した食材です。25 ある研究では、大豆を週に5日以上食べる女性は、心筋梗塞や脳梗塞のリスクが低いことが示唆されています。28
  • 【特に注意:納豆とワーファリン】: 納豆にはビタミンKが豊富に含まれています。ビタミンKは血液凝固に関わる重要な因子であり、抗凝固薬の一種であるワーファリン(ワルファリン)は、ビタミンKの働きを阻害することで血液を固まりにくくします。29 そのため、ワーファリンを服用している方が納豆を摂取すると、薬の効果が弱まってしまう可能性があります。25 ワーファリンを内服中の方は、納豆の摂取について必ず医師や薬剤師に相談してください。DOACs(直接経口抗凝固薬)の場合は、納豆との相互作用は基本的に問題ないとされています。
  • 抗酸化物質を意識する: ビタミンC、ビタミンE、β-カロテン(体内でビタミンAに変わる)、ポリフェノールなどの抗酸化物質は、活性酸素による血管のダメージを防ぎ、動脈硬化の進行を遅らせる効果が期待されます。25 これらは色の濃い野菜や果物、ナッツ類、お茶などに多く含まれています。サプリメントに頼るのではなく、バランスの取れた食事から多様な抗酸化物質を摂取することが大切です。25

特定の「血液サラサラ食品」に偏るのではなく、これらのポイントを参考に、主食・主菜・副菜のそろったバランスの良い食事を心がけることが、血栓予防の基本です。伝統的な日本食(和食)は、魚や大豆製品、野菜が豊富で、上手に取り入れれば血栓予防に貢献しますが、塩分量には注意が必要です。

その他の生活習慣と環境

運動や食事以外にも、日常生活のちょっとした工夫が血栓予防につながります。

  • ゆったりとした服装を心がける: きつすぎるベルトやガードル、窮屈な下着、サイズの合わない靴下などは、体の血行を妨げる可能性があります。特に腹部や下肢を締め付けない、ゆったりとした服装を選びましょう。
  • 足を高くして休む: 就寝時や長時間座っている際に、足を心臓より少し高く上げると、静脈血が心臓に戻りやすくなり、脚のむくみや血栓のリスクを軽減する効果が期待できます。30 ベッドの足元にクッションや座布団を敷いて少し高くする、フットレストを利用するなどの方法があります。
  • 弾性ストッキング(圧迫ストッキング)の適切な使用: 医療用の弾性ストッキングは、脚に適度な圧力をかけることで、静脈の血流を助け、血液のうっ滞を防ぎます。特に、手術後や長期臥床時、長時間のフライトなどで血栓リスクが高い場合に医師から使用を勧められることがあります。5 米国家庭医学会(ASH)のガイドラインでも、長時間の安静やデスクワークなどで動きが制限される場合には、弾性ストッキングの使用が推奨されています。ただし、自己判断での使用や不適切なサイズの着用は逆効果になることもあるため、使用にあたっては医師や専門家に相談することが重要です。
  • 足を傷つけないように注意する: 足の小さな切り傷や水虫なども、放置するとそこから細菌が侵入して炎症を起こし、局所の血栓リスクを高める可能性があります。足を清潔に保ち、怪我をしないように注意しましょう。
  • 禁煙: 喫煙は血栓症の最も大きな危険因子の一つです。タバコに含まれるニコチンや一酸化炭素などの有害物質は、血管内皮細胞を傷つけ、血液をドロドロにし、血小板を凝集しやすくするなど、血栓形成をあらゆる面から促進します。4 禁煙は、血栓症だけでなく、がんや呼吸器疾患など多くの病気のリスクを減らす最も効果的な方法の一つです。厚生労働省も喫煙の健康影響に関する知識普及に努めています。4
  • 適切な体重管理: 肥満は高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病のリスクを高め、これらは血栓症の間接的な原因となります。バランスの取れた食事と適度な運動により、適切な体重を維持することが大切です。
  • ストレスを溜めない: 過度なストレスは自律神経のバランスを乱し、血圧上昇や血管収縮を引き起こす可能性があります。十分な睡眠、趣味やリラックスできる時間を持つなど、上手にストレスをコントロールすることも重要です。
表3: 日常生活でできる血栓予防策チェックリスト
カテゴリー 予防策 具体的なアクション・目安 関連情報
運動・活動 こまめに体を動かす 1時間に1回は立ち上がって歩く、または軽いストレッチをする 13
足首の運動 長時間座っている時や寝ている時に、足首を回したり、つま先を上下させたりする 31
定期的な運動 ウォーキングなどの中等度の有酸素運動を週に合計150分程度 一般的な運動推奨
食生活 水分補給 1日に飲料水として1.2L以上を目安に、こまめに摂取する(特に起床時、運動前後、入浴前後、就寝前) 24
減塩 1日の食塩摂取量を男性7.5g未満、女性6.5g未満に(高血圧の方は6g未満) 11
バランスの良い食事 主食・主菜・副菜をそろえ、野菜・海藻・きのこ類を十分に摂る 25
良質な脂質 青魚(EPA・DHA)を週2~3回、動物性脂肪を控え、植物油を適度に使用 25
大豆製品 豆腐、納豆などを積極的に摂取(ワーファリン内服中の方は納豆に注意) 25
生活習慣 ゆったりとした服装 体を締め付けない服装を選ぶ
足を高くして休む 就寝時や休息時に足を少し高くする 30
禁煙 喫煙習慣のある方は禁煙する 4
弾性ストッキング 医師に相談の上、リスクが高い場合に適切に使用 5
定期的な健康診断 血圧、血糖値、脂質値などを定期的にチェックし、異常があれば医師に相談

血栓症の診断と治療:日本の医療における最新アプローチ

血栓症が疑われる場合、迅速かつ正確な診断と、適切な治療が不可欠です。日本の医療現場では、各種ガイドラインに基づいた標準的な診断・治療が行われています。

診断:早期発見のための検査

血栓症の診断は、まず患者さんの症状、病歴、危険因子などを詳しく問診し、身体所見を確認することから始まります。その上で、必要に応じて以下のような検査が行われます。

  • 臨床的確率評価 (Wellsスコアなど): 深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)が疑われる場合、特定の症状や危険因子の有無を点数化して、血栓症である可能性(臨床的確率)を評価するスコアリングシステム(Wellsスコアなど)が用いられることがあります。5 これにより、その後の検査計画を立てる際の参考にします。
  • 血液検査 (D-ダイマーなど): D-ダイマーは、血栓が体内で溶解される際に生じる物質です。血液中のD-ダイマー値が高い場合、体内のどこかに血栓が存在する可能性が示唆されます。5 ただし、D-ダイマーは炎症や手術後、妊娠中、高齢などでも上昇することがあるため、この検査だけで血栓症と診断することはできません。D-ダイマー値が低い場合は、血栓症の可能性が低いと判断するのに役立ちます。近年では、特に高齢者において偽陽性を減らすため、固定のカットオフ値ではなく年齢で補正したD-ダイマーのカットオフ値(例:50歳以上では年齢×10 µg/L)を用いることや17、臨床的確率に応じてD-ダイマーの解釈を変えるアプローチ(YEARSプロトコルなど17)も考慮されるようになってきています。これは、診断精度を高め、不必要な画像検査を減らすための工夫であり、より個別化された診断への流れを示しています。
  • 画像検査:
    • 深部静脈血栓症 (DVT) の診断:
      • 下肢静脈超音波検査(エコー検査): DVT診断の第一選択となる検査です。超音波で血管内を観察し、血栓の有無や血流の状態を確認します。5 非侵襲的で繰り返し行える利点があります。
      • CTベノグラフィ、MRベノグラフィ: より詳細な情報が必要な場合や、超音波検査で診断が困難な場合に用いられることがあります。2
    • 肺塞栓症 (PE) の診断:
      • 造影CT検査(CT肺動脈造影:CTPA): 肺動脈内の血栓を直接描出できるため、PE診断のゴールドスタンダードとされています。2
      • 肺血流シンチグラフィ・換気シンチグラフィ(V/Qスキャン): 放射性同位元素を用いて、肺の血流と換気の分布を評価する検査です。造影剤アレルギーなどでCTPAが困難な場合に用いられることがあります。2
      • 心エコー検査: PEによる右心負荷の程度を評価するのに役立ちます。
    • 脳卒中 (脳梗塞) の診断:
      • 頭部CT検査、頭部MRI検査: 脳梗塞の部位や範囲、出血の有無などを確認します。MRI(特に拡散強調画像)は早期の脳梗塞診断に有用です。
  • その他の検査: 心電図検査、胸部X線検査なども、他の疾患との鑑別や全身状態の評価のために行われます。

これらの検査は、国立循環器病研究センター(NCVC)のような専門施設をはじめ、多くの医療機関で実施可能です。2 日本循環器学会などの関連学会が作成する診療ガイドラインでは、これらの検査法を用いた診断アルゴリズムが示されており、標準的な診療の質の担保に貢献しています。5

治療の基本:抗凝固療法(血液をサラサラにする薬)

血栓症治療の基本は、抗凝固薬を用いて血液を固まりにくくし、血栓が大きくなるのを防いだり、新たな血栓ができるのを予防したりすることです(抗凝固療法)。5 使用される主な抗凝固薬には以下のものがあります。

  • ヘパリン類: 注射薬で、主に治療の初期に使用されます。未分画ヘパリン(UFH)と低分子量ヘパリン(LMWH)があります。LMWHは皮下注射が可能で、効果が安定しており、UFHに比べて出血性副作用のリスクが低いとされています。7 日本では、過去にはLMWHが全ての適応で保険適用されていなかった時期もありましたが32、現在は広く用いられています。
  • ワルファリン(ワーファリンカリウム): 古くから用いられている経口抗凝固薬です。ビタミンKの働きを抑えることで効果を発揮します。効果に個人差が大きく、定期的な血液検査(PT-INR測定)で効果をモニタリングし、投与量を調節する必要があります。また、ビタミンKを多く含む食品(納豆、クロレラ、青汁など)の摂取によって効果が減弱するため、食事制限が必要です。25 他の薬剤との相互作用も多いのが特徴です。
  • 直接経口抗凝固薬 (DOACs:Direct Oral Anticoagulants): 近年、血栓症治療の主流となりつつある新しいタイプの経口抗凝固薬です。「ドーズアック」または「ドアック」と読まれます。ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンの4種類が日本でも使用可能です。
    • 特徴: ワルファリンと比較して、効果発現が速やかで、効果の個人差が少なく、原則として定期的な血液凝固モニタリングが不要です。食事の影響も受けにくく(納豆も摂取可能)、薬剤相互作用もワルファリンより少ないとされています(ただし、一部の薬剤とは相互作用があるため注意が必要33)。1日1回または2回の服用で済みます。
    • 位置づけ: 日本循環器学会の「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン」では、DVTやPEの治療においてDOACsが中心的な役割を担い、一部のDOACsは初期から単剤で使用可能とされています。5 また、日本脳卒中学会の「脳卒中治療ガイドライン」では、非弁膜症性心房細動(NVAF)患者における脳卒中予防において、CHADS2スコアが1点以上の場合はDOACsが第一選択として推奨されています。20 高齢者や出血リスクが高い患者さん向けの低用量製剤(例:エドキサバン15mg)も登場しています。34
    • 日本の実臨床における課題: DOACsは大きな進歩をもたらしましたが、実臨床ではいくつかの課題も指摘されています。日本のリアルワールドデータでは、腎機能などに応じた適切な用量選択がなされず、不必要に低用量で処方されているケース(「不適切低用量投与」)が一定割合存在することや35、服薬アドヒアランス(患者さんが指示通りに薬を服用すること)の維持が課題となることも報告されています(3年間の内服継続率は約70%とのデータも36)。特に高齢者では、腎機能低下や多剤併用(ポリファーマシー)による相互作用のリスクなど、慎重な管理が求められます。37 がん関連血栓症においても、出血リスクや薬物相互作用を考慮した上でDOACsが使用されます。7 これらの薬剤の恩恵を最大限に引き出し、リスクを最小限に抑えるためには、医師による適切な処方と、患者さん自身による服薬ルールの遵守、そして定期的なフォローアップが不可欠です。

抗凝固療法の期間は、血栓症の種類や原因、患者さんの状態によって異なります。誘因が明らかな場合(手術後など)は3ヶ月程度で終了することもありますが、誘因不明の場合やがんなどの持続的なリスクがある場合は、より長期間、場合によっては無期限に治療を継続することもあります。5 自己判断で服薬を中止すると再発のリスクが高まるため、必ず医師の指示に従うことが重要です。

その他の治療法:血栓溶解、カテーテル治療、外科手術

抗凝固療法が基本ですが、血栓の量が多い場合や重症例では、より積極的な治療法が選択されることがあります。

  • 血栓溶解療法: 血栓を強力に溶かす薬剤(t-PAなど)を点滴で投与する治療法です。重症の肺塞栓症や、広範囲の深部静脈血栓症で、血流が著しく障害されている場合に検討されます。出血のリスクが高いため、適応は慎重に判断されます。2
  • カテーテル治療: 血管内に細い管(カテーテル)を挿入し、血栓を機械的に破砕・吸引したり、局所的に血栓溶解薬を注入したりする治療法です。DVTやPEに対して行われることがあります。国立循環器病研究センターなどでは、積極的に導入されています。2
  • 外科的血栓摘除術: 肺塞栓症で、血栓が非常に大きく生命の危機が迫っている場合や、他の治療法が効果ない、あるいは禁忌である場合に、外科手術によって直接血栓を取り除くことがあります。2
  • 下大静脈フィルター: 下肢のDVTがあり、抗凝固療法が禁忌(出血リスクが高いなど)である場合や、十分な抗凝固療法にもかかわらずPEを再発する場合に、肺への血栓の流入を防ぐ目的で、下大静脈(下半身からの血液が心臓に戻る太い静脈)にフィルターを留置することがあります。2

これらの治療法は、患者さんの状態や血栓の部位・程度などを総合的に評価し、専門医が最適なものを選択します。

日本の診療ガイドラインの役割

日本においては、日本循環器学会5、日本脳卒中学会20、日本血栓止血学会などの専門学会が、最新の科学的根拠に基づいて診療ガイドラインを作成・改訂しています。これらのガイドラインは、血栓症の診断、治療、予防に関する標準的な考え方や推奨される医療行為を示しており、全国の医療機関で質の高い医療を提供するための重要な指針となっています。ガイドラインは医学の進歩とともに定期的に更新されるため、医療従事者は常に最新の情報を参照し、診療に活かすことが求められています。5

表4: 日本で用いられる主な抗凝固薬の比較(医師向け情報ではありません)
薬剤の種類 主な特徴 注意点(一般的なものであり、詳細は必ず医師・薬剤師にご確認ください)
ワルファリン (ビタミンK拮抗薬) ・古くから使用されている経口薬
・効果に個人差があり、定期的な血液検査(PT-INR)で投与量を調節
・効果が安定するまで時間がかかることがある
・食事(納豆、青汁、クロレラなどビタミンKを多く含むもの)や他の薬剤との相互作用が多い
・納豆、青汁、クロレラは原則摂取禁止
・出血しやすい(特に治療初期や過量投与時)
・多くの薬剤と相互作用するため、併用薬は必ず医師・薬剤師に伝える
DOACs (直接経口抗凝固薬)
・リバーロキサバン
・アピキサバン
・エドキサバン
・ダビガトラン
・新しいタイプの経口薬
・原則として定期的な血液凝固モニタリングは不要
・食事の影響を受けにくい(納豆も摂取可能)
・1日1~2回の服用
・効果発現が速やか
・腎機能に応じて投与量の調節が必要な場合がある
・特定の薬剤との併用に注意が必要な場合がある
・自己判断での中断は血栓リスクを高めるため厳禁
・ワルファリン同様、出血のリスクはある
・薬剤ごとに特徴(代謝経路、半減期など)が異なる

【重要】この表は、あくまで一般的な情報提供を目的としたものであり、個々の患者さんにどの薬剤が適しているかは、病状や体質、他の合併症、併用薬などを総合的に判断して医師が決定します。自己判断で薬剤を選択したり、変更したりすることは絶対に避けてください。服薬に関しては、必ず医師または薬剤師の指示に従ってください。

健康に関する注意事項

  • 本記事で提供する情報は、一般的な医学知識に基づくものであり、個別の医療アドバイスに代わるものではありません。血栓症の診断・治療・予防に関しては、必ず専門の医師にご相談ください。
  • 急な胸の痛み、強い呼吸困難、片方の手足の急激な腫れや麻痺、ろれつが回らないなどの症状が現れた場合は、ためらわずに救急医療機関を受診するか、救急車を要請してください。
  • 抗凝固薬の服用や弾性ストッキングの使用など、具体的な予防・治療策は、必ず医師の指導のもとで行ってください。自己判断での中断や変更は大変危険です。

よくある質問

いわゆる「エコノミークラス症候群」とは何ですか?ビジネスクラスなら安全ですか?

「エコノミークラス症候群」は、正式には「深部静脈血栓症(DVT)」およびそれに伴う「肺塞栓症(PE)」を指します。5 長時間同じ姿勢で動かないことにより、特に脚の静脈に血栓ができ、その血栓が肺に飛んでしまう病態です。16 名前の通りエコノミークラスの乗客に多いと報告されたことからこの名がつきましたが、実際には座席のクラスに関わらず、長時間フライト、バスや新幹線での移動、長時間のデスクワーク、災害時の避難所生活など、体を動かさない状況であれば誰にでも起こり得ます。13 予防のためには、クラスに関係なく、1〜2時間ごとに立ち上がって歩いたり、座ったままでも足首の運動をしたり、こまめに水分補給をすることが重要です。23

血栓予防のために、特に食べた方が良い「血液サラサラ食品」はありますか?

特定の食品だけを摂取すれば血栓を完全に予防できるという「魔法の食品」はありません。最も重要なのは、バランスの取れた食事を心がけることです。25 具体的には、①塩分を控えて高血圧を予防する、②青魚に含まれるEPAやDHA、植物油などの良質な脂質を摂り、動物性脂肪を控える、③野菜、海藻、きのこ類から食物繊維を豊富に摂り、コレステロールや血糖値を管理する、④豆腐や納豆などの大豆製品を積極的に取り入れる、といった点が挙げられます。25 ただし、抗凝固薬のワーファリンを服用中の方は、ビタミンKを多く含む納豆の摂取は薬の効果を弱める可能性があるため、必ず医師に相談してください。29

血栓症のリスクは高齢者だけの問題ですか?

高齢(65歳以上)は血栓症の重要なリスク因子ですが、若い人でも起こり得ます。若い方でも、手術後、骨折、妊娠中・産後6、経口避妊薬の使用、長時間の不動(デスクワークや移動)5、肥満4、喫煙4、がん治療中7、あるいは遺伝的に血が固まりやすい体質(遺伝性血栓性素因)2などのリスク因子があれば、血栓症を発症する可能性があります。年齢に関わらず、リスク因子を複数持つ場合は注意が必要です。

弾性ストッキングは、自分で購入して使っても良いのでしょうか?

弾性ストッキングは、脚に適度な圧力をかけて血流を助けることで血栓予防に役立ちますが、正しいサイズと圧迫圧のものを選ぶことが非常に重要です。サイズが合わなかったり、不適切な使い方をしたりすると、かえって血行を悪化させたり、皮膚トラブルを起こしたりする可能性があります。特に、手術後や血栓症の既往があるなど、医学的な理由で使用する場合は、必ず医師や看護師などの専門家に相談し、自分の脚に合った医療用の弾性ストッキングを処方してもらうようにしてください。5

抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を飲んでいれば、もう血栓はできませんか?

抗凝固薬は、血栓ができるのを防ぎ、既にある血栓が大きくなるのを抑える非常に効果的な薬ですが、効果は100%ではありません。服薬していても、他のリスク因子(長期間の不動、脱水、感染症など)が重なると、新たに血栓ができる可能性はゼロではありません。また、自己判断で服薬を中止したり、飲み忘れたりすると、血栓のリスクが急激に高まるため、医師の指示通りにきちんと服用を続けることが極めて重要です。5, 36 薬を飲んでいるからと安心せず、運動や食事といった生活習慣の改善も併せて行うことが、最善の予防策です。

結論

本記事では、血栓症の原因、体の様々な部位で起こる血栓症の症状、そして日常生活で実践できる予防法について詳しく解説してきました。血栓症は、時に肺塞栓症や心筋梗塞、脳卒中といった命に関わる重篤な合併症を引き起こす可能性がある一方で、その多くは予防可能であり、早期に発見し適切な治療を行えば、深刻な事態を回避できる病気でもあります。

血栓症のリスクを減らすためには、適度な運動、バランスの取れた食生活、禁煙、そして危険なサインの認識と早期受診が鍵となります。特に、急な片足の腫れや痛み、突然の胸痛や呼吸困難、顔や手足の麻痺などの症状が現れた場合は、ためらわずに医療機関を受診してください。早期発見・早期治療が、重症化を防ぐ最大のポイントです。

日本政府も、「健康日本21」や「循環器病対策基本法」を通じて、国民の健康寿命延伸と循環器病対策を推進しています。38 これらの取り組みを実効性のあるものにするためには、私たち一人ひとりが血栓症のリスクを正しく理解し、主体的に健康管理に取り組むことが不可欠です。リスクが高い方は、定期的かかりつけ医と連携し、健康状態を管理することが重要です。

血栓症は怖い病気ですが、正しい知識を持ち、日常生活で少し意識を変えるだけで、そのリスクは確実に下げることができます。本記事で紹介した情報が、皆様の血栓予防の一助となり、より健康的で安心な生活を送るための基盤となることを心より願っています。今日からできる小さな一歩が、将来の大きな健康へとつながります。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 厚生労働省. 循環器病に係る統計. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000920527.pdf
  2. 国立循環器病研究センター. 静脈血栓塞栓症|ゲノム医療支援部. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.ncvc.go.jp/hospital/section/genome/genomesupport/idiothrombosis/
  3. 厚生労働省. 重篤副作用疾患別対応マニュアル 血栓症. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1f22.pdf
  4. 厚生労働省. 循環器病. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b8.html
  5. 桂川さいとう内科循環器クリニック. 深部静脈血栓症ガイドライン. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://clinicsaito.com/2025/03/31/%E9%9D%99%E8%84%88%E8%A1%80%E6%A0%93%E7%97%87%E3%81%AE%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8C%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE/
  6. Abe K, et al. Thrombosis-related characteristics of pregnant women with antithrombin deficiency, protein C deficiency and protein S deficiency in Japan. Thromb Res. 2024 Feb;234:107-115. doi:10.1016/j.thromres.2024.01.011. 以下より入手可能: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10854103/
  7. Khorana AA, et al. Direct Oral Anticoagulant Therapy for Cancer-Associated Venous Thromboembolism in Routine Clinical Practice. Circ J. 2020. doi:10.1253/circj.CJ-20-0084. 以下より入手可能: https://www.jstage.jst.go.jp/article/circj/advpub/0/advpub_CJ-20-0084/_html/-char/en
  8. sysmex.co.jp. 血液凝固の最前線- 正しい理解のためのアップデート -. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.sysmex.co.jp/products_solutions/library/journal/vol34_suppl3/bfvlfm000000czbl-att/2011_Sup4_03.pdf
  9. Tafur AJ, et al. Perioperative Venous Thromboembolism Prophylaxis. Mayo Clin Proc. 2020 Dec;95(12):2775-2798. doi:10.1016/j.mayocp.2020.06.023. 以下より入手可能: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33276846/
  10. Angel-Müller E, et al. A Systematic Review of the Guidelines on Venous Thromboembolism Prophylaxis in Gynecologic Oncology. Cancers (Basel). 2022 May 15;14(10):2439. doi:10.3390/cancers14102439. 以下より入手可能: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35626045/
  11. 消費者庁. わが国における栄養政策の動向について. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/meeting_materials/assets/food_labeling_cms206_20231101_04.pdf
  12. sndj-web.jp. 野菜摂取量と1日の歩数は減少が続き、食塩摂取量は変化なし 令和5年国民健康・栄養調査. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://sndj-web.jp/news/003090.php
  13. 日本旅行医学会. -旅行医学豆知識- 第3回 ロングフライト血栓症(エコノミークラス症候群). 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: http://jstm.gr.jp/knowledge/%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E3%80%80%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E8%A1%80%E6%A0%93%E7%97%87%EF%BC%88%E3%82%A8%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9/
  14. Ubie株式会社. 「深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)」とあなたの症状と…. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://ubie.app/lp/search/deep-vein-thrombus-d275
  15. 国立循環器病研究センター. 減塩食について|栄養・食事について. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/diet/low-salt/
  16. 国立循環器病研究センター. 深部静脈血栓症)|肺循環科. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.ncvc.go.jp/hospital/section/cvm/pulmonary/tr02/
  17. 日本循環器学会/日本肺高血圧・肺循環学会. 2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Tamura.pdf
  18. Poisson, S. N. et al. New Research Leads to Updated Guidelines on Preventing Strokes. University of Colorado Anschutz Medical Campus. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://news.cuanschutz.edu/medicine/poisson-neurology-stroke-guidelines
  19. Mayo Clinic. Vascular dementia – Symptoms & causes. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/vascular-dementia/symptoms-causes/syc-20378793
  20. 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会. 脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2023〕. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.jsts.gr.jp/img/guideline2021_kaitei2023.pdf
  21. 足関節運動が下肢静脈血流動態に及ぼす影響. 理学療法科学. 2001;16(3):141-145. 以下より入手可能: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jptp/16/3/16_3_141/_pdf
  22. 看護roo!. 術後、ベッド上での下肢運動は静脈血栓塞栓症予防に効果的?. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.kango-roo.com/learning/4541/
  23. 厚生労働省. エコノミークラス症候群の予防のために. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000170807.html
  24. 無塩ドットコム. 1日の塩分摂取量と減塩の目安は?【2025年最新版】医師監修. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.muen-genen.com/html/page18.html
  25. お茶の水循環器内科. 血栓症の予防に役立つ食べ物とは?医師が推奨する食事法を解説. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://ochanomizu-clinic.com/blog/blood_clot_prevention/
  26. Cisale G, et al. Association of Omega-3 Fatty Acids with D-Dimer and Beta-Thromboglobulin in Patients with Atrial Fibrillation. Nutrients. 2024 Jan 6;16(2):178. doi:10.3390/nu16020178. 以下より入手可能: https://www.mdpi.com/2072-6643/16/2/178
  27. O’Keefe JH, et al. Why did STRENGTH and OMEMI fail to show cardiovascular protection for omega-3 fatty acids?. Cardiovasc Res. 2023 Dec 21;119(18):2884-2886. doi:10.1093/cvr/cvad183. 以下より入手可能: https://academic.oup.com/cardiovascres/article/119/18/2884/7585216
  28. 日本血栓止血学会. 血栓症ガイドブック. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.jsth.org/wordpress/wp-content/uploads/2015/05/%E8%A1%80%E6%A0%93%E7%97%87%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF.pdf
  29. Imbrea P, et al. Vitamin K-dependent Proteins, Warfarin, and Vascular Calcification. Adv Chronic Kidney Dis. 2010 Sep;17(5):429-39. doi:10.1053/j.ackd.2010.06.007. 以下より入手可能: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4571144/
  30. MSDマニュアル プロフェッショナル版. 深部静脈血栓症(DVT)の予防. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-%E5%BF%83%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3/%E6%9C%AB%E6%A2%A2%E9%9D%99%E8%84%88%E7%96%BE%E6%82%A3/%E6%B7%B1%E9%83%A8%E9%9D%99%E8%84%88%E8%A1%80%E6%A0%93%E7%97%87-dvt-%E3%81%AE%E4%BA%88%E9%98%B2
  31. リガクラボ. 麻痺のある脳梗塞患者における深部静脈血栓症予防としての 足関節底背屈運動の効果. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.ncn.ac.jp/academic/020/2015/2015jns-ncnj04.pdf
  32. Satoh T, et al. Japanese Guidelines for Pulmonary Thromboembolism (PTE) Prophylaxis Is Effective for a Decrease in the Incidence of PTE. Blood. 2005;106(11):4110. doi:10.1182/blood.V106.11.4110.4110. 以下より入手可能: https://ashpublications.org/blood/article/106/11/4110/122632/Japanese-Guidelines-for-Pulmonary-Thromboembolism
  33. 厚生労働省. (別添様式1-1) 未承認薬・適応外薬の要望(募集対象(1)(2)) 1.要望内容に関連. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/IV-95.pdf
  34. 日本新薬. 急性肺血栓塞栓症で気をつけたい慢性血栓塞栓の病態. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://med.nippon-shinyaku.co.jp/pah/disease_info/detail21/
  35. Inoue H, et al. Current use of direct oral anticoagulants for atrial fibrillation in Japan: Findings from the SAKURA AF Registry. J Arrhythm. 2017 Aug;33(4):291-299. doi:10.1016/j.joa.2017.02.002. 以下より入手可能: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5529323/
  36. Kawabata N, et al. Current status of oral anticoagulant adherence in Japanese patients with atrial fibrillation: A claims database analysis. J Cardiol. 2021 Jul;78(1):20-27. doi:10.1016/j.jjcc.2021.03.003. 以下より入手可能: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33663881/
  37. 昭和薬科大学. 薬物動態に基づく高齢者患者の 直接経口抗凝固薬適正使用に関する研究. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://shoyaku.repo.nii.ac.jp/record/101/files/%E8%AB%96%E6%96%87%E5%85%A8%E6%96%87%EF%BC%88%E7%94%B2%E7%AC%AC13%E5%8F%B7%EF%BC%89.pdf
  38. 厚生労働省. 「循環器病対策推進基本計画」について. 2025年6月10日参照. 以下より入手可能: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14459.html
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ