トランスジェンダーとは?定義から最新の医療、法律、課題まで徹底解説
性的健康

トランスジェンダーとは?定義から最新の医療、法律、課題まで徹底解説

現代社会において、性の多様性への理解は不可欠な要素となっています。本記事では、トランスジェンダーに関する正確で信頼性の高い情報を、科学的根拠と日本の現状に基づいて包括的に解説します。当事者の方々、ご家族、支援者、医療関係者、そしてこのテーマに関心を持つすべての方々が、確かな知識を得て、次の一歩を踏み出すための羅針盤となることを目指します。難しい専門用語はできるだけ避け、必要な場合には簡単な言葉で補足しながら説明していきます。

免責事項 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。ご自身の健康や治療方針に関する最終的な判断は、必ず資格を持つ医療専門家との相談の上で行ってください。本記事に記載されている医療情報(特に費用や保険適用)は、執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。

本記事は、JHO(JapaneseHealth.org)編集委員会が、厚生労働省や日本の専門学会、国際機関、査読付き論文などの信頼できる情報に基づいて作成しました。作成にあたってはAIツールも補助的に活用していますが、内容の確認・更新はすべて編集委員会が責任を持って行っています。

要点まとめ

  • トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人々を指す包括的な用語です。これは「病気」ではなく、国際的には「性別不合」として性の健康に関連する状態とされています4
  • 日本のトランスジェンダー人口は約0.6%とされ1、多くが職場や学校で困難を経験し2、深刻な精神的苦痛を抱えているというデータがあります1
  • 医療的ケアにはホルモン療法や性別適合手術などがあり、これらは性別違和を緩和し生活の質を向上させることが示唆されています3。治療はWPATHなどの国際基準に基づき、個別化・柔軟化が進んでいます5
  • 日本では2023年に最高裁が戸籍性別変更の「生殖不能要件」を違憲と判断し6、法制度は大きな過渡期にあります。
  • 当事者へのサポートとして、本人の性自認を尊重する「アファーマティブ・ケア」の重要性が強調されています7
  • トランスジェンダーの人々は、差別や偏見、社会的孤立などによって、うつ病や自殺念慮を含むメンタルヘルスの困難を抱えやすいことが国内外の調査で示されています11119。家族や職場、学校、地域社会による継続的なサポートが、リスクを軽減する重要な鍵となります。

1. トランスジェンダーの基本的理解:定義と関連用語

トランスジェンダーという言葉を正確に理解することは、すべての議論の出発点です。ここでは、国際的な定義と、関連する重要な概念について、できるだけ専門用語をかみ砕きながら解説します。

1.1. トランスジェンダーとは?

出生時に割り当てられた性別と、自らが認識している性別(性自認)が異なる人々を指す包括的な用語です4。これは個人のアイデンティティの核心部分であり、単なる「自称」とは異なります。トランスジェンダーには、トランスジェンダー女性(出生時に男性と割り当てられたが女性と自認)、トランスジェンダー男性(出生時に女性と割り当てられたが男性と自認)、そして男女の二元論に当てはまらないXジェンダーやノンバイナリーの人々などが含まれます4

日本では、診察やメディアなどで「MtF(Male to Female)」「FtM(Female to Male)」といった略語が用いられることもありますが、本人が望む呼び方を尊重することが何よりも重要です。また、すべてのトランスジェンダーの人が医療的な治療や手術を望むわけではなく、服装や名前、話し方などの社会的な面を整えるだけで生きやすくなる人も多くいます。

「自分はトランスジェンダーに当てはまるのだろうか」と悩んでいる段階では、無理にラベルを決める必要はありません。違和感の内容や強さ、日常生活への影響などを少しずつ整理しながら、信頼できる人や専門家に相談していくことが大切です。

1.2. 性のあり方を構成する4つの要素

性のあり方は、単一の要素では語れません。以下の4つの要素を区別して理解することが重要です。

  • 身体的な性(Sex Assigned at Birth): 出生時に身体的特徴(染色体、性腺、外性器など)に基づいて割り当てられる性別8
  • 性自認(Gender Identity): 自分自身の性別をどう認識しているかという、内面的な感覚8
  • 性表現(Gender Expression): 服装、髪型、言動など、自らの性をどのように表現するか8
  • 性的指向(Sexual Orientation): どの性別の人に恋愛感情や性的魅力を感じるか8。トランスジェンダーであることと性的指向は独立した概念です。

これら4つの要素は互いに影響し合うこともありますが、「どれか1つだけで人の性のあり方を決めつけることはできない」という視点が重要です。例えば、身体的には男性として生まれた人が女性として生活していても(性自認と性表現)、どの性別の人を好きになるか(性的指向)は人それぞれです8

1.3. 「性別不合」と「性同一性障害」:用語の変遷と国際的動向

かつてトランスジェンダーに関連する状態は、主に精神疾患として捉えられてきましたが、その位置づけは国際的に大きく変化しています。

  • ICD-11への移行: 2018年に改訂された世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)では、「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」という名称は精神疾患の分類から削除され、新たに「性別不合(Gender Incongruence)」として「性の健康に関連する状態」の章に位置づけられました4。これは、トランスジェンダーであることが「病気」ではないという国際的なコンセンサスを反映しています。
  • 日本国内での状況: 日本では、医療や法的手続きにおいて長らく「性同一性障害」という診断名が用いられてきました。2024年8月には、日本精神神経学会と日本GI(性別不合)学会が合同で「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)」を公表し、国内でも国際基準に合わせた用語への移行が進んでいます9。ただし、医療的ケアへのアクセスを確保する観点から、疾患としての側面も当面維持される見込みです4

このように、国際的には「性別不合」という概念を用いて、トランスジェンダーであること自体の病理性を減らしつつ、必要な医療的ケアへのアクセスを確保する方向に舵が切られています4。日本でも、診断名や制度がすぐにすべて変わるわけではありませんが、ガイドライン第5版の公表などを通じて、より尊厳を重視した用語・枠組みへの移行が進みつつあります9

2. 日本におけるトランスジェンダーの現状:統計データから見る実像

日本国内のさまざまな調査から、トランスジェンダーの人々が置かれている客観的な状況が明らかになりつつあります12。ここでは、主な統計データをもとに、現在の実像を確認していきます。

2.1. 人口における割合

複数の調査で、日本の人口における性的マイノリティの割合が示されています。

  • 電通「LGBTQ+調査2023」では、LGBTQ+層に該当する人は9.7%と報告されています10
  • 国立社会保障・人口問題研究所の2023年全国調査では、トランスジェンダー(出生時の性と現在の性自認が異なる、または違和感がある)と回答した人は0.6%でした1
  • 過去の自治体調査では、大阪市(2019年)で0.7%、埼玉県(2020年)で0.5%というデータもあります4。これらの数値は調査手法によって変動しますが、一定数のトランスジェンダーの人々が日本社会に存在することを示しています。

0.6%という割合は一見すると小さく感じられるかもしれません。しかし、日本の人口規模を考えると決して少ない人数ではなく、「自分の周りにはいない」と感じていても、実際にはカミングアウトしていないだけの可能性も高いと考えられます1

2.2. 社会生活における課題:職場・学校での経験

当事者は、日常生活のさまざまな場面で困難に直面しています。

  • 職場での困難: 厚生労働省の2020年の報告書2によると、トランスジェンダーの回答者の約5割が職場で何らかの困りごとを抱えており、72.3%が職場で誰にもカミングアウトしていません。カミングアウトしない理由として「同僚との人間関係が気まずくなると思った(32.9%)」が挙げられており、心理的安全性の欠如がうかがえます。また、トランスジェンダーの20.4%が、性的マイノリティであることを理由とする困難がきっかけで転職を経験しています2
  • 学校でのいじめ経験: 国立社会保障・人口問題研究所の調査1では、トランスジェンダーの人の84.4%が小中高時代に「不快な冗談やからかい」を経験し、43.8%が「暴力行為」を経験したと回答しており、シスジェンダーの人々と比較して著しく高い割合となっています。

これらのデータは、職場や学校が必ずしも「少数派の人にとって安心していられる場」になっていない現実を示しています。同僚やクラスメイトにカミングアウトするかどうかを悩み続けること自体が大きなストレスとなり、転職や退学、長期欠席などの選択を余儀なくされるケースも少なくありません2

2.3. メンタルヘルスへの影響:データが示す深刻な実態

社会的な障壁は、当事者の精神的健康に深刻な影響を及ぼします。

  • 精神的苦痛の高さ: 国立社会保障・人口問題研究所の調査1では、心理的苦痛を測る指標(K6)で重度の心理的苦痛(13点以上)を示す人の割合が、トランスジェンダーでは25.0%に達し、シスジェンダー(7.2%)の約3.5倍となっています。
  • 精神疾患の高い有病率: 国際的なシステマティック・レビュー11によっても、トランスジェンダーの人々は一般人口やシスジェンダーの人々と比較して、うつ病や不安障害を含む精神疾患の有病率が高いことが一貫して示されています。これは、トランスジェンダーであること自体が問題なのではなく、社会からの差別や偏見、性自認と身体の不一致から生じる性別違和がもたらすストレス(マイノリティ・ストレス)が大きな要因であると考えられています。

日本財団などが行った調査では、LGBTQ+当事者、とくに障害や生活困窮など複数の困難を抱える人々で、自殺念慮や自殺未遂の経験が非常に高い割合で報告されています19。こうした結果は、トランスジェンダーであることそのものではなく、差別や排除、理解のなさがメンタルヘルスに深刻な影響を与えていることを示すものです。

一方で、家族や友人、学校・職場など身近な環境から受ける受容的な態度やサポートは、うつや自殺リスクを下げる強力な保護因子であることも多くの研究で示されています11。周囲の人ができる「小さな配慮」が、当事者にとっては命を支えるほど大きな意味を持つことがあります。

2.4. 日常生活で直面しやすい困難と支援の窓口

トランスジェンダーの人が日常生活で直面しやすい困難には、トイレや更衣室の利用、健康診断や医療機関での対応、住民票や本人確認書類の性別表記など、具体的で身近なものが多く含まれます8。こうした問題は、一人で抱え込んでいると「自分の我慢が足りないのでは」と感じてしまいがちですが、実際には制度や環境の側に課題があるケースも少なくありません。

  • 学校や職場で、制服・ドレスコードや更衣室の利用が性自認と合わない。
  • 健康診断の問診票や診察室で、カミングアウトしないと適切な説明や検査が受けにくい。
  • 賃貸契約や就職活動などで、戸籍上の性と見た目のギャップが誤解や差別につながる。

日本では、性的マイノリティに関する理解を広げるための法律や、相談機関の整備が少しずつ進められています20。各自治体の人権相談窓口や精神保健福祉センターのほか、電話やチャットで相談できるホットライン、トランスジェンダー当事者を支援するNPOなどもあります。身近な人にすぐには話せない場合でも、公的な窓口や支援団体を通じて「まず一度話してみる」ことが、状況を整理する大きな手がかりになります。

3. 性別移行のプロセス:心理的・社会的・法的な道のり

性別移行(トランジション)は、「ある日突然完了するイベント」ではなく、時間をかけて進んでいくプロセスです。心理的な整理、家族や職場・学校との関係調整、法的な手続き、そして必要に応じた医療的ケアなど、複数の側面が絡み合って進んでいきます。

3.1. 心理的サポートとカウンセリングの重要性

性別移行のプロセスにおいて、心理的サポートは極めて重要です。

  • アファーマティブ・ケア: 米国心理学会(APA)は、個人の性自認を肯定し、尊重する「ジェンダー・アファーミング・ケア」を強く推奨しています7。カウンセリングの目的は、性自認を変えさせることではなく、本人が自身のアイデンティティを探求し、理解し、肯定的に受け入れられるよう支援することです12
  • 精神的安定の確保: 日本のガイドラインでも、身体的治療に進む前に、精神的サポートを通じて本人の精神的安定を確認し、様々な状況に対処できる能力を養うことが重視されています13。信頼できる専門家との対話は、性別違和による苦痛を和らげ、情報に基づいた意思決定を行うための基盤となります。

カウンセリングと聞くと、「自分が本当にトランスジェンダーかどうかを専門家に判定してもらう場」とイメージされがちですが、実際には「自分の気持ちを整理するための安全な場所」と考えるとよいでしょう7。性自認の揺れや迷い、家族や職場にどう伝えるかといった具体的な悩みについて、一緒に言葉を探していくプロセスが中心になります。

また、すでにうつ病や不安障害などの精神疾患を抱えている場合には、その治療と性別移行のプロセスをどのように両立させるかを、主治医やカウンセラーと相談しながら進めていくことも大切です11

3.2. 日本の法制度:性別取扱変更の要件と最新の司法判断

日本では、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(通称:性同一性障害特例法)に基づき、戸籍上の性別を変更することが可能です14

特例法の要件: 法律では、性別変更の審判を受けるために複数の要件が定められています8

  1. 18歳以上であること(2022年改正)
  2. 現に婚姻をしていないこと
  3. 現に未成年の子がいないこと
  4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(生殖不能要件
  5. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること(外観要件

最高裁判所の違憲判断: これらの要件のうち、特に4の「生殖不能要件」は、身体への侵襲が大きく人権上の問題があるとして長年批判されてきました。そして2023年10月25日、最高裁判所大法廷は、この生殖不能要件を憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)に違反し、無効であるとの画期的な判断を下しました6

現状と今後の展望: この最高裁判決により、今後は生殖能力を失わせる手術を受けなくても、戸籍上の性別変更が認められる道が開かれました。ただし、5の「外観要件」については依然として課題が残っており、法律そのものの改正に向けた国会での議論が待たれる「過渡期」の状況にあります。この司法判断は、当事者の自己決定権を尊重する大きな一歩として、日本のジェンダー医療と法制度に大きな影響を与えています。

戸籍上の性別変更は、日常生活における書類手続きや結婚制度、親子関係の扱いなどに大きく関わるため、「いつ」「どのタイミングで」申立てを行うかは人それぞれです。法改正や運用の見直しも今後続いていくと考えられるため、最新の情報を確認しつつ、弁護士や支援団体の相談窓口なども活用しながら検討していくことが勧められます6

3.3. 社会的移行と身近な環境での調整

「社会的移行」とは、名前や呼称、服装、髪型、話し方などを、自分の性自認に合った形に少しずつ整えていくプロセスを指します。これは必ずしも法的な性別変更や医療的介入とセットで行わなければならないものではなく、本人のペースや安全性を最優先に進めてよいものです7

  • 学校や職場で、名札やメールアドレスに希望する名前を使ってもらう。
  • トイレや更衣室の利用について、信頼できる担当者と事前に相談する。
  • 家族や友人に、自分が望む呼び方や代名詞(彼/彼女/あの人 など)を伝える。

こうした調整は、一度にすべてを行う必要はありません。安全に安心して生活できる範囲から少しずつ広げていくことが、多くの当事者にとって現実的で負担の少ない方法とされています1

4. 医療的選択肢:科学的根拠に基づく包括的ガイド

すべてのトランスジェンダーの人が医療的介入を望むわけではありません。しかし、多くの人にとって、医療的ケアは性別違和を緩和し、生活の質(QOL)を向上させるための重要な選択肢です3。一方で、どの治療を、いつ、どの程度まで行うかは人によって大きく異なり、最新のガイドラインでは本人の自己決定と安全性を両立させるための慎重な検討が重視されています59

4.1. 治療の基本原則:WPATHと日本国内ガイドラインの比較

  • WPATH SOC 8(国際基準): 世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会(WPATH)の最新ガイドライン「Standards of Care Version 8」5は、画一的な基準ではなく、個々のニーズに合わせた柔軟なケアを重視しています。最低年齢要件を撤廃し、十分な情報提供と本人の意思決定能力に基づいた、個別化された治療計画を推奨しています15
  • 日本のガイドライン(第5版): 日本精神神経学会と日本GI学会が合同で作成した最新のガイドライン9も、国際的な動向を踏まえつつ、日本の医療・法制度の文脈に沿った治療指針を示しています。診断には依然として2名の精神科医の一致が求められるなど13、WPATHと比較してより段階的で慎重なアプローチが取られる側面もありますが、当事者の自己決定を尊重する姿勢は共通しています。

WPATHの基準は世界的な標準として多くの国で参照されていますが、日本では医療保険制度や法制度の違いから、国内ガイドラインに基づく運用が行われています913。いずれのガイドラインでも、「本人の声を中心に据えながら、多職種チームで長期的にサポートすること」が共通した原則として示されています。

4.2. ホルモン療法

性自認に合わせた身体的特徴を促すために、ホルモン剤を投与する治療法です。

  • 効果: トランスジェンダー女性には女性ホルモン(エストロゲン)、トランスジェンダー男性には男性ホルモン(テストステロン)が用いられます。乳房の発達、声の変化、体毛の変化、筋肉や脂肪の分布の変化などが期待できます13
  • 精神的効果: システマティック・レビューによると、ホルモン療法は生活の質(QOL)を向上させ、うつや不安を軽減させる効果と関連があることが示唆されています3
  • 安全性: 血栓症や肝機能障害などのリスクを管理するため、定期的な血液検査と医師によるモニタリングが不可欠です13
  • 思春期ブロッカー: 第二次性徴が始まる思春期の若者に対して、望まない身体的変化を一時的に停止させる「思春期抑制薬(GnRHアゴニスト)」が用いられることがあります16。これにより、本人が自身の性自認や今後のあり方についてじっくり考える時間を確保できるとされていますが、骨密度や将来の心身の発達への影響など、長期的な安全性についてはまだ十分にわかっていない点もあります921。そのため、最新のガイドラインでは、専門チームによる慎重な評価と、保護者を含めた丁寧な説明・合意形成が重視されています516

イギリスのNHSなど一部の国・地域では、エビデンスの限界や安全性への懸念を理由に、思春期抑制薬を原則として臨床研究の枠組みのみに限定するなど、運用を厳格化する方針が示されています21。どの国でも共通しているのは、「本人と家族が十分な情報に基づいて判断できるようにすること」と、「治療の途中やあとから気持ちが変化した場合にも支援を続けること」の重要性です。

4.3. 性別適合手術(Gender-Affirming Surgery)

身体的な外観を性自認に近づけるための外科的手術です。手術を受けるかどうか、どの手術を受けるかは個人の自由な選択です。

主な手術の種類:

  • 胸部手術: トランスジェンダー男性向けの乳房切除術、トランスジェンダー女性向けの豊胸術。
  • 性器手術: 性器の外観と機能を、自認する性に近づけるための手術(例:膣形成術、陰茎形成術)。
  • その他の手術: 顔の女性化・男性化手術、喉頭隆起(のどぼとけ)形成術など。

危険性と合併症: 全身麻酔のリスク、出血、感染症、神経損傷、術後合併症などのリスクが伴います。経験豊富な医療チームと十分な術前カウンセリングが重要です17

日本での費用と保険適用: 日本国内の医療機関における費用や保険適用の状況は複雑です。以下の表は一例ですが、具体的な状況は必ず各医療機関にご確認ください。

表3:日本の医療機関における性別適合手術の選択肢(費用・保険適用の一例)
出典: 行徳総合病院ウェブサイト18の情報を基に作成(2025年4月1日時点の価格情報)。費用は変動する可能性があり、あくまで目安です。
手術の種類 対象 費用の目安(税込) 入院日数 保険適用の注意点
乳房切除術 FTM/AFAB 約75万円 7泊8日 ホルモン療法未治療の場合、保険適用となる可能性がある18。その場合、3割負担+個室代等。
子宮・卵巣摘出術 FTM/AFAB 約127万円 5泊6日 自費診療。ホルモン療法が先行している場合、「混合診療の禁止」原則により保険適用外となる18
外陰部女性化手術(造膣なし) MTF/AMAB 約160万円 14泊15日 自費診療。戸籍上の性別変更に必須とされることがある18
外陰部女性化手術(造膣あり) MTF/AMAB 約209万円~ 14泊15日 自費診療。造膣術は戸籍変更に必須ではない18
陰茎形成術 FTM/AFAB 約253万円~ 14泊15日 自費診療。高度な技術を要し、合併症のリスクも高い。

性別適合手術は、多くの人にとって性別違和を大きく軽減し、生活の質を高める選択肢となる一方で、不可逆的な変化をもたらします17。術後の満足度を高めるためには、術式ごとのメリット・デメリットだけでなく、妊娠・出産の可能性や性生活、将来のパートナーシップのあり方などについても、できる範囲で具体的にイメージしながら検討していくことが大切です5

4.4. その他の医療的ケア

  • 音声治療(ボイストレーニング): 手術を伴わない方法で、発声法やイントネーションを訓練し、性自認に合った声に近づけることができます。
  • 脱毛: レーザー脱毛や針脱毛など。
  • 生殖機能に関する選択肢: ホルモン療法や手術は生殖能力に影響を与えるため、治療開始前に精子や卵子の凍結保存(妊孕性温存)についてカウンセリングを受けることが推奨されます。

日本では、がん治療に伴う妊孕性温存と同様に、性別移行に関連した卵子・精子の凍結保存についても、自治体や医療機関によって助成制度が用意されている場合があります。条件や申請方法は地域によって異なるため、主治医や相談窓口に早めに確認しておくと安心です。

4.5. 未成年の医療的ケアに関する国際的な議論

子どもや10代のトランスジェンダーに対する医療的ケアをめぐっては、世界的にも活発な議論が続いています。WPATH SOC 8や各国のガイドラインでは、思春期抑制薬やホルモン療法が性別違和の軽減やメンタルヘルスの改善に役立つ可能性がある一方で、長期的な安全性や後悔のリスクについては、今後も慎重に検証していく必要があるとされています511

先ほど触れたように、イギリスのNHSは2024年に、思春期抑制薬を日常診療としては原則提供せず、臨床研究の枠組みでのみ使用する方針を示しました21。一方、日本のガイドライン第5版では、多職種のチームによる慎重な評価と、本人・家族へのていねいな情報提供を前提に、個々の状況に応じた対応を行うことが示されています9

このように国や地域によって運用は異なりますが、「拙速な決定を避け、本人の安全と尊厳を最優先する」という点は共通しています。日本で治療を検討する場合には、最新の国内ガイドラインと医療機関の方針を確認しつつ、焦らずに相談を重ねながら進めていくことが大切です。

5. よくある質問(FAQ)

Q1: トランスジェンダーは「病気」なのですか?

A1: いいえ。世界保健機関(WHO)は最新の国際疾病分類(ICD-11)で、トランスジェンダーであることを精神疾患の分類から除外しました4。これは「病気」ではなく、人が本来もっている多様性の一つとして位置づける考え方を反映したものです。

一方で、性自認と身体の不一致による著しい苦痛(性別違和)を和らげるための医療的ケアが必要な場合があり、そのアクセスを保障するために「性別不合」という診断名が用いられます9

Q2: 日本で戸籍の性別を変更するには、必ず手術が必要ですか?

A2: これまでは事実上、性別適合手術(特に生殖能力をなくす手術と外性器の形成手術)が必要でした。しかし、2023年10月の最高裁判決により、「生殖能力をなくす手術」の要件は違憲無効と判断されました6。これにより、今後はこの手術を受けなくても性別変更が認められるようになります。ただし、「外性器の外観」に関する要件はまだ残っており、今後の法改正が待たれる状況です。

具体的な運用や裁判所の判断は地域や時期によって変わる可能性があるため、最新の情報を弁護士や支援団体などで確認することをおすすめします6

Q3: カミングアウトはした方が良いのでしょうか?

A3: カミングアウトするかどうかは、完全に個人の自由な選択です。厚生労働省の調査では、トランスジェンダーの7割以上が職場でカミングアウトしていないというデータがあります2。カミングアウトには、ありのままの自分でいられるというメリットがある一方で、差別や偏見に直面するリスクも伴います。

信頼できる人や場所(家族、友人、支援団体、専門家など)を確保し、ご自身のタイミングと方法で判断することが最も重要です。「今はまだ話さない」という選択も尊重されるべきものであり、無理に決断を急ぐ必要はありません。

Q4: 家族や友人がトランスジェンダーだと知ったら、どうすれば良いですか?

A4: まずは、ご本人の気持ちを受け止め、話を聞くことが大切です。本人が望む名前や代名詞(彼、彼女など)で呼ぶことは、強力なサポートになります。研究によれば、家族や社会からの受容は、当事者の精神的健康を大きく改善し、うつや自殺のリスクを著しく低下させることがわかっています16

わからないことがあれば、本人に直接聞くか、信頼できる支援団体や専門書から正しい情報を得ようと努める姿勢が、ご本人にとって大きな支えとなるでしょう。

Q5: 思春期ブロッカーやホルモン療法にはどのようなリスクがありますか?

A5: ホルモン療法や思春期ブロッカーは、多くの人にとって性別違和を軽減し、生活の質を高めるうえで有効な選択肢となり得ます316。一方で、血栓症や肝機能障害、脂質異常、骨密度低下など、短期・長期の副作用リスクがあるため、定期的な血液検査や医師によるフォローが不可欠です13

特に思春期ブロッカーについては、長期的な影響に関するエビデンスがまだ限られていることから、各国で運用方針が見直されています921。治療を検討する際は、メリットとリスク、治療を行わなかった場合に予想される影響などについて、専門医と十分に話し合い、自分や家族が納得できる形で意思決定を行うことが重要です。

Q6: 日本で相談できる窓口や支援団体はありますか?

A6: 日本各地には、トランスジェンダーを含む性的マイノリティに関する相談を受け付けている窓口や支援団体が存在します。たとえば、各都道府県の人権相談窓口や精神保健福祉センター、電話やチャットで相談できるホットラインなどがあります20

また、日本GI(性別不合)学会が公開している認定施設リスト18や、地域のLGBTQ+センター、当事者団体などを通じて、自分のニーズに合った医療機関やカウンセリング先を探すこともできます。学校や職場の担当窓口に直接相談するのが難しい場合でも、まずはこうした第三者の窓口を利用して、情報収集や心の整理から始めてみるとよいでしょう。

6. 結論:多様性を受け入れる社会に向けて

トランスジェンダーをめぐる状況は、医学、法学、社会学の各分野で急速に進化しています。国際的には、トランスジェンダーであることを個人の多様性の一つとして尊重し、必要なケアへのアクセスを保障する「人権モデル」への移行が明確になっています4

日本においても、最高裁判所の歴史的な判断や、各種調査で示された国民の高い意識1は、よりインクルーシブな社会への大きな一歩を示しています。しかし、その一方で、職場や学校における困難、深刻なメンタルヘルスの課題も依然として存在しており、理念と現実の間にはまだギャップがあります2

この課題を乗り越えるためには、私たち一人ひとりが正確な知識に基づき、偏見をなくし、当事者の声に耳を傾けることが不可欠です。この記事が、トランスジェンダーの人々が自分らしく、健やかに、そして尊厳をもって生きられる社会を実現するための一助となることを心から願っています。

一人ひとりのまなざしや言葉が、目の前の誰かの生きやすさを左右します。今日知ったことを周囲と共有したり、差別的な発言に違和感を覚えたときに「その言い方は傷つけるかもしれない」と伝えることも、大切なアクションの一つです。

より詳しい情報や個人的な相談が必要な方へ

  • 医療的な相談: お近くのジェンダー専門クリニックや、日本GI(性別不合)学会の認定施設リストをご参照の上、専門医にご相談ください。
  • 心理的な相談・支援: 各都道府県の精神保健福祉センターや、トランスジェンダーを支援するNPO法人・市民団体などにご相談ください。性的マイノリティに関する相談に対応する電話相談やチャット相談(例:よりそいホットライン等)も整備が進んでいます20
  • 最新の臨床ガイドライン: 医療従事者や研究者の方は、WPATHおよび日本精神神経学会の公式サイトで最新のガイドラインをご確認ください。

参考文献

  1. 国立社会保障・人口問題研究所. (2023). 家族と性と多様性にかんする全国アンケート(概要). https://www.ipss.go.jp/projects/j/SOGI2/ZenkokuSOGISummary20231027R1.pdf
  2. 厚生労働省. (2020). 令和元年度厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書. https://www.mhlw.go.jp/content/000625161.pdf
  3. Cheung AS, et al. (2021). Hormone Therapy, Mental Health, and Quality of Life Among Transgender People: A Systematic Review. J Endocr Soc. 5(4):bvab011. doi:10.1210/jendso/bvab011. PMID: 33644622
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