日本では、虫垂炎は日常的によく遭遇する急性腹症の一つであり、生涯罹患率は7~14%、特に10~20代の若年層に多いとされていますが、近年では高齢者の症例も増加傾向にあります12。入院中に病院から食事指導を受けることが一般的ですが3、退院後の具体的な食事内容や、より詳しい情報、あるいは安心感を求めて情報を探される方も少なくないでしょう。
この記事は、虫垂切除術後の回復期にある日本の皆様に向けて、科学的根拠に基づいた実践的な食事療法を、わかりやすく包括的に解説することを目的としています。単に「避けるべき食品」を挙げるだけでなく、回復を積極的にサポートするための食事の選び方や工夫、そして最新の考え方についても触れ、皆様が安心して回復への道を歩めるよう、信頼できる情報を提供いたします。個々の回復状況や体質によって最適な食事内容は異なりますので、本ガイドは一般的な推奨事項としつつ、最終的には主治医の指示に従うことの重要性も強調します。
要点まとめ
- 手術直後は絶食から始め、医師の指示で水分、流動食、お粥へと段階的に食事を進めます。腸の動き(ガスの有無など)が再開のサインです。
- 術後約1ヶ月は消化管がデリケートなため、消化に悪い高繊維食(ごぼう、きのこ類)、脂質の多い食事(揚げ物、ラーメン)、刺激物(香辛料、アルコール、炭酸飲料)は避けることが重要です。
- 回復を助けるためには、お粥、うどん、白身魚、豆腐、卵、柔らかく煮た野菜など、消化が良く栄養価の高い食品を選び、「煮る」「蒸す」といった調理法を心掛けます。
- 一度にたくさん食べず、1日5~6回に分けて少量ずつ、よく噛んでゆっくり食べることが消化管への負担を減らします。
- 強い腹痛、発熱、嘔吐、傷口の異常などが見られた場合は、自己判断せず速やかに医療機関に相談してください。
手術直後から数日間の食事:基本のステップ
手術直後の数日間は、消化管がまだデリケートな状態にあるため、食事は慎重に、段階的に進めていくことが基本です。
手術当日(手術終了後)
手術当日は、麻酔からの覚醒状態や吐き気の有無などを考慮し、医師の指示に従います。一般的には、手術終了後しばらくは絶食(ぜっしょく)となります。しかし、状態が安定していれば、手術終了から6時間程度経過した後、看護師の見守りのもとで少量の水分摂取が許可されることがあります。水分を摂取して30分ほど様子を見て、特に問題がなければ、消化の良いものから食事が開始されることもあります3。
手術翌日以降 – 段階的な食事の開始
手術翌日からは、まず水分(水、薄いお茶、透明なスープなど)から開始し、それが問題なく摂取できれば、徐々に食事の内容を上げていきます。多くの病院では、以下のような段階で進められます。
- 水分摂取 (Clear fluids): 水、薄い麦茶、スポーツドリンク(医師の許可があれば)、具のない澄んだスープなど。
- 流動食 (Liquid diet): 重湯、葛湯、具のないポタージュスープ、ヨーグルトドリンクなど。
- 粥・軟食 (Soft diet): お粥(おかゆ)、パン粥、柔らかく煮たうどん、マカロニ、よく煮て潰した野菜、白身魚のほぐし身など4。
消化管の動きが回復してきたサインとして、「ガスが出る(おならが出る)」ことが一つの目安とされます4。医師や看護師は聴診器で腸の音(腸蠕動音:ちょうぜんどうおん)を確認し、食事開始の判断材料とします。
病院や手術の状況によって食事の進め方には多少の違いがあります。例えば、秋田市立病院のクリニカルパスでは、手術翌日の昼から全粥、夕食には普通食が提供されるケースも示されています5。一方で、越谷市立病院の資料では、手術翌日から水分摂取を開始し、ガスが出れば流動食、おかゆと進み、順調であれば術後2~3日で普通食となるのが一般的とされています4。また、武蔵野赤十字病院では、術後1ヶ月くらいまではお粥程度の食事で、退院前に栄養士から栄養指導を受けるとされています6。このように、食事の進展速度には幅があるため、必ず担当の医師や看護師、管理栄養士の指示に従い、焦らずゆっくりと進めることが大切です。ご自身の体調をよく観察し、無理のない範囲で進めていきましょう。
表:術後初期の食事ステップ(一般的な例)
段階 (Stage) | 時期(目安)(Timing – Guideline) | 許可されるもの (Allowed Foods/Drinks) | 注意点 (Key Points) |
---|---|---|---|
1. 水分期 | 手術当日~術後1日目 | 水、薄いお茶、具なしの澄んだスープ、経口補水液(医師の指示による) | 少量ずつ、ゆっくりと。冷たすぎるものは避ける。 |
2. 流動食期 | 術後1日目~2日目(状態による) | 重湯、葛湯、具なしのポタージュ、ヨーグルトドリンク、薄めた野菜ジュース | 腸の動き(ガスの有無など)を確認しながら。 |
3. 粥・軟食期 | 術後2日目~数日間(状態による) | お粥(三分粥~全粥)、パン粥、柔らかく煮たうどん、マカロニ、白身魚のほぐし身、豆腐、卵(半熟)、よく煮た野菜(繊維の少ないもの) | よく噛んで食べる。一度に多量に摂らない。 |
4. 普通食移行期 | 術後数日~1週間程度(状態による) | 柔らかめのご飯、食パン(耳なし)、消化の良いおかず(鶏むね肉、白身魚、豆腐など)を少量から | 消化の悪いもの、刺激物は避ける。体調を見ながら徐々に。 |
この表はあくまで一般的な目安です。必ず医師や管理栄養士の指示に従ってください。
術後1ヶ月間は特に注意!避けるべき主な食品リスト
手術後の約1ヶ月間は、消化管がまだ完全に回復しておらず、非常にデリケートな状態です。この期間に特定の食品を摂取すると、消化不良、腹痛、下痢、便秘といった不快な症状を引き起こしたり、回復を遅らせたりする可能性があります。そのため、特に注意して食事を選ぶ必要があります7。
以下に、術後1ヶ月間は避けるか、ごく少量に控えるべき主な食品群と、その代表的な例を挙げます。
1. 消化に悪いもの (Difficult to Digest Foods)
腸に負担をかけ、消化に時間がかかる食品です。
- 高繊維な野菜・根菜類: ごぼう、たけのこ、れんこん、きのこ類全般(しめじ、えのき、椎茸など)、海藻類(こんぶ、わかめ、ひじき、のり)7。これらは食物繊維が豊富ですが、術後の弱った腸には負担が大きすぎることがあります。
- 繊維の多い果物: パイナップル、柑橘類(みかん、グレープフルーツなど。特に袋ごと食べる場合や多量摂取)、ドライフルーツ7。
- 豆類: 大豆、枝豆、納豆(ひきわりでないもの)7。
- 玄米・全粒粉パンなど: 玄米、赤飯、玄米パン、胚芽入りパン7。
- こんにゃく・しらたき: 消化されにくく、腸内で停滞しやすい食品です7。
2. 脂質の多いもの (High-Fat Foods)
脂肪分が多い食事は消化に時間がかかり、下痢の原因となることがあります。
- 脂身の多い肉: 豚バラ肉、牛バラ肉、ひき肉(脂身の多いもの)、ハム、ベーコン、ソーセージ7。
- 揚げ物: 天ぷら、フライ、唐揚げ、コロッケ、フライドポテト、揚げ菓子(ドーナツ、ポテトチップスなど)7。
- 油を多く使った料理: ラーメン、チャーハン、焼きそば、スパゲッティ(クリーム系やオイル系)、カレーライス、中華料理全般7。
- その他: バター、マーガリン、生クリームを多量に使ったもの7。
3. 刺激物 (Stimulants and Irritants)
腸粘膜を刺激し、腹痛や下痢を引き起こす可能性があります。
- 香辛料: 唐辛子、カレー粉、わさび、からし、生姜、にんにく、こしょう、山椒など、特に多量に使用したもの7。
- 炭酸飲料: コーラ、サイダーなどの炭酸ガスを含む飲み物7。
- アルコール飲料: 日本酒、ビール、ワイン、焼酎など全てのアルコール類4。
- 濃いお茶・コーヒー: カフェインを多く含む濃い緑茶、紅茶、コーヒー7。
- 非常に熱いもの・冷たいもの: 極端に熱いスープや飲み物、アイスクリームや冷たいジュースの一気飲みなど7。
- 酸味の強いもの: 酢の物、柑橘類のジュース(特に濃いもの)8。
4. ガスを発生させやすい食品 (Gas-Producing Foods)
腸内でガスを発生させ、お腹の張りや不快感の原因となることがあります。
- 一部の野菜: キャベツ(生)、カリフラワー、ブロッコリー、ねぎ、玉ねぎ(生)、にら、大根(生で多量に)7。
- 豆類: (消化に悪いものと重複)大豆、あずき、えんどう豆など7。
- いも類: さつまいも、やまいも、くり7。
- 甲殻類: えび、かに(体質による)7。
5. その他注意が必要なもの (Other Foods Requiring Caution)
- 漬物: 特に硬いもの(たくあん、つぼ漬けなど)、塩分の強いもの7。
- 乳製品以外の発酵食品: キムチや一部の強い風味の発酵食品は、初期には刺激が強い場合があります7。
- 魚介類の加工品: かまぼこ、ちくわ(添加物や塩分に注意)、干物、佃煮、塩辛7。
これらの食品を避ける期間の目安として「術後1ヶ月間」がしばしば挙げられます7。これは、腸の機能が回復し、ある程度安定するまでにかかる一般的な期間と考えられます。ただし、回復には個人差があるため、この期間はあくまで目安とし、ご自身の体調や医師の指示に従うことが最も重要です。また、ある食品が複数のカテゴリーに該当する場合(例えば、豆類は高繊維かつガスを発生させやすい)は、特に慎重に扱う必要があります。これらのリストにある食品の多くは、日本人の食生活において馴染み深いものですが7、回復期には一時的に控えることで、よりスムーズな回復が期待できます。
表1:術後初期(特に1ヶ月間)に避けるべき主な食品と理由
食品群 (Food Group) | 具体例(日本食中心)(Specific Examples – Focusing on Japanese Foods) | 避けるべき主な理由 (Main Reason to Avoid) | 注意期間の目安 (Guideline for Avoidance Period) |
---|---|---|---|
消化に悪い高繊維食品 | ごぼう、たけのこ、れんこん、きのこ類、海藻類、玄米、こんにゃく、パイナップル | 消化が悪く腸に負担をかける、腹部膨満感の原因になる | 最初の数週間~1ヶ月程度 |
脂質の多い食品 | 脂身の多い肉(バラ肉等)、揚げ物(天ぷら、フライ)、ラーメン、チャーハン、バター・生クリームを多用した料理 | 消化に時間がかかり胃腸に負担、下痢の原因になることがある | 最初の数週間~1ヶ月程度 |
刺激物 | 香辛料(唐辛子、カレー粉、わさび等)、炭酸飲料、アルコール、濃いコーヒー・紅茶、極端に熱い・冷たいもの | 腸を刺激し、腹痛や下痢を引き起こしやすい | 最初の数週間~1ヶ月程度、アルコールは医師の許可が出るまで |
ガスを発生させやすい食品 | さつまいも、くり、豆類(大豆、あずき等)、キャベツ(生)、玉ねぎ(生)、炭酸飲料 | 腸内でガスを発生させ、お腹の張りや不快感の原因になる | 最初の数週間~1ヶ月程度、様子を見ながら少量ずつ |
硬い食品・加工品 | 硬い漬物(たくあん等)、干物、塩辛、スルメ | 物理的に硬く消化しにくい、塩分が多い場合がある | 最初の数週間~1ヶ月程度 |
この表は一般的な目安です。個人の状態により異なりますので、医師や管理栄養士にご相談ください。
なぜこれらの食品を避けるべきか?医学的根拠と注意点
手術後のデリケートな消化管にとって、特定の食品がなぜ負担となるのか、その医学的な理由を理解することは、食事療法を実践する上で非常に重要です。
腸の治癒への影響
虫垂切除術後は、虫垂があった部分やその周辺の組織が炎症を起こしたり、手術操作による影響を受けたりしています。これらの組織が完全に治癒するまでは、消化管全体が敏感になっています。
- 消化の負担: 食物繊維が非常に多い食品(ごぼう、きのこ類など)や、脂肪分が多い食品(揚げ物、脂身の多い肉など)は、消化酵素による分解や腸の蠕動運動による輸送に多くのエネルギーと時間を要します7。これにより、まだ回復途上にある腸に過度な負担がかかり、炎症を長引かせたり、不快感を引き起こしたりする可能性があります。
- 物理的な刺激: 硬い食品や、消化されにくい大きな塊は、腸壁を物理的に刺激することがあります。
消化器症状のリスク
特定の食品は、以下のような不快な消化器症状を引き起こすリスクを高めます。
- 下痢 (Diarrhea): 脂肪分の多い食品は、消化吸収が追いつかずに腸を刺激し、下痢を引き起こすことがあります。また、香辛料の強い食品、アルコール、一部の果物(例えば、みかんやももを多量に摂取した場合)や冷たい飲み物、アイスクリームなども、腸の蠕動運動を過剰に亢進させたり、腸管内の水分バランスを崩したりして、便が緩くなる原因となることがあります7。
- 便秘 (Constipation): 術後は痛み止めの影響や活動量の低下などから便秘になりやすい傾向があります。通常、食物繊維は便秘解消に役立ちますが、回復期に不溶性食物繊維(玄米、豆類、きのこ類などに多い)を急に多く摂りすぎると、腸の動きがまだ十分でない場合にはかえって便が硬くなったり、腸内で詰まったりして便秘を悪化させることがあります。水分摂取が不十分な場合も同様です。一方で、お米やパン、うどん、白身魚などは便を硬めにしやすい食品として挙げられていますが7、これらは初期の消化しやすい食事として推奨されるものであり、バランスが重要です。
- ガス・腹部膨満感 (Gas and Bloating): 豆類、いも類(さつまいも、やまいもなど)、キャベツやカリフラワーなどのアブラナ科の野菜、炭酸飲料などは、腸内でガスを発生させやすい代表的な食品です7。術後はお腹が張ると特に不快に感じやすいため、これらの食品は控えるのが賢明です。
- 吐き気・嘔吐 (Nausea and Vomiting): 脂っこすぎる食事、香辛料の強い食事、あるいは一度に大量に食べることは、吐き気や嘔吐を誘発する可能性があります。術後の消化機能はまだ不安定なため、胃腸に優しい食事が基本です。
段階的な再導入の重要性
ここで「避けるべき」とされている食品の多くは、健康な時には栄養価が高く、体に必要なものです。特に食物繊維は、長期的な腸内環境の維持に不可欠です。術後1ヶ月程度が経過し、体調が安定してきたら、これらの食品も少量ずつ、一品ずつ試しながら、徐々に食事に取り入れていくことが大切です。もし特定の食品で不快な症状が出た場合は、無理せず再度中止し、しばらくしてからもう一度試すか、医師や管理栄養士に相談しましょう。
重要なのは、ご自身の体の声に耳を傾けることです。一般的なガイドラインはありますが、食品に対する耐性には個人差が大きいため、少しでも不安や不快感があれば、無理をしないことが肝心です。
回復をサポートする推奨食品と食べ方の工夫
手術後の回復期には、消化しやすく、かつ栄養価の高い食品を選び、体に負担をかけない調理法や食べ方を工夫することが、スムーズな回復への鍵となります。
消化が良く栄養価の高い選択肢
以下に、術後の食事に適した食品群と具体的な例を挙げます。これらは、日本の食卓にも馴染み深いものが多く、取り入れやすいでしょう。
- 穀類 (Grains): エネルギー源として重要です。お粥(おかゆ)、軟飯(なんぴょう)7、うどん(柔らかく煮たもの)7、食パン(白いもの、耳は硬ければ除く)、マカロニ、そうめん7。
- いも類 (Potatoes/Tubers): よく加熱し、柔らかく調理します。じゃがいも、さといも、長芋、大和芋7。
- 果物 (Fruits): 初期は加熱したものや、繊維の少ないものを選びます。りんご(すりおろし、煮りんご)、バナナ(完熟したもの)、桃(缶詰やコンポートなど皮や種を除いたもの)。
- タンパク質源 (Proteins): 体の修復に不可欠です。鯛、たら、カレイなどの白身魚、半熟卵、茶碗蒸し、卵豆腐、鶏ささみ、鶏むね肉(皮なし)9、絹ごし豆腐、寄せ豆腐、高野豆腐、豆乳9。
- 野菜 (Vegetables): 繊維の少ない部分を選び、よく加熱して柔らかくします。大根、かぶ、人参、ほうれん草(葉の部分)、キャベツ(よく煮たもの)、冬瓜、かぼちゃ(皮や種を除く)9。
- 乳製品 (Dairy Products): カルシウムやタンパク質の補給源になります。牛乳(温めて飲むと良いでしょう)、ヨーグルト(プレーンで無糖のもの)、プロセスチーズなど9。6では「乳製品以外の発酵食品」を避けるよう指示があり、ヨーグルトなどの乳製品は比較的安心と考えられます7。
これらの食品は、単に「消化しやすい」だけでなく、体の修復に必要なタンパク質、活動のためのエネルギー源となる炭水化物、そして体の調子を整えるビタミンやミネラルをバランス良く含んでいます8。
調理方法のポイント
食材の栄養を活かしつつ、消化しやすくするための調理法を選びましょう。
- 煮る (Boil/Simmer): 食材を柔らかくし、消化しやすくします。薄味で調理しましょう。
- 蒸す (Steam): 油を使わずに調理でき、食材の風味も保てます。
- ゆでる (Boil): アクを取り除き、柔らかく仕上げます。
揚げ物や炒め物など、油を多く使う調理法は、回復期には避けましょう9。
食べ方の工夫
食べ方一つで、消化管への負担は大きく変わります。
- 少量頻回食のすすめ: 一度にたくさん食べるのではなく、1日5~6回に分けて、少量ずつ食べるようにしましょう9。これにより、消化管への負担を軽減できます。
- よく噛んで食べる: 食べ物を細かくすることで、消化酵素が働きやすくなり、消化を助けます7。一口30回程度を目安に、ゆっくりと時間をかけて味わいましょう。
- ゆっくりと時間をかけて: 早食いは空気を一緒に飲み込みやすく、お腹の張りの原因になることがあります。
- 水分補給も忘れずに: 食事中だけでなく、食間にもこまめに水分を摂りましょう。温かい飲み物や常温のものがおすすめです89。
表2:回復を助ける推奨食品とポイント
食品群 (Food Group) | 具体例(日本食中心)(Specific Examples – Focusing on Japanese Foods) | 推奨理由・ポイント (Reason for Recommendation/Key Points) | 摂取開始の目安 (Guideline for Starting Intake) |
---|---|---|---|
穀類 | お粥、軟飯、うどん(柔らかく煮たもの)、食パン(白いもの)、そうめん | 消化が良く、主要なエネルギー源となる。柔らかく調理する。 | 術後数日後、流動食に慣れた後から徐々に。 |
いも類 | じゃがいも、さといも、長芋(すりおろしや煮物)、かぼちゃ(皮なし) | ビタミン類を含み、柔らかくすれば消化しやすい。 | 術後数日後、よく加熱調理して。 |
果物 | バナナ(完熟)、りんご(すりおろし、煮りんご)、桃(缶詰など柔らかいもの) | ビタミン補給。初期は加熱したものや繊維の少ないものを選ぶ。 | 術後数日後、少量から。 |
タンパク質源 | 白身魚(たら、カレイ等)、鶏ささみ・むね肉(皮なし)、豆腐(絹ごし、寄せ)、卵(半熟、茶碗蒸し) | 体の修復に不可欠なタンパク質を補給。脂質の少ないものを選ぶ。蒸す、煮る調理法で。 | 術後数日後、消化の良いものから少量ずつ。 |
野菜 | 大根、人参、かぶ、ほうれん草(葉先)、白菜(芯を避ける) | ビタミン・ミネラル補給。繊維の少ない部分を選び、くたくたに煮る。 | 術後数日後、少量から。 |
乳製品 | 牛乳(温める)、ヨーグルト(プレーン)、プロセスチーズ(少量) | カルシウム、タンパク質補給。冷たすぎないように注意。 | 術後数日後、少量から。 |
飲み物 | 白湯、麦茶、薄めの番茶、野菜スープ(澄んだもの) | 水分補給。刺激の少ないものを選ぶ。 | 手術当日から医師の指示に従い開始。 |
この表は一般的な目安です。個人の状態により異なりますので、医師や管理栄養士にご相談ください。
最新の考え方:早期経口摂取と患者主導の食事
伝統的に、腹部の手術後は消化管を安静に保つため、長期間の絶食や非常にゆっくりとした食事の再開が一般的でした。しかし近年、この考え方は見直されつつあり、より早期からの栄養摂取が推奨される傾向にあります。
早期経口摂取 (Early Oral Feeding – EOF)
早期経口摂取とは、手術後、従来よりも早い段階で水分や食事の経口摂取を開始することを指します。多くの研究で、早期経口摂取が患者さんの回復に良い影響を与える可能性が示されています。例えば、2024年に発表された消化器外科手術後の早期経口摂取に関するメタアナリシスでは、早期経口摂取によって術後最初の排便までの時間が平均約0.99日、入院期間が平均約1.31日短縮し、術後合併症のリスクが約31%低下する可能性が報告されています10。このアプローチは「術後回復強化プログラム(ERAS)」の一つとしても重要視されています10。虫垂切除術後においても、早期の経口摂取が安全かつ効果的であり、主に入院期間の短縮というメリットがあることが示唆されています11。
患者主導の食事 (Patient-Controlled Nutrition – PCN)
患者主導の食事とは、初期の水分摂取が許可された後、厳格なスケジュールに従うのではなく、患者さん自身の空腹感や快適さ、好みに合わせて食事内容を上げていくという考え方です。腹腔鏡下虫垂切除術を受けた患者さんを対象とした研究では、このアプローチにより、伝統的な食事進行群と比較して有意に早く普通食に移行でき、入院期間も短縮したと報告されています1213。研究では、経口摂取の可否を判断する最も信頼できる指標は、患者自身の主観的な意見であるとも述べられています12。
重要な注意点
これらの新しいアプローチは、常に医師の監督のもとで実施されるべきです。ご自身の状況に適しているかどうかは、必ず担当の医師とよく相談してください。自己判断で食事内容を急に進めることは避けるべきです。日本の病院の診療計画でも比較的早い食事進行が見られることがありますが5、これらの国際的なエビデンスを理解しておくことは、ご自身の治療に主体的に関わる上で役立ちます。
日本人の食生活に合わせたアドバイス
これまでに推奨してきたお粥、うどん、豆腐、白身魚などは、日本の伝統的な食生活の中心となる食材であり、術後の回復期の食事として非常に適しています。これらは消化が良く、栄養バランスも整えやすいため、安心して取り入れることができます。
和食中心の献立例(術後1~2週目、流動食から移行後)
- 朝食: お粥(五分粥~全粥)、湯豆腐または温泉卵、柔らかく煮た野菜(人参、大根など)
- 昼食: 煮込みうどん(鶏ひき肉少量、柔らかく煮たネギなど)、温かい麦茶
- 夕食: 蒸し魚(たら、カレイなど)、軟飯、お味噌汁(具は豆腐など、薄めに)、野菜の煮物
- 間食: プレーンヨーグルト、プリン、カステラ(少量)、ゼリー、温めた牛乳7。
外食時の注意点
退院後、体調が安定してくれば外食の機会もあるかもしれません。その際は、あっさりとした和食を選び、刺激物や脂っこいものを避け、量を控えることが大切です7。よく噛んでゆっくり食べることを忘れずに。
コンビニエンスストアや市販品の活用
回復期には、レトルトのお粥、パックご飯、プレーンヨーグルト、豆腐製品、具の少ないスープ類などを上手に活用できます。選ぶ際は、栄養成分表示を確認し、脂質、食物繊維、塩分が少ないものを選ぶように心がけましょう。
表3:術後1週間の食事進行モデル(和食中心の例)
術後日数 (Post-Op Day) | 朝食 (Breakfast) | 昼食 (Lunch) | 夕食 (Dinner) | 間食 (Snacks) | ポイント (Key Points/Considerations) |
---|---|---|---|---|---|
1-2日目 | 重湯、具なしスープ | 重湯、野菜ジュース(薄めたもの) | 葛湯、具なしポタージュ | 白湯、麦茶 | 水分補給中心。医師の指示に従う。 |
3-4日目 | 三分粥~五分粥、味噌汁(上澄み)、卵豆腐 | 柔らかく煮たうどん(素うどん)、だし巻き卵(少量) | 五分粥~七分粥、白身魚の煮付け(ほぐし身)、煮奴 | プレーンヨーグルト、煮りんご | よく噛む。少量ずつ。便通を確認。 |
5-7日目 | 全粥または軟飯、焼き豆腐、野菜の味噌汁(柔らかい具) | 鶏ひき肉入りの雑炊、茶碗蒸し | 軟飯、鶏むね肉の蒸し物、かぼちゃの煮物 | バナナ、カステラ(少量) | 徐々に固形物を増やす。体調に合わせて調整。水分摂取も継続。 |
この表はあくまで一例であり、個人の回復状況や医師の指示によって異なります。
いつ通常の食事に戻せる?目安と注意点
合併症などがなく順調に回復すれば、多くの場合、術後数週間から1ヶ月程度で、かなり通常の食事に近い内容に戻すことができます67。ただし、ここでの「通常の食事」とは、バランスの取れた健康的な食事を指します。
食事内容を広げるサイン
現在の食事で不快な症状がなく、便通が規則的で食欲が安定していれば、徐々に食事内容を広げることを検討できます。
注意が必要な食品の再開方法
控えていた食品(食物繊維の多い野菜、脂質の多い肉など)を再開する際は、「一品ずつ、少量から試す」ことが鉄則です。新しい食品を試した後は1~2日体調を観察し、問題がなければ次のステップに進みます。もし不快な症状が出た場合は、無理せずその食品はしばらく避けましょう。
食事日記の活用
新しい食品を試す際には、「いつ、何を、どのくらい食べたか」そして「その後の体調」を記録する簡単な食事日記が役立ちます。これは、ご自身に合う食事のペースを把握する上で非常に有効です9。
長期的な視点
完全に回復した後も、バランスの取れた食事を心がけることは、長期的な消化器系の健康維持に繋がります。暴飲暴食や脂質の多い食事への偏りは、虫垂炎の予防という観点からも避けるべきとされています14。
健康に関する注意事項
- この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
- 食事療法を開始・変更する前、またサプリメントを摂取する前には、必ず主治医や管理栄養士にご相談ください。
- 下記のような症状が見られた場合は、自己判断せず、速やかに手術を受けた医療機関または主治医に連絡してください。
こんな時は医師に相談を
虫垂切除術後の回復は、ほとんどの場合順調に進みますが、万が一、以下のような症状が見られた場合は、自己判断せずに速やかに担当の医師や医療機関に相談してください。
- 持続する、または悪化する腹痛: 我慢できないほどの強い痛みや、徐々に強くなる痛み。
- 発熱: 38度以上の熱が続く場合や、悪寒(寒気)を伴う場合。
- 吐き気・嘔吐: 食事や水分を受け付けないほどの強い吐き気や、頻繁な嘔吐。
- 持続する下痢や便秘: 食事内容を調整しても改善しない重度の症状。
- 傷口の異常: 手術した傷口の周りが赤く腫れる、熱感がある、膿が出る、痛みが強くなるなどの感染兆候。
- 食事に関する強い不安: 十分な食事や水分が摂れず、脱水症状(尿量の減少、口の渇きなど)が心配される場合8。
これらの症状は、合併症のサインである可能性も考えられます。早期に適切な対処をすることが、重症化を防ぎます。不安なことは遠慮なく医師に相談しましょう4。
よくある質問
手術後、アルコールはいつから飲めますか?
アルコールは腸を刺激し、炎症を悪化させる可能性があるため、術後少なくとも1ヶ月は控えるのが賢明です4。抗生物質などの薬を服用している期間は絶対に禁酒してください。再開する際は、必ず事前に医師の許可を得て、ビール半分程度などごく少量から試すようにしましょう。ご自身の判断で再開するのは避けてください。
便秘がちなのですが、食物繊維は摂らない方が良いのでしょうか?
術後の便秘はよくあることですが、回復初期に不溶性食物繊維(ごぼう、玄米、きのこ類など)を急に多く摂ると、かえって便秘を悪化させることがあります。まずは、お粥やうどんなど消化の良い食事と十分な水分摂取を心がけ、体を動かすことも大切です。それでも改善しない場合は、医師に相談してください。体調が安定してきたら、水溶性食物繊維(熟したバナナ、煮りんご、柔らかく煮た人参など)から少量ずつ試していくと良いでしょう。
外食やコンビニ食で気をつけるべきことは何ですか?
退院後、体力が回復してくると外食の機会も増えます。その際は、消化の良い和食(煮魚定食、湯豆腐など)を選び、揚げ物や脂っこい中華料理、香辛料の強いカレーなどは避けましょう7。コンビニを利用する場合は、レトルトのお粥、茶碗蒸し、プレーンヨーグルト、具の少ないスープなどがおすすめです。いずれの場合も、「腹八分目より少なめ」を心がけ、よく噛んでゆっくり食べることが大切です。
いつ頃から手術前と全く同じ食事ができますか?
完全に元通りの食事に戻るまでの期間には個人差がありますが、一般的には術後1~2ヶ月が一つの目安です。しかし、「元通り」が脂っこいものや刺激物中心の食生活であった場合、それを機に食生活を見直すことをお勧めします。バランスの取れた食事は、長期的な健康維持に繋がります14。避けていた食品を再開する際は、一品ずつ少量から試し、ご自身の体調を注意深く観察する「ステップ方式」を取りましょう。
コーヒーや紅茶は飲んでも良いですか?
コーヒーや紅茶に含まれるカフェインは、胃腸を刺激することがあります7。術後1ヶ月程度は、濃いコーヒーや紅茶は避け、麦茶や番茶、白湯などのノンカフェイン飲料を選ぶのが無難です。再開する際は、薄めに淹れたものから少量試し、胃の不快感や腹痛が出ないか確認しましょう。ミルクを少し加えると、刺激が和らぐ場合もあります。
結論
虫垂切除術後の食事療法は、焦らず、ご自身の体の状態に合わせて段階的に進めることが最も重要です。手術直後は水分や流動食から始め、徐々にお粥や柔らかい食事へと移行し、消化管の回復を待ちます。術後1ヶ月程度は、消化の悪い食品、脂質の多い食品、刺激の強い食品は避け、胃腸に優しい、栄養バランスの取れた食事を心がけましょう。
特に、消化の良い食品を選び(お粥、うどん、白身魚、豆腐など)、調理方法を工夫し(煮る、蒸す)、少量ずつ、よく噛んで、ゆっくりと食べることが、スムーズな回復のためのポイントとなります。近年では、早期経口摂取や患者主導の食事といった新しい考え方も提唱されていますが、これらは必ず医師の指導のもとで行われるべきです。
食事は、私たちの体を作り、回復力を高める上で不可欠な要素です。適切な食事療法を実践することで、手術後の不快な症状を軽減し、より快適な回復期間を過ごすことができます。この記事が、虫垂切除術を受けられた皆様の、術後の食事に関する不安を少しでも和らげ、健やかな回復の一助となれば幸いです。一日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます。
参考文献
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