中耳炎と乳突炎のすべて:症状・原因から日本の最新治療法まで徹底解説
耳鼻咽喉科疾患

中耳炎と乳突炎のすべて:症状・原因から日本の最新治療法まで徹底解説

中耳炎は、特に小さなお子様を持つご家庭では非常に馴染みのある病気ですが、その背後にあるメカニズムや、時に重篤な合併症である「乳突炎(にゅうとつえん)」にまで至る危険性については、十分に理解されていないことも少なくありません。急性中耳炎がなぜ起こるのか、どのような場合に抗菌薬(抗生物質)が必要で、どのような場合に不要なのか、そしてどのような兆候があれば直ちに医療機関を受診すべきなのか。これらの疑問に答えるため、本稿ではJapaneseHealth.org編集部が、日本耳科学会や日本小児耳鼻咽喉科学会などが公表した最新の診療ガイドライン、国内外の学術論文、そして厚生労働省の公式統計データに基づき、中耳炎と乳突炎に関する包括的で信頼性の高い情報を提供します。この記事を通じて、読者の皆様が正確な知識を得て、お子様やご自身の健康を守るための一助となることを目指します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的ガイダンスへの直接的な関連性のみが含まれています。

  • 小児急性中耳炎診療ガイドライン 2024年版: 本記事における急性中耳炎の重症度分類、診断基準、および治療フローチャートに関する指針は、日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会、日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー感染症学会が発行したガイドラインに基づいています61044
  • 国際的な系統的レビュー(Loh Rら、Qian ZJら): 急性乳突炎の管理、特に内科的治療と外科的治療の比較に関する推奨事項は、査読付き学術誌『The Laryngoscope』および『The Journal of Laryngology & Otology』に掲載された系統的レビューに基づいています1731
  • StatPearlsおよびMSDマニュアル: 乳突炎の定義、病態生理、合併症、および診断に関する基本的な医学情報は、医療専門家向けの信頼性の高いデータベースであるStatPearlsおよびMSDマニュアルから引用されています526
  • 厚生労働省およびe-Stat: 日本における中耳炎の罹患率に関する統計データは、厚生労働省が実施した患者調査および政府統計の総合窓口(e-Stat)の公式データに基づいています1213

要点まとめ

  • 中耳炎は、耳管の機能不全により中耳に液体が溜まり、細菌やウイルスが感染して発症します。特に乳幼児に多く見られます23
  • 乳突炎は中耳炎の最も一般的で重篤な合併症であり、中耳の感染が側頭骨の乳突蜂巣に広がることで生じます4
  • 日本の2024年版ガイドラインでは、客観的なスコアリングシステムを用いて中耳炎の重症度を「軽症」「中等症」「重症」に分類し、治療方針を決定します6
  • 治療は重症度に応じて異なり、軽症では抗菌薬を使用せず経過観察を、中等症以上ではアモキシシリンなどの抗菌薬投与や鼓膜切開を検討します6
  • 耳の後ろの腫れや痛み、発赤は乳突炎の危険な兆候であり、生命を脅かす合併症を防ぐため、迅速な診断と治療(点滴抗菌薬や手術)が不可欠です27

中耳炎・乳突炎とは?

耳の構造と病気の仕組み

中耳炎(ちゅうじえん)とその合併症である乳突炎(にゅうとつえん)の本質を理解するためには、まず耳の解剖学的構造と各部位の生理的な関連性を把握することが極めて重要です。中耳は単一の空間ではなく、耳管(じかん)、鼓室(こしつ)、乳突洞(にゅうとつどう)、そして乳突蜂巣(にゅうとつほうそう)を含む、相互に連結した複雑な含気腔システムです。このシステム全体は、連続した粘膜で覆われています。

中耳と鼻の奥(上咽頭)をつなぐ管である耳管は、鼓膜の内外の圧力を均等に保ち、空気を送り込むという重要な役割を担っています1。耳のすぐ後ろにあるスポンジ状の骨である乳様突起(にゅうようとっき)も、乳突蜂巣と呼ばれる小さな気室で満たされており、この換気システムの一部を成しています。

中耳炎の病態は、多くの場合、この耳管の機能不全から始まります。特に小児において、風邪などの上気道感染症にかかると鼻咽頭の粘膜が腫れ、耳管が閉塞します2。この閉塞が換気を妨げ、中耳内に陰圧が生じて滲出液が溜まります。この液体が溜まった環境は、鼻咽頭から侵入した細菌やウイルスにとって理想的な繁殖場所となり、急性炎症、すなわち急性中耳炎(AOM)を引き起こすのです。

中耳炎と乳突炎の関連性は、まさにこの連続した解剖学的構造にあります。乳突蜂巣は中耳腔と直接つながっているため、中耳のいかなる炎症(中耳炎)も、本質的には乳突蜂巣の気細胞にある程度の炎症を伴います。これは「耳・乳突炎(otomastoiditis)」と呼ばれる状態です4。臨床的に「乳突炎」という診断が下されるのは、この炎症が進行して化膿性感染となり、蜂巣を隔てる薄い骨壁が破壊され、それらが合体して膿で満たされた大きな空洞を形成する「融合性乳突炎(coalescent mastoiditis)」に至った場合です5。したがって、乳突炎は独立した疾患ではなく、中耳炎の病態が直接的かつ予測可能に深刻化したものです。この事実は、重症の中耳炎を適切かつ迅速に治療することの重要性を強調しています。

中耳炎の種類と日本の状況

中耳炎は様々な形態で現れ、それぞれに適した治療戦略を立てるためには、これらを区別することが非常に重要です。患者が遭遇する主な3つのタイプは以下の通りです。

  • 急性中耳炎(AOM): 中耳の急性の感染症で、激しい耳の痛み、発熱、そして鼓膜が破れた場合には耳だれ(膿が流れ出ること)といった症状が突然現れるのが特徴です6
  • 滲出性中耳炎(OME): 中耳腔に液体が溜まっているものの、急性の感染兆候(痛みや発熱)がない状態です1。主な症状は難聴や耳の閉塞感、耳鳴りなどです2。OMEをAOMと誤診すると、不要な抗菌薬の使用につながり、副作用や薬剤耐性の増加を助長する可能性があります9。そのため、日本のガイドラインでは、これら二つの状態を区別するために鼓膜を注意深く観察することの重要性が特に強調されています10
  • 慢性中耳炎: 炎症が長期にわたり、持続的な鼓膜の穿孔(穴)や再発性の耳だれを伴うことが多い状態です。より深刻な合併症や永続的な聴力低下につながる可能性があります7

日本において、中耳炎は一般的な健康問題です。厚生労働省のデータによると、2014年に中耳炎で治療を受けた総患者数は21万9000人でした12。e-Statのデータをさらに分析すると、罹患率は低年齢層で最も高いことが示されています13。特に2歳未満の子供は最もリスクの高い集団です5。その理由は、子供の解剖学的特徴にあります。耳管が大人に比べて短く、より水平に位置しているため、細菌が鼻咽頭から中耳へ移動しやすいのです。加えて、子供の免疫システムが未熟であることも、感染症への感受性を高める要因となっています3

乳突炎:見過ごせない中耳炎の合併症

乳突炎(VXC)は、細菌感染が乳様突起の気房(乳突蜂巣)にまで及び、骨構造の炎症と破壊(骨髄炎)を引き起こし、通常は膿瘍の形成を伴う状態と定義されます4。これは、急性中耳炎(VTGC)における最も一般的で重篤な頭蓋内合併症です4

抗菌薬の登場により、乳突炎の発生率は抗菌薬登場以前の時代と比較して劇的に減少しました5。しかし、乳突炎は依然として重大な臨床的課題です。現代医学の逆説として、かつて乳突炎を稀な病気にしたツール(抗菌薬)が、今日では間接的にその存続の新たな道筋を作り出しています。日本の臨床ガイドラインでも大きなテーマとなっている薬剤耐性菌の増加は、初期の中耳炎治療が失敗する可能性があることを意味します10。不完全に治療された、あるいは耐性菌による中耳炎こそが、乳突炎へと至る主要な経路なのです19。したがって、薬剤耐性との戦いは、乳突炎のような重篤な合併症を防ぐことと直接的に関連しています。

乳突炎の最もリスクが高いのは2歳未満の乳幼児で、特に再発性の中耳炎の既往がある、または治療が不完全であった子供たちです5。迅速な介入がなければ、乳突炎は生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があります。これには以下のようなものが含まれます。

  • 骨膜下膿瘍(耳の後ろの腫れ)
  • 顔面神経麻痺
  • 迷路炎(めまいと聴力損失を引き起こす)
  • 髄膜炎および頭蓋内膿瘍
  • 静脈洞血栓症5

警告すべきことに、高度な画像診断技術や強力な抗菌薬が存在する現代医療の時代にあっても、小児における乳突炎の合併症による死亡率は10%に達します5。この事実は、この疾患の危険性と、早期診断および積極的な治療の必要性を明確に示しています。


病院での診断方法:日本の最新基準

急性中耳炎(VTGC)の診断:2024年ガイドラインより

急性中耳炎を正確に診断することは、適切な治療戦略を決定するための最初の、そして最も重要なステップです。2024年の日本の最新臨床ガイドラインによると、急性中耳炎の診断は、患者が訴える症状(自覚症状)だけでなく、診察時の客観的な所見(他覚所見)によって確認されなければなりません6

診断基準は、以下の組み合わせを必要とします。

  1. 急性の発症:耳痛、発熱、または耳漏(耳だれ)といった症状が48時間以内に突然現れること6
  2. 耳鏡検査による中耳炎の所見:これが決定的な要素です。医師は、鼓膜に以下の所見のうち少なくとも一つを観察しなければなりません。
    • 膨隆(ぼうりゅう):内部に溜まった膿の圧力により、鼓膜が外側に膨らんでいる状態。これは最も重要で、診断において最も重みのある所見です6。米国小児科学会(AAP)のガイドラインも、中等度から重度の鼓膜の膨隆を診断のゴールドスタンダードとして強調しています24
    • 発赤(ほっせき):鼓膜が明らかに赤くなっており、炎症状態を示している。
    • 耳漏(じろう):外耳炎が原因ではない、耳からの膿性の分泌物があること6

これらの所見を正確に評価するため、日本のガイドラインでは手術用顕微鏡または耳用内視鏡の使用が強く推奨されています。これらの器具を用いることで、鼓膜を詳細かつ拡大して観察でき、通常の耳鏡よりも正確な診断が可能になります6

急性中耳炎の重症度スコアリングシステム(日本独自)

日本の急性中耳炎へのアプローチにおける顕著で精巧な特徴は、病気の重症度を客観的に分類するためのスコアリングシステムの使用です。このシステムは単なる診断ツールではなく、診療プロセスを標準化し、ガイドラインの主要な目標である抗菌薬の適正使用を促進するための根幹をなすものです10。「重症」や「軽症」といった主観的な用語に頼る代わりに、このシステムは各要素に特定の点数を割り当て、それによって次の治療方針を決定する合計スコアを算出します6

2024年版日本臨床ガイドラインによる急性中耳炎の重症度スコアリングシステムを以下に詳述します。

表1:急性中耳炎(VTGC)重症度スコア(2024年版)615

項目 詳細 点数
年齢 24ヶ月以上 0
24ヶ月未満 3
症状 耳痛なし 0
耳痛あり 1
持続・強度の耳痛 2
発熱なし(37.0℃未満) 0
37.0℃~38.0℃ 1
38.0℃超 2
啼泣・不機嫌なし 0
啼泣・不機嫌あり 1
鼓膜所見 発赤なし 0
発赤(一部) 2
発赤(全体) 4
膨隆なし 0
膨隆(一部) 4
膨隆(全体) 8
耳漏なし 0
耳漏あり(鼓膜観察可能/不能) 4/8

合計スコアによる評価:

  • 軽症:5点以下
  • 中等症:6~11点
  • 重症:12点以上

このシステムは、膨隆や耳漏といった客観的な所見に最も高い点数が割り当てられており、鼓膜の診察が中心的な役割を果たすことを強調しています。年齢も独立した重症化リスク因子と見なされています15

乳突炎の診断:臨床的アプローチと画像診断

乳突炎の診断は、主に臨床所見に基づいて行われ、特に患者が最近中耳炎にかかった既往がある場合に疑われます5。医師は以下の典型的な兆候と症状を探します。

  • 持続または悪化する中耳炎の症状:治療にもかかわらず持続する耳の痛み、下がらない高熱、そして絶え間ない耳だれ26
  • 特徴的な耳介後部の所見:これらは最も重要な兆候で、耳の後ろの乳様突起部分の腫脹(swelling)、発赤(erythema)、そして圧痛(tenderness)が含まれます27
  • 耳介聳立(じかいしょうりつ):乳様突起の腫れと膿の蓄積により、耳介が前方および下方に押し出される状態。これは乳突炎に非常に特異的な兆候です28

診断は主に臨床的に行われますが、画像診断法は感染の範囲を評価し、合併症を検出するために重要な役割を果たします。造影剤を用いたコンピュータ断層撮影(CTスキャン)が第一選択の画像診断法です20。CTスキャンは、乳突蜂巣内の骨壁の破壊、膿瘍(骨膜下または頭蓋内)の存在、そして隣接する構造物への感染の広がりを明確に映し出すことができます20

非典型的な症例や治療に反応しない場合には、鑑別診断が必要です。特に小児では、横紋筋肉腫やランゲルハンス細胞組織球症などの腫瘍や自己免疫疾患も、乳突炎と同様の症状を引き起こす可能性があります5


【2024年最新】治療法の全貌

急性中耳炎の治療:日本のフローチャートに基づくアプローチ

2024年に更新された日本の小児急性中耳炎治療フローチャートは、前述の重症度スコアリングシステムに基づいた段階的なアプローチです。その目的は、効果的な治療を行いつつ、不要な抗菌薬の使用を抑制することにあります。

表2:小児急性中耳炎 治療フローチャート概要(日本、2024年版)6

重症度(点数) 初期対応 3-4日後改善ない場合 さらに改善ない場合
軽症 (≤ 5点) 3日間は抗菌薬なしで経過観察。鎮痛薬(アセトアミノフェン)のみ使用。 高用量アモキシシリン(AMPC)を開始。 より広域の抗菌薬(CVA/AMPC, CDTR-PI)への変更を検討。
中等症 (6-11点) 直ちに高用量アモキシシリン(AMPC)を開始。 より広域の抗菌薬(CVA/AMPC, CDTR-PI)へ変更、または鼓膜切開を検討。 より強力な抗菌薬(TBPM-PI)と鼓膜切開を併用。
重症 (≥ 12点) 直ちに広域抗菌薬(CVA/AMPC)を開始、かつ鼓膜切開を実施。 より強力な抗菌薬(TBPM-PI, TFLX)へ変更し、再度の鼓膜切開も考慮。 入院と注射抗菌薬(例:CTRX, ABPC)の使用を検討。

略語: AMPC = アモキシシリン; CVA/AMPC = クラブラン酸/アモキシシリン; CDTR-PI = セフジトレン ピボキシル; TBPM-PI = テビペネム ピボキシル; TFLX = トスフロキサシン; CTRX = セフトリアキソン; ABPC = アンピシリン.

2024年のガイドラインで注目すべき点の一つは、ペニシリン耐性菌の増加に対応するため、軽症例であっても(抗菌薬が必要な場合)より高用量のアモキシシリンの使用を推奨する傾向にあることです18

痛みの管理は、どの重症度においても治療の重要な部分です。耳の痛みや38.5℃以上の発熱がある小児には、アセトアミノフェンが10-15 mg/kgの用量で推奨されます6

乳突炎の管理:内科的治療 vs. 外科的治療

日本のガイドラインは主に中耳炎に焦点を当てていますが、乳突炎の管理は、多くの研究や系統的レビューからのエビデンスに基づいた国際基準に準拠することが一般的です。治療戦略は、重症度と合併症の有無に応じて、内科的治療と外科的介入を組み合わせます。

表3:乳突炎の治療選択肢の比較5

治療法 説明 主な適応 成功率(推定) リスク・注意点
抗菌薬静脈内投与(IV) 広域スペクトルの抗菌薬(例:セフトリアキソン)を静脈から投与。通常、入院が必要。 全ての乳突炎症例に対する第一選択。特に合併症のない症例。 72% – 96%(合併症のない症例で単独または鼓膜切開と併用した場合)。 綿密なモニタリングが必要。失敗すると重篤な合併症に至る可能性。
鼓膜切開 +/- 換気チューブ留置 中耳から膿を排出するために鼓膜に小さな切開を入れる。切開を開いたままにするために小さなチューブを留置することもある。 ほとんどの乳突炎症例。圧力を下げ、膿を排出し、培養検体を採取するためにIV抗菌薬と同時に実施。 IV抗菌薬との併用で非常に高い(鼓膜切開で94%以上の成功率)。 侵襲的な手技で、麻酔が必要。チューブが詰まったり早期に脱落したりする可能性。
乳突洞削開術 感染・破壊された乳突蜂巣を除去し、膿瘍を排出する手術。 48時間以内に内科的治療が奏効しない場合、合併症(膿瘍、顔面神経麻痺、頭蓋内合併症)がある場合、慢性疾患の場合。 ほぼ100%(最も根治的な治療法とされる)。 大手術であり、全身麻酔が必要。近接する構造物(顔面神経、迷路)を損傷するリスク。

合併症のない乳突炎の初期治療は、通常、入院、IV抗菌薬の投与、そして排膿のための鼓膜切開です5。患者は綿密に監視されます。48時間以内に臨床状態が改善しないか悪化した場合、乳突洞削開術が適応となります5。骨膜下膿瘍のような合併症がある場合、通常、乳突洞削開術が必須となります26

抗菌薬耐性の問題と病原体の変化

抗菌薬耐性は世界的な公衆衛生上の課題であり、中耳炎の治療に直接影響を与えています。肺炎球菌ワクチン(PCV)の広範な使用は、病気を引き起こす細菌の生態系を大きく変化させました。

「血清型置換」として知られる現象が明確に記録されています。ワクチンに含まれる肺炎球菌の型(ワクチン血清型)は大幅に減少しましたが、これによりワクチンに含まれていない型(非ワクチン血清型)が優勢となり、より一般的な病原体となっています33。日本でのデータによると、PCV導入後、肺炎球菌による急性中耳炎の割合は減少し、一方で非莢膜型インフルエンザ菌(NTHi)による割合が相対的に増加しています35

さらに、不適切な抗菌薬の使用—例えば、不十分な用量や、症状が少し改善しただけでの自己判断による早期の中断—は、耐性菌の選択と増殖を促す主な原因です18。これが、日本を含む世界中の臨床ガイドラインが「抗菌薬の適正使用」戦略を強調する理由です。治療が必要な症例に対して、比較的狭域の抗菌薬であるアモキシシリンを第一選択薬として優先することは、本当に重症で治療が困難な症例のために、より広域の抗菌薬の効果を温存するという意図的な戦略なのです10


よくある質問(FAQ):保護者の疑問に専門医が回答

保護者の実際の懸念に対して明確な回答を提供することは、不安を和らげるだけでなく、信頼を築く上でも重要です。

夜中に子供が突然耳が痛いと泣き出しました。どうすればいいですか?

まずは落ち着いて、解熱鎮痛薬を使用してください。お子様の体重に合った量のアセトアミノフェンやイブプロフェンが有効です。危険な兆候がない限り、夜間に救急外来へ駆け込む必要はありません。翌朝、耳鼻咽喉科を受診しましょう37

どのような場合に救急受診すべきですか?

警告サインがある場合です。具体的には、下がらない高熱、激しい痛みが続く、ぐったりしている、何度も嘔吐する、首が硬直している、そして特に耳の後ろに腫れ・赤み・痛みがある場合(乳突炎の疑い)です40

中耳炎のとき、お風呂やプールに入ってもいいですか?

お風呂は、高熱でなければ入っても構いませんが、耳に水が入らないように注意が必要です。プールは、急性期、鼓膜切開後、または換気チューブが入っている間は絶対に入ってはいけません11

中耳炎になるたびに抗菌薬(抗生物質)は必要ですか?

必ずしも必要ではありません。軽症の急性中耳炎の場合、多くは自然に治るため、医師は2~3日間の経過観察を提案することがあります。これにより、不要な抗菌薬の使用を減らし、薬剤耐性のリスクを低減できます9

まだ話せない赤ちゃんが中耳炎かどうか、どうすればわかりますか?

間接的なサインに注意してください。原因不明の発熱、いつもより機嫌が悪く泣きやまない、夜眠れない、ミルクの飲みが悪い、頻繁に耳を触ったり引っ張ったりする、といった行動が見られます3

中耳炎は自然に治りますか?

軽症であれば治る可能性があります。しかし、滲出性中耳炎や慢性中耳炎への移行を防ぎ、聴力への影響を避けるためにも、医師の指示通りに再診し、耳が完全に治癒したことを確認することが非常に重要です38

家庭でのケアと注意すべき兆候

具体的で安全、かつ実践的な指示を提供することで、保護者は自信を持って家庭でのお子様のケアを行い、医療的助けが必要なタイミングを認識することができます。

  • 痛みの管理:これが最優先事項です。
    • アセトアミノフェン(例:カロナール):必要に応じて4~6時間ごとに10-15 mg/kgの用量で使用します6
    • イブプロフェン:必要に応じて6~8時間ごとに5-10 mg/kgの用量で使用します(生後6ヶ月以上の小児のみ)43
    • 重要:常に体重に基づいた用量を守り、過剰摂取は避けてください。重篤な脳・肝臓疾患であるライ症候群のリスクがあるため、小児にアスピリンは絶対に使用しないでください38
  • 鼻の衛生:鼻と耳は耳管を介して密接に関連しています。お子様の鼻の通りを良く保つことは、中耳炎の治療と予防において非常に効果的な補助手段です。
    • 鼻を優しくかむことを促します(方法を知っている場合)。
    • 鼻づまりは中耳炎のリスクを高めるため、鼻水が多い場合は鼻吸い器を使って乳幼児の鼻水をこまめに除去しましょう11
  • 治療の遵守:医師が抗菌薬を処方した場合、症状が改善しても、指示された期間、用法・用量を守り、薬を完全に飲み切ることが極めて重要です。早期に薬を中止すると、細菌が完全に死滅せずに耐性菌として生き残る可能性があります36
  • 経過観察と再診:
    • 早期再診のサイン:治療開始後2~3日経っても発熱や耳の痛みなどの症状が改善しない、または悪化する場合は、直ちに医師に連絡してください18
    • 予定通りの再診:痛みや熱がなくなっても、中耳の液体がなくなり、鼓膜が正常に戻ったことを確認するために、医師の指示に従って再診することが必要です。これにより、滲出性中耳炎や聴力低下といった長期的な合併症を防ぎます38
  • 再発予防:
    • 予防接種:肺炎球菌ワクチン(PCV)や毎年のインフルエンザワクチンなど、予防接種を完全に受けていることを確認してください。これらは中耳炎につながる呼吸器感染症の主な原因です43
    • 手洗い:石鹸を使った頻繁な手洗いで、風邪などの感染症のリスクを減らします。
    • 受動喫煙の回避:タバコの煙のある環境は、小児の耳鼻咽喉科疾患の罹患率を高めることが証明されているリスク因子です36

結論

中耳炎と、その深刻な合併症である乳突炎は、特に乳幼児の健康において重要な課題です。日本の最新の診療ガイドラインが示すように、診断の鍵は、症状だけでなく、顕微鏡や内視鏡を用いた正確な鼓膜所見にあります。客観的な重症度スコアに基づく段階的な治療アプローチは、抗菌薬の適正使用を推進し、薬剤耐性の拡大を防ぐ上で中心的な役割を果たします。

保護者の皆様にとっては、アセトアミノフェンなどによる適切な疼痛管理、鼻の衛生管理、そして医師の指示に従った治療の遵守が、お子様の速やかな回復を助けます。同時に、耳の後ろの腫れや痛み、下がらない高熱といった乳突炎を疑う危険なサインを見逃さず、迅速に医療機関を受診することが、重篤な合併症を防ぐために不可欠です。正確な知識と注意深い観察を通じて、私たちは子供たちの大切な聴覚と健康を守ることができるのです。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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