専門医が徹底解説：胸郭出口症候群の治し方｜原因・症状から最新治療、セルフケアの全て

もしかして、あなたも？胸郭出口症候群の代表的な症状とセルフチェック

「洗濯物を干すだけで腕がだるくなる」¹、「電車のつり革を持つのが辛い」、「指先に力が入らず、細かい作業が難しい」²、「このまま治らないのではないかと不安で仕方がない」³。これらは、胸郭出口症候群に悩む多くの患者さんから実際に聞かれる声です。あなたのその辛さは、決して気のせいではありません。この疾患は、単なる腕や肩の問題だけでなく、日常生活の質を著しく低下させる深刻な状態なのです。

主な症状は、腕を上げた際に顕著になる、腕から手にかけてのしびれ、ジンジンするような痛み、脱力感、そして血行不良による冷感です⁹。しかし、これら典型的な症状だけでなく、患者さんをさらに不安にさせる非典型的な症状も存在します。例えば、原因不明の「息苦しさ」²²や、マッサージをしても改善しない「頑固な肩こり」²も、胸郭出口症候群のサインである可能性があります。周囲に理解されにくいこれらの症状が、患者さんを精神的にも追い詰めてしまうのです²。

胸郭出口症候群とは？3つのタイプと原因をわかりやすく解説

胸郭出口症候群は、首の付け根から腕の付け根にかけて存在する「胸郭出口」という狭いトンネルで、腕へ向かう神経の束（腕神経叢）や血管（鎖骨下動脈・静脈）が圧迫されたり、牽引されたりすることで発症します。日本整形外科学会（JOA）も、この圧迫が原因で多彩な症状が引き起こされる状態と定義しています¹²。

圧迫が起こりやすい場所は主に3箇所あり、それによって以下の3つのタイプに分類されます¹³。

なぜ圧迫が起こるのか？主な原因

胸郭出口症候群の発症には、生まれつきの身体的特徴と、後天的な生活習慣の両方が関与します。主な原因は以下の通りです。

• 身体的特徴:
  • なで肩: 特に20代から30代の女性に多く見られ、常に神経や血管が下方に引っ張られる「牽引型」の原因となります⁸。
  • いかり肩で筋肉質: 重いものを運ぶ職業や、ウェイトトレーニングを行う男性に多く、発達した筋肉が神経や血管を「圧迫」します⁸。
  • 頸肋（けいろく）: 本来はないはずの余分な肋骨が首にある先天的な異常で、これが神経や血管を圧迫することがあります³¹。
• 生活習慣・環境:
  • 長時間のデスクワークやスマートフォンの使用: 猫背や前かがみの姿勢が続き、首や肩周りの筋肉に過度な負担がかかります³⁵。
  • 重い荷物を持つ: リュックサックや重いショルダーバッグを日常的に使用すると、肩周りが圧迫されます⁹。
  • スポーツ: 野球の投球動作やバレーボールのスパイクなど、腕を高く上げる動作を繰り返すスポーツ選手に発症しやすいです⁸。
  • 外傷: 鎖骨や第一肋骨の骨折、むち打ち損傷などがきっかけとなることがあります。

なぜ診断が難しいのか？専門医が行う検査と診断プロセス

胸郭出口症候群の診断は、しばしば困難を伴います。その理由は、症状が頚椎椎間板ヘルニアや手根管症候群など、他の疾患と非常によく似ているためです¹⁴。そのため、専門医は他の病気の可能性を一つずつ排除していく「除外診断」というプロセスを慎重に進めます²⁹。診断が確定するまでに複数の医療機関を渡り歩く「ドクターショッピング」を経験する患者さんが少なくないのは、この診断の難しさが一因です⁴。

診断プロセスは、詳細な問診から始まります。いつから、どのような状況で症状が出るか、仕事や生活習慣などを詳しく聞き取ります。その後、以下のような理学所見や検査が行われます。

• 誘発テスト: 特定の姿勢や動作で症状が再現されるかを確認するテストです。アドソンテスト（斜角筋）、ライトテスト（小胸筋）、そして前述のルーステストなどがあります¹¹。厚生労働省の研究報告書でも言及されているモーリーテスト（鎖骨の上のくぼみを指で圧迫して症状を誘発する）も重要な診察法です²⁵。ただし、これらのテストの特異度や感度には限界があり、あくまで補助的な診断材料とされます³⁰。
• 画像検査: X線（レントゲン）検査で頸肋の有無を確認します¹³。また、MRIやCTアンギオグラフィ（造影剤を使ったCT検査）を用いて、神経や血管の圧迫の様子を視覚的に評価することもありますが、必ずしも異常が写るとは限りません²⁹。
• 電気生理学的検査: 神経伝導速度検査や針筋電図検査で、神経の伝達速度や筋肉の状態を調べ、他の末梢神経障害との鑑別を行います¹³。
• 斜角筋ブロック注射: 診断的価値のある検査として、超音波ガイド下に斜角筋へ局所麻酔薬を注射する方法があります。この注射によって一時的に症状が著しく改善する場合、斜角筋が原因である可能性が高いと判断できます。

診断がつかない期間は非常に不安なものですが、それはあなたの症状が否定されたわけではありません。信頼できる専門家と共に、根気強く原因を探っていくことが重要です。

胸郭出口症候群の治療法：保存療法から手術まで選択肢のすべて

治療の目標は、神経や血管への圧迫を取り除き、症状を緩和して日常生活の質を改善することです。治療法は、症状の重さや原因に応じて段階的に選択されます。

1. 基本となる保存療法（まず行うべきこと）

ほとんどの胸郭出口症候群は、手術を必要としない保存療法で症状の改善が期待できます。治療の第一選択肢であり、基本となります。

• 生活習慣の改善: 症状を誘発する動作や姿勢を避けることが最も重要です。重いリュックサックやショルダーバッグを避ける、腕を高く上げたままの作業を減らす、長時間のデスクワークではこまめに休憩を取るといった工夫が求められます⁹。
• 理学療法: 専門の理学療法士の指導のもと、姿勢矯正や筋力強化、ストレッチなどを行います¹¹。特に、肩甲骨周りの筋肉を安定させ、胸郭を広げるような運動が中心となります。
• 薬物療法: 痛みを和らげるために非ステロイド性消炎鎮痛薬（NSAIDs）や、筋肉の緊張をほぐす筋弛緩薬が用いられます¹⁰。しびれや神経由来の痛みが強い場合には、神経障害性疼痛治療薬（プレガバリンなど）が処方されることもあります。

2. 専門家が教えるストレッチ＆エクササイズ完全ガイド【図解】

保存療法の中心となるのが、セルフケアで行うストレッチです。硬くなった筋肉を伸ばし、神経や血管の通り道を広げることを目的とします。以下に代表的なストレッチを紹介しますが、実施する際は専門家の指導を受けることをお勧めします。

3. 注射療法と手術（専門医と相談する高度な治療）

数ヶ月間の保存療法を行っても症状が改善しない、あるいは悪化する重症例では、より積極的な治療が検討されます。

• ボツリヌス毒素注射: 緊張した斜角筋や小胸筋にボツリヌス毒素を注射し、筋肉を麻痺させて圧迫を和らげる治療法です。効果は一時的ですが、症状の緩和や手術適応の判断材料として用いられることがあります。
• 外科的治療（手術）: 手術は、日常生活に深刻な支障が出ている場合に最終手段として検討されます。最も一般的なのは、第一肋骨を切除して物理的に胸郭出口を広げる「第一肋骨切除術」です。その他、圧迫の原因となっている斜角筋を切離する「斜角筋切離術」などがあります。

日本の名医と専門外来：どこで相談すればいい？

胸郭出口症候群の診断と治療には、高度な専門性が求められます。もし症状にお悩みであれば、どの医療機関を受診すべきか迷うことでしょう。一般的なプロセスとしては、まずはお近くの整形外科を受診し、そこで診断がつかない場合や、より専門的な治療が必要と判断された場合に、専門外来へ「紹介状」を書いてもらうのがスムーズです¹⁴。

日本国内には、胸郭出口症候群の治療を専門とする外来や、この分野で著名な医師が在籍する医療機関がいくつか存在します。以下にその一部を挙げます。

• 慶友整形外科病院（群馬県）: 古島弘三医師や高橋啓医師が率いる「慶友胸郭出口症候群センター」は、日本屈指の専門施設として知られています²⁴。
• 伊勢原協同病院（神奈川県）: 「TOS外来」という専門外来を設けており、多くの患者を受け入れています¹⁸。
• 血管外科医 笹嶋唯博医師: 複数の施設で診療を行っており、特に血管性の胸郭出口症候群治療の専門家としてウェブサイトで情報を発信しています⁴⁰。

これらの情報は一例です。お住まいの地域で専門医を探す際は、かかりつけ医に相談するか、各大学病院のウェブサイトなどで専門分野を確認することをお勧めします。

よくある質問

結論

胸郭出口症候群は、その診断の難しさと症状の多様性から、多くの患者さんを肉体的にも精神的にも苦しめる疾患です。しかし、この記事で解説したように、その原因や病態は解明されつつあり、治療には多くの選択肢が存在します。最も重要なのは、自身の症状を正しく理解し、安易な情報に惑わされず、信頼できる専門家の診断を仰ぐことです。そして、治療の主役は患者さん自身です。生活習慣の改善やセルフケアに主体的に取り組むことが、症状改善への確かな一歩となります。あなたの長いトンネルに光が差すことを信じて、あきらめずに、正しい知識で治療への道を踏み出してください。