この記事の科学的根拠
本記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に、本記事で提示されている医学的指針に直接関連する実際の情報源を記載します。
- 国立がん研究センター (National Cancer Center Japan): 日本におけるがん登録データ、罹患率、死亡率、生存率などの主要な統計に関する指針は、国立がん研究センターが公開する情報に基づいています1。
- 日本食道学会 (The Japan Esophageal Society): 食道がんの診断、治療、および臨床的アプローチに関する専門的な指針は、日本食道学会が発行する「食道癌診療ガイドライン」に基づいています2。
- 国際がん研究機関 (IARC): アルコール飲料の代謝産物であるアセトアルデヒドがヒトに対する発がん性物質(グループ1)であるという分類に関する指針は、国際がん研究機関の評価に基づいています3。
- JPHC研究 (Japan Public Health Center-based Prospective Study): 果物や野菜の摂取と食道がんリスクの関連性など、日本人の生活習慣に関するエビデンスは、大規模前向きコホート研究であるJPHC研究の成果に基づいています4。
- 東京医科歯科大学の研究: 口腔内細菌が食道がんのリスクを高める可能性に関する指針は、特定の細菌(例:Streptococcus anginosus)と食道がんリスクの関連を定量的に示した東京医科歯科大学の画期的な研究に基づいています5。
要点まとめ
- 日本の食道がんの約90%は「扁平上皮がん(ESCC)」であり、主な原因は飲酒と喫煙の相乗効果です67。
- 日本人を含む東アジア人の約半数は、発がん物質アセトアルデヒドを分解する酵素(ALDH2)の働きが弱い遺伝的体質を持っています7。
- 「飲酒で顔が赤くなる」現象は、この遺伝的体質を持つ証拠であり、食道がんリスクが極めて高いことを示す重要な医学的警告サインです8。
- 口腔内の特定の細菌がアルコールをアセトアルデヒドに変換し、局所的ながんリスクを高める可能性が指摘されており、口腔衛生の重要性が示唆されています5。
- 食道がんは早期発見が生存率を劇的に改善させるため、危険因子を理解し、リスクの高い個人は定期的な検診を検討することが極めて重要です9。
日本における食道がんの現状:知っておくべき統計データ
食道がんが日本の公衆衛生に与える影響を理解することは、その原因と危険因子を深く考察するための第一歩です。公式な統計データは、問題の規模だけでなく、予防戦略を立てる上で重要な人口統計学的特徴を明らかにします。
国立がん研究センターが提供する最新の全国がん登録データによると、2021年に日本で新たに診断された食道がんの罹患数は26,075件でした。この数値を性別で見ると、男性が21,150件、女性が4,925件と、著しい差が見られます1。2023年の死亡数予測では、10,750人が食道がんで亡くなるとされており、ここでも男性が8,647人、女性が2,103人と、性差は明白です1。
人口動態を見ると、食道がんは主に高齢者の疾患であり、60代から70代で罹患率が最も高くなります10。最も顕著な特徴の一つは、男性の罹患率が女性の約6倍にも達するという事実です10。この大きな性差は偶然ではなく、歴史的に日本人男性でより一般的であった飲酒や喫煙といった生活習慣関連の危険因子の影響を明確に反映しています。
生存率に関しては、発見された病期(ステージ)が極めて重要な意味を持ちます。国立がん研究センターのデータによると、2015年に診断された症例における5年後の実測生存率(他の死因の影響を調整したネット・サバイバル)は、全ステージで49.0%でした9。しかし、この数値は病期によって劇的に変化します。ステージIで発見された場合の5年生存率は79.1%と非常に高い一方で、ステージIIでは48.8%、ステージIIIでは28.2%と低下し、遠隔転移のあるステージIVではわずか9.7%にまで落ち込みます9。このステージIとステージIVの生存率の天文学的な差は、患者の予後を決定づける最大の要因が、治療法の進歩だけでなく、診断された時点であることを浮き彫りにしています。これは、早期発見とスクリーニングの重要性を裏付ける、最も説得力のある論拠と言えるでしょう。
指標 | 全体値 | 男性 | 女性 | データ年 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
年間新規罹患数 | 26,075人 | 21,150人 | 4,925人 | 2021年 | 1 |
年間死亡数 | 10,750人 | 8,647人 | 2,103人 | 2023年(予測) | 1 |
5年相対生存率 | 50.1% | – | – | 2013-2015年 | 11 |
5年実測生存率 (全体) | 49.0% | – | – | 2015年 | 9 |
5年実測生存率 (ステージI) | 79.1% | – | – | 2015年 | 9 |
5年実測生存率 (ステージIV) | 9.7% | – | – | 2015年 | 9 |
10年相対生存率 | 34.4% | – | – | 2004-2007年 | 12 |
食道がんの2つの顔:日本人で多い「扁平上皮がん」と欧米型の「腺がん」
食道がんは単一の疾患ではありません。主に二つの異なる組織型に大別され、それぞれ原因、危険因子、疫学的特徴が全く異なります。この違いを明確に理解することは、特に日本のように一方の型が圧倒的多数を占める国において、効果的な予防戦略と健康に関する情報発信を行う上で不可欠です。
食道扁平上皮がん(Esophageal Squamous Cell Carcinoma – ESCC)
- 頻度: 日本における食道がん症例の約90%を占めます6。これは日本における食道がんの「主役」であり、日本人読者を対象とした医学情報の中心に据えるべきタイプです。
- 発生部位と起源: 食道の内面を覆う扁平上皮細胞から発生します。食道の上部から中部にかけて好発する傾向があります6。
- 主な原因: ESCCは生活習慣と極めて強い因果関係があります。科学的根拠は一貫して、最大の原因が飲酒と喫煙の相乗効果であることを示しています7。日本において、ESCCは主に生活習慣病として捉えることができます。
食道腺がん(Esophageal Adenocarcinoma – EAC)
- 頻度: EACは欧米諸国、特に白人男性で最も一般的な食道がんですが、日本では症例の一部を占めるに過ぎません6。しかし、注目すべき点として、日本では食道の下部(腹部食道)でEACの発生率が増加傾向にあることが指摘されています6。
- 発生部位と起源: 腺細胞から発生します。食道の下部、特に食道と胃の接合部(胃食道接合部)で発生することが多いです6。
- 主な原因: EACの発生機序はESCCとは全く異なります。主に胃酸の慢性的な逆流による刺激が引き金となり、「胃食道逆流症(GERD) → バレット食道 → EAC」という一連の病態を経て発症します。肥満は、GERDのリスクを高めることで、重要な寄与因子となります13。
この原因の分岐は、予防戦略と情報伝達のあり方を決定づけます。日本の疫学的現実を反映し、議論の中心はESCCとその飲酒・喫煙との関連に置かれるべきです。EACは、より稀ではあるものの、新たな脅威として別途提示する必要があります。欧米でのEACの増加が肥満やGERDの蔓延と連動している事実は、食生活が欧米化しつつある日本にとって、「未来への備え」という重要なメッセージを含んでいます。EACを単なる「欧米の問題」と見過ごすのではなく、将来的な脅威として認識を促すことで、より長期的で包括的な予防意識を醸成することができます。
主要な危険因子:生活習慣と遺伝子の深い関係
日本の食道がんの原因を解明するためには、最も強力な危険因子、とりわけ日本人のリスクを形成する特有の遺伝子と環境の相互作用を深く分析する必要があります。
飲酒と喫煙の圧倒的な影響
飲酒、喫煙、そして食道がん(特にESCC)との関連は、数えきれないほどの研究によって証明されており、議論の余地はありません。日本では、食道がん患者の75%から90%が飲酒または喫煙の習慣を持っていたと報告されており、これらは最も一般的かつ強力な危険因子です13。
重要なのは、これらのリスクが単純な足し算ではないという点です。喫煙と飲酒の両方を習慣にしている場合、ESCCの発症リスクは、どちらか一方のみの場合と比較して飛躍的に増大します8。研究によっては、この複合リスクは非喫煙・非飲酒者と比べて15倍から30倍にもなると示されています14。アルコールが溶媒のように作用し、タバコに含まれる発がん物質の食道粘膜への浸透を促進する可能性があります。さらに、両者はともに慢性的な炎症と直接的なDNA損傷を引き起こし、正常な細胞ががん細胞へと変異する土壌を作り出します15。
アセトアルデヒド仮説:日本人特有の遺伝的脆弱性
アルコールの一般的な影響に加え、日本人集団にはこの危険を著しく増幅させる特有の遺伝的要因が存在します。
発がん物質アセトアルデヒド
アルコール(エタノール)を摂取すると、体内でアセトアルデヒドという物質に代謝されます。このアセトアルデヒドは、国際がん研究機関(IARC)によって、ヒトに対する発がん性が十分にある「グループ1」の発がん物質に分類されています3。
遺伝子多型という「落とし穴」
日本人を含む東アジア人のかなりの割合(約半数)が、アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)という遺伝子に変異を持っています。この変異は、ALDH2酵素の働きを著しく低下させるか、完全に不活化させてしまいます。その結果、体内で生成されたアセトアルデヒドを効率的に分解できなくなります7。さらに、アルコール脱水素酵素(ADH1B)の別の遺伝子多型は、アルコールからアセトアルデヒドへの変換を速め、この毒性物質の産生を加速させます7。
リスクの増幅と「顔が赤くなる」警告サイン
ALDH2の働きが弱い人では、飲酒後にアセトアルデヒドが血中に高濃度で蓄積します。特に、唾液中の濃度は血中濃度の10倍にも達することがあり、口腔、咽頭、そして食道が、高濃度の発がん物質に直接的かつ持続的に晒されることになります16。
この遺伝的特徴は、アルコールによるがんリスクを爆発的に高めます。日本や台湾で行われた研究では、ALDH2欠損型の人が中等量以上の飲酒をした場合、正常な酵素を持つ人と比べてESCCのオッズ比(リスクの指標)が10倍以上にもなることが示されています17。国際的な大規模ゲノム研究では、アルコールに関連する「変異シグネチャー」(特定の変異パターン)であるSBS16が、特に日本人食道がん患者で顕著であることが確認されており、このメカニズムを分子レベルで裏付けています18。
「飲酒で顔が赤くなる」現象(アジアンフラッシュ)は、顔面の紅潮、心拍数の増加などを伴い、まさにこのアセトアルデヒド蓄積の直接的な症状です。したがって、これは単なる体質や社会的な不便さではなく、ALDH2酵素の欠損を示す信頼性の高い外部バイオマーカー(生体指標)なのです8。顔が赤くなることは、あなたの体が「アルコールに対して脆弱で、がんのリスクが非常に高い」と発している明確な警告サインと捉えるべきです。日本における食道がんリスクの核心は、単独の生活習慣の選択ではなく、遺伝子と環境の相互作用にあります。リスクは加算されるのではなく、乗算されるのです。
食生活と環境からの影響
飲酒と喫煙以外にも、他の生活習慣や食事がリスクに寄与します。
- 熱による損傷: 65℃以上の非常に熱い食べ物や飲み物を習慣的に摂取することは、ESCCのリスク増加と関連しており、オッズ比は約2.29と報告されています19。これは食道粘膜への慢性的な熱損傷が原因と考えられています10。
- 果物と野菜: 果物や野菜の摂取が少ない食生活は、一貫して危険因子とされています。逆に、これらの食品を多く摂ることは保護的に働きます20。日本の大規模前向きコホート研究(JPHC研究)は、果物と野菜の摂取量を1日100g増やすごとに、ESCCの発生率が11%低下することを確認しました4。しかし、同研究は「この利益は、喫煙と飲酒の害を完全に相殺するものではない」と明言しています4。健康的な食事はリスクを低減させますが、主要な危険因子を帳消しにはできないのです。
- 食肉: メタアナリシス(複数の研究結果を統合・分析する手法)によると、赤肉および加工肉の多量摂取は、食道がん(それぞれESCCとEAC)のリスク増加と関連していました21。
併存疾患と内在的危険因子:他の病気が道を開くとき
生活習慣因子に加え、既存の病状や稀な遺伝性疾患も食道がんの発生に有利な環境を作り出すことがあります。
GERD → バレット食道 → EACへの道筋
これは、欧米でより一般的ですが日本でも増加傾向にある腺がん(EAC)につながる古典的な因果連鎖です。
- 胃食道逆流症(GERD): 胃酸の慢性的な逆流は、EACの最大の危険因子です22。
- バレット食道: 食道粘膜が長期間酸に晒されると、体は自身を守るために、正常な扁平上皮細胞をより酸に強い腺細胞に置き換えます。この状態がバレット食道と呼ばれ、EACの重要な前がん状態と見なされます13。
- 異形成(Dysplasia): 時間の経過とともに、バレット組織の細胞はさらに異常な形態を示すようになり、これを異形成と呼びます。異形成は低悪性度から高悪性度へと段階付けされ、高悪性度異形成は浸潤がんが発生する直前の段階と考えられています23。
一般的な状態(GERD)から前がん状態(バレット食道)、そして最終的にがん(EAC)へと至るこの段階的な進行は、発がんプロセスの典型例です。この経路を理解することは、GERDを単なる症状緩和のためだけでなく、がん予防戦略として管理することの重要性を浮き彫りにします。
肥満とその他の健康状態
- 肥満: 過体重や肥満は、EACの明確な危険因子です10。これは、肥満がGERDを発症しやすくするという事実によって部分的に説明されます23。
- 食道アカラシア: 下部食道括約筋が適切に弛緩しない障害で、食物の滞留と食道への刺激を引き起こし、がんリスクを増加させます10。
- 頭頸部がんの既往歴: 口腔、咽頭、または肺がんの既往歴がある患者は、食道に新たな原発性ESCCを発症するリスクが高くなります。これは「領域がん化(field cancerization)」という概念で説明され、上部消化呼吸器全体の粘膜が同じ発がん物質(例:タバコ、アルコール)に晒された結果と考えられています8。
稀な遺伝性症候群
稀ではありますが、特定の遺伝性症候群は食道がんのリスクを著しく高める可能性があります。
- Tylosis(Howel-Evans症候群): 手のひらや足の裏の皮膚が厚くなる遺伝性疾患で、生涯のうちにほぼ100%の確率でESCCを発症することと関連しています。RHBDF2遺伝子の変異が原因です22。
- ファンコニ貧血: FANC遺伝子の変異による稀な症候群で、DNA修復能力が損なわれ、ESCCを含む多くの種類のがんリスクを増加させます15。
新たなフロンティア:口腔内細菌が食道がんリスクを高める可能性
最先端の研究は、口腔内の微生物叢(マイクロバイオーム)の役割に焦点を当て、食道がんの原因解明に新たな方向性を開いています。この分野は、リスクと予防について、具体的で新しい視点を提供します。
口腔内の微生物叢は食道の微生物叢と大部分が共通しており、口腔衛生が食道の環境に直接影響を与える可能性が示唆されています24。重要な発見は、口腔内の一部の細菌が、摂取したアルコールをその場で発がん物質アセトアルデヒドに変換する能力を持つことです。これにより、唾液中に極めて高濃度のアセトアルデヒドが生成され、それが食道を覆うことで、局所的に強力な発がん物質への曝露が引き起こされます16。
2020年の東京医科歯科大学による画期的な研究では、特定の細菌が重大な危険因子であることが特定されました。歯垢中のStreptococcus anginosusの存在は食道がんリスクを32倍に、唾液中のAggregatibacter actinomycetemcomitansの存在はリスクを約6倍に増加させることが関連付けられました5。他の研究でも、歯周病の主要な原因菌であるPorphyromonas gingivalisなどが、食道がん患者でより多く見られることが示されています24。
この発見は、一見無関係に見える危険因子(不十分な口腔衛生、飲酒、遺伝)を結びつける、強力で統一的なメカニズムを提供します。これは食道粘膜に対する「ダブルヒット」を生み出します。すなわち、口腔内の微生物叢によって局所的に高濃度のアセトアルデヒドが産生されると同時に、遺伝的要因によってその物質を全身で無毒化する能力が低下しているという状況です。これは、口腔衛生を良好に保つことが、なぜ飲酒量を減らすという主要な勧告と並んで、具体的かつ重要な予防戦略となるのかを科学的に説明しています。
あなたのリスクは?セルフチェックリスト
提供された科学的情報を、ご自身の状況と直接結びつけるために、以下のチェックリストをご活用ください。これにより、個人の危険因子を具体的に認識し、予防への意識を高めることができます。
危険因子に関する質問 | 私の回答 (はい/いいえ) | 関連性/注意点 |
---|---|---|
喫煙の習慣がありますか? | 喫煙はESCCの主要な危険因子です。 | |
定期的にお酒を飲みますか? | 飲酒、特に多量飲酒はリスクを大幅に高めます。 | |
飲酒時に顔が赤くなりますか(過去も含む)? | これは遺伝的にリスクが高いことを示す重要な警告サインです。 | |
非常に熱い食べ物や飲み物を頻繁に摂取しますか? | 慢性的な熱による損傷がESCCのリスクを高める可能性があります。 | |
新鮮な果物や野菜の摂取が少ない食生活ですか? | 植物性の食品が豊富な食事は保護的に作用します。 | |
過体重または肥満ですか? | これはGERDに関連するEACの主要な危険因子です。 | |
胃食道逆流症(GERD)やバレット食道と診断されたことがありますか? | これらはEACの前がん状態です。 | |
食道がんの家族歴がありますか? | 家族歴は遺伝的リスクを示唆する可能性があります。 |
よくある質問
お酒に強い(顔が赤くならない)なら、たくさん飲んでも安全ですか?
安全ではありません。顔が赤くならない(ALDH2酵素が正常に機能する)人でも、飲酒は依然として食道がんの独立した危険因子です。アルコール自体が細胞に損傷を与え、他の発がん物質の浸透を助ける可能性があるためです15。顔が赤くなる人と比較してリスクの増幅度は低いものの、飲酒量が増えればリスクも着実に増加します。安全な飲酒量は存在せず、摂取量を減らすことが常に推奨されます。
胃食道逆流症(GERD)と診断されたら、必ず食道腺がん(EAC)になりますか?
いいえ、必ずしもそうではありません。GERDはEACの最も重要な危険因子ですが、GERD患者のごく一部しかバレット食道を発症せず、さらにその中のごく一部がEACへと進行します13。しかし、リスクは確実に存在するため、GERDと診断された場合は、医師の指導のもとで適切な治療(生活習慣の改善、薬物療法など)を受け、症状をコントロールし、定期的な経過観察を行うことが非常に重要です。
禁煙・禁酒すれば、食道がんのリスクは完全になくなりますか?
完全になくなるわけではありませんが、大幅に減少します。禁煙・禁酒は食道がん(特にESCC)を予防するための最も効果的な手段です。研究によると、禁酒することで、特に早期食道がんの切除後の二次がんリスクが有意に低下することが示されています25。リスクは時間とともに減少しますが、過去の曝露による影響が完全には消えない可能性もあります。しかし、リスクを低減させるために今から始められる最も重要な行動であることに変わりはありません。
結論
日本における食道がんは、特に扁平上皮がん(ESCC)が優勢であり、その原因は飲酒と喫煙という生活習慣、そして日本人特有の遺伝的背景(ALDH2酵素の欠損)との間の複雑な相互作用に深く根差しています。本稿で明らかにしたように、「飲酒で顔が赤くなる」という現象は、単なる体質ではなく、発がん物質アセトアルデヒドの蓄積を示す重大な医学的警告サインです。この科学的知見を自身のものとして認識することが、予防への第一歩となります。
また、欧米型の腺がん(EAC)も、胃食道逆流症(GERD)や肥満の増加に伴い、無視できない脅威となりつつあります。さらに、口腔内細菌が局所的な発がんプロセスに関与するという最先端の研究は、口腔衛生の維持という新たな予防策の重要性を示唆しています。
食道がんの予後は、発見時の病期に大きく左右されます。自らの危険因子を正確に把握し、禁煙や節酒といった生活習慣の改善に努めること、そしてリスクの高い個人は専門医と相談の上で定期的な内視鏡検査などを検討することが、この疾患から命を守るための最も確実な道筋です。本記事が、読者の皆様一人ひとりの健康的な未来への一助となることを願っています。
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