ボルダリングの健康効果:筋力向上からうつ病改善までを専門家が徹底解説
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ボルダリングの健康効果:筋力向上からうつ病改善までを専門家が徹底解説

近年、都市部を中心に人気が高まっているインドアクライミング、特にボルダリングは、単なる趣味やスポーツの域を超え、心身の健康に多岐にわたる恩恵をもたらす包括的なツールとして、医学的・科学的な観点から注目を集めています。本稿は、一般的なブログ記事とは一線を画し、査読付きの科学研究や日本の公衆衛生政策の指針に基づき、インドアクライミングがもたらす健康効果の全貌を、その科学的根拠と共に深く、かつ網羅的に解説することを目的とします。読者の皆様が抱える健康への関心や課題に対し、信頼性の高い情報を提供することで、新たな健康投資としての一歩を後押しします。


本稿の科学的根拠

この記事は、インプットされた研究報告書に明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源のみが含まれており、提示された医学的指導との直接的な関連性も記載されています。

  • Karg, N., et al. (2020) & Kleinstäuber, M., et al. (2021): 本稿におけるうつ病への効果に関する記述は、これらの研究者らによるランダム化比較試験(RCT)に基づいています。特に、ボルダリング精神療法(BPT)が単なる身体運動よりも有意にうつ病症状を改善させること、そして自己効力感を高めるという核心的な知見を提供しています。12
  • 厚生労働省 (MHLW): 身体活動に関する推奨事項は、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」3に準拠しており、日本の公衆衛生政策の文脈でクライミングを位置づけています。また、国家的な健康目標については「健康日本21(第三次)」4を参照しています。
  • Kälin, L., et al. (2021): 身体的健康増進活動としてのインドアクライミングに関する記述は、この系統的レビューに基づいており、筋力や身体組成への肯定的な影響を裏付けています。5
  • 公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会 (JMSCA): 安全に関する実践的なガイダンスは、日本におけるこの分野の公式な管理機関であるJMSCAの推奨事項6に基づいています。

要点まとめ

  • 全身運動と筋力向上:インドアクライミングは、上半身、下半身、体幹の主要な筋群を同時に鍛える効率的な全身運動であり、厚生労働省が推奨する筋力トレーニングの基準を満たします35
  • 認知機能の活性化:ルートを読む行為は、計画立案、ワーキングメモリ、思考の柔軟性といった脳の実行機能を鍛える「身体を使ったパズル」です7
  • メンタルヘルスへの科学的効果:複数のランダム化比較試験(RCT)により、「ボルダリング精神療法(BPT)」がうつ病の症状を単なる運動以上に有意に改善することが証明されています128
  • 日本の健康課題への貢献:クライミングは、日本の国家健康戦略「健康日本21」が掲げる生活習慣病予防やメンタルヘルス向上といった目標達成に貢献しうる活動です4
  • 安全性と始めやすさ:専門機関の指針6に従えば、初心者でも安全に始めることができ、オリンピック選手である森秋彩氏9のように、文武両道を体現することも可能です。

1. 全身を鍛える究極のフィジカル・トレーニング:科学的視点からの分析

インドアクライミングは、単に特定の筋肉を鍛えるのではなく、身体全体の機能性を高める複合的なトレーニング形式です。その効果は、日本の公衆衛生の指針とも合致しており、科学的な裏付けも存在します。

厚生労働省の推奨を満たす効率的な運動

厚生労働省が発表した「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人は筋力トレーニングを週に2〜3回行うことが推奨されています3。インドアクライミング、特にボルダリングは、ホールドを掴むための指や前腕の筋力、身体を引き上げるための広背筋や上腕二頭筋、バランスを保つための腹筋や背筋群、そして壁を蹴り出すための下半身の筋力と、全身の主要な筋肉を同時に、かつ協調させて使用します。これにより、多忙な現代人にとって、一度のセッションで効率的に全身の筋力トレーニング要件を満たす理想的な活動となり得ます。

さらに、2021年に発表された系統的レビューでは、L. Kälinらの研究チームが、インドアクライミングが健康増進活動として、参加者の筋力、身体組成、そして心生理学的要素を改善することを確認しており、その身体的利益は科学的にも裏付けられています5

2. 脳を活性化させる「身体のパズル」:認知機能と問題解決能力への影響

インドアクライミングの魅力は、身体的な挑戦だけに留まりません。壁に設定された課題(ルート)を攻略するプロセスは、「身体を使ったパズル」とも言え、脳の認知機能に多大な好影響を与えます。

実行機能とマインドフルネスの訓練

クライマーが登り始める前に行う「ルートリーディング」という行為は、どのホールドをどの順番で、どのような身体の動きで繋いでいくかを頭の中でシミュレーションするプロセスです。これは、目標達成のために行動を計画し、記憶し、遂行するという、脳の前頭前野が司る「実行機能(Executive Function)」を直接的に鍛える訓練となります。計画、ワーキングメモリ、認知の柔軟性といった高度な思考能力が要求されるのです。

さらに、登っている最中の極度の集中状態は、一種の「動的マインドフルネス(mindfulness in motion)」を生み出します。E.C. Osborneらの2025年の質的研究では、クライマーたちがクライミング中に社会的なつながりやマインドフルネスを体験していることが報告されています7。この状態では、日常の雑念や否定的な思考から解放され、目の前の課題と自身の身体感覚のみに意識が集中します。これは、ストレス軽減や精神的な静けさをもたらす上で非常に効果的です。筑波大学に在学しながらオリンピック選手としても活躍する森秋彩氏が示すように、クライミングは知的な思考と身体的な実践が融合した「文武両道」を地で行く活動なのです910

3. 【本稿の核心】うつ病治療の新たな希望:ボルダリング精神療法(BPT)の科学的根拠

本稿で最も強調したい点であり、インドアクライミングの健康効果における最大の特異点は、メンタルヘルス、特にうつ病に対する治療法としての可能性です。これは単なる思いつきや個人の体験談ではなく、「ボルダリング精神療法(Bouldering Psychotherapy, BPT)」として、複数の厳格なランダム化比較試験(RCT)によってその有効性が証明された、エビデンスに基づいたアプローチです。

ランダム化比較試験が証明したBPTの優越性

ドイツの研究者グループが主導した一連の研究は、この分野において画期的な成果をもたらしました。2020年にN. Kargらが医学雑誌『BMC Psychiatry』に発表した多施設共同ランダム化比較試験では、うつ病患者をBPTを行うグループと、一般的な身体運動プログラムを行うグループに分けて比較しました1。その結果は驚くべきものでした。BPTグループは、うつ病の重症度を測る標準的な指標であるMADRS(モントゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度)のスコアが平均で8.4点も低下したのに対し、身体運動グループの低下は3.0点に留まりました。これは、BPTが単なる運動療法以上の、特異的な治療効果を持つことを明確に示しています。

では、なぜBPTはこれほど効果的なのでしょうか。そのメカニズムの一つを解き明かしたのが、2021年のM. Kleinstäuberらによる研究です2。この研究では、BPTがうつ病患者の「自己効力感(perceived self-efficacy)」、すなわち「自分ならできる」という感覚を著しく向上させることが示されました。ボルダリングでは、自らの力で困難な課題を乗り越えるという成功体験を繰り返し積むことができます。この具体的な達成感が、無力感に苛まれがちなうつ病からの回復において、極めて重要な心理的要因となるのです。

さらに、これらの効果が一時的なものではないことも証明されています。K. Luttenbergerらが2019年に行った追跡調査では、BPTによるうつ病への好影響が、治療介入後少なくとも12ヶ月間にわたって維持されることが示されました8。これは、BPTが持続可能な回復を促す強力な治療選択肢となりうることを示唆しています。

4. 日本の公衆衛生におけるクライミングの位置づけ:「健康日本21」との連携

インドアクライミングの健康効果は、個人の利益に留まらず、日本の国家的な公衆衛生の課題に対する有効な解決策の一つとして位置づけることができます。特に、厚生労働省が推進する国民健康づくり運動「健康日本21(第三次)」の目標達成に大きく貢献する可能性を秘めています。

超高齢社会と生活習慣病、メンタルヘルスへの貢献

2024年から2035年を計画期間とする「健康日本21(第三次)」は、非感染性疾患(NCDs)の予防、メンタルヘルス対策の強化、そして健康寿命の延伸を大きな柱としています41112。日本が直面する「超高齢社会」13という課題において、全年齢層が安全に取り組める運動の普及は急務です。インドアクライミングは、個人のレベルに合わせて課題の難易度を細かく調整できるため、若者から高齢者まで、それぞれの体力に応じて安全に筋力やバランス能力を維持・向上させることが可能です。

また、本稿で詳述した通り、うつ病などの精神疾患に対する科学的根拠のある効果は、「健康日本21」が重視するメンタルヘルス対策と完全に合致しています。ストレス社会と言われる現代日本において、楽しみながら社会的なつながりを育み、自己効力感を高められるインドアクライミングは、薬物療法以外の選択肢として、また予防医学的なアプローチとして、その重要性を増していくでしょう。このように、インドアクライミングは、日本の公衆衛生戦略が目指す方向に沿った、実践的かつ魅力的なツールなのです。

5. 安全に始めるための実践ガイド:日本の専門機関からの推奨事項

インドアクライミングの数多の恩恵を享受するためには、安全に取り組むことが大前提です。幸い、日本には信頼できる専門機関が存在し、初心者でも安心して始められる環境が整っています。

JMSCAの指針と安全な実践

日本におけるこのスポーツの公式な統括団体である「公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)」は、安全なクライミングのためのガイドラインを定めています614。これから始めようとする方々には、まずJMSCA公認のインストラクターがいるジムなどで、初心者向けの講習会に参加することを強く推奨します。そこでは、基本的なムーブ(動き)だけでなく、安全な着地の方法やジム内でのルール、マナーを学ぶことができます。

特に重要なのは、準備運動と整理運動です。クライミングは指、手首、肩などの関節に特有の負荷がかかるため、トレーニング前のウォームアップと、トレーニング後のクールダウンを徹底することが怪我の予防に繋がります。JMSCAのガイドラインにも、これらの重要性が明記されています。信頼できるジム15161718を選び、専門家の指導に従うことで、インドアクライミングは生涯にわたって楽しめる、安全で有益な活動となります。

結論

インドアクライミング、特にボルダリングは、単なる流行のスポーツではありません。それは、全身の身体能力を向上させ、脳の認知機能を刺激し、さらにはうつ病の治療法としても科学的根拠を持つ、心身統合的な健康法です。その多面的な効果は、厚生労働省の健康増進ガイドラインや、国家戦略「健康日本21」が掲げる目標とも軌を一にしており、現代日本社会が抱える健康課題に対する、有効かつ魅力的な解決策となり得ます。本稿で提示した科学的根拠が、皆様の健康への新たな投資、すなわちインドアクライミングへの第一歩を踏み出すための一助となることを願っています。

本稿は科学的な情報基盤を提供するものです。ご自身の健康状態、特に既往歴がある方やメンタルヘルスの問題を治療中の方は、実際に運動を始める前に、必ずかかりつけの医師や医療専門家に相談し、適切な助言を得てください。

よくある質問

初心者でも始められますか?

はい、始められます。ほとんどのクライミングジムには、初心者向けに設計された「課題」と呼ばれるルートが多数用意されています。また、多くのジムで初心者向けの講習会が開催されており、用具のレンタルも可能なため、特別な準備なしで気軽に体験することができます。

ダイエット効果はありますか?

はい、期待できます。インドアクライミングは全身の筋肉を使うため、非常にカロリー消費量の多い活動です。有酸素運動と無酸素運動(筋力トレーニング)の両方の要素を兼ね備えており、継続的に行うことで基礎代謝の向上や体脂肪の燃焼に繋がります。ただし、効果は行う強度、頻度、そして食生活によって異なります。

メンタルヘルスへの効果は本当に科学的に証明されていますか?

はい、特にうつ病に関しては、質の高い科学的研究によって証明されています。複数のランダム化比較試験(RCT)という信頼性の高い研究手法により、「ボルダリング精神療法(BPT)」が、単に身体を動かすだけの運動プログラムよりも、うつ病の症状を有意に改善することが示されています1。これは、課題達成による自己効力感の向上などが寄与していると考えられています。

        免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念がある場合や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. Karg N, Dorscht L, Kornhuber J, Luttenberger K. Bouldering psychotherapy is more effective in the treatment of depression than physical exercise alone: results of a multicentre randomised controlled intervention study. BMC Psychiatry. 2020 Feb 21;20(1):89. doi: 10.1186/s12888-020-02492-9. PMID: 32093639.
  2. Kleinstäuber M, Karg N, Fazaeli M, et al. Bouldering psychotherapy is effective in enhancing perceived self-efficacy in people with depression: results from a multicenter randomized controlled trial. BMC Psychiatry. 2021 Sep 19;21(1):471. doi: 10.1186/s12888-021-03487-w. PMID: 34537021.
  3. 厚生労働省. 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023 [インターネット]. 厚生労働省; 2024 [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001222159.pdf
  4. 厚生労働省. 健康日本21(第三次) [インターネット]. 厚生労働省; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21_00006.html
  5. Kälin L, Rausch S, Schöttl S, et al. Indoor Rock Climbing as a Health-Promoting Activity-A Systematic Review. Int J Environ Res Public Health. 2021 Feb 12;18(4):1965. doi: 10.3390/ijerph18041965. PMID: 33671801.
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  7. Osborne EC, Smith CR, Wrosch C. Indoor climbing and well-being of young adults: Perspectives among indoor climbers. PLoS One. 2025 Mar 27;20(3):e0321542. doi: 10.1371/journal.pone.0321542. [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0321542
  8. Luttenberger K, Karg N, Fazaeli M, et al. Long-term effects of bouldering psychotherapy on depression: benefits can be maintained across a 12-month follow-up. J Affect Disord. 2019 Dec 1;259:22-26. doi: 10.1016/j.jad.2019.09.049. PMID: 31568942.
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  18. VILLARS climbing. ボルダリングって何? [インターネット]. VILLARS climbing; [引用日: 2025年7月21日]. Available from: https://villars.co.jp/what
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