この記事では、ヘマトクリットの基本的な定義から、数値が低い場合(貧血)や高い場合(多血症)の具体的な原因、国際的な最新研究や日本の診療ガイドラインに基づく治療法、そして日常生活で実践できる改善策まで、あらゆる情報を科学的根拠に基づき網羅的に解説します。JAPANESEHEALTH.ORGの厳格な編集方針に基づき、信頼できる公的機関や専門学会、査読付き論文などの情報をもとに、あなたの疑問にできる限り丁寧にお答えしていきます。
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要点まとめ
- ヘマトクリット(Hct)は、血液中に占める赤血球の体積の割合(%)を示す、健康の重要な指標です1。
- Hct値が低い場合は「貧血」を意味し、最も一般的な原因は鉄欠乏ですが、消化管のがんなど重篤な病気が隠れている可能性もあります2, 3。
- Hct値が高い場合は「多血症」と呼ばれ、脱水による一時的なものから、血液のがんの一種である「真性多血症」まで原因は多様です4。
- 真性多血症の治療目標は、日本血液学会などの診療ガイドラインに基づき、血栓症(心筋梗塞・脳梗塞)予防のためにHct値を45%未満にコントロールすることです5。
- 異常値を指摘された場合は自己判断せず、必ず医療機関を受診し、専門医による正確な診断と治療を受けることが極めて重要です。
ヘマトクリット異常の理解
健康診断の結果でヘマトクリット(Hct)が基準値から外れていると言われると、「自分は貧血なのか?」「多血症と言われたが何が危険なのか?」と不安になりますよね。しかも「%」で示される数値だけを見ても、それが体のどんな状態を反映しているのかは直感的に分かりにくいものです。この記事を読んでいても、低い場合と高い場合で何が違うのか、どこまでが様子見でどこからが要受診なのか、判断に迷っている方も多いと思います。まずは、その不安を抱えている自分を責めず、「血液から届いた大事なサインに気づけた」と前向きに受け止めてください。
Hctは「赤血球が血液全体のどのくらいの体積を占めているか」を示す指標であり、低すぎても高すぎても全身の酸素運搬に影響します。この値を正しく理解するためには、単独の数字だけでなく、他の血液検査項目や自分の症状、背景にある病気の有無を総合的に見ることが欠かせません。血液の異常は貧血や多血症だけでなく、白血病やリンパ腫、血小板異常など、さまざまな血液疾患の一端として現れることもあります。血液全体の中でHct異常がどんな位置づけにあるのかを整理したいときは、まずは全体像を俯瞰できる血液疾患の総合ガイドに目を通しておくと、この記事の内容もより立体的に理解しやすくなります。
Hctが低いとき、多くの場合は赤血球そのものが不足している「貧血」の状態が隠れていますが、その背景には「作れない」「失っている」「壊れてしまう」といった複数のメカニズムがあります。赤血球は肺で取り込んだ酸素を全身に届ける「生命の運び屋」であり、その量や質が損なわれると、だるさ・息切れ・動悸といった症状が現れます。月経や出血による鉄欠乏、慢性の炎症や腎臓病、骨髄の病気など原因はさまざまで、同じHct低値でも対処法は大きく異なります。まずは赤血球がどのように作られ、どんなときに減ってしまうのかという「仕組み」を押さえておくと、自分の検査結果の意味がぐっとクリアになります。赤血球の役割や貧血リスクを体系的に学びたい方は、酸素運搬と貧血の関係を詳しく解説した赤血球の基礎と貧血リスクをあわせて確認しておくとよいでしょう。
一方でHctが高い場合、「血が濃い」「ドロドロしている」と表現されることが多く、心筋梗塞や脳梗塞など血栓症のリスクと結びつけて説明されることも少なくありません。ただし、そのすべてが深刻な病気とは限らず、脱水やストレス、喫煙などによる一時的な「見かけ上の増加」と、骨髄が赤血球を作りすぎている「真の多血症」とを見分けることが最初の大事なステップです。自己判断で「水分を飲めば大丈夫」と片づけてしまうと、真性多血症など血液のがんの一種を見逃してしまうおそれもあります。Hct高値を指摘されたら、まずは問診・再検査・追加検査を通じて、自分がどのタイプの多血症に当てはまるのかを専門医と一緒に整理していきましょう。その際には、多血症の原因や症状、治療の流れをまとめた多血症(赤血球増加症)の総合解説を参考にすると、診察での質問や相談もしやすくなります。
Hct異常への具体的な対処は、「原因が何か」を特定してから初めてスタートラインに立てます。鉄分不足が疑われるからといって市販のサプリメントだけを自己判断で飲み続けると、消化管のがんなど重大な疾患を見逃したり、かえって胃腸症状を悪化させてしまうこともあります。逆に、腎臓病や骨髄疾患が背景にある貧血では、鉄剤よりもホルモン製剤や免疫抑制薬など、まったく異なる治療戦略が必要になります。医師は血液検査や内視鏡、骨髄検査などの結果を組み合わせて貧血のタイプを見極め、そのうえで最適な薬を選択していきます。どのような薬があり、どんな副作用があるのかを事前に知っておきたい方は、原因別に治療薬を整理した貧血治療薬の解説に目を通しておくと、診察室での説明がより理解しやすくなるはずです。
特にHct高値が続く真性多血症では、「放置すると血栓症のリスクが高まる」という点を軽く見てはいけません。治療の現場では、Hctを45%未満にコントロールすることが心筋梗塞や脳梗塞の予防に直結する目標として重視されており、瀉血や低用量アスピリン、JAK2阻害薬などを組み合わせて管理していきます。自分や家族が真性多血症と診断された場合は、病態や最新治療の選択肢を丁寧に整理した真性多血症の専門解説を読み、主治医と具体的な治療目標や生活上の注意点をすり合わせておくことが重要です。また、「血が固まりやすい状態」そのものについて理解を深めたい方は、リスク要因や予防法を体系的にまとめた血栓症の総合ガイドもあわせて確認しておくと安心です。
Hct値の異常は、それ自体が一つの病名というよりも、「体のどこかで変化が起きている」というサインです。数値だけを見て一喜一憂するのではなく、この記事や関連ページで得た知識をもとに、自分の生活習慣や持病、症状とあわせて冷静に受け止めましょう。そして、検査で異常を指摘されたり、不安な症状が続いたりする場合には、「こんなことを聞いてもいいのかな」と遠慮せず、早めに医療機関で相談してみてください。ヘマトクリットの意味を正しく理解し、一歩ずつ行動に移していくことが、将来の大きな病気を未然に防ぎ、長く元気に過ごすための何よりの近道になります。
ヘマトクリット(Hct)の基礎知識:血液が語るあなたの健康状態
私たちの体を流れる血液は、単なる赤い液体ではありません。生命維持に不可欠な酸素や栄養素を運び、二酸化炭素や老廃物を回収する重要な役割を担っています。その血液の健康状態を評価する上で、ヘマトクリット(Hct)は極めて基本的ながら、非常に重要な指標の一つです。
Hctの正確な定義:血液全体に占める赤血球の容積の割合(%)
ヘマトクリット(Hct)とは、血液全体に占める赤血球の体積の割合をパーセント(%)で示したものです1。例えば、Hctが40%であれば、血液100mLの中に赤血球が40mL分の体積を占めていることを意味します。この検査は、血液を採取し、遠心分離機にかけて赤血球と血漿(液体成分)を分離させることで測定されます7。Hctは、赤血球数やヘモグロビン濃度と並んで、貧血や多血症の有無を評価するうえで欠かせない基本的な検査項目です。
なぜHctが重要なのか?:全身への酸素運搬を担う赤血球の役割
赤血球の主な役割は、肺で取り込んだ酸素を全身の組織や細胞に運搬することです8。このため、赤血球の量が多すぎても少なすぎても、体は正常な機能を維持できなくなります。Hct値は、この酸素運搬能力の指標となる赤血球の量を間接的に反映するため、全身の健康状態を把握する上で欠かせない検査項目なのです8。特に、持病(心臓病・肺疾患・腎臓病など)がある場合や、高齢者・妊婦では、Hctの軽微な変化でも体調への影響が大きくなることがあり、定期的なフォローが重要です。
Hct検査の方法:一般的な採血から遠心分離による分析まで
Hct検査は、通常、腕の静脈から少量の血液を採取するだけで行えます7。採取された血液は、試験管に入れられ、高速で回転する遠心分離機にかけられます。すると、比重の重い赤血球は下に沈殿し、上に液体成分である血漿が分離します。この分離した血液全体の高さに対する赤血球層の高さの比率を測定することで、Hct値が算出されます7。近年では、自動分析装置によって、ヘモグロビン濃度や赤血球数などと同時に計算されることも多く、MCV(平均赤血球容積)などの他の指標と組み合わせることで、より精緻な診断が可能になっています11。
Hctの基準値:あなたの数値は正常?国際基準と日本の基準を徹底比較
健康診断でHctの結果を受け取った際、多くの方が自分の数値が「正常」か「異常」かという点に最も関心を寄せるでしょう。しかし、ここで非常に重要なのは、「基準値は絶対的なものではない」という事実を理解することです。
【重要】基準値は絶対ではない:検査機関、測定方法、対象集団によって基準値が異なる理由
Hctの基準値は、検査を実施する医療機関や検査センター、使用する測定機器、そしてその基準値を設定するために参照された人々の集団(年齢、性別、人種など)によって微妙に異なります9。例えば、日本の基準値と米国の基準値では若干の差が見られます。これは、それぞれの国の国民の平均的な体格や生活習慣の違いが反映されているためです。したがって、ご自身の検査結果を解釈する際は、検査を受けた機関が提示する基準値と照らし合わせることが基本となります。
(表)主要機関別・ヘマトクリット基準値 比較表
以下の表は、国内外の主要な機関が公表しているHct基準値を示したものです。この表は、読者が自身の検査結果を多角的に解釈する上で極めて高い価値を提供します。単一の「正常値」に固執するのではなく、基準値の背景にある多様性を理解し、より賢明な健康判断を促すことを目的としています。
| 機関名 | 男性基準値 (%) | 女性基準値 (%) | 備考・引用元 |
|---|---|---|---|
| 日本人間ドック学会 | 40.7 – 50.1 | 35.1 – 44.9 | 貧血の指標としても利用される一般的な基準10, 11 |
| 日本医師会 | 40.7 – 50.1 | (女性の記載なし) | 健康診断の一般的な基準12 |
| Mayo Clinic (米国) | 38.3 – 48.6 | 35.5 – 44.9 | 年齢により変動あり13 |
| American Red Cross (米国) | 41 – 50 | 36 – 44 | 献血時の基準としても利用14 |
| 順天堂大学医学部附属順天堂医院 | 40.4 – 51.1 | 35.6 – 45.4 | 院内基準値15 |
年齢、性別、妊娠、居住地の標高など、Hct値に影響を与える生理的要因
Hct値は、病気だけでなく、様々な生理的要因によっても変動します9。
- 年齢:一般的に、加齢とともにHct値はわずかに低下する傾向があります16。
- 性別:男性は女性よりも筋肉量が多く、アンドロゲン(男性ホルモン)が赤血球の産生を促進するため、Hct値が高くなります16。
- 妊娠:妊娠中は、赤血球の量も増加しますが、それ以上に血液中の液体成分(血漿)が大幅に増えるため、相対的に血液が薄まり、Hct値は低下します。これは生理的な変化であり、多くの場合、治療の必要はありません17。
- 居住地の標高:高地のような酸素が薄い環境に住んでいると、体は酸素不足を補うためにより多くの赤血球を作り出します。その結果、Hct値は高くなります9。
あなたのHct値について少しでも不安な点があれば、自己判断は決してせず、かかりつけの医師または内科・血液内科の専門医に必ずご相談ください。妊娠中の貧血や高齢者の貧血では、合併症リスクが高くなることが多数の研究で示されており、早期の介入が特に重要です17, 30。
Hctが基準値より低い場合:「貧血」のサインとその深刻なリスク
Hctが基準値を下回る場合、それは「貧血」状態にあることを示唆します。貧血は非常にありふれた状態ですが、その背後には見過ごしてはならない原因が隠れていることがあります。
貧血の定義:世界保健機関(WHO)が示す基準
世界保健機関(WHO)は、貧血を主にヘモグロビン(血色素)の濃度に基づいて定義しています18。Hctとヘモグロビンは密接に関連しており、Hctの低下は通常、ヘモグロビンの低下、すなわち貧血を意味します。
Hctが低くなる多様な原因:鉄分不足だけではない
Hctが低くなる、つまり貧血になる原因は多岐にわたります。単なる栄養不足と軽視されがちですが、重篤な病気のサインである可能性も常に考慮しなければなりません。
最も一般的な原因:鉄欠乏性貧血
貧血の中で最も多いのが、赤血球の主成分であるヘモグロビンを作るために不可欠な鉄分が不足することで起こる「鉄欠乏性貧血」です3。特に日本の女性では、月経による定期的な失血や、美容を意識した過度なダイエットによる食事制限などが原因で、鉄欠乏に陥りやすい傾向があります3。また、鉄分だけでなく、赤血球の材料となるタンパク質の不足も一因となることがあります3。
見逃してはならない重篤な病気のサイン
Hctの低下は、以下のような深刻な病気が原因で起こることもあります。
- 消化管からの慢性的な出血:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がん、大腸がんといった消化管の病気があると、気づかないうちに少量ずつの出血が持続し、鉄欠乏性貧血を引き起こします2。特に中高年の方で原因不明の貧血が見られた場合、これらの病気を念頭に置いた精密検査が必要です。
- 腎臓の病気:腎臓は、赤血球の産生を促すエリスロポエチンというホルモンを分泌しています。慢性腎臓病などで腎機能が低下すると、このホルモンの産生が減少し、「腎性貧血」と呼ばれる状態になります2。
- 血液を作る工場(骨髄)の異常:血液細胞は骨の中心部にある骨髄で作られます。この骨髄の機能が低下する「再生不良性貧血」や、異常な血液細胞が作られる「骨髄異形成症候群」、白血病などの血液のがんによっても、正常な赤血球が作れなくなり、重度の貧血をきたします2, 19。
- 赤血球の合成に必要なビタミンの欠乏:赤血球が正常に成熟するためには、ビタミンB12や葉酸が必要です。これらのビタミンが欠乏すると、「悪性貧血」と呼ばれる特殊なタイプの貧血が起こります3。
貧血がもたらす症状:身体からの危険信号を見逃さない
貧血になると、全身の細胞が酸素不足に陥るため、様々な症状が現れます。
- 一般的な症状:最もよく見られるのは、疲れやすい(易疲労感)、少し動いただけでの動悸や息切れ、めまい、立ちくらみ、頭痛などです3。顔色が悪くなることも特徴です。
- 見過ごされがちな特異的症状:鉄欠乏性貧血に特有の症状として、氷を無性にバリバリと食べたくなる「氷食症(異食症)」20や、爪がスプーンのように反り返る「スプーンネイル(匙状爪)」、原因不明の抜け毛などがあります20。これらのサインは、体が深刻な鉄不足に陥っていることを示しています。
患者さんの声:貧血の「しんどさ」と治療の現実
貧血の辛さは、単に身体的な症状だけにとどまりません。多くの患者さんは、日常生活における様々な困難や、治療に伴う苦痛を経験しています。「『鉄剤を飲むと気持ちが悪くなり、治療を続けるのが辛かった』という声は、多くの患者さんから聞かれます。処方された鉄剤の副作用(吐き気、胃の不快感、便秘など)に耐えきれず、自己判断で治療を中断してしまうケースは少なくありません21, 22。また、血液検査ではHctやヘモグロビンの値が基準値内であるにもかかわらず、体内の貯蔵鉄(フェリチン)が枯渇している「隠れ貧血(潜在性鉄欠乏)」の状態では、原因不明の倦怠感や気分の落ち込みに悩み、「検査では異常ないと言われたのに、なぜこんなにしんどいのだろう」と苦しむ方もいます23, 24。JAPANESEHEALTH.ORGは、こうした患者さん一人ひとりの「経験」と「苦しみ」に寄り添い、科学的根拠に基づいた正確な情報と解決策を提供することを使命としています。
Hctが基準値より高い場合:「多血症」のサインと血栓のリスク
Hctが基準値より高い状態は「多血症」と呼ばれます。これは、血液中の赤血球が過剰になり、血液が「濃くドロドロ」になった状態を指します4。この状態を放置すると、血管が詰まりやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞といった命に関わる病気(血栓症)のリスクが高まります。
多血症とは?血液が「濃くドロドロ」になる危険な状態
Hctが高いということは、血液の粘稠度(ねんちゅうど)が高まっていることを意味します。粘り気が増した血液は、細い血管をスムーズに流れにくくなります。その結果、血流が滞り、血の塊(血栓)が形成されやすくなるのです4。特に、もともと動脈硬化リスクの高い年齢層や、糖尿病・高血圧・脂質異常症を抱える方では、Hct高値が血栓症リスクをさらに上乗せしてしまう可能性があるため、慎重な判断が必要です5。
Hctが高くなる原因:見かけ上の増加と真の増加
多血症の原因は、大きく分けて「相対的多血症」と「絶対的赤血球増加症」の二つに分類されます。
相対的多血症(血液が濃縮されている状態)
これは、赤血球の総量は増えていないものの、血液の液体成分(血漿)が減少することで、見かけ上、Hct値が高くなる状態です。最も頻度の高い原因は脱水です4。激しい下痢や嘔吐、大量の発汗、あるいは単純な水分摂取不足によって体内の水分が失われると、血液が濃縮されてHctが上昇します。また、精神的なストレス、喫煙、睡眠不足なども、交感神経の緊張などを介して相対的多血症を引き起こす一因と考えられています4。
絶対的赤血球増加症(赤血球が過剰に作られている状態)
これは、実際に骨髄で赤血球が過剰に産生されている状態であり、さらに「真性多血症」と「二次性赤血球増加症」に分けられます。
- 真性多血症(Polycythemia Vera: PV):骨髄の造血幹細胞に異常が生じ、赤血球が自律的に増え続ける病気です。これは血液のがんの一種(骨髄増殖性腫瘍)とされています5。
- 二次性赤血球増加症:慢性的な低酸素状態に体が適応しようとした結果、赤血球の産生を促すホルモン(エリスロポエチン)が過剰に分泌され、赤血球が増加する状態です4。原因としては、重度の肺疾患(COPDなど)、先天性の心臓病、高地での生活、睡眠時無呼吸症候群などが挙げられます。
真性多血症(PV)の科学:JAK2遺伝子変異と血栓症リスク
絶対的赤血球増加症の中でも特に注意が必要なのが、真性多血症(PV)です。近年の研究により、その病態の核心が解明されつつあります。
- JAK2遺伝子変異:PV患者の95%以上で、JAK2(ジャックツー)と呼ばれる遺伝子に特定の変異(V617F変異)が見つかります25, 26。この変異により、造血細胞はエリスロポエチンからの指令がなくても、常に「赤血球を作れ」というスイッチが入りっぱなしの状態になり、無秩序に増殖してしまいます。
- 血栓症リスクのメカニズム:過剰に増えた赤血球は血液の粘稠度を高めるだけでなく、血小板(止血を担う細胞)の機能も亢進させます。これにより、血管の内壁が傷つきやすくなり、極めて血栓ができやすい状態となります25。これが、PV患者で心筋梗塞や脳梗塞のリスクが著しく高まる理由です。
- 特徴的な症状:PVに特徴的な症状として、顔や手足が赤くなる「赤ら顔」、入浴後に全身に強いかゆみが生じること、原因不明の頭痛やめまいなどが知られています25。
多血症、特にその背景に真性多血症が疑われる場合は、速やかな専門医への相談が不可欠です。日本血液学会の診療ガイドラインや国際的なエビデンスでは、Hct値の管理目標や治療方針が明確に示されており、血栓症予防の観点からも、自己判断で様子を見るのではなく、ガイドラインに沿った医療機関でのフォローが推奨されています5。
診断と検査:Hct異常の根本原因を突き止めるための医学的アプローチ
健康診断でHctの異常を指摘された場合、それが何を意味するのか、根本的な原因を突き止めるために、医療機関ではさらに詳しい検査が行われます。これらの追加検査は、貧血や多血症のタイプを正確に鑑別し、最適な治療方針を決定するために不可欠です。
医療機関で行われる追加検査の詳細
Hctの異常が見つかった場合、医師は以下のような検査を組み合わせて総合的に診断します2。
- 血清鉄・フェリチン(貯蔵鉄):体内にどれくらいの鉄が蓄えられているかを調べる検査です。特にフェリチンは「貯蔵鉄」と呼ばれ、この値が低い場合は、Hct値が正常範囲内であっても鉄欠乏状態(隠れ貧血)であることがわかります2。
- ビタミンB12・葉酸濃度:悪性貧血が疑われる場合に測定されます。
- 便潜血検査:消化管からの目に見えない出血(がんや潰瘍のサイン)がないかを調べる、非常に重要な検査です。
- 骨髄検査(骨髄穿刺・生検):再生不良性貧血や白血病、真性多血症など、骨髄の病気が強く疑われる場合に行われます。局所麻酔の後、胸や腰の骨に針を刺して骨髄組織を採取し、顕微鏡で詳しく調べます。
貧血のタイプを鑑別するための指標(MCV, MCHCなど)
血液検査では、Hctと同時に赤血球に関する様々な指標が測定されます。これらは貧血のタイプを鑑別する上で重要な手がかりとなります11。
- MCV(平均赤血球容積):赤血球一個あたりの平均的な大きさを表します。鉄欠乏性貧血では赤血球が小さくなるためMCVは低値に、ビタミンB12・葉酸欠乏性貧血では逆に大きくなるため高値になります11。
- MCH(平均赤血球ヘモグロビン量):赤血球一個あたりに含まれるヘモグロビンの平均量です。
- MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度):赤血球の容積に対するヘモグロビン量の割合を示します。鉄欠乏性貧血では、ヘモグロビンの合成が障害されるため、MCH、MCHCともに低値となります。
どの診療科を受診すべきか・受診のタイミング
Hct異常を指摘されたとき、「どの診療科に行けばよいのか」「どの程度の異常で受診が必要なのか」と迷う方も多いでしょう。まずは、一般内科またはかかりつけ医に相談するのが基本です。検査結果や症状に応じて、血液内科などの専門医への紹介が検討されます。
- すぐに受診したほうがよい場合:動悸や息切れが強い、胸痛・強い頭痛・ろれつが回らない・片側の手足が動きにくいなどの症状がある場合は、救急外来を含めて早めの受診を検討してください。
- 数値だけが軽度に異常な場合:自覚症状が軽い、あるいはほとんどない場合でも、健康診断で再検査を勧められたら放置せず、数週間〜数か月以内を目安に一度医療機関で相談しましょう。
- 妊娠中・持病がある場合:妊婦健診や定期通院先の医師に、Hctやヘモグロビンの値を含めて相談することが大切です。妊娠中や心臓・肺・腎臓の病気がある方では、比較的軽度の異常でも早めの対応が必要となることがあります。
科学的根拠に基づく最新の治療法と自己管理
Hctの異常に対する治療は、その原因によって大きく異なります。ここでは、科学的根拠(エビデンス)に基づいた最新の標準的な治療戦略と、患者さん自身ができる自己管理について解説します。
Hctが低い(貧血)場合の治療戦略
- 鉄欠乏性貧血:治療の基本は、不足している鉄分を補うことです。通常は経口の鉄剤(内服薬)が処方されます13。鉄剤の吸収を高めるために、ビタミンCを一緒に摂取することが推奨されることもあります13。しかし前述の通り、鉄剤は吐き気や便秘などの消化器系の副作用が出やすいのが難点です。副作用が辛い場合は、自己判断で中断せずに必ず医師に相談してください。内服薬の種類を変更したり、注射による鉄剤の補充に切り替えたりすることで、副作用を軽減できる場合があります13。
- その他の貧血:胃がんや大腸がんが原因であれば、その手術や化学療法が最優先されます。腎性貧血であればエリスロポエチン製剤の注射、ビタミン欠乏性貧血であればビタミンの補充が行われます。重度の貧血で生命に危険が及ぶような場合には、緊急的に輸血療法が選択されることもあります27。
Hctが高い(多血症)場合の治療戦略
- 脱水など一過性の原因:原因が脱水であれば、経口補水液などで適切に水分を補給することが治療となります4。ストレスや喫煙が関与している場合は、生活習慣の是正が重要です。
- 【最重要】真性多血症(PV)の最新治療:PVの治療は、単にHct値を下げることだけが目的ではありません。
- 治療の絶対的ゴール:最も重要な目標は、Hct値を45%未満に厳格にコントロールし、命に関わる血栓症を予防することです。これは日本血液学会の診療ガイドラインでも強く推奨されています5。
- 基本治療:リスクに応じて、血小板の機能を抑えて血栓をできにくくする「低用量アスピリン療法」や、定期的に血液を抜き取ることで強制的に赤血球の量を減らす「瀉血(しゃけつ)療法」が行われます5。
- 薬物療法(細胞減少療法):高齢者や血栓症の既往があるハイリスクな患者さんには、骨髄での赤血球産生そのものを抑える薬物療法が追加されます。従来から使われているヒドロキシウレア(ハイドレア®)に加え、病態の核心であるJAK2の働きを直接阻害する「JAK2阻害薬」(例:ルキソリチニブ、商品名ジャカビ®)や、近年ではロペグインターフェロンα2bなどのインターフェロン製剤も選択肢として用いられるようになっており、治療選択肢は大きく広がっています28。これらの薬剤は、Hct値をコントロールするだけでなく、PVに伴う辛いかゆみなどの症状を改善する効果も期待できます。
日本の食生活で実践できるHct値改善のための食事と習慣
医療機関での治療と並行して、日々の生活習慣や食事を見直すことは、Hct値を適切な範囲に保つ上で非常に重要です。ここでは、特に日本の食文化に根差した、実践しやすい具体的な方法をご紹介します。
貧血を予防・改善するための食事法
鉄欠乏性貧血の予防・改善には、鉄分を多く含む食品を積極的に摂ることが基本です。
- 鉄分を豊富に含む日本の食材:日本の伝統的な食事には、鉄分が豊富な素晴らしい食材がたくさんあります。レバーや牛肉の赤身、あさり、かつおといった動物性食品に含まれる「ヘム鉄」は、体に吸収されやすいのが特徴です。また、ひじきや小松菜、ほうれん草などの植物性食品に含まれる「非ヘム鉄」も重要です3。
- 鉄の吸収を高める工夫:非ヘム鉄は、ビタミンCや良質なたんぱく質と一緒にとることで吸収率が格段にアップします13。例えば、「ほうれん草のおひたしに鰹節をかける」「ひじきの煮物に、食後デザートとして柑橘類を食べる」といった組み合わせは非常に効果的です。
- 吸収を阻害する食品との付き合い方:一方で、緑茶やコーヒー、紅茶に含まれるタンニンは、鉄の吸収を妨げます13。貧血気味の方は、食事中や食後すぐの摂取は避けるように心がけましょう。
なお、妊娠中や授乳中、成長期のお子さんなど、鉄需要が増える時期には、医師が必要と判断した場合にサプリメントや処方薬による補充が行われることがあります。その場合でも、「市販の鉄サプリを自己判断で追加する」前に、必ず医療者に相談してください。
多血症のリスクを管理する生活習慣
多血症、特に脱水が原因の相対的多血症の場合は、生活習慣の改善が直接的な対策となります。
- こまめな水分補給の徹底:のどが渇いたと感じる前に、意識的に水分を摂ることが最も重要です4。一度に大量に飲むのではなく、一日を通してこまめに補給しましょう。
- 禁煙の重要性:喫煙は、体を慢性的な低酸素状態にし、二次性の赤血球増加症を引き起こす大きな要因です29。禁煙は、多血症の改善だけでなく、全身の健康にとって計り知れないメリットがあります。
- 注意点:真性多血症と診断された場合は、自己判断で鉄分の多い食品やサプリメントを過剰に摂取することは避けるべきです29。赤血球の産生をさらに促進してしまう可能性があるため、食事については必ず主治医の指示に従ってください。
よくある質問 (FAQ)
Q1: Hct検査の前に食事を抜く必要はありますか?
A: Hct単独の検査であれば、通常は食事の影響を直接受けないため、絶食の必要はありません。しかし、健康診断などでは血糖値や中性脂肪など、食事の影響を受ける他の項目も同時に測定することがほとんどです。そのため、一般的には絶食が指示されます。必ず検査を受ける医療機関の指示に従ってください9。
Q2: Hctが低いと言われましたが、がんの可能性はありますか?
A: はい、その可能性は常に考慮すべき重要な点です。特に、中高年以降の方で原因不明の鉄欠乏性貧血が見られた場合、胃がんや大腸がんなど消化管のがんによる慢性的な出血が原因である可能性があります2。貧血を「体質だから」と自己判断せず、医師の指導のもとで必ず原因を特定するための精密検査(胃カメラや大腸カメラなど)を受けてください。
Q3: 妊娠中の貧血は赤ちゃんにどのような影響がありますか?
Q4: Hctが高いと言われました。すぐに救急車を呼ぶ必要がありますか?
A: Hctが高いという検査結果だけで、直ちに救急車が必要になるケースは多くありません。ただし、「突然の胸の痛み」「片側の手足が動かしにくい」「ろれつが回らない」「激しい頭痛」など、心筋梗塞や脳梗塞を疑う症状がある場合は、Hct値に関係なく救急受診が必要です。症状が軽く、検査で初めて指摘された場合でも、なるべく早めに内科または血液内科で評価を受けましょう。
Q5: Hctが正常でも「隠れ貧血」や多血症の心配はありますか?
Q6: Hct異常を指摘された場合、何科を受診すればよいですか?
A: 多くの場合、まずは一般内科(かかりつけ医を含む)を受診するのがよいでしょう。検査結果や症状に応じて、血液内科や消化器内科、腎臓内科などの専門医への紹介が行われます。すでに妊婦健診や慢性疾患で通院している医療機関がある場合は、その主治医にHctの結果を共有し、必要な追加検査や専門医紹介について相談してください。
結論:Hct値を正しく理解し、生涯にわたる健康管理に活かすために
ヘマトクリット(Hct)は、健康診断の多くの項目の一つに過ぎないかもしれませんが、その数値はあなたの血液が発する重要なメッセージです。それは、全身の酸素供給能力を反映し、貧血や多血症といった病態、さらにはその背後にある様々な疾患の存在を示唆する、健康の「バロメーター」に他なりません。この記事を通じて、Hctの定義から、低い場合・高い場合の多様な原因、そして科学的根拠に基づいた最新の治療法や生活習慣に至るまで、包括的な知識を得ていただけたことでしょう。
最も重要なことは、定期的な健康診断を受け、ご自身の体の変化に注意を払うことです。そして、万が一Hct値に異常が認められた際には、決して自己判断したり、放置したりすることなく、速やかに医療機関を受診してください。この記事で得た知識を、あなたの主治医とのコミュニケーションに役立て、生涯にわたる健康管理の確かな一歩として活かされることを、JAPANESEHEALTH.ORG編集部一同、心より願っています。
参考文献
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