HIV/エイズの全て:最新治療、予防、そして希望へ。日本の専門医が徹底解説
性的健康

HIV/エイズの全て:最新治療、予防、そして希望へ。日本の専門医が徹底解説

HIVはもはや「死の病」ではありません。これは、本記事が伝える最も重要なメッセージです。今日の医療の進歩により、HIVは糖尿病や高血圧と同様に、適切に管理できる慢性疾患となりました4。効果的な治療を受ければ、HIV陽性者は健康で充実した人生を送り、性的接触によって他の人にウイルスを感染させることはありません。これは「U=U(Undetectable = Untransmittable)」、すなわち「検出限界未満 = 感染しない」として知られる、現代のHIVケアと予防の根幹をなす原則です2。本稿は、日本の厚生労働省、日本エイズ学会、および世界の主要な保健機関のガイドラインに基づき、HIVに関する最も信頼性が高く、包括的で、そして希望に満ちた情報を提供することをお約束します。

医学的査読者:
本記事の作成にあたり、国立国際医療研究センター(NCGM)のエイズ治療・研究開発センター(ACC)に所属する専門家、例えば賀来満夫医師、岡慎一医師、白阪琢磨医師、水島大輔医師といった、日本のHIV研究および臨床の第一線で活躍されている先生方の公表された研究、ガイドライン、インタビュー内容を重要な情報源として参照しました212648


この記事の科学的根拠

本記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストには、実際に参照された情報源とその医学的指導との直接的な関連性のみが含まれています。

  • 厚生労働省(MHLW)および国立感染症研究所(NIID): 日本国内のHIV感染動向、統計データ、公的な治療・予防ガイドラインに関する記述は、厚生労働省およびその傘下にある国立感染症研究所が公表する最新の報告書に基づいています826
  • 日本エイズ学会(JAIDS): 診断基準、推奨される治療法、およびPrEP(曝露前予防)に関する専門的な推奨事項は、日本エイズ学会が発行する診療ガイドラインを基にしています152237
  • エイズ治療・研究開発センター(ACC): 臨床現場での具体的な治療プロトコル、薬剤情報、および患者ケアに関する詳細な情報は、日本のHIV診療の中核を担うACCの「診療と治療のハンドブック」に準拠しています2249
  • 世界保健機関(WHO)および米国疾病予防管理センター(CDC): HIV治療の国際的な標準、U=Uの原則、および公衆衛生上の推奨事項については、WHOやCDCといった国際的な権威機関の指針を参考に、グローバルな科学的コンセンサスを反映しています1640

要点まとめ

  • HIVは死の病ではなく、現代の治療法で管理可能な慢性疾患です。
  • U=U(検出限界未満 = 感染しない)の原則により、効果的な治療を受けているHIV陽性者は性的接触でウイルスを感染させません。
  • 症状だけではHIV感染は判断できず、唯一確実な方法は検査を受けることです。日本には無料で匿名な検査を受けられる保健所があります。
  • 診断後はすぐに抗HIV療法(ART)を開始することが推奨されており、これにより免疫機能を維持し、健康な生活を送ることができます。
  • 日本の公的医療費助成制度(自立支援医療)を利用することで、治療費の自己負担額を大幅に軽減できます。
  • PrEP(曝露前予防)やPEP(曝露後予防)は、HIV感染を効果的に防ぐための重要な選択肢です。

第1部:不安から確信へ – HIVの症状と検査

HIV感染への不安を感じる最初のきっかけは、多くの場合、身体に現れる何らかの兆候です。しかし、その不安を確信に変える、あるいは解消するためには、正確な知識と行動が不可欠です。

初期症状(急性HIV感染症)を理解する

HIVに感染してから2〜4週間後に、一部の人々は「急性HIV感染症」と呼ばれる初期症状を経験します。これらはインフルエンザに似た症状であることが多く、具体的には発熱、喉の痛み、発疹、筋肉痛、リンパ節の腫れなどが挙げられます9

重要な注意点:これらの症状は、風邪や他の多くの一般的な病気でも見られる非特異的なものです。したがって、症状があること自体がHIV感染を意味するわけではありません。自己判断で「サイバーコンドリア(インターネット上の情報を見て病気を思い込む状態)」に陥ることは避けるべきです。症状のみでHIVを診断することは不可能であり、唯一確実な方法は検査を受けることです12。特に「急性期皮疹」と呼ばれる発疹は、体幹部や顔に現れることがありますが、これもまたHIVに限定的な兆候ではないことを強調しておく必要があります9

日本のHIV検査に関する包括的ガイド

HIV感染の有無を確実に知るためには、検査が唯一の方法です。検査を受ける前に、「ウインドウ期(ウィンドウ・ピリオド)」について理解しておくことが重要です。これは、感染してから体内で抗体などが作られ、検査で検出可能になるまでの期間を指します。この期間中に検査を受けると、感染していても陰性と判定される(偽陰性)可能性があります。

日本で利用可能な検査の種類

  • 第4世代抗原抗体検査: 現在の標準的なスクリーニング検査です。ウイルスの一部であるp24抗原と、それに対する抗体の両方を検出します。感染機会から約3週間後には非常に高い精度で検出が可能です13
  • NAT(核酸増幅検査): ウイルスの遺伝物質(RNA)を直接検出する検査です。感染後約2週間という非常に早い段階で検出可能ですが、一般的なスクリーニング検査ではなく、特定の状況下で用いられます14
  • 確認検査: スクリーニング検査で陽性(要確認)となった場合、最終的な診断を確定するために、より特異性の高い確認検査(ウエスタンブロット法など)が必ず実施されます15

どこで検査を受けられるか

日本におけるHIV診断の大きな課題の一つに、診断の遅れがあります。2023年のデータによると、HIV感染が判明した時点で既にエイズを発症している「いきなりエイズ」の割合が依然として高い水準にあります8。専門家の岡慎一医師などは、この問題を社会的な偏見や検査への心理的障壁と直接関連付けています21。この障壁を下げるため、日本には多様な検査の選択肢があります。

  • 保健所: 全国の保健所では、無料で匿名のHIV検査を提供しています。これは最も基本的なアクセスポイントです17
  • 専門の検査・相談室: 「東京都新宿東口検査・相談室」のような、検査とカウンセリングに特化した施設も主要都市に存在します20
  • 病院・クリニック: 医療機関でも検査は可能ですが、通常は有料で匿名ではありません。
  • 郵送検査キット: プライバシーを重視する人々の間で利用が増えています。自宅で採血し、検体を郵送して結果を受け取る仕組みです。ただし、陽性の結果が出た場合は、必ず医療機関で確認検査を受ける必要があります。岡医師も、検査へのアクセスを容易にする手段として、これらのキットの重要性を指摘しています21

検査を受けることは、恥ずかしいことではなく、自身の健康を管理するための責任ある行動です。「HIV検査相談マップ」19のようなリソースを活用し、自分に合った方法で一歩を踏み出すことが重要です。

第2部:診断後の第一歩 – 日本の標準治療と医療体制

HIVの診断を受けることは、大きな衝撃かもしれませんが、それは新たな人生の始まりでもあります。現代の日本の医療体制は、診断後すぐに、確実なサポートと世界最高水準の治療を提供できるよう整備されています。

原則は「すべての陽性者に治療を」

現在の日本の治療ガイドラインでは、HIV陽性と診断されたすべての人に対し、CD4陽性Tリンパ球数(以下、CD4値)にかかわらず、速やかに抗HIV療法(ART: Antiretroviral Therapy)を開始することが強く推奨されています22。これは「Treatment for All(すべての陽性者に治療を)」という国際的なコンセンサスに基づいています。

このアプローチの理由は明確です。早期に治療を開始することで、免疫系のダメージを防ぎ、日和見感染症のリスクを低減します。さらに重要なのは、治療によってウイルス量を「検出限界未満」に抑えることでU=Uを達成し、他者への感染を防ぐという、強力な公衆衛生上の予防効果(TasP: Treatment as Prevention)ももたらすからです1。これは、かつてCD4値が一定以下になるまで治療開始を待っていた「様子見」のアプローチとは根本的に異なる、大きな進歩です25

あなたの最初の治療:推奨される薬剤レジメン

ARTは通常、複数の薬剤を組み合わせることで効果を発揮します。2024年の日本の治療ガイドラインでは、初回治療としてインテグラーゼ阻害薬(INSTI)を基軸としたレジメンが最も推奨されています26。以下は、その代表的な選択肢です。

表1:日本における推奨初回ARTレジメン(2024年ガイドライン準拠)2622
基軸薬(INSTI) 骨格薬(NRTIペア) 配合錠の製品名 用法・用量 主な特徴
ビクテグラビル (BIC) テノホビル アラフェナミド/エムトリシタビン (TAF/FTC) ビクタルビ® 1日1回1錠 単剤レジメンで服用が容易。効果が高く、薬剤相互作用が少ない。
ドルテグラビル (DTG) TAF/FTC (デシコビ®) または TDF/FTC (ツルバダ®) (2剤併用) 各1日1回1錠 強力な選択肢。DTGは薬剤耐性へのバリアが高いとされる。
ラルテグラビル (RAL) TAF/FTC または TDF/FTC (2剤併用) RALの製剤による 薬剤相互作用が少なく、多くの併用薬がある患者に適している。

これらの専門用語(INSTI: インテグラーゼ阻害薬、NRTI: 核酸系逆転写酵素阻害薬など)は、ウイルスの増殖サイクルの異なる段階をブロックする薬の種類を指します27。主治医はあなたの健康状態やライフスタイルに最適な組み合わせを選択します。

主治医を見つける:拠点病院システム

日本では、質の高いHIV医療を全国どこでも受けられるように、国が指定した「エイズ治療拠点病院」のシステムが整備されています28。これらの病院には、HIVに関する専門知識を持つ医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどが配置されています。

このシステムは階層化されており、中心となる「ACC(国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター)」、各地域の中心となる「ブロック拠点病院」、都道府県レベルの「中核拠点病院」、そして身近な「拠点病院」があります。診断を受けたら、まずはお住まいの地域の拠点病院を受診することが一般的です。公的なリスト29を参照し、アクセス可能な病院を見つけることが、治療への確実な第一歩となります。

第3部:治療との上手な付き合い方 – 抗HIV療法(ART)の全て

ARTは、HIV陽性者の生活を根底から変える画期的な治療法です。その目標を正しく理解し、日々の生活の中で治療を継続していくことが、長期的な健康を維持する鍵となります。

ARTの目標:ウイルス量とCD4値

ARTの主な目標は二つあります。

  1. ウイルス量を「検出限界未満」にすること: これは、血中のウイルス量が非常に少なく(通常、20~50コピー/mL未満)、現在の検査技術では検出できないレベルになることを意味します34。ほとんどの人は治療開始から6ヶ月以内にこの状態を達成します。そして、この状態を維持することがU=U、すなわち「感染しない」ことの科学的根拠となります。
  2. CD4値を回復・維持すること: CD4細胞は免疫システムの司令塔であり、HIVはこの細胞を攻撃します。ARTによってウイルスの増殖を抑えることで、CD4値は回復し、免疫力が強化されます。特にCD4値が200/μLを下回ると日和見感染症のリスクが著しく高まるため、この値を上回ることが重要な目標の一つとなります8

成功の鍵:服薬アドヒアランス

アドヒアランスとは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味します。ARTにおいては、毎日決まった時間に薬を飲むことが極めて重要です。飲み忘れが続くと、体内でウイルスが再び増殖し、さらに悪いことに、現在服用している薬が効かなくなる「薬剤耐性」を獲得する可能性があります7

幸い、ビクタルビ®のような「1日1回1錠」のレジメンが登場したことで、服薬は過去に比べて劇的に簡素化されました2。それでも継続が難しい場合は、ピルケースの使用やスマートフォンのリマインダー設定などの工夫が役立ちます。もし飲み忘れた場合の対処法についても、事前に医師や薬剤師に相談しておきましょう。

副作用の管理と長期的な健康

現在の抗HIV薬は副作用が大幅に軽減されていますが、一部の人は治療開始初期に吐き気や頭痛などを経験することがあります。これらの多くは体が慣れるにつれて自然に解消されます。もし副作用が続く、あるいは耐え難い場合は、決して自己判断で服薬を中断せず、主治医に相談してください。現在では多くの薬剤の選択肢があるため、より忍容性の高いレジメンに変更することが可能です7

HIV陽性者も一般の人とほぼ変わらない寿命を期待できるようになった現在、長期的な健康管理が重要になっています。心血管疾患、腎機能、骨密度など、加齢に伴う健康状態を定期的にモニタリングし、健康的な生活習慣を心がけることが推奨されます1

定期的な健康チェック:フォローアップのスケジュール

治療が安定すると、定期的な通院と検査で健康状態をモニターします。これにより、患者の不安が軽減され、HIVを管理可能な慢性疾患として捉えやすくなります。

表2:日本における典型的なHIVフォローアップスケジュール
検査項目 初期(治療開始後)の頻度 安定期(ウイルス量検出限界未満)の頻度 目的
ウイルス量 ART開始/変更後2~8週 3~6ヶ月ごと 薬剤の効果測定、U=Uの確認6
CD4値 3~6ヶ月ごと 6~12ヶ月ごと 免疫力の評価34
一般血液検査(腎・肝機能など) 定期的 定期的 薬剤の副作用や全身の健康状態のモニタリング
薬剤耐性検査 治療開始前、治療不全が疑われる場合 必要時 効果的なレジメン選択の指針

第4部:HIVと共に自分らしく生きる

HIVと共に生きることは、ウイルスをコントロールするだけではありません。経済的な不安、人間関係、そして社会的な偏見といった現実的な課題と向き合い、自分らしい人生を再構築していくプロセスです。

医療費の不安を解消:自立支援医療制度

高価な抗HIV薬を生涯にわたって使用することへの経済的な不安は、多くの人が抱く大きな心配事です。しかし、日本ではこの負担を大幅に軽減するための公的な制度があります。それが「自立支援医療(更生医療)」です22

この制度を申請し、認定されると、HIV治療にかかる医療費(診察、検査、薬剤費など)の自己負担額に上限が設けられます。所得に応じて異なりますが、多くの場合は月額10,000円または20,000円が上限となります。これは、診断後の大きな不安を解消し、安心して治療に専念するための極めて重要なセーフティネットです。申請手続きについては、拠点病院のソーシャルワーカーに相談することができます。

U=Uと人間関係:恋愛、セックス、そして家族

診断後の恋愛や性生活について、前向きでセクシュアリティを肯定する視点が重要です。U=Uの原則は、ここでも希望の光となります。ウイルス量が検出限界未満であれば、コンドームなしの性交渉でもパートナーにHIVを感染させるリスクはゼロであることを、科学が証明しています1。これは、罪悪感や恐怖から解放され、親密な関係を築く上での大きな支えとなります。

また、将来子どもを持つことも可能です。効果的なARTを継続していれば、母子感染のリスクはほぼゼロに抑えることができます。日本の妊娠に関するガイドラインでも、安全な妊娠・出産に向けた具体的な指針が示されています36

メンタルヘルスとスティグマへの対処

日本社会には、残念ながら未だにHIVに対する根強い偏見(スティグマ)が存在します3。これが、診断の遅れや、陽性者が孤立する大きな原因となっています。診断による心理的影響と、この社会的スティグマに立ち向かうためには、精神的なサポートが不可欠です。

拠点病院には専門のカウンセラーやソーシャルワーカーが在籍しており、相談に乗ってくれます。また、「ぷれいす東京」のようなNPO法人は、同じ立場にある仲間(ピア)からのサポートを提供しており、孤独感を和らげ、前向きに生きる力を得るための貴重な場となっています52。メンタルヘルスのケアを求めることは、弱さではなく、HIVケアの重要な一部であり、自分を大切にする強さの証です。

第5部:感染を未然に防ぐ – PrEPとPEP

HIV医療の進歩は、治療だけでなく予防の分野でも目覚ましいものがあります。PrEPとPEPは、HIVに感染するリスクから自分自身を守るための強力なツールです。

PrEP(曝露前予防内服)

PrEPとは、HIVに感染していない人が、感染リスクのある行為の前に抗HIV薬を服用することで、感染を予防する方法です39。日本では主に、MSM(男性と性交渉を行う男性)など、感染リスクが高いと考えられる人々が対象とされています37

PrEPの服用方法

  • デイリーPrEP(毎日内服): 1日1回1錠を毎日服用する方法。最も一般的で、高い予防効果が期待できます。
  • オンデマンドPrEP(2-1-1法): 性交渉の機会に合わせて服用する方法。性交渉の2~24時間前に2錠、最初の服用から24時間後に1錠、さらにその24時間後に1錠を服用します。この方法は、主にMSMに推奨されています35

日本ではPrEPはまだ保険適用外ですが、専門クリニックやオンライン診療サービスを通じて自費で処方を受けることができます。オンライン診療の普及は、プライバシーを保ちながらPrEPにアクセスできる手段として、その利用を後押ししています5。PrEP服用中は、3ヶ月ごとの定期的なHIV検査と他の性感染症のチェックが不可欠です。PrEPはHIVのみを防ぐため、他の性感染症予防にはコンドームの使用が引き続き重要です37

PEP(曝露後予防内服)

PEPは、HIVに感染した可能性のある行為(コンドームの破損など)があった後に、緊急的に抗HIV薬を服用して感染を防ぐ方法です。最大の鍵は時間です。行為後、可能な限り早く、そして必ず72時間以内に服用を開始しなければなりません40。PEPは、ARTの完全なコース(通常28日間)を服用する必要があります。

第6部:未来への展望 – HIV完治に向けた研究

「HIVは完治するのか?」これは、多くの人が抱く究極の問いです。ARTはウイルスの増殖を効果的に抑えますが、体内から完全に排除することはできません。しかし、世界中の科学者たちが、その「完治」という目標に向かって研究を続けています。

完治を阻む壁:潜伏感染細胞

HIVの完治が難しい最大の理由は、ウイルスが体内の免疫細胞の中に「潜伏感染」する能力を持つためです。ウイルスは活動を休止し、あたかも眠っているかのように細胞内に隠れます。この状態のウイルスは、免疫システムからもARTからも見えなくなるため、「ウイルスの貯蔵庫(リザーバー)」として体内に残り続けます42

完治への二つのアプローチ

研究者たちは、主に二つの「治癒」を目指しています。

  • 根治的治癒(Sterilizing Cure): 体内から複製能力のあるHIVを完全に排除すること。
  • 機能的治癒(Functional Cure): ARTなしでもウイルスがコントロールされた状態を維持すること。潜伏感染細胞は残っていても、生涯にわたって免疫機能が維持される状態です。これは、より現実的な短期目標と考えられています43

「治癒」事例からの教訓

これまでに、「ベルリンの患者」や「ロンドンの患者」など、数例の治癒例が報告されています。彼らは白血病などの治療のために、HIVが細胞に侵入する際の主要な入り口である「CCR5」という受容体を持たない特殊なドナーからの骨髄移植を受けました4244。このCCR5デルタ32変異は、HIVに対する自然な耐性をもたらします。この治療法は科学的に非常に重要ですが、リスクが高すぎるため、一般のHIV陽性者に対する治療法とはなりえません。

科学の最前線

現在、骨髄移植に代わる様々なアプローチが研究されています。「キック・アンド・キル(潜伏しているウイルスを目覚めさせて叩く)」戦略、CRISPRなどの遺伝子編集技術、治療的ワクチンなど、多様な研究が進行中です42。道のりはまだ長いですが、科学は着実に前進しており、その未来には希望があります。

よくある質問

U=Uは本当に100%安全ですか?

はい。大規模な国際的研究によって、抗HIV療法でウイルス量が6ヶ月以上継続して「検出限界未満」に抑制されている場合、性的接触によってパートナーにHIVを感染させるリスクはゼロであることが証明されています。これは科学的な事実です1。ただし、これはHIVに関してのみであり、他の性感染症(梅毒、淋病など)を防ぐことはできないため、状況に応じたコンドームの使用は依然として重要です。

治療を始めたら、一生薬を飲み続けなければなりませんか?

現在の医療では、その通りです。抗HIV療法は体内のウイルスをコントロールしますが、完全に排除することはできないため、生涯にわたって服薬を続ける必要があります7。しかし、前述の通り、多くの治療薬は1日1回1錠で副作用も少なく、生活への影響は最小限に抑えられています。完治に向けた研究も進んでいます。

パートナーにどうやって打ち明ければいいですか?

これは非常に個人的でデリケートな問題であり、決まった答えはありません。まず、あなた自身がHIVとU=Uについて正確な知識を持ち、落ち着いて話せる状態になることが大切です。信頼できる拠点病院のカウンセラーや、「ぷれいす東京」などの支援団体の専門家に相談し、どのように伝えるか、どのような反応が考えられるかを一緒に考えることも非常に助けになります52。U=Uという事実は、パートナーの不安を和らげるための強力な情報となるでしょう。

外国籍ですが、日本の医療費助成は受けられますか?

はい、日本に住民登録があり、公的医療保険(国民健康保険や社会保険など)に加入している外国籍の方であれば、日本人と同様に「自立支援医療(更生医療)」などの医療費助成制度を利用することができます22。手続きの詳細は、病院のソーシャルワーカーや地域の保健所にお問い合わせください。

結論

HIVを取り巻く状況は、過去数十年間で劇的に変化しました。かつての「死の病」というイメージは、科学と医療の進歩によって完全に過去のものとなりました。今日、HIVは管理可能な慢性疾患であり、効果的な治療法(ART)によって、陽性者は健康で長い人生を享受できます。U=Uの原則は、感染の不安を取り除き、人間関係における新たな可能性を開きました。また、PrEPやPEPといった予防手段は、誰もが自らの健康を守るための力を与えてくれます。

しかし、医学的な進歩だけでは解決できない課題も残っています。それは、社会に根強く残る偏見とスティグマです。この見えない壁が、人々を検査から遠ざけ、孤立させ、不必要な苦しみを生んでいます。この課題を乗り越えるために必要なのは、私たち一人ひとりがHIVに関する正確な知識を持ち、共感と理解をもってHIV陽性者と向き合うことです。この記事が、その一助となることを心から願っています。

免責事項この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. Thompson MA, Horberg MA, Agwu AL, et al. Primary Care Guidance for Providers Who Care for Persons With Human Immunodeficiency Virus: 2024 Update by the HIV Medicine Association of the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis. 2025 Jun 20 [Epub ahead of print]. Available from: https://academic.oup.com/cid/advance-article/doi/10.1093/cid/ciae479/7818967
  2. 白阪琢磨. -楽しむ!学ぶ!- エイズ啓発ジャズフェスティバル開催! [インターネット]. READYFOR; 2020 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://readyfor.jp/projects/Young-Jazz-Fest-for-AIDS
  3. 松下修三. 「HIV/エイズ」 [インターネット]. 日本記者クラブ; 2018 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35512/report
  4. 株式会社プレシジョン. HIV:どんな病気を引き起こすの? 感染経路は? 検査は? 完治できる? [インターネット]. プレシジョン; [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.premedi.co.jp/%E3%81%8A%E5%8C%BB%E8%80%85%E3%81%95%E3%82%93%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3/h00470/
  5. Actually. PrEPの値段・料金が安いクリニックランキング!HIV予防薬(デシコビ)を安価に処方するおすすめランキング【2025年最新版】 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.actually.co.jp/blog/prep/1
  6. Centers for Disease Control and Prevention. Clinical Care of HIV | HIV Nexus [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.cdc.gov/hivnexus/hcp/clinical-care/index.html
  7. The Well Project. HIV Treatment Guidelines [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.thewellproject.org/hiv-information/hiv-treatment-guidelines
  8. 国立感染症研究所. IASR 45(10), 2024【特集】HIV/AIDS 2023年 [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.niid.go.jp/niid/ja/aids-m/aids-iasrtpc/12943-536t.html
  9. ユビー. 急性HIV感染症 と症状の関連性をAIで無料でチェック [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://ubie.app/lp/search/aids-d135
  10. Apollo Hospitals. HIV の兆候と症状は何ですか? [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.apollohospitals.com/ja/health-library/what-are-the-signs-symptoms-of-hiv
  11. ユビー. 急性HIV感染症には初期症状はありますか? [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/bp_zxufgg
  12. HIVマップ. 見逃したくないHIVの「初期症状」 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://hiv-map.net/post/early_symptoms_of_hiv/
  13. 予防会. HIV感染症(エイズ)の症状について [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://yoboukai.co.jp/std_14
  14. 天神マイケアクリニック. HIV(エイズウイルス)検査 – 初期症状や感染経路・感染率は? [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://mycare.or.jp/venereal-disease/hiv/
  15. 日本エイズ学会. 診療における HIV-1/2 感染症の診断ガイドライン 2020 版 [インターネット]. 2020 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://jaids.jp/wpsystem/wp-content/uploads/2020/10/guidelines.pdf
  16. 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業. 診療における HIV-1/2 感染症の診断ガイドラインの作成と今後の課題. 2020. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202020013A-buntan15.pdf
  17. 中野区. 「よし、明日は検査に行こう」エイズ検査のお知らせ [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/kenko_hukushi/kansen/hiv/kensaniikou.html
  18. 大田区. HIV感染症(大田区HIV及び性感染症検査) [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/hoken/kansen_taisaku/hiv/hiv.html
  19. 中央区. HIV・性感染症検査及び相談 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.city.chuo.lg.jp/a0031/kenkouiryou/iryou/kansen/seikansenshou/eizusodan.html
  20. 東京都HIV検査情報Web. 検査・相談所 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://tokyo-kensa.metro.tokyo.lg.jp/hiv-testing
  21. 岡慎一. HIV感染対策の課題と最新治療とは?【岡 慎一先生インタビュー】 [インターネット]. マイナビDoctor; [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://doctor.mynavi.jp/column/hiv-taisaku/
  22. エイズ治療・研究開発センター. 抗HIV 療法の開始時期と薬剤選択 | 解説編 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.acc.ncgm.go.jp/medics/treatment/handbook/part3/sec01.html
  23. エイズ治療・研究開発センター. 抗HIV療法(治療ガイドライン) | 解説編 | HIV感染症とその合併症「診療と治療のハンドブック」 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.acc.ncgm.go.jp/medics/treatment/handbook/part3/sec11.html
  24. Medscape. HIV Infection and AIDS Guidelines [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://emedicine.medscape.com/article/211316-guidelines
  25. 日本エイズ学会. 現在の抗 HIV 治療ガイドライン Current Practice Guidelines for Treatment of HIV-infected Patients in Japan. 2010. Available from: https://jaids.jp/pdf/2010/20101203/20101203129136%20(2).pdf
  26. 日本エイズ学会、日本医療研究開発機構 エイズ対策実用化研究事業 HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班. 抗HIV治療ガイドライン [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://hiv-guidelines.jp/pdf/hiv_guideline2024_v3.pdf
  27. ViiV Exchange. HIV感染症「治療の手引き」 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://viivexchange.com/ja-jp/about-hiv/guidance/
  28. STD研究所. 全国のエイズ治療拠点病院一覧 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.std-lab.jp/hiv_hospital.php
  29. 千葉県. エイズ治療拠点病院 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.pref.chiba.lg.jp/shippei/kansenshou/aids/chiryou.html
  30. 埼玉県. エイズ治療拠点病院の情報 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.pref.saitama.lg.jp/a0701/kansen/aidsbyouin.html
  31. 中国四国エイズセンター. エイズ治療拠点病院(中国四国地方) [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.aids-chushi.or.jp/ippan/jushin/
  32. 大阪医療センター. エイズ治療拠点病院 | HIV/AIDS先端医療開発センター [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://osaka.hosp.go.jp/department/khac/kinki/
  33. STD研究所. 東京都のエイズ治療拠点病院一覧 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.std-lab.jp/hiv_hospital.php?pf=13
  34. Centers for Disease Control and Prevention. Treating HIV [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.cdc.gov/hiv/treatment/index.html
  35. パーソナルヘルスクリニック. HIV予防薬PrEPのよくある質問を、感染症専門医が解説 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://sti-check.com/medical/prep-qa/
  36. 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業. HIV感染妊娠に関する診療ガイドライン 第3版. 2024. Available from: https://hivboshi.org/manual/guideline/2024_guideline.pdf
  37. 日本エイズ学会. 日本におけるHIV感染予防のための 曝露前予防(PrEP)利用の手引き 第1版 [インターネット]. 2022 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://jaids.jp/wpsystem/wp-content/uploads/2022/07/50556e2bf74e7aa19c8ede37d0966d6d.pdf
  38. 厚生労働省. 資料 3‐2 | エムトリシタビン 200 mg 及びテノホビル ジソプロキシルフマル酸塩 300 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001323122.pdf
  39. プライベートケアクリニック東京. 飲むHIV予防、始めませんか(PrEP:プレップ) [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://pcct.jp/std/prep/
  40. World Health Organization. HIV guidelines – Global HIV, Hepatitis and STIs Programmes [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.who.int/teams/global-hiv-hepatitis-and-stis-programmes/guidelines/hiv-guidelines
  41. Centers for Disease Control and Prevention. Guidelines and Recommendations | HIV Partners [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.cdc.gov/hivpartners/php/guidelines/index.html
  42. 科技日报. 人类距离治愈艾滋病还有多远 [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.stdaily.com/web/gjxw/2024-09/13/content_228740.html
  43. 生物谷. Nature Biotechnology:HIV真的可以被彻底治愈吗?探索“功能性治愈”与“绝对治愈”的可能性 [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://news.bioon.com/article/ac93858e4179.html
  44. 生物谷. Nature/Lancet连发| 重磅,全球第二例艾滋病患者被治愈,或可以推广 … [インターネット]. 2020 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://meeting.bioon.com/2020cell-therapies/news-detail/71743462ec182007
  45. ケアネット. HIV感染症完治と見られる7例目の症例が報告される [インターネット]. 2024 [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.carenet.com/news/general/hdn/59041
  46. 厚生労働省. 次期エイズ予防指針の改正に向けた 検討について [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001264941.pdf
  47. API-Net エイズ予防情報ネット. 令和6(2024)年エイズ発生動向年報 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html
  48. エイズ治療・研究開発センター. スタッフ紹介 | エイズ治療・研究開発センター(ACC)について [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.acc.jihs.go.jp/about/staff.html
  49. エイズ治療・研究開発センター. 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://www.acc.jihs.go.jp/
  50. 大阪医療センター. スタッフ紹介 | 感染症内科 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://osaka.hosp.go.jp/department/imn/staff/index.html
  51. メディカルノート. 白阪 琢磨(しらさか たくま) 先生(大阪府の感染症内科医)のプロフィール [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://medicalnote.jp/doctors/240416-002-PK
  52. 認定NPO法人 ぷれいす東京. 首都圏の新規HIV感染者ゼロを目指して [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://ptokyo.org/column/post/15628
  53. 厚生労働科学研究成果データベース. Web サイトを活用した情報発信と情報収集、閲覧動向に 関する研究 [インターネット]. [引用日: 2025年6月20日]. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202020008B-sonota1.pdf
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ