【医師監修】夜中の口の渇き（ドライマウス）－危険な病気のサイン？原因・リスク・治し方を徹底解説

夜中の口の渇き（口腔乾燥症）とは？

口腔乾燥症は、唾液の分泌量が減少するか、唾液の性質が変化することによって口の中が乾燥する状態を指します。² 高齢者によく見られる症状と考えられがちですが、近年では若い世代にも増加傾向にあります。¹ 実際に、日本の厚生労働省が実施した「令和4年歯科疾患実態調査」によると、「口がかわく」という悩みは75歳以上の人口の10%以上に見られる重要な健康問題です。⁴ この記事では、夜中に口が渇く原因を多角的に掘り下げ、放置した場合の潜在的リスク、今日から始められる具体的な対策、そして日本で利用可能な専門的な診断・治療法までを包括的に解説します。⁵

第1部：夜中に口が渇く主な原因の徹底分析

夜中の口の渇きの原因は一つではありません。生活に潜む単純なものから、より複雑な医学的状態まで、多岐にわたります。ここでは、原因を層別化し、読者が自身の状況を論理的に判断できるよう解説していきます。⁶

1-1. 生活習慣と環境に潜む原因

日常生活の中に、知らず知らずのうちに口の渇きを引き起こしている要因が隠れていることがあります。

• 部屋の空気の乾燥：特に日本では、冬場に暖房器具を使用することで空気が著しく乾燥します。⁷ 乾燥した空気は、睡眠中に口内の水分を蒸発させ、渇きの直接的な原因となります。⁸ 専門家は、寝室の湿度を40～60%に保つことを推奨しています。⁹
• 水分摂取量の不足：日中の水分摂取が不十分だと、夜間の唾液産生に直接影響します。唾液の主成分は水分であり、体内の水分量が不足すれば、唾液も十分に作られません。⁸
• カフェインとアルコール：コーヒー、緑茶、紅茶などに含まれるカフェインや、アルコールには利尿作用があります。¹⁰ これらは液体ですが、摂取した量以上の水分を体外に排出させてしまうため、結果的に脱水状態を招き、唾液の分泌を減少させる可能性があります。¹¹
• ストレス：精神的なストレスは自律神経のバランスを乱します。¹² ストレス状態では交感神経が優位になり、ネバネバとした濃い唾液が分泌されるため、口の中が乾いたように感じられます。対照的に、リラックス状態では副交感神経が働き、サラサラとした水分の多い唾液が分泌されます。¹³

1-2. 「口呼吸」とその根本原因

鼻ではなく口で呼吸する「口呼吸」は、夜間の口の渇きを引き起こす最も主要な原因の一つです。¹⁴ 口を開けて呼吸することで、口腔内の水分が直接蒸発してしまうためです。⁶

口呼吸になってしまう背景には、以下のような原因が考えられます。

• 鼻詰まり（鼻閉）：アレルギー（特に花粉症）、風邪、副鼻腔炎（蓄膿症）などによって鼻が詰まっていると、睡眠中に無意識のうちに口呼吸をせざるを得なくなります。⁸ これは非常に一般的な原因です。
• 口周りの筋力の低下：加齢などにより口の周りの筋肉（口輪筋など）が衰えると、睡眠中に自然と口が開いてしまいやすくなります。¹⁵
• 歯並びや顎の構造：不正咬合や骨格的な問題により、自然に唇を閉じることが難しい場合も口呼吸の原因となり得ます。¹⁴

1-3. 薬剤の副作用による口の渇き

服用している薬の副作用も、口の渇きの非常に一般的な原因であり、特に複数の薬を服用している（ポリファーマシー）高齢者において顕著です。¹⁵ 以下は、口腔乾燥を引き起こすことが知られている代表的な薬剤のクラスです。¹⁶

• 降圧剤（血圧を下げる薬）¹⁵
• 抗うつ薬・抗不安薬¹⁵
• 抗ヒスタミン薬（アレルギーの薬）¹⁵
• 利尿剤¹⁵
• 鎮痛薬、筋弛緩薬、パーキンソン病治療薬など¹⁵

1-4. 医療的な注意が必要な病気のサイン

上記の原因が一般的である一方、持続的で改善しない口の渇きは、治療が必要な基礎疾患の重要な兆候である可能性も考慮しなければなりません。¹⁸

• 睡眠時無呼吸症候群（SAS）：これは極めて重要な関連性を持つ疾患です。睡眠中に気道が狭窄・閉塞することで呼吸が繰り返し止まり、その結果、激しいいびきや口呼吸が生じ、重度の口の渇きを引き起こします。¹ これは単なるいびきの問題ではなく、睡眠の質を著しく低下させ、長期的な心血管系への負担など、深刻な健康リスクを伴います。¹⁸
• シェーグレン症候群：自己免疫疾患の一つで、自身の免疫系が唾液腺や涙腺など、水分を分泌する腺を誤って攻撃してしまう病気です。¹⁹ その結果、口や目の著しい乾燥症状が現れます。特に女性に多く見られる疾患です。²⁰ この疾患については、日本リウマチ学会から公式な「診療ガイドライン」が発行されており、専門的な診断基準と治療法が確立されています。²¹
• 糖尿病：高血糖状態が続くと、脱水症状や神経障害を引き起こす可能性があり、これらがいずれも唾液腺の機能に影響を与えることがあります。²² 口腔乾燥は、時に糖尿病の「第6の合併症」とも呼ばれることがあります。²³
• その他の要因：上記以外にも、加齢自体による唾液腺の萎縮やホルモンバランスの変化も、唾液分泌量の減少に寄与する一因とされています。¹⁵

第2部：放置は危険！口の渇きがもたらす口腔および全身への健康リスク

「たかが口が渇くだけ」と軽視してはいけません。唾液は、単に口の中を潤しているだけではなく、私たちの健康を守るために多くの重要な役割を担っています。唾液の持つ「自浄作用」「抗菌作用」「緩衝作用（酸を中和する）」「消化作用」などが低下すると、様々な健康上の問題が引き起こされます。¹⁵

2-1. 口腔内の健康トラブル

• 虫歯と歯周病のリスク増大：唾液による保護作用が失われると、酸を産生する細菌が繁殖しやすくなり、虫歯や歯周病が急速に進行する可能性があります。¹
• 口臭（こうしゅう）：細菌が異常繁殖し、揮発性硫黄化合物を産生することで、強い口臭の原因となります。¹
• 味覚障害：唾液は、食べ物の味粒子を溶かして味蕾（みらい）に届ける役割を担っています。唾液が不足すると、食べ物の味が分かりにくくなることがあります。¹
• 痛みと不快感：舌がひび割れて痛む（舌痛症）、口内炎ができやすくなる、義歯（入れ歯）が擦れて痛いなど、様々な不快症状を引き起こします。²⁴

2-2. 全身の健康への影響

口腔の健康は全身の健康と密接に繋がっています。²⁵ 口の渇きがもたらすリスクは、口の中だけに留まりません。

• 嚥下障害（えんげしょうがい）：食べ物をうまく飲み込めなくなる状態で、特に高齢者においては低栄養や脱水につながる可能性があります。²⁶
• 誤嚥性肺炎（ごえんせいはいえん）：これは高齢者にとって特に深刻なリスクです。口腔内で増殖した細菌が、唾液や食べ物と一緒に誤って気管や肺に入ってしまうことで引き起こされる肺炎です。¹⁵ 日本の超高齢社会において、このリスクは極めて重要な公衆衛生上の課題です。²⁷
• 睡眠の質の低下：夜中に喉の渇きで何度も目が覚めると、深い睡眠が妨げられ、日中の疲労感や集中力の低下につながります。¹

第3部：今日から始められるセルフケアと家庭での対策

専門的な治療が必要な場合もありますが、多くの口の渇きは、日々の習慣を見直すことで大幅に改善できます。ここでは、すぐに実践できる効果的なセルフケア方法を、「水分補給」と「保湿」という二つの重要な観点から解説します。²⁸

3-1. 正しい水分補給の方法

• こまめな水分補給：喉が渇いたと感じる前に、日中から意識的に、そしてこまめに水分を摂ることが基本です。¹³
• 最適な飲み物の選択：糖分の多い飲み物は避け、「水」または「麦茶」などが最適です。前述の通り、カフェインを含むコーヒー、紅茶、緑茶などは利尿作用があるため、水分補給の目的には逆効果になる場合があります。¹¹
• 枕元に水を置く：夜中に目が覚めた時にすぐに飲めるよう、ベッドサイドに水の入ったコップやペットボトルを置いておくと安心です。¹²

3-2. 睡眠環境の最適化

• 加湿器の使用：寝室で加湿器を使い、湿度を40～60%に保つことは非常に効果的です。⁹ 特に空気が乾燥する冬場には強く推奨されます。
• 簡易的な加湿方法：加湿器がない場合でも、濡れタオルを室内に干しておくだけでもある程度の効果が期待できます。²⁹
• マスクの着用：就寝時にマスクを着用することも有効な方法です。自分の呼気に含まれる湿気がマスク内に留まり、口や鼻の周りの湿度を保つことができます。⁹

3-3. 唾液の分泌を促す習慣

• 唾液腺マッサージ：唾液の分泌を直接的に促すための簡単なマッサージです。耳下腺（耳の前）、顎下腺（顎の下）、舌下腺（舌の下）の3大唾液腺を優しく刺激します。¹⁵
• よく噛むこと（咀嚼）：食事の際によく噛むことは、唾液の分泌を促進する最も自然な方法です。³⁰ また、キシリトール配合のシュガーレスガムを噛むことも効果的です。¹⁵
• 顔の体操：「あいうべ体操」のように、口や舌を大きく動かす体操は、口周りの筋力を鍛え、唾液の分泌を助けます。¹³

3-4. 口腔内の保湿ケア

これらの製品は原因を治すものではありませんが、不快な症状を和らげるのに役立ちます。³¹

• 保湿ジェル・スプレー：口腔用の保湿剤は、口の中の粘膜をコーティングし、潤いを長時間保ちます。³² 就寝前に塗布するのが特に効果的です。³³
• 保湿用の洗口液：アルコールを含まないタイプの洗口液を選びましょう。アルコールは口内を乾燥させる可能性があるため避けるべきです。²⁶

第4部：専門家による診断と治療法：いつ、何科を受診すべきか？

セルフケアを試しても症状が改善しない場合、または他の気になる症状を伴う場合は、専門家による診断を受けることが重要です。このセクションでは、日本の医療制度における具体的な診断プロセスと治療選択肢について詳しく解説します。³⁴

4-1. 医療機関での診断プロセス

受診の目安：セルフケアで改善が見られない場合や、口の渇きに加えて目の乾燥、関節の痛み、激しいいびき、日中の強い眠気などの症状がある場合は、医療機関の受診を強く推奨します。³⁵

診察と検査：

1. 問診：医師はまず、症状、病歴、そして服用中の全ての薬剤（お薬手帳を持参すると良い）について詳しく尋ねます。³⁶
2. 客観的検査：診断は患者の主観的な感覚だけでなく、客観的なデータに基づいて行われます。日本で保険適用される代表的な検査には以下のようなものがあります。³⁷
   • 唾液量測定：ガムテスト（ガムを10分間噛み、分泌された唾液量を測定。10ml以下で分泌低下と判断）やサクソンテスト（ガーゼを2分間噛み、その重量増加を測定。2g以下で分泌低下と判断）などがあります。³⁶
   • 口腔水分計：「ムーカス」といった専用の装置を用いて、舌の粘膜の水分量を直接測定します（舌背中央部で測定し、27.0未満でドライマウスと判定）。³⁸
3. 精密検査：シェーグレン症候群などの全身疾患が疑われる場合は、血液検査、唾液腺シンチグラフィー、唇の組織を少量採取して調べる口唇小唾液腺生検などが行われることもあります。²⁰

4-2. 保険適用される主な治療薬

特定の疾患と診断された場合、唾液の分泌を促進するための処方薬が日本で利用可能です。³⁹

唾液分泌促進薬：

• ピロカルピン塩酸塩（商品名：サラジェン）：シェーグレン症候群や頭頸部の放射線治療後の口腔乾燥症に対して保険適用があります。⁴⁰
• セビメリン塩酸塩（商品名：エボザック、サリグレン）：シェーグレン症候群に伴う口腔乾燥症状に対して保険適用があります。⁴¹

人工唾液：

• サリベート：エアゾール式の人工唾液で、唾液分泌促進薬と同様の疾患に対して保険適用されます。⁴¹

漢方薬：

• 医師の判断により、白虎加人参湯（びゃっこかにんじんとう）や五苓散（ごれいさん）などの漢方薬が処方され、保険適用となる場合があります。⁴¹

重要な注意点：これらの処方薬は、単なる加齢や生活習慣による口の渇きに対しては、原則として保険適用外です。⁴² 保険診療でこれらの薬を使用するためには、シェーグレン症候群などの明確な基礎疾患の診断が必要となることが一般的です。⁴³

4-3. 何科を受診すればよいか？

どの診療科を受診すべきか迷った際の簡単なガイドラインを以下に示します。

• 歯科・口腔外科：ほとんどの場合、最初の相談窓口として最適です。口腔内の状態を正確に診断し、虫歯などの合併症管理、口腔ケア指導を行います。³⁵
• 耳鼻咽喉科：鼻詰まり、アレルギー、いびきや睡眠時無呼吸症候群が強く疑われる場合に適しています。³⁴
• 内科・リウマチ科：シェーグレン症候群、糖尿病などの全身疾患が疑われる場合に受診します。³⁴
• かかりつけ医：薬剤の副作用について相談する際の窓口となります。³⁴

よくある質問 (FAQ)

結論

夜中の口の渇きは、その背後に多様な原因が潜む、複合的な問題です。⁴⁶ それは単なる不快感ではなく、私たちの身体が発する健康状態のバロメーターであり、注意深く耳を傾けるべきサインです。⁴⁷ 生活習慣の改善、睡眠環境の最適化、そして目的を持ったセルフケアを組み合わせることで、多くの場合は症状の大幅な緩和が期待できます。⁴⁸

しかし、症状が持続的であったり、他の深刻な兆候を伴ったりする場合には、専門家による正確な診断が不可欠です。⁴⁹ これにより、隠れた基礎疾患を発見し、適切に治療することができます。この記事で得た知識を活用し、ご自身の健康を主体的に管理し、質の高い睡眠と口腔の健康を取り戻すための一歩を踏み出してください。そして、必要であれば、専門家と協力して、あなたに最適な解決策を見つけることをためらわないでください。⁵⁰