本記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明記された最高品質の医学的エビデンスにのみ基づいています。以下は、参照された実際の情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したものです。
- Müller & Klement (2006)の大規模市販後調査1: 12歳未満の小児918名を対象とし、バレリアンとメリッサの配合剤が、落ち着きのなさや睡眠障害に対して高い有効性と安全性を持つことを示しました。本記事における小児の神経過敏に関する記述の主要な根拠となっています。
- Savino et al. (2005)のランダム化比較試験2: 乳児疝痛(コリック)を持つ乳児に対し、メリッサ、カモミール、フェンネルの配合ハーブ製剤がプラセボ(偽薬)と比較して啼泣時間を劇的に短縮させることを証明しました。乳児疝痛への有効性に関する議論の中核をなす研究です。
- Gromball et al. (2014)の前向き観察研究3: 多動性や集中困難を抱える小学生に対し、バレリアンとメリッサの配合剤がこれらの症状を有意に改善することを示しました。小児の行動問題への応用に関する重要なエビデンスです。
- 欧州医薬品庁(EMA)のコミュニティハーバルモノグラフ4: メリッサの伝統的使用における効能(軽度のストレス緩和、睡眠補助、消化器症状の緩和)と安全性を公式に評価しています。本記事における規制上の見解と、12歳未満への使用に関する注意喚起の根拠となっています。
要点まとめ
- 植物学的明確化の重要性:一般に「紫蘇(シソ)」として知られる植物と、子どもの健康に関して臨床研究が行われている「メリッサ(レモンバーム)」は、外見が似ていても全く異なる植物です。安全な利用のためには、この違いを正確に認識することが不可欠です。
- 小児への有効性:複数の臨床試験、特にバレリアンやカモミールとの配合剤において、メリッサは乳児疝痛(コリック)、小学生の落ち着きのなさ、多動性、睡眠障害の改善に有効であることが示されています。
- 実証された安全性:小児を対象とした臨床試験では、メリッサを含む製剤は一貫して高い安全性と良好な忍容性(副作用が少ないこと)が報告されています。
- 作用の科学的背景:メリッサの鎮静・抗不安作用は、脳内の興奮を抑える神経伝達物質GABA(γ-アミノ酪酸)の働きを高めることなど、科学的なメカニズムによって裏付けられています。
- 専門家との連携が必須:規制当局はデータ不足を理由に「12歳未満への使用は非推奨」としています。これは危険性を意味するものではありませんが、臨床研究の結果と併せて、使用の可否は必ず小児科医や薬剤師などの専門家と相談して判断する必要があります。
序論:「紫蘇の葉」の明確化とメリッサ(レモンバーム)の紹介
日本で一般的に「紫蘇(しそ)」と呼ばれる植物の学名はPerilla frutescensです5。これは和食で広く利用される香味野菜であり、伝統医学では「蘇葉(そよう)」として知られ、主に発汗、解熱、鎮咳などの目的で用いられてきました6。ベトナム語ではRau Tia Toと呼ばれます5。一方、本稿で詳述するハーブは、学名をMelissa officinalisといい、日本語ではレモンバームのほか、セイヨウヤマハッカ(西洋山薄荷)やコウスイハッカ(香水薄荷)といった和名も持ちます7。
この混乱の主な原因は、ベトナム語の呼称にあると考えられます。ベトナム語でTía tô đất(「土の紫蘇」の意)と呼ばれるハーブが、実は紫蘇ではなくレモンバーム(Melissa officinalis)を指すのです8。この言語的なニュアンスが、インターネット上で情報が混同される一因となっています。紫蘇とレモンバームは、共にシソ科(Lamiaceae)に属し、葉の形状が似ているため、視覚的にも混同されやすい側面があります9。しかし、含有される化学成分や薬理作用、そして科学的研究によって裏付けられた用途は全く異なります。
お子様の安全(安心)を最優先するという観点から、本レポートでは、小児への使用に関して質の高い臨床的エビデンスが存在するメリッサ(Melissa officinalis)に焦点を絞り、その詳細を報告します。これは、誤った植物を使用して期待される効果が得られない、あるいは予期せぬ反応を招くリスクを避けるための、不可欠な措置です。以下の比較表は、両者の違いを明確に理解するための一助となるでしょう。
特徴 | 紫蘇(シソ) | メリッサ(レモンバーム) |
---|---|---|
学名 | Perilla frutescens | Melissa officinalis |
科名 | シソ科 (Lamiaceae) | シソ科 (Lamiaceae) |
主な和名 | シソ、オオバ | レモンバーム、セイヨウヤマハッカ、コウスイハッカ7 |
主な英語名 | Perilla, Shiso, Beefsteak Plant | Lemon Balm, Common Balm, Melissa10 |
主なベトナム語名 | Tía Tô, Rau Tia To5 | Tía Tô Đất8 |
特徴的な香り | 独特の清涼感ある香り | 爽やかなレモンのような香り |
主要な有効成分 | ペリルアルデヒド、ロスマリン酸、ルテオリン | シトラール、シトロネラール、ロスマリン酸、フラボノイド11 |
主な伝統的・臨床的用途 | 食用、解熱、鎮咳、抗アレルギー作用6 | 鎮静、抗不安、睡眠補助、消化促進、抗ウイルス作用(ヘルペス)12 |
この明確化を基盤とし、次章以降ではメリッサ(レモンバーム)の豊かな歴史、作用機序、そして最も重要な小児への応用に関する科学的エビデンスを、深く掘り下げてまいります。
癒やしの世界的遺産:メリッサ(レモンバーム)の伝統的・歴史的利用
メリッサ(Melissa officinalis)は、一過性の流行ハーブではなく、2000年以上にわたって人々の心身を癒やしてきた、豊かで確かな歴史を持つ薬用植物です13。その歴史を紐解くことは、現代の科学的研究がどのような背景の上に成り立っているのかを理解し、このハーブへの信頼を深める上で極めて重要です。
メリッサの歴史は、古代ギリシャ・ローマ時代にまで遡ります14。属名であるMelissaは、ギリシャ語で「ミツバチ」を意味し、その花が良質な蜜源としてミツバチを強く引きつけることに由来します14。古代ギリシャの医師たちは、メリッサが持つ鎮静作用を認識しており、精神的な高ぶりを鎮め、心を落ち着かせるために利用していました。
中世ヨーロッパにおいて、メリッサの評価はさらに高まります。特に名高いのは、16世紀の医師であり錬金術師でもあったパラケルススの言葉です。彼はメリッサを「生命のエリキシル(不老不死の霊薬)」と呼び、その生命力を高める力を称賛しました15。また、11世紀のペルシャの偉大な医師イブン・シーナー(アヴィケンナ)は、その著書の中でメリッサが「心を陽気にし、元気づける」と記し、気分が沈んだ際の薬として推奨しています15。これらの記述は、メリッサが古くから抗うつ、抗不安薬として認識されていたことを示唆しています。
ヨーロッパの民間療法では、メリッサは「心を落ち着かせるハーブ」として確固たる地位を築いていました16。その用途は多岐にわたり、不安や緊張の緩和、安らかな眠りの促進、気分の高揚、そして消化不良や腹部膨満感といった胃腸の不調を和らげるために、ティーとして広く飲用されてきました12。また、「長寿のハーブ」あるいは「若返りのハーブ」とも呼ばれ、日々のストレスを和らげることが心身の健康を保ち、長寿に繋がるという、経験的な知恵が込められていたと考えられます13。
この伝統は、大航海時代を経て新大陸にも伝えられました。ヨーロッパからの初期の移民たちはメリッサを北米に持ち込み、ハーブガーデンに植えました。記録によれば、アメリカ合衆国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの農園でも栽培されていたとされています17。彼らはメリッサをポプリや、ジャムやゼリーにレモンの風味を加えるために利用し、その癒やしの力を生活の中に根付かせていきました17。
注目すべきは、これらの歴史的・伝統的な利用法が、現代の臨床研究のテーマと驚くほど一致している点です。古くから経験的に知られていた「神経の高ぶりを鎮める」「安眠を助ける」「憂鬱な気分を晴らす」「胃腸の調子を整える」といった効能は、まさに現代科学がそのメカニズムと効果を解明しようとしている対象そのものです18。この歴史と科学の連続性は、メリッサが単なる民間伝承の域を超え、時代を超えて検証されてきた信頼性の高いハーブであることを物語っています。保護者の方々が求める「安心」は、こうした何世紀にもわたる人類の経験の蓄積によっても裏付けられているのです。
静穏の科学:薬理学と作用機序
メリッサ(レモンバーム)がなぜ古くから人々の心を穏やかにし、体の不調を和らげてきたのか。その答えは、植物に含まれる多様な化学成分と、それらが人体に及ぼす複雑な薬理作用にあります。「自然の力」を科学の言葉で解き明かすことで、その働きをより深く理解することができます。
メリッサの主要な化学成分(ファイトケミカル)
メリッサの葉には、その薬効の源となる様々な有効成分が含まれています。
- 精油成分 (Essential Oils): メリッサの最も特徴的なレモン様の香りは、シトラール(ゲラニアールとネラールの混合物)とシトロネラールという精油成分によるものです19。これらの成分は、アロマテラピー(芳香療法)においても鎮静作用やリラックス効果をもたらす中心的な役割を担います20。
- フェノール酸 (Phenolic Acids): 特に重要なのがロスマリン酸 ($C_{18}H_{16}O_8$) です。ロスマリン酸は、メリッサの主要なポリフェノール化合物であり、強力な抗酸化作用、抗炎症作用、そして神経保護作用を持つことが数多くの研究で示されています6。後述する神経伝達物質への作用においても、このロスマリン酸が鍵となります。その他、カフェ酸なども含まれます21。
- フラボノイド (Flavonoids): ルテオリン、クェルセチン、アピゲニンといったフラボノイド類も豊富です6。これらは抗酸化物質として体内の活性酸素を除去し、細胞の損傷を防ぐ働きに貢献します。
- トリテルペン (Triterpenes): ウルソール酸やオレアノール酸といったトリテルペン類も同定されており、これらも抗炎症作用や抗酸化作用の一翼を担っています22。
主要な作用機序
これらの多様な成分が、単独で、あるいは相互に作用し合うことで、メリッサの多面的な効果が発揮されます。
- GABA作動性システムへの調節作用: メリッサの鎮静・抗不安作用における最も重要なメカニズムです。脳内の神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)は、神経細胞の興奮を抑制し、心身をリラックスさせる働きがあります。メリッサに含まれるロスマリン酸などの成分は、このGABAを分解する酵素「GABAトランスアミナーゼ」の働きを阻害することが分かっています23。その結果、脳内のGABA濃度が維持され、神経の過剰な興奮が抑えられ、不安が和らぎ、穏やかな精神状態がもたらされるのです。これは、多くの抗不安薬が作用するメカニズムと共通点があり、メリッサの伝統的な用途を科学的に裏付けています。
- コリン作動性システムへの調節作用: 記憶や学習に深く関わる神経伝達物質に「アセチルコリン」があります。メリッサは、このアセチルコリンを分解する酵素「アセチルコリンエステラーゼ(AChE)」の活性を阻害する作用が報告されています13。AChEの働きを抑えることで、脳内のアセチルコリン濃度が高まり、認知機能や記憶力の維持・向上に繋がる可能性が示唆されています。この作用は、特にアルツハイマー病の研究分野で注目されています。
- 抗ウイルス・抗菌作用: メリッサは、特に口唇ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルス(HSV)に対して、直接的な抗ウイルス活性を持つことが臨床試験で確認されています8。これは、メリッサの成分がウイルスの細胞への侵入を阻害することによると考えられています。また、様々な細菌に対する抗菌作用も報告されており、伝統的に傷の手当てなどに用いられてきた理由を説明します。
- 抗酸化・抗炎症作用: ロスマリン酸やフラボノイド類が持つ強力な抗酸化作用は、体内の酸化ストレスを軽減し、細胞の老化や損傷を防ぎます6。また、炎症を引き起こす物質の生成を抑制する抗炎症作用も併せ持っており、全身の健康維持に広く貢献します。
このように、メリッサは単一の成分が単一の標的に作用する医薬品とは異なり、複数の成分が複数の生体システム(神経系、免疫系など)に穏やかに働きかける「マルチターゲット」なハーブです。この多面的な作用こそが、不安を和らげながら消化を助け、心と体の両方にバランスをもたらすという、メリッサのホリスティック(包括的)な癒やしの力の源泉なのです。
小児への応用に関する臨床的エビデンス:包括的レビュー
保護者の方々にとって最も重要なのは、メリッサ(レモンバーム)が子どもの特定の症状に対して、実際にどの程度の効果と安全性を持つかという科学的根拠(エビデンス)です。本章では、小児を対象とした主要な臨床試験の結果を体系的にレビューし、その有効性を検証します。ここで特筆すべきは、小児を対象とした研究の多くが、メリッサを単独ではなく、他のハーブと組み合わせた製剤で評価している点です。これは、相乗効果を期待する伝統的なハーブ療法の考え方を反映しており、結果を解釈する上で重要な視点となります。
落ち着きのなさ、多動性、睡眠障害(不眠)
小学生の落ち着きのなさや睡眠の問題は、多くの家庭が直面する課題です。この領域において、メリッサは特にバレリアン(Valeriana officinalis)との組み合わせで有望な結果を示しています。
大規模市販後調査(Müller & Klement, 2006)
この研究は、落ち着きのなさや睡眠障害(Dyssomnia)を持つ12歳未満の子ども918名を対象とした大規模なオープンラベル調査です1。参加者には、バレリアン根乾燥エキスとメリッサ葉乾燥エキスを組み合わせた製剤が平均4週間にわたって投与されました。その結果は非常に肯定的で、当初睡眠障害があった子どものうち80.9%、落ち着きのなさに悩んでいた子どものうち70.4%で症状の顕著な改善が報告されました。さらに重要なことに、この治療法は忍容性が極めて高く、薬剤に関連する有害事象は報告されませんでした1。これは、実臨床に近い環境で、広範な小児集団における有効性と安全性を示唆する貴重なデータです。
前向き観察研究(Gromball et al., 2014)
この研究では、ADHDの診断基準は満たさないものの、多動性、集中困難、衝動性といった問題を抱える小学生169名を対象としました3。子どもたちには、バレリアン根乾燥エキスWS® 1014(640mg/日)とメリッサ葉乾燥エキスWS® 1303(320mg/日)の固定用量配合剤(製品名:Sandrin®)が7週間にわたり投与されました22。評価は小児科医と保護者の両方によって行われ、小児科医の評価では「集中困難」「多動性」「衝動性」の全ての項目で有意な改善が認められました。保護者の報告でも、「社会的行動」「睡眠」「症状による全体的な負担」が改善したと評価されており、特に集中力の欠如に関連する行動が改善したことが示されました1。この研究も、忍容性は良好であると結論付けています。
これらの研究は、メリッサとバレリアンの組み合わせが、子どもの神経過敏やそれに伴う睡眠の問題を穏やかに緩和する有効な選択肢となりうることを強く示唆しています。単一の標的に強く作用するのではなく、神経系を穏やかに調整することで、行動と睡眠の両方に良い影響を与える可能性が考えられます。
乳児疝痛(コリック)
生後数ヶ月の乳児が、特に原因なく激しく泣き続ける「乳児疝痛(コリック)」は、保護者にとって心身ともに大きな負担となります。この症状に対し、メリッサを含むハーブ製剤が、標準的な治療薬よりも優れた効果を示す可能性が、質の高い研究によって報告されています。
ランダム化比較試験(Savino et al., 2005)
これは、乳児疝痛に対するハーブ療法の有効性を評価した、非常に重要な二重盲検プラセボ対照ランダム化比較試験(RCT)です24。対象は、ウェッセル基準に基づき乳児疝痛と診断された生後21~93日の母乳栄養児93名でした。介入群には、メリッサ、カモミール(Matricariae recutita)、フェンネル(Foeniculum vulgare)を配合したハーブ製剤(製品名:ColiMil®)が、対照群にはプラセボ(偽薬)が1週間投与されました。結果は劇的でした。治療開始前の1日あたりの平均啼泣時間は、介入群が約201.2分、プラセボ群が約198.7分とほぼ同等でした。しかし、1週間の治療後、介入群の啼泣時間は平均76.9分へと大幅に短縮したのに対し、プラセボ群は平均169.9分にしか減少しませんでした。この差は統計的に極めて有意であり(p<0.005)、治療によって啼泣時間が改善した乳児の割合は、介入群の85.4%に対し、プラセボ群では48.9%に留まりました22。特筆すべきは、この効果的な治療において、副作用は一切報告されなかったことです24。
ランダム化比較試験(Martinelli et al., 2017)
このオープンラベルRCTでは、乳児疝痛の乳児176名を対象に、3つの治療法が比較されました。グループAにはメリッサ、カモミール、そしてティンダル化乳酸菌(L. acidophilus HA122)を含む製剤(製品名:Colimil® Plus®)が、グループBにはプロバイオティクスのL. reuteri DSM 17938が、グループCには一般的なガス除去薬であるシメチコンが投与されました1。28日後の評価では、メリッサを含む製剤を投与されたグループAは、シメチコンを投与されたグループCと比較して、1日の啼泣時間が有意に短いことが示されました22。この結果は、メリッサを含むハーブ製剤が、消化器系の不調と神経系の興奮の両方に働きかけることで、乳児疝痛の症状を効果的に緩和する可能性を示唆しています。
その他の小児・思春期における応用研究
メリッサの研究は、上記の分野以外にも広がりを見せています。
- 月経前症候群(PMS): 思春期の女子学生を対象とした複数のRCTにおいて、1日1200mgのメリッサの摂取が、プラセボと比較して、PMSに伴う身体的、心理的、社会的な症状を有意に軽減することが示されています1。
- 歯ぎしり(ブラキシズム): 52人の子どもを対象とした試験では、ホメオパシー的に調製されたメリッサが、歯ぎしりの軽減に効果を示す可能性が報告されています1。また、現在、小児および思春期の睡眠時ブラキシズムに対するメリッサの効果を検証する臨床試験が進行中です25。
- 注意欠如・多動性障害(ADHD): 複数のハーブ療法に関するシステマティックレビューでは、メリッサがADHDの様々な症状の治療に対して、有効性と安全性に関する「公正な指標(fair indication)」があると結論付けられていますが、さらなる質の高い研究が必要であるとされています26。
研究 (著者, 年) | 対象症状 | 対象者 (人数, 年齢) | 介入内容 (全組成, 用量, 期間) | 主な有効性評価 | 報告された有害事象 |
---|---|---|---|---|---|
Müller & Klement, 20061 | 落ち着きのなさ, 睡眠障害 | 918名, <12歳 | バレリアン根エキス (160mg/カプセル) + メリッサ葉エキス (80mg/カプセル) の配合剤. 1日3.5~4カプセル. 平均4週間. | 睡眠障害は80.9%で、落ち着きのなさは70.4%で改善。 | 薬剤に関連する有害事象の報告なし。 |
Gromball et al., 20143 | 多動性, 集中困難 | 169名, 6–11歳 | バレリアン根乾燥エキス WS® 1014 (640mg/日) + メリッサ葉乾燥エキス WS® 1303 (320mg/日). 7週間. | 小児科医評価で集中力、多動性、衝動性が有意に改善。保護者評価で社会的行動、睡眠が改善。 | 重篤な有害事象の報告なし。2名で軽度かつ一過性の反応あり。 |
Savino et al., 20052 | 乳児疝痛 | 93名, 21–60日 | M. recutita + F. vulgare + M. officinalis の配合エキス (ColiMil®). 1日2回. 1週間. | 啼泣時間が201分/日から77分/日に有意に減少 (プラセボは170分/日に留まる). p<0.005. | 有害事象の報告なし。 |
Martinelli et al., 201722 | 乳児疝痛 | 176名, ≥2週–4ヶ月 | M. chamomilla + M. officinalis + ティンダル化L. acidophilus の配合剤. 28日間. | 啼泣時間がシメチコン群と比較して有意に減少。 | 有害事象の報告なし。 |
Akbarzadeh et al., 201822 | 月経前症候群 (PMS) | 200名, 14–18歳 | メリッサカプセル (600mg/カプセル). 1日2回 (1200mg/日). 3月経周期. | 全体的な感情的、社会的、身体的症状が対照群と比較して改善。 | 有害事象の発生なし。 |
これらのエビデンスは、メリッサが、特に他のハーブとの組み合わせにおいて、子どもの一般的な健康問題に対して安全かつ有効な選択肢となりうることを示しています。しかし、これらの結果は特定の製剤と用量に基づいているため、家庭での安易な利用が同じ効果をもたらすとは限らないことを理解し、必ず専門家の指導を仰ぐことが不可欠です。
世界的な規制コンセンサスと専門家モノグラフ
個々の臨床研究に加え、世界各国の規制当局や専門家団体がメリッサ(レモンバーム)をどのように評価しているかを知ることは、その安全性と有効性の全体像を把握する上で非常に有益です。これらの機関は、長年の使用実績や科学的データを総合的に評価し、公式な見解(モノグラフ)を発表しています。
欧州医薬品庁(EMA)
欧州連合(EU)の医薬品規制を司るEMAは、ハーブ医薬品に関する「コミュニティハーバルモノグラフ」を発行しており、これは欧州におけるハーブの評価基準として最も権威あるものの一つです。EMAは、メリッサの葉(Melissa officinalis L., folium)について、以下のように結論付けています27。
- 伝統的使用(Traditional Use)の承認: EMAは、十分な科学的データと30年以上の伝統的な使用実績に基づき、メリッサを「伝統的ハーブ医薬品」として位置づけています。その承認された効能は以下の2点です28。
- 軽度の精神的ストレス症状の緩和および睡眠補助
- 腹部膨満や鼓腸を含む、軽度の消化器系愁訴の対症療法
- 承認された製剤と用法: ハーブティーとして使用される刻みハーブ、粉末、そして様々な抽出方法によるエキス剤やチンキ剤が承認されています27。
- 小児への使用に関する見解: EMAのモノグラフにおける最も重要な勧告の一つが、年齢に関するものです。「十分なデータがないため、12歳未満の小児への使用は推奨されない」と明記されています28。これは、メリッサが12歳未満の子どもに有害であるという証拠があるわけではなく、規制当局として公式な使用を推奨するに足る、標準化された十分な臨床データがまだ蓄積されていない、という立場を示すものです。
ドイツ コミッションE
ドイツでは、ハーブ療法(フィトテラピー)が医療に深く根付いており、その科学的評価を担う専門委員会が「コミッションE」です。コミッションEのモノグラフは、世界中のハーブ研究と規制に大きな影響を与えてきました。コミッションEは、メリッサを「神経性の不眠症および消化器系の機能障害」に対して有効であると承認しています29。この評価は、ドイツ国内でバレリアンとメリッサの配合剤などが、ストレスや睡眠障害に対するOTC医薬品(一般用医薬品)として広く利用されている背景となっています3。
世界保健機関(WHO)
WHOは、世界中の伝統医療で用いられる薬用植物の安全性、品質、有効性を確保するための国際的な基準作りを推進しています30。WHOは選定した薬用植物に関するモノグラフを発行していますが、提供された資料の中にはメリッサに特化したWHOモノグラフは含まれていませんでした31。しかし、WHOが推進する科学的アプローチと品質管理の原則は、メリッサを含む全てのハーブ製品を利用する際に適用されるべき重要な考え方です。
米国ハーブ薬局方(AHP)
米国のAHPは、ハーブの品質基準と治療に関する情報をまとめたモノグラフを発行する独立した科学機関です。AHPはメリッサに関する包括的なモノグラフを発表しており、その伝統的および現代的な用途として、不安、消化器系の不調、神経過敏、不眠などを挙げています32。特筆すべきは、このAHPモノグラフがイランの研究者との共同作業によって作成された点です。イランでもメリッサは非常に重要な薬草とされており、この国際協力は、メリッサの価値が文化や国境を越えて認められていることを示しています33。
カナダ保健省
カナダ保健省のナチュラルヘルス製品に関するモノグラフでも、メリッサは「落ち着きのなさや神経過敏の緩和」および「消化不良の症状緩和」といった伝統的な用途が認められていますが、対象は12歳以上の青年および成人とされています34。
これらの国際的な評価を総合すると、一つの重要なパターンが浮かび上がります。それは、前章で詳述した小児臨床試験の存在と、規制当局の公式見解との間に見られる「規制上のパラドックス」です。Savino氏やGromball氏らによる研究では、12歳未満の乳幼児や学童を対象にメリッサを含む製剤の有効性と安全性が示されています3, 2。一方で、EMAやカナダ保健省のような規制機関は、公式な推奨を12歳以上としています28, 34。
この一見矛盾した状況は、ハーブの安全性を評価する上で極めて重要な示唆を与えます。規制当局の勧告は、非常に厳格な基準とプロセスに基づいており、承認には膨大なデータが必要です。そのため、新しい臨床研究の結果が公式なモノグラフに反映されるまでには時間がかかります。つまり、「推奨されていない」ことは「危険である」こととイコールではなく、「規制当局が是認するレベルのエビデンスがまだ揃っていない」状態を意味します。この複雑な状況を理解することは、保護者や医療専門家が、個々の子どもの状況に応じて、発表されている臨床エビデンスと公式な規制上の注意喚起の両方を天秤にかけ、情報に基づいた判断を下す上で不可欠なのです。
最優先事項:安全性、忍容性、相互作用の厳格な評価
お子様の健康のために自然療法を検討する際、何よりも優先されるべきは安全性です。本章では、メリッサ(レモンバーム)の安全性に関するあらゆる情報を集約し、小児への使用におけるリスクとベネフィットを客観的に評価します。保護者の方々が抱く「安心」への願いに応えるため、科学的データに基づいた厳格なリスク評価を行います。
小児における安全性プロファイル
複数の小児を対象とした臨床試験において、メリッサを含む製剤は一貫して良好な安全性と忍容性を示しています。
- 臨床試験における安全性: 乳児疝痛を対象としたSavino氏らの研究24やMartinelli氏らの研究35、また落ち着きのなさや睡眠障害を対象としたMüller氏らの研究1やGromball氏らの研究3のいずれにおいても、重篤な有害事象は報告されていません1。Gromball氏らの研究で2名に軽度かつ一過性の反応が見られたものの、全体として忍容性は「極めて良好」と評価されています36。これらの研究は、数週間から数ヶ月にわたる投与期間中、乳幼児から小学生までの幅広い年齢層で安全性が確認されたことを意味し、非常に心強いデータと言えます。
- 毒性試験: 安全性をさらに裏付けるものとして、動物を用いた毒性試験があります。ラットを用いた90日間の反復経口投与毒性試験では、非常に高用量のメリッサ水性エキスを投与しても、臨床的、血液学的、生化学的に何ら有害な影響は見られませんでした。この結果から、毒性影響が観察されない最大量(無毒性量、NOAEL)が極めて高いことが確認されており、メリッッサの全般的な安全性を支持しています37。
禁忌と注意事項
全般的に安全性が高いとされるメリッサですが、特定の人や状況においては注意が必要です。
- 妊娠中・授乳中: EMAのモノグラフをはじめ、多くの専門機関が「安全性が確立されていないため、妊娠中および授乳中の使用は推奨されない」としています28。これは、母体や乳児への影響に関する十分なデータが存在しないためであり、安全を期すための標準的な予防措置です。
- 眠気: メリッサには鎮静作用があるため、人によっては眠気を引き起こす可能性があります。そのため、EMAやカナダ保健省は、メリッサを摂取した後は自動車の運転や機械の操作に注意するよう警告しています28, 34。これは主に青年や成人への注意喚起ですが、子どもの活動に影響がないか観察することも重要です。
- アレルギー: メリッサはシソ科(Lamiaceae)の植物です。同科の他の植物(ミント、バジル、ローズマリーなど)にアレルギーがある場合、交差反応を起こす可能性が理論的には考えられます。アレルギー反応(発疹、かゆみ等)が疑われる場合は、直ちに使用を中止し、医師に相談する必要があります18。
医薬品との相互作用
他の医薬品やサプリメントと併用する場合、相互作用に注意を払う必要があります。
- 中枢神経抑制薬(鎮静薬など): メリッサは鎮静作用を持つため、アルコール、バルビツール酸系薬剤、ベンゾジアゼピン系抗不安薬など、他の中枢神経抑制作用を持つ物質と併用すると、作用が増強され、過度の眠気やふらつきを引き起こす理論的リスクがあります。臨床試験での報告はありませんが、これは標準的な注意事項です38。
- 甲状腺ホルモン剤: この相互作用は非常に重要かつ繊細な注意を要します。in vitro(試験管内)の研究で、メリッサのエキスが甲状腺刺激ホルモン(TSH)の活性を阻害する可能性が示されています28。この作用機序に基づき、甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンが不足している状態)の患者がメリッサを使用すると、症状を悪化させるリスクが懸念されます。そのため、甲状腺ホルモン補充療法(レボチロキシンなど)を受けている場合は、自己判断での使用は絶対に避け、必ず主治医に相談しなければなりません18。一方で、このTSH阻害作用は、甲状腺機能亢進症(バセドウ病など、甲状腺ホルモンが過剰な状態)の治療に応用できる可能性も示唆されています。実際に、一部の伝統療法や代替療法では、甲状腺の活動を穏やかにするためにメリッサが用いられることがあります39。このように、甲状腺への影響は、個人の病態によって「リスク」にも「ベネフィットの可能性」にもなり得ます。「甲状腺疾患には禁忌」という単純な括りではなく、個別の病状に応じた専門的な判断が不可欠です。
相互作用の可能性がある医薬品・物質クラス | 潜在的な影響 | 作用機序・エビデンスの根拠 | 推奨事項 |
---|---|---|---|
中枢神経抑制薬 (アルコール, バルビツール酸系薬剤, ベンゾジアゼピン系薬剤など) | 鎮静作用、眠気の増強 | 相加的な薬理作用。臨床報告はないが、理論的に想定される38。 | 併用は避けるか、医師の厳格な監督下で行う。 |
甲状腺ホルモン剤 (レボチロキシンなど) | 甲状腺機能低下症の患者において、薬剤の効果を減弱させる可能性。 | in vitro試験でTSH活性の阻害が示唆されている28。 | 甲状腺疾患を持つ、または甲状腺ホルモン剤を服用中の場合は、使用前に必ず主治医または専門医に相談する。 |
結論として、メリッサは小児臨床試験において優れた安全性プロファイルを示していますが、万能で無条件に安全なわけではありません。特に甲状腺疾患を持つお子様や、他の医薬品を服用中のお子様への使用には、細心の注意と専門家による判断が絶対に必要です。
保護者のための実践的ガイダンス:剤形、用法、日本での責任ある利用
科学的エビデンスと安全性の評価を踏まえ、本章では日本の保護者の方々がメリッサ(レモンバーム)を責任を持って利用するための実践的な情報を提供します。研究から実生活への橋渡しとなるこのガイダンスは、お子様のために最善の選択をする一助となることを目指します。
メリッサの利用形態(剤形)
メリッサは様々な形で利用することができます。それぞれの特徴を理解し、目的に合ったものを選ぶことが重要です。
- ハーブティー(浸剤): 乾燥させたメリッサの葉にお湯を注いで成分を抽出する方法です23。家庭で最も手軽に利用できる形態であり、穏やかな作用を期待する場合に適しています。心地よい香りもリラックス効果を高めます。
- エキス剤・チンキ剤: アルコールや水などで有効成分を濃縮抽出した液体状の製剤です27。ハーブティーよりも高濃度で、より安定した品質が期待できます。市販品として入手可能です。
- カプセル・錠剤: 乾燥させたハーブの粉末や乾燥エキスをカプセルや錠剤に詰めたものです。前述の臨床試験の多くでこの形態が使用されており、正確な用量を摂取しやすいという利点があります3。
- 精油(エッセンシャルオイル): 水蒸気蒸留法などで抽出された非常に高濃度な芳香成分です。主にアロマテラピーとして、吸入(芳香浴)または希釈して皮膚に塗布して使用します20。精油は絶対に内服(飲用)してはいけません。特に子どもへの使用は、専門家のアドバイスのもと、極めて慎重に行う必要があります。
小児への投与量に関する要約
以下の表は、臨床試験や規制当局のモノグラフで示された小児関連の投与量をまとめたものです。これはあくまで情報提供を目的としており、実際の投与量や使用の可否は、必ず医師や薬剤師などの医療専門家と相談の上で決定してください。
対象症状 | 年齢層 | 剤形・製剤 | 研究/規制で用いられた投与量 | 期間 | 出典 |
---|---|---|---|---|---|
乳児疝痛 | 21–60日 | 配合エキス (ColiMil®) | 製品の指示に従い1日2回 | 1週間 | Savino et al. 20052 |
乳児疝痛 | ≥2週–4ヶ月 | 配合製剤 (Colimil® Plus®) | 製品の指示に従い1日1回 | 28日間 | Martinelli et al. 201735 |
落ち着きのなさ, 睡眠障害 | <12歳 | 配合カプセル (バレリアン+メリッサ) | 1日3.5~4カプセル (メリッサとして280-320mg/日) | 平均4週間 | Müller & Klement, 20061 |
多動性, 集中困難 | 6–11歳 | 配合錠剤 (Sandrin®) | メリッサ乾燥エキスとして320mg/日 | 7週間 | Gromball et al., 20143 |
軽度のストレス, 睡眠補助 | 12歳以上 | ハーブティー | 刻みハーブ 1.5–4.5gを1日1~3回 | 2週間以上症状が続く場合は医師に相談 | EMA Monograph28 |
日本におけるハーブ療法の位置づけ
日本でハーブ製品を利用する際には、その法的な位置づけを理解しておくことが不可欠です。
- 医薬品と「いわゆる健康食品」の違い: 日本では、病気の診断、治療、予防を目的とする製品は「医薬品」として医薬品医療機器等法(薬機法)の厳しい規制を受けます40。医師が処方する漢方薬(医療用漢方エキス製剤)もこの医薬品に含まれ、品質、有効性、安全性が国によって保証され、健康保険が適用されます41。一方、メリッサのような西洋ハーブ製品の多くは、法的には「食品」のカテゴリーに含まれる「いわゆる健康食品」として扱われます42。これらは医薬品とは異なり、病気の治療効果を謳うことはできず、品質管理も製造者の自主的な基準に委ねられているのが現状です。
- 品質と供給元の選定: 「健康食品」であるハーブ製品は、品質にばらつきがある可能性があります。お子様に安心して使用するためには、信頼できるメーカーや、品質管理基準(例:GMP認証)を明記している供給元から製品を選ぶことが極めて重要です。
日本の医療専門家への相談
メリッサをお子様に試す前に、小児科医(しょうにかい)に相談することは、安全を確保するための絶対条件です。
- 相談の重要性: 日本の多くの小児科医は、西洋医学のトレーニングが中心であり、メリッサのような西洋ハーブに精通していない可能性があります。しかし、子どもの全体的な健康状態、アレルギー歴、服用中の他の薬剤などを把握している主治医に、新しいものを試す意向を伝えることは、予期せぬリスクを避けるために不可欠です。
- 専門家を探す: より専門的なアドバイスを求める場合、漢方や代替医療を取り入れている医師を探すのも一つの方法です。日本小児東洋医学会43や日本東洋医学会44のウェブサイトには、漢方専門医のリストが掲載されており、参考になる場合があります。また、小児科医でありながらハーブ療法に関する知識を持つ医師も少数ながら存在します45。
- 効果的な相談の仕方: 医師に相談する際は、一方的に使用を求めるのではなく、協力的な姿勢で臨むことが大切です。「子どもの〇〇という症状について、メリッサ(レモンバーム)というハーブにこのような臨床研究があることを知りました。先生の専門的なご意見をお聞かせいただけますでしょうか?」といった形で、本レポートで得たような科学的根拠を提示しながら質問することで、より建設的な対話が期待できます。これにより、保護者の方が情報を吟味した上で相談していることが伝わり、医師も真摯に検討しやすくなります。
責任ある利用とは、情報を鵜呑みにせず、その限界を理解し、専門家と連携して、お子様一人ひとりの状況に合わせた最善の道を探ることです。
よくある質問
質問1:結局、「紫蘇の葉」は子どもの落ち着きに効くのですか?
質問2:メリッサ(レモンバーム)は、子どもが使っても本当に安全ですか?
質問3:規制当局は「12歳未満非推奨」としていますが、なぜ臨床試験では使われているのですか?
質問4:メリッサは単体で使うより、他のハーブと混ぜた方が良いのですか?
質問5:日本でメリッサ製品を選ぶ際の注意点は何ですか?
結論:子どものウェルネスへの包括的アプローチにおけるメリッサ(Melissa officinalis)の統合
本レポートは、お子様の健康を守るための自然な選択肢として、メリッサ(Melissa officinalis、レモンバーム)の可能性を、科学的根拠に基づいて多角的に検証してきました。その結果、メリッサは正しく理解し、責任を持って使用されるならば、子どもの健やかな毎日を支える穏やかで有効なツールとなりうることが示唆されます。
主要な結論の要約
- 植物学的明確性の重要性: 当初の関心事であった「紫蘇の葉」(Perilla frutescens)と、小児への応用に関する臨床エビデンスが豊富なメリッサ(Melissa officinalis)は、全く異なる植物です。この違いを認識することは、安全なハーブ利用の第一歩であり、最も重要な前提条件です。
- 歴史と科学の調和: メリッサには、精神的ストレス、不眠、消化器系の不調を緩和する目的で2000年以上にわたって利用されてきた豊かな歴史があります。現代の科学的研究は、GABA作動性システムやコリン作動性システムへの作用といった具体的なメカニズムを解明し、これらの伝統的な用途を裏付けています。
- 小児における有効性のエビデンス: 複数の臨床試験、特に他のハーブとの配合剤を用いた研究において、メリッサは乳児疝痛の啼泣時間の大幅な短縮、および学童の落ち着きのなさ、多動性、睡眠障害の改善に有効であることが示されています。これらの研究では、一貫して高い安全性が報告されています。
- 解釈における重要なニュアンス:
- 配合剤の優位性: 小児における最も強力なエビデンスは、バレリアンやカモミールといった他のハーブとの配合剤から得られています。メリッサ単体で同等の効果が得られるかは不明であり、この「配合療法の注意点」は期待値を管理する上で重要です。
- 規制上のパラドックス: 規制当局(例:EMA)は「12歳未満への非推奨」を公式見解としていますが、これは危険性が証明されたためではなく、公式な承認に必要なデータが不足しているためです。一方で、12歳未満を対象とした肯定的な臨床研究が存在するというこのパラドックスは、最終的な判断が個別の症例ごとに、専門家の裁量に委ねられるべきであることを示しています。
最終的な勧告
メリッサは、万能薬(cure-all)ではありません46。むしろ、子どものウェルネスに対する包括的なアプローチの一部として統合されるべき、穏やかな補완的ツールと捉えるのが最も適切です。適切な栄養、安定した家庭環境、十分な愛情、そして必要に応じた専門的な医療が、子どもの健康の基盤であることに変わりはありません。
保護者の方々が、自然の力に支えられた「安心の毎日」を育むためには、以下の三つの原則を心に留めることが不可欠です。
- 知識を持つこと: 正しい植物を特定し、その作用、有効性、そして限界について科学的根拠に基づいて学ぶ。
- 慎重であること: 高品質な製品を信頼できる供給元から選び、特に他の医薬品を服用している場合や基礎疾患がある場合には、相互作用のリスクを常に念頭に置く。
- 協力すること: 決して自己判断で完結せず、必ず小児科医や薬剤師といった信頼できる医療専門家とパートナーシップを築く。情報に基づいた対話を通じて、お子様の個別のニーズに合わせた最善の選択を行う。
メリッサ(レモンバーム)は、その心地よい香りと穏やかな作用で、太古の昔から人々の心身を癒やしてきました。その力を現代の子どもたちのために安全かつ効果的に活用する道は、科学への敬意と専門家との連携、そして何よりもお子様への深い愛情によって開かれるのです。
本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。
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