【科学的根拠に基づく】妊娠中のサフランは安全か危険か？摂取量・時期別の完全ガイド

第1章：サフランの二つの顔：スパイスとしての利用と医薬品としての歴史

サフランに関する議論を始める前に、まずその「正体」を明確に定義し、議論の前提を固めることが不可欠です。特に、命に関わる致命的な誤解を未然に防ぐための警告は、何よりも優先されるべき情報です。

1-1. 料理を彩る「スパイス」としてのサフラン

多くの日本人にとって、サフランはパエリアやブイヤベース、サフランライスといった料理を、美しい黄金色と芳醇な香りで彩る高級スパイスとして認識されています¹²⁶。料理レシピでサフランの量について言及される際、最も一般的な表現は「ひとつまみ」です。複数の情報源によると、この「ひとつまみ」とは、具体的にはサフランのめしべ約40〜50本に相当し、その重量はわずか約0.1gです⁴。この量は、後の章で詳しく議論する「薬用量」や「中毒量」と比較する上で、極めて重要な基準点となります。料理におけるサフランの役割は、あくまで風味と色付けであり、この微量な摂取が全身に強い薬理作用を及ぼすとは考えられていません⁵。

1-2. 伝統医学における「薬」としてのサフラン

一方、サフランには古くから「薬」としての歴史があります。特に、世界最大の生産国であるイランを中心としたペルシャ伝統医学では、サフランは気分を高揚させ、心を落ち着かせる効果を持つ生薬として重用されてきました⁸。さらに、月経を促す「通経作用」や、意図的に流産を引き起こす「堕胎薬」としての利用も、歴史的な文献に記されています⁹¹⁴。この「薬」としての側面こそが、現代において妊娠中のサフラン摂取に強い注意が喚起される根源となっているのです¹³¹⁵。

1-3.【最重要警告】致命的な誤解：サフランと「イヌサフラン」の決定的違い

ここで、最も重要かつ命に関わる警告をしなければなりません。スパイスとして利用されるサフラン（学名: Crocus sativus、アヤメ科）と、「イヌサフラン」（学名: Colchicum autumnale、コルチカム科またはユリ科）は、名前が似ているだけで全くの別物であり、後者は猛毒を持つ植物です。食品安全委員会や厚生労働省の報告によると、イヌサフランには、「コルヒチン」という非常に毒性の強いアルカロイドが含まれています¹⁶¹⁸。これを誤って摂取すると、数時間後に嘔吐、下痢、腹痛などの症状が現れ、重篤な場合には呼吸困難や多臓器不全を引き起こし、死に至ることもあります¹⁷。日本では、家庭菜園などで栽培していたイヌサフランの球根を、食用の山菜（ギョウジャニンニクなど）やジャガイモと間違えて食べてしまう中毒事故が実際に報告されています。サフランとイヌサフランの混同は、単なる知識不足では済まされない、命の危険に直結する致命的な誤解であることを、強く認識する必要があります。本稿で扱う「サフラン」は、常にスパイスとして流通しているアヤメ科の植物であり、有毒なイヌサフランとは全く異なるものであることを、まずご理解ください。

第2章：妊娠中のリスクと警告：なぜ「原則禁忌」と言われるのか

妊娠中のサフラン摂取がなぜ危険視されるのか、その背景には伝統的な利用法だけでなく、科学的に示唆されるリスクと、それに基づいた公的機関の慎重な姿勢があります。安全を第一に考える上で、これらの警告を正しく理解することが不可欠です。

2-1. 子宮収縮作用と流産・早産のリスク

サフランが妊娠中に注意を要する最大の理由は、その子宮収縮作用にあります¹³。複数の情報源が、サフランの大量摂取が子宮の収縮を促し、月経を誘発する（通経作用）、あるいは流産を引き起こす（堕胎作用）可能性があると警告しています¹⁴。この作用は、胎児の脳や心臓といった重要な器官が形成される妊娠初期において、特に深刻なリスクとなり得ます。この時期の子宮収縮は、流産に直結する可能性があるためです¹¹¹⁹。実際に、ラットを用いた動物実験では、サフランの経口摂取が早産や流産を誘発したという報告があります⁹。また、ヒトにおいても、サフラン畑で日常的にサフランに曝露されている女性農家は、そうでない女性に比べて流産率が高いという調査結果も存在します⁸。これらは、サフランが、特に高濃度で体内に取り込まれた場合に、妊娠の継続に悪影響を及ぼす可能性を示唆する重要なデータです。

2-2. 毒性を示す摂取量：安全域はどこまでか

サフランは、安全な摂取量の範囲を逸脱すると、人体に毒として作用します。これは用量依存性と呼ばれる薬理学の基本原則であり、サフランの効果とリスクは摂取量に比例して劇的に変化します。複数の健康情報サイトや専門機関は、サフランを一度に5g（グラム）以上摂取すると、中毒症状が現れる可能性があると警告しています^23242526。主な中毒症状には、嘔吐、激しい腹痛、めまい、下痢などがあり、重篤な場合には肝機能障害による黄疸や、神経系の異常が見られることもあります²⁷。さらに、12gから20gという極めて大量の摂取は、致死量となりうるとされています¹³。ここで重要なのは、この「5g」という中毒量が、前章で述べた料理で使う「ひとつまみ（約0.1g）」の実に50倍にも及ぶ量であるという事実です。この比較により、通常の料理でサフランを摂取することと、意図的に大量摂取することのリスクが、全く異なる次元にあることが理解できます。この知識は、不必要な恐怖を和らげると同時に、サプリメントなどでの安易な過剰摂取がいかに危険であるかを明確に示しています。

2-3. 日本国内における規制と専門家の見解

日本国内の規制や専門家の見解は、妊娠中のサフラン摂取に対して極めて慎重な姿勢を示しています。

機能性表示食品の現状

日本の消費者庁が管轄する制度のもと、サフラン由来の成分（クロシン、サフラナール）を含むサプリメントが「機能性表示食品」として販売されています。これらは、「一時的な不安感や気分の落ち込みの軽減」といった機能を謳っていますが、その製品パッケージや届出情報には、対象者として「疾病に罹患している者、未成年者、妊産婦（妊娠を計画している者を含む。）及び授乳婦を除く。」と明確に記載されています²⁸。これは、製造・販売企業が、妊婦に対する安全性と有効性を保証できない、あるいは万一のリスクを回避していることを示す、極めて重要な事実です。

医薬品としての扱い

サフランは、日本薬局方に収載されている正式な生薬でもあります。例えば、本草製薬株式会社が製造する医薬品「本草サフラン」の添付文書（医療専門家向けの公的な説明書）には、「使用上の注意」の項目で「妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい。［流早産の危険性がある］」と、明確に警告されています²⁰²¹。これは、サフランが持つ子宮への作用が、医療の現場で無視できないリスクとして認識されていることの証左です。

産科婦人科学会のスタンス

公益社団法人日本産科婦人科学会は、例えば葉酸サプリメントについて、胎児の神経管閉鎖障害のリスクを低減するために妊娠前からの摂取を強く推奨するなど、特定の栄養素に関しては明確な診療ガイドラインを示しています²⁹³⁰。しかし、2023年版の産科診療ガイドラインを含め、サフランやその他の多くのハーブ類に関する具体的な言及は見当たりません³¹³³³⁴。これは、妊娠中のサフラン使用に関する安全性と有効性の科学的根拠が、日本の標準的な産科医療として採用するには、現時点では質・量ともに不十分であると専門家組織が判断していることを意味します³²。これらの事実を総合すると、日本の公的な規制や専門家の間では、妊娠中のサフラン摂取は、その危険性が利益を上回る可能性のある行為として、原則として推奨されていないことが明らかです。特に、規制が比較的緩やかな「一般食品」（いわゆる健康食品）として販売されているサフラン茶などが、「ノンカフェインで妊娠中もおすすめ」といった宣伝文句で販売されているケースには注意が必要です³⁵³⁶。厚生労働省も注意喚起しているように、機能性表示食品や医薬品が妊婦を対象外としている事実を踏まえ、こうした非科学的な販売文句に惑わされない冷静な判断が求められます³⁷。

第3章：科学が解き明かすサフランの可能性：臨月における分娩促進効果

これまではサフランの危険性側面に焦点を当ててきましたが、科学の世界ではその肯定的な側面、特に近年注目されている「分娩促進効果」に関する研究も進められています。これらの研究は、サフランが持つ可能性を示唆する一方で、その限界と注意点を理解する上でも重要です。

3-1. 臨床試験が示す効果：よりスムーズな出産への期待

サフランの分娩への影響に関する臨床研究は、主にイランで数多く実施されており、その多くがランダム化比較試験（RCT）という信頼性の高い手法を用いています。これらの研究結果を統合したシステマティックレビューやメタ分析も報告されています³⁹。

子宮頸管の熟化促進

分娩の開始には、硬く閉じている子宮の出口（子宮頸管）が柔らかく、開きやすい状態になる「熟化」というプロセスが不可欠です。複数の臨床試験において、妊娠末期（正期産）の妊婦がサフラン（例：250mgカプセルを数日間）を摂取した群は、偽薬（プラセボ）を摂取した群に比べて、子宮頸管の熟化度を評価するビショップスコアが有意に改善したことが報告されています¹¹¹²⁴⁰。これは、サフランが分娩開始に向けた体の準備を助ける可能性を示唆しています。

分娩時間の短縮

複数の研究を統合したメタ分析によると、サフランを摂取した群では、分娩第1期（陣痛が本格化してから子宮口が全開大になるまで）および第2期（子宮口全開大から赤ちゃんが生まれるまで）の所要時間が、偽薬群に比べて統計的に有意に短縮されたことが示されています⁹。

分娩時の不安軽減

サフランには、気分を改善し不安を和らげる効果があることが知られています¹⁰。この作用は分娩時においても発揮される可能性があり、いくつかの研究では、サフランを摂取した女性の分娩中の不安レベルが軽減されたと報告されています⁹。

安全性に関する報告

これらの臨床試験では、研究で用いられた用量の範囲内において、吐き気といった軽度な副作用を除き、母体や胎児、新生児に対する重篤な有害事象は報告されていません³⁸⁴¹⁴²。

3-2. 作用機序の謎：収縮か、弛緩か

サフランがどのようにしてこれらの効果をもたらすのか、その作用機序はまだ完全には解明されておらず、一見すると矛盾した研究結果も存在します。ラットから摘出した子宮を用いた試験管内（in vitro）の研究では、サフランの抽出物が子宮の自発的な収縮を増強し、痙攣を促進するような作用を示したと報告されています⁸。これは、伝統的に堕胎薬として使われてきた歴史や、分娩を促進する作用を支持する結果です。一方で、サフランには月経痛の緩和など、むしろ筋肉の緊張を和らげる「鎮痙作用」も期待されています⁸。この弛緩作用は、分娩時の不安軽減などにも寄与している可能性があります。この収縮と弛緩という二つの異なる作用は、サフランに含まれるクロシン、サフラナールといった多様な有効成分が、それぞれ異なる仕組みで、あるいは互いに影響し合いながら作用している可能性を示唆しています。また、妊娠の時期やホルモン環境といった子宮の状態によって、サフランに対する反応性が変わることも考えられます。この「作用機序の複雑性と未解明性」こそが、専門家の厳格な監督なしにサフランを薬用目的で利用することが極めて危険である最大の理由と言えるでしょう⁸。これらの研究成果は、特定の文化的・地理的背景から生まれたものであることを理解することも重要です。分娩促進に関する肯定的な臨床試験のほとんどは、世界最大のサフラン生産国であり、伝統医学でサフランを薬として利用してきた長い歴史を持つイランで実施されています⁸。イランの研究者が伝統的な知恵を科学的に検証しようと試みるのは自然な流れですが、これが直ちに「世界共通の標準治療」となるわけではありません。日本の産科医療が極めて慎重で、国際的に確立された標準治療を重視する傾向があることを踏まえると、日本国内での根拠が蓄積されていない現状では、専門家がサフランの使用に慎重な姿勢を示すのは当然と言えます。

第4章：【実践編】妊娠時期別アクションプラン：安全なサフランとの付き合い方

これまでの科学的根拠と危険性分析を踏まえ、妊娠中の女性が自身の状況に合わせて具体的な行動を判断できるよう、明確で安全を最優先した指針を時期別に提示します。

4-1. 妊娠を計画している時期〜妊娠初期（〜13週）：【原則として摂取を避ける】

理由: この時期は、赤ちゃんの脳、心臓、手足といった重要な器官が形成される最も繊細で重要な期間です。同時に、妊娠全体を通じて流産のリスクが最も高い時期でもあります。サフランが持つ子宮収縮作用が、このデリケートな時期の妊娠継続に悪影響を及ぼす危険性を完全に否定することはできません⁸。安全を期すため、積極的な摂取は避けるべきです。

アクションプラン:

• サプリメント、ハーブティーとしての摂取は完全に避けてください。
• 料理に含まれるサフラン（パエリア、サフランライスなど）についても、積極的に食べることは推奨されません。もし外食などで意図せず口にしてしまった場合でも、料理に含まれるごく少量であれば過度に心配する必要はありませんが、今後の食事では摂取を控えるよう意識しましょう。

4-2. 妊娠中期（14週〜27週）：【ごく少量を料理の風味付けに限定】

理由: 一般的に「安定期」と呼ばれ、流産のリスクは妊娠初期に比べて低下します。しかし、依然として早産の危険性は存在するため、薬理作用を期待するような量の摂取は引き続き避けるべきです。

アクションプラン:

• サプリメントや濃いハーブティーの摂取は、引き続き避けてください。
• 料理の風味付けとして、たまに、ごく少量（例：レストランでパエリアを1人前食べる程度）を楽しむのであれば、許容される可能性が高いと考えられます¹⁹。ただし、サフラン入りの料理を日常的に食べるような食習慣は避け、あくまで非日常的な楽しみとして捉えるのが賢明です。

4-3. 妊娠後期・臨月（28週〜）：【慎重な姿勢を維持し、医療介入とは明確に区別する】

理由: 出産が近づくこの時期、分娩促進効果を期待してサフランを摂取しようと考える方がいるかもしれませんが、自己判断での分娩誘発行為は極めて危険です。母体や胎児に予期せぬ事態を引き起こす可能性があります。

アクションプラン:

• 料理での使用については、妊娠中期の推奨事項に準じます。
• 分娩促進を目的としたサフランの摂取は、絶対に自己判断で行わないでください。 第3章で紹介した臨床試験は、あくまで医師や研究者の厳格な管理下で行われた「医療介入」であり、日本の標準的な産科診療ではありません。これを家庭で安易に真似ることは、絶対に許されません。
• もし予定日を過ぎても陣痛が来ないなど、分娩の進行に不安がある場合は、「サフランを飲みたい」と相談するのではなく、「お産を進めるために、何かできることはありますか」と、かかりつけの産科医や助産師に相談してください。ウォーキングやスクワットなど、安全な方法について指導が受けられるはずです。

よくある質問

結論

本稿では、妊娠中のサフラン摂取に関する多角的な情報を、科学的根拠に基づいて分析してきました。最後に、皆様が賢明な判断を下すための最終的な指針をまとめます。

要点の再確認:

• サフランの安全性は、「用量・目的・時期」という3つの要素に大きく依存します。この3つの視点を抜きにして、単純に「安全か危険か」を語ることはできません。
• パエリアなどの料理で風味付けとして使われるごく少量（約0.1g）のサフランは、妊娠期間を通じて、たまに摂取する程度であれば、多くの妊婦にとって危険性は低いと考えられます。しかし、日常的な摂取は避けるべきです。
• サプリメントやハーブティーなど、薬理効果を期待する「薬用量」での摂取は、妊娠全期間を通じて原則として禁忌です。特に、流産の危険性が最も高い妊娠初期は、厳に慎む必要があります。日本の機能性表示食品が妊婦を対象外とし、医薬品が使用を禁じている事実を重く受け止めるべきです²⁰²⁸。
• 臨月における分娩促進効果は、科学的な可能性として示唆されていますが、これはあくまで専門家の厳格な管理下で行われる「医療介入」の文脈での話です。家庭で安易に試すものでは決してありません。

最終的なメッセージ:
妊娠中は、様々な情報が溢れ、不安になることも多いでしょう。しかし、インターネット上の逸話や、古くからの伝統が、必ずしもあなたと赤ちゃんにとって安全であるとは限りません。最も信頼できる情報源は、科学的な根拠と、あなたと赤ちゃんの健康状態を最も深く理解している、かかりつけの産科医や助産師です。サフランに限らず、食事や健康法に関して少しでも不安や疑問を感じたら、どんな些細なことでも相談してください。「安全第一」の原則を常に心に留め、専門家との対話を大切にしながら、心穏やかで健やかなマタニティライフを送られることを心より願っています。