この記事の科学的根拠
この記事は、明示的に引用された最高品質の医学的証拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源のみを、提示された医学的指導との直接的な関連性とともに記載しています。
- 大腸癌研究会 (JSCCR): 本稿における治療法、ステージ分類、術後補助化学療法に関する指針は、大腸癌研究会が発行した「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン」および「医師用治療ガイドライン」に基づいています12。
- 国立がん研究センター: 日本国内における罹患率、死亡率、生存率の統計データ、およびTNM分類や治療法に関する解説は、同センターのがん情報サービスの公開情報を基にしています345。
- 国際的な医学雑誌および学会: 術後補助化学療法の期間に関する「IDEA共同解析」や、リキッドバイオプシーに関する「CIRCULATE-Japan」など、最新の治療アプローチに関する記述は、権威ある国際的な医学雑誌(例:Journal of Clinical Oncology)や学会(例:米国臨床腫瘍学会 ASCO)で発表された研究結果を引用しています67。
- 公的機関および支援団体: 医療費支援制度や就労支援に関する情報は、厚生労働省、ハローワーク、東京都などがん対策を推進する公的機関の資料、ならびに日本オストミー協会や希望の会といった患者支援団体の公開情報を参照しています89。
要点まとめ
- ステージ3大腸がんは、遠隔転移がなく、手術と術後の補助化学療法を組み合わせることで根治を目指せる病期です。
- 治療の柱は、がんを完全に取り除く「外科手術」と、目に見えない微小ながん細胞を叩き再発を防ぐ「術後補助化学療法」です。
- 術後補助化学療法は、再発の危険性に応じて治療期間を3か月に短縮できる場合があり、治療の個別化が進んでいます。
- 血液で再発の危険性を予測する「リキッドバイオプシー(ctDNA検査)」など、日本の研究が世界をリードする最先端技術が登場しています。
- 日本の5年相対生存率は世界的に見ても高く、高額療養費制度などの手厚い公的支援を受けながら治療に専念できる環境が整っています。
第1部:ステージ3大腸がんを理解する:あなたのための基礎知識
治療方針を理解し、納得して選択するためには、まずご自身の病状を正確に把握することが不可欠です。この章では、希望の光と現実的なデータの両面から、ステージ3大腸がんの基礎知識を専門的かつ分かりやすく解説します。
1.1 日本における大腸がんの現状:国民的な課題としての位置づけ
大腸がんは、日本人にとって非常に身近ながんの一つです。最新の統計データは、この疾患の重要性を示しています。
- 罹患数と死亡数:国立がん研究センターの統計によると、大腸がんは男女を合わせた全がんの中で最も罹患数が多いがんであり、2019年には年間約15万5千人が新たに診断されています3。また、がんによる死亡原因としては肺がんに次いで第2位であり、特に女性においては死亡原因の第1位となっています4。
- 生涯リスク:日本人が一生のうちに大腸がんと診断される確率は、男性で約10人に1人(10.3%)、女性で約12人に1人(8.1%)と推計されており(2019年データ)、決して他人事ではないことが分かります4。
これらの数字は、不安を煽るためのものではありません。むしろ、これだけ多くの患者さんがいるからこそ、日本では大腸がんに関する膨大な臨床データと治療経験が蓄積され、それが今日の高い治療水準につながっているという事実を物語っています。患者さん一人ひとりが受ける治療は、この大きな流れの最先端にあるのです。
1.2 ステージ(病期)の決定方法:TNM分類の詳細解説
がんの進行度を示す「ステージ」は、国際的に用いられている「TNM分類」に基づいて決定されます。これは、日本の「大腸癌取扱い規約 第9版」にも準拠しており、治療方針を決定する上で最も重要な指標です5。TNMは、以下の3つの要素の組み合わせで成り立っています。
- T(Tumor):原発腫瘍の壁深達度
がんが大腸の壁のどの深さまで達しているかを示します。大腸の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜という層構造になっており、がんが外側に向かって深く浸潤するほどT分類の数字が大きくなります1。 - N(Node):所属リンパ節転移
がん細胞が、大腸の近くにあるリンパ管を通ってリンパ節に転移しているかどうか、また転移しているリンパ節の個数を示します。このリンパ節転移が認められることが、ステージ3を定義づける最大の特徴です1。 - M(Metastasis):遠隔転移
がんが血液やリンパの流れに乗って、肝臓や肺など、大腸から離れた臓器に転移しているかどうかを示します。ステージ3の定義は「遠隔転移がない」状態であるため、M分類は常に「M0」となります5。
これらの評価は、手術前のCTやMRIなどの画像検査による「臨床分類(cTNM)」と、手術で切除した組織を顕微鏡で詳細に調べる「病理分類(pTNM)」によって行われます。特に、最終的なステージと、それに続く術後補助化学療法の必要性を決定するのは、手術後の病理分類です。この「診断の二段階プロセス」を理解することは、治療の全体像を把握する上で非常に重要です。術前の画像診断で予測されたステージと、術後の最終的な病理診断ステージが異なる可能性があるのはこのためであり、治療計画が手術後に最終決定される理由もここにあります1。
因子 | 分類 | 主な内容 |
---|---|---|
T因子 (壁深達度) |
T1 | がんが粘膜下層にとどまる |
T2 | がんが固有筋層にとどまる | |
T3 | がんが固有筋層を越えて漿膜下層まで浸潤 | |
T4a | がんが漿膜の表面に露出 | |
T4b | がんが他の臓器に直接浸潤 | |
N因子 (リンパ節転移) |
N0 | リンパ節転移なし |
N1 | リンパ節転移が1~3個 | |
N2 | リンパ節転移が4個以上 | |
M因子 (遠隔転移) |
M0 | 遠隔転移なし |
M1 | 遠隔転移あり |
1.3 ステージ3の細分類:IIIA, IIIB, IIICの違いとは
ステージ3は、がんの進行度が均一ではありません。T因子とN因子の具体的な組み合わせによって、予後や再発の危険性が異なる「IIIA」「IIIB」「IIIC」の3つのサブステージに細かく分類されます。このサブステージを正確に把握することが、ご自身の状況を理解し、治療方針を決定する上で極めて重要になります10。
- ステージIIIA:比較的危険性が低いグループです。がんの浸潤が浅いか、転移したリンパ節の数が少ない場合に分類されます。
- ステージIIIB:中程度から高い危険性のグループです。がんの浸潤が深くなっているか、転移したリンパ節の数が中程度の場合に分類されます。
- ステージIIIC:最も危険性が高いグループです。がんの浸潤が非常に深い、または転移したリンパ節の数が多い場合に分類されます。
この細分類は、後の章で解説する術後補助化学療法の期間を決定する際にも重要な基準となります。
N1 (転移1-3個) | N2 (転移4個以上) | |
---|---|---|
T1, T2 | Stage IIIA | Stage IIIB |
T3, T4a | Stage IIIB | Stage IIIC |
T4b | Stage IIIC | Stage IIIC |
注:N1c(腫瘍の周囲組織に転移があるがリンパ節自体にはない場合)やNの亜分類(N1a, N1b, N2a, N2b)により、さらに詳細な分類が存在しますが、ここでは主要な枠組みを示しています11。
第2部:ステージ3大腸がんの標準治療
ステージ3大腸がんの治療は、確立された科学的根拠に基づいた「標準治療」が基本となります。その目的は、がんを完全に取り除き、再発を防ぎ、治癒を目指すことです。ここでは、日本の診療ガイドラインと国際的な基準に沿った治療のステップを詳しく解説します。
2.1 治療の根幹をなす外科手術(結腸切除術)
ステージ3大腸がん治療の出発点であり、最も重要な柱は、外科手術によるがんの切除です1。
- 根治手術の原則:治療の原則は、がん細胞を残すことなく完全に取り除く「根治手術」です。これには、がんが存在する部分の結腸と、がん細胞が転移している可能性のある周囲のリンパ節を一緒に切除する「リンパ節郭清(かくせい)」が含まれます1。
- リンパ節郭清の重要性:リンパ節郭清は二つの重要な目的を持ちます。一つは、転移したがん細胞を取り除く「治療的意義」。もう一つは、切除したリンパ節を調べることで正確なN分類(転移個数)を確定し、術後の治療方針を決める「診断的意義」です1。
- 手術のアプローチ:手術にはいくつかの方法があります。
- 開腹手術:従来から行われている、お腹を大きく切開する方法です。
- 腹腔鏡下手術:お腹に数か所の小さな穴を開け、カメラ(腹腔鏡)と特殊な器具を挿入して行う手術です。傷が小さく、術後の回復が早いなどの利点があります。日本のガイドラインでも選択肢の一つとして推奨されていますが、横行結腸がんや直腸がんに対する長期的な有効性については、まだ十分に確立されていないという注意点も示されています12。
- ロボット支援下手術:医師がロボットアームを遠隔操作して行う、より精密な手術です。腹腔鏡下手術の利点に加え、より繊細な操作が可能です。ただし、日本では直腸がんにのみ保険適用が認められているなど、適応が限られています(2018年時点)12。
担当医は、がんの場所や大きさ、患者さんの全身状態などを総合的に判断し、最適な手術方法を提案します。
2.2 再発を予防する術後補助化学療法
手術で目に見えるがんをすべて取り除いたとしても、画像検査では捉えられない微小ながん細胞(マイクロメタスターシス)が体内に残っている可能性があります。この見えない敵を叩き、再発の危険性を低減させるために行われるのが「術後補助化学療法」です。ステージ3の患者さん全員に対して、この治療が標準的に推奨されます1。
- 標準的な治療法:現在、ステージ3大腸がんの術後補助化学療法の中心となるのは、「オキサリプラチン」という抗がん剤を併用する治療法です。
- FOLFOX療法:フルオロウラシル(5-FU)、レボホリナート(l-LV)、オキサリプラチンの3剤を組み合わせた点滴治療です。
- CapeOX(XELOX)療法:カペシタビン(飲み薬タイプの抗がん剤)と、オキサリプラチン(点滴)を組み合わせた治療です。
これらのオキサリプラチン併用療法は、従来の5-FU単独の治療に比べて、再発率を下げ、生存期間を延ばすことが多くの臨床試験で証明されています11。
- 治療の前提条件:化学療法を行うには、手術後の体力が十分に回復しており、腎臓や肝臓などの主要な臓器の機能が一定の基準を満たしていることが必要です1。
2.3 最新のアプローチ:化学療法の期間を最適化する(3か月 vs 6か月)
かつては、ステージ3の術後補助化学療法は一律で「6か月間」が標準でした13。しかし、治療期間が長引くほど、特にオキサリプラチンによる手足のしびれ(末梢神経障害)といった副作用が強く、永続的になる危険性が高まるという課題がありました。
この「治療効果」と「副作用(生活の質)」のバランスを最適化するため、世界的な大規模臨床試験「IDEA共同解析」が行われました。12,000人以上の患者データを解析したこの研究により、治療期間の考え方は大きく変わりました13。
現在の治療方針は、「再発の危険性」に基づいた個別化アプローチです。
- 低危険度群(T1-3, N1):このグループでは、「3か月」の治療が「6か月」の治療と比べて、治療効果において遜色ない(非劣性である)ことが示されました。特にCapeOX療法ではその傾向が顕著で、副作用を大幅に軽減できることから、3か月間の治療が新たな標準的な選択肢となっています13。
- 高危険度群(T4またはN2):このグループでは、依然として6か月間の治療が標準です。3か月の治療に比べて、6か月間の治療の方が明確に再発を抑え、生存率を向上させる効果が認められました13。
この危険性に基づいた治療期間の選択は、日本の専門家の間でも広く受け入れられています14。最終的な治療期間の決定は、患者さんの希望、年齢、体力、そして副作用への考え方などを考慮した上で、担当医と十分に話し合って決める「共同意思決定」が非常に重要です。低危険度群の患者さんにとって、3か月と6か月のどちらを選択するかは、わずかな再発抑制効果の上乗せと、生活の質を大きく左右する副作用の危険性を天秤にかける、重要な決断となります。
再発危険度分類 | 使用する治療法 | 推奨される治療期間 | 根拠・注意点 |
---|---|---|---|
低危険度群 (T1-3, N1) |
CapeOX | 3か月 | 6か月に対する非劣性が示されており、副作用が少ないため標準的な選択肢。 |
FOLFOX | 3か月または6か月 | 3か月の有効性は6か月にわずかに劣る可能性があり、担当医との相談がより重要。 | |
高危険度群 (T4 または N2) |
CapeOX | 6か月 | 6か月治療の有効性が確立されているため、標準治療となる。 |
FOLFOX | 6か月 | 6か月治療の有効性が確立されているため、標準治療となる。 |
第3部:個別化医療の最前線
現代のがん治療は、「がんのステージ」という解剖学的な情報だけでなく、「がんの個性」ともいえる生物学的な特徴に基づいて、より個人に最適化された治療を目指す時代へと突入しています。ここでは、ステージ3大腸がん治療の未来を切り拓く最先端の取り組みを紹介します。
3.1 ステージ分類を超えて:バイオマーカー検査の重要性
最新のがん治療では、がん細胞の遺伝子変異などを調べる「バイオマーカー検査」が標準的に行われます。これにより、がんの性質をより深く理解し、予後予測や治療方針の決定に役立てます15。
- MSI検査(マイクロサテライト不安定性検査):これは、がん細胞のDNA修復機能に異常があるかどうかを調べる検査です。
- RAS遺伝子(KRAS, NRAS)およびBRAF遺伝子検査:これらは、細胞の増殖に関わる重要な遺伝子です。
- ステージ3の段階では、特にBRAF遺伝子に変異があると、再発の危険性が高く、予後が不良であることが知られています17。この情報を知ることで、より慎重な経過観察が必要であるといった、個別化されたフォローアップ計画の立案につながります。
これらのバイオマーカーは、主にステージ4の薬物療法選択に直結しますが、ステージ3の段階でがんの「顔つき」を知っておくことは、より正確な予後予測と、患者さん一人ひとりに合わせたケア戦略を立てる上で非常に有益です。
3.2 パラダイムシフト:リキッドバイオプシー(ctDNA)による再発予測
術後補助化学療法の最大の課題は、「誰に本当に化学療法が必要か」を正確に見極めることでした。これまではTNM分類という解剖学的な危険性評価に頼っていましたが、これを根底から変える可能性を秘めた技術が「リキッドバイオプシー」です。
- 微小残存病変(MRD)とctDNA:手術後に体内に残存する目に見えない微小ながん細胞(MRD)が再発の原因となります。リキッドバイオプシーは、血液中に漏れ出したがん由来のDNA断片(circulating tumor DNA, ctDNA)を検出することで、このMRDの存在を間接的に「見る」ことができる画期的な技術です18。
- CIRCULATE-Japan(GALAXY試験)の衝撃:この分野で世界をリードしているのが、日本の研究者たちが主導する大規模臨床研究「CIRCULATE-Japan」です18。この研究の中間解析から、以下の驚くべき事実が明らかになりました。
- 強力な再発予測:手術後にctDNAが陽性の患者さんは、陰性の患者さんと比べて再発の危険性が劇的に高い(約11倍)。
- 化学療法の効果予測:ctDNA陽性の患者さんでは、術後補助化学療法を行うことで再発の危険性が大幅に低下する。
- 化学療法が不要な患者の選別:最も注目すべきは、手術後にctDNAが陰性の患者さんでは、術後補助化学療法による上乗せ効果が統計学的に認められなかったことです18。
この結果は、がん治療における「危険性」の概念を根本から変えるものです。これまでは「T4やN2」といった解剖学的ハイリスクが重視されてきましたが、今後は「ctDNA陽性」という生物学的ハイリスクが治療決定の鍵を握る時代が来るかもしれません。将来的には、ctDNA検査によって本当に化学療法が必要な患者さんだけを選び出し、多くのctDNA陰性の患者さんを不要な副作用から解放できる可能性があります。この個別化医療の実現を目指し、現在もVEGA試験などの臨床研究が進行中です19。日本の研究が世界の腫瘍学を牽引しているこの事実は、日本の患者さんにとって大きな希望です。
3.3 新たな治療戦略の潮流(概観)
術前補助化学療法(Neoadjuvant Therapy):手術の「前」に薬物療法を行うアプローチです。主に直腸がんや、切除が困難な一部の進行結腸がんで行われます20。
TNTとNOM:直腸がん領域では、術前の集学的治療(TNT)や、治療が著効した場合に手術を回避する非手術経過観察(NOM)が欧米で注目されていますが、現時点の日本のガイドラインでは、まだ標準治療とは位置づけられておらず、慎重な姿勢が示されています21。これは、常に最新の知見が議論され、吟味されている証でもあります。
第4部:予後と治療後の生活
治療を乗り越えた先にある生活を見据えることは、治療中の大きな支えとなります。ここでは、客観的なデータに基づいた予後と、生活の質を維持・向上させるための具体的な情報を提供します。
4.1 予後を理解する:5年生存率のデータ
「5年相対生存率」とは、がんと診断された人が5年後に生存している割合を、同じ性別・年齢の日本人全体の生存率と比較した数値です。治療がどれだけうまくいったかを示す客観的な指標となります22。国立がん研究センターが公表している最新のデータによると、ステージ3大腸がんの病期別5年相対生存率は以下の通りです。
病期 (ステージ) | 5年相対生存率 |
---|---|
ステージ IIIA | 約 85% |
ステージ IIIB | 約 73% |
ステージ IIIC | 約 55% |
この数字が示すように、ステージIIIAとIIICでは予後に大きな差があります。これが、第1部で解説したサブステージ分類の重要性を物語っています。ご自身の正確なステージを理解することが、予後を見通す上での第一歩となります。ただし、これらの数字はあくまで統計的な平均値です。個々の患者さんの予後は、年齢、全身状態、がんの生物学的特性(バイオマーカー)、そして治療への反応性など、様々な要因によって変わります。この数字は運命を決定づけるものではなく、治療の目標設定や経過観察の計画を立てるための、一つの目安として捉えることが大切です。
4.2 治療の副作用と向き合い、生活の質を高める
術後補助化学療法の副作用をうまく管理することは、治療を完遂し、その後の生活の質を保つために非常に重要です。
- 末梢神経障害(しびれ):オキサリプラチンによる最も代表的で、時に長期にわたる副作用です。
- その他の主な副作用と対策:
これらの副作用は、決して一人で我慢するものではありません。どんな些細な症状でも、医師、看護師、薬剤師に伝えることが重要です。薬の量を調整したり、症状を和らげる薬を追加したりすることで、多くの副作用は対処可能です1。
4.3 治療後の経過観察とサーベイランス
治療が一通り終了した後も、再発を早期に発見し、長期的な副作用を管理するために、定期的な検査と診察(サーベイランス)が続きます。一般的なフォローアップ計画には、以下のような検査が含まれます。
このスケジュールは、患者さん個々の危険性に応じて調整されます。定期的な検査は不安を伴うかもしれませんが、万が一の再発を早期に発見し、次の治療に繋げるための重要なプロセスです。
第5部:患者さんとご家族のための実用ガイド
がんとの闘いは、医療的な側面だけでなく、経済的、社会的な課題も伴います。ここでは、日本の制度や社会資源を活用し、安心して治療に専念するための具体的な情報を提供します。これらの実用的な知識は、患者さんの現実的な困難に寄り添う上で不可欠です。
5.1 治療費の負担を軽減する:高額療養費制度の活用
がんの治療には高額な費用がかかることがありますが、日本には医療費の自己負担を大幅に軽減できる公的な制度があります。それが「高額療養費制度」です8。
- 制度の仕組み:これは、1か月の医療費の自己負担額が、年齢や所得に応じて定められた上限額を超えた場合に、その超えた金額が払い戻される制度です。例えば、標準的な所得の方(70歳未満)の場合、1か月の医療費総額が100万円(自己負担30万円)かかったとしても、自己負担の上限額は約87,430円となり、差額の約21万円は後で払い戻されます8。
- 事前の手続きが重要:さらに便利な方法として、加入している公的医療保険(健康保険組合や国民健康保険など)に事前に申請し、「限度額適用認定証」を入手しておくことを強くお勧めします9。この認定証を病院の窓口で提示すれば、支払う金額が最初から自己負担上限額までとなり、一時的な高額な立て替え払いが不要になります。
この制度は、安心して治療を受けるための経済的なセーフティネットです。詳細は、ご加入の保険者や病院の相談窓口(医療ソーシャルワーカーなど)にご確認ください。
5.2 治療と仕事の両立支援
治療が長期にわたる場合、仕事との両立は多くの患者さんにとって切実な問題です。近年、社会全体で「がんと就労」を支援する動きが広がっています。
- 法律と会社の制度:2016年に改正された「がん対策基本法」では、事業主ががん患者の雇用継続に配慮する努力義務が明記されました25。これを受け、多くの企業で時差出勤、短時間勤務、在宅勤務、時間単位での有給休暇取得、傷病休暇制度などの柔軟な働き方を支援する制度が導入されています9。
- 公的な支援:
- コミュニケーションの重要性:主治医や会社の産業医、上司などと治療スケジュールや体調について共有し、理解と協力を得ることが、無理なく働き続けるための鍵となります10。
5.3 支え合いの場を見つける:患者会・支援団体
同じ病気を経験した仲間との交流は、孤独感を和らげ、貴重な情報交換の場となり、大きな心の支えになります。日本には、大腸がん患者さんやご家族を支援する様々な団体があります。
- 公益社団法人 日本オストミー協会:人工肛門(ストーマ)を造設した方々のための、歴史と実績のある全国組織です。装具の相談や、生活上の悩みを分かち合うための支部が各地にあります15。
- 認定NPO法人 希望の会:大腸がん(結腸がん・直腸がん・肛門がん)の患者さんとその家族を支援する団体で、専門医による講演会や患者交流会などを開催しています26。
- オンラインコミュニティ:近年では、オンライン上での患者会も活発です。特に女性患者さんを対象としたSNSコミュニティなど、自分の状況に合った支援の場を見つけやすくなっています27。
これらの団体は、医療者とは異なる視点から、あなたの闘病生活を力強くサポートしてくれます。
よくある質問
ステージ3と診断されましたが、本当に治るのでしょうか?
はい、ステージ3大腸がんは根治(治癒)を十分に目指せる段階です。遠隔転移がないため、手術でがんを取り除き、術後の補助化学療法で再発の危険性を下げることで、多くの方が治癒に至ります。5年相対生存率はステージIIIAで約85%と非常に高く、これは治療の有効性を示しています4。希望を持って治療に臨むことが大切です。
術後の化学療法は必ず受けなければいけませんか?副作用が心配です。
リキッドバイオプシー(ctDNA検査)は誰でも受けられますか?
治療費はどのくらいかかりますか?
治療費は手術方法や化学療法の種類・期間によって異なりますが、高額になる可能性があります。しかし、日本には「高額療養費制度」があり、所得に応じて1か月の自己負担額に上限が設けられています8。事前に「限度額適用認定証」を申請しておけば、窓口での支払いを上限額までに抑えることができます。経済的な心配を軽減し、安心して治療に専念するために、必ずこの制度を活用してください。
結論
本稿では、ステージ3大腸がんについて、その定義から最新の治療法、予後、そして治療後の生活に至るまで、包括的に解説してきました。最後に、重要なポイントを改めて確認します。
- ステージ3大腸がんは、治癒を目指せる病期です。遠隔転移はなく、治療の主目的は根治です。
- 治療の基本は、外科手術と術後補助化学療法です。手術でがんを完全に取り除き、化学療法で再発の危険性を最小限に抑えます。
- 治療は個別化の時代へ。再発の危険性に応じた化学療法の期間選択(3か月 vs 6か月)や、リキッドバイオプシー(ctDNA)のような最先端技術により、治療はよりあなた個人に最適化されつつあります。
- 日本には、あなたを支える強力なサポート体制があります。世界最高水準の医療技術、高額療養費制度のような経済的支援、そして仕事や生活を支える社会資源が整っています。
診断を受け、これから長い治療の道のりを歩むにあたり、不安は尽きないかもしれません。しかし、正しい知識は、その不安を乗り越えるための力となります。どうか、ご自身の医療チームを信頼し、積極的に治療に参加する「パートナー」として、自信と希望を持って一歩ずつ前に進んでください。このガイドが、その道のりを照らす一助となることを心から願っています。
参考文献
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