女性の甲状腺がん:症状・診断・最新治療法を専門医が徹底解説
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女性の甲状腺がん:症状・診断・最新治療法を専門医が徹底解説

甲状腺がんは、日本人女性が罹患するがんの中で比較的多く見られるものの一つです。多くの場合、予後が良好であることから「おとなしいがん」と表現されることもありますが、その診断は大きな不安をもたらし、治療やその後の生活は女性特有の課題を伴うことがあります。この記事では、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、日本の女性が甲状腺がんと診断された際に直面する疑問や懸念に寄り添い、最新の医学的知見と日本の医療状況に基づいて、症状のサインから診断、そして手術、放射線治療、最新の分子標的薬治療や積極的経過観察に至るまで、包括的かつ詳細に解説します。本稿が、ご自身の健康と向き合い、適切な医療を選択するための一助となることを心より願っております。

要点まとめ

  • 女性に顕著な疾患: 日本では甲状腺がんは女性に多く、その罹患率は男性の約2.6倍に達します1。しかし、5年相対生存率は95.8%と非常に高く、予後は良好な場合が多いです1
  • 多様な種類と性質: 甲状腺がんには、進行が緩やかで最も多い「乳頭がん」2から、極めて進行が速い稀な「未分化がん」2まで様々な種類があり、性質や治療法が大きく異なります。
  • 日本がリードする「積極的経過観察」: 特定の低リスク微小乳頭がんに対しては、すぐに手術をせず定期的な検査で経過を見る「積極的経過観察」が、世界に先駆けて日本で確立され、主要な選択肢となっています3, 4
  • 進化する治療法: 治療の基本は手術ですが、放射性ヨウ素内用療法、分子標的薬、そして日本で開発が進むラジオ波焼灼療法(RFA)5や標的アルファ線治療6など、治療選択肢は広がり続けています。
  • QOL(生活の質)の重要性: 治療後の生活では、甲状腺ホルモン補充、声の変化や体調管理など、長期的な視点が不可欠です。身体的なケアに加え、心理的なサポートや患者会などの情報活用もQOLを保つ上で重要となります7, 8

第1章:甲状腺がんとは?特に女性への影響

甲状腺は、首の前面、喉頭(のどぼとけ)のすぐ下に位置する蝶のような形をした内分泌器官です9。その主な機能は、全身の細胞の新陳代謝を調節する甲状腺ホルモンを産生・分泌することであり、エネルギー産生や体温調節など、生命維持に不可欠な役割を担っています9。特に女性においては、甲状腺機能は月経周期、妊娠、更年期といったライフステージと密接に関連しており、適切なホルモンバランスは正常な排卵や妊娠の維持、胎児の脳の正常な発育に重要です10

日本における甲状腺がんは、女性に顕著な疾患です。2020年の最新統計データによると、新規診断された16,427例のうち、女性は11,918例を占め、罹患率は男性の約2.6倍です1。死亡数においても、2023年の年間死亡数1,894人のうち1,262人が女性でした1。一方で、甲状腺がん全体の5年相対生存率は94.7%(女性は95.8%)と非常に高く1、隈病院のデータでも約95%と報告されていることから2、「性質の良いがん」というイメージが持たれがちです。しかし、罹患者数や死亡者数の絶対数が女性で多いという事実は看過できません。さらに、治療後の声の変化、慢性的疲労感、精神的な不安といった生活の質(QOL)に関わる問題は、生存率の数字だけでは測れない深刻な影響を患者さんにもたらします7。また、稀ながら極めて予後不良な未分化がんのようなタイプも存在するため2, 11、疾患の多様性を理解し、バランスの取れた情報を得ることが重要です。

表1:日本における女性の甲状腺がんの疫学的概観
指標 全体 女性 男性 出典
新規診断数(2020年) 16,427例 11,918例 4,509例 1
罹患率(人口10万対、2020年) 13.0 18.4 7.3 1
死亡数(2023年) 1,894人 1,262人 632人 1
死亡率(人口10万対、2023年) 1.6 2.0 1.1 1
5年相対生存率(2009-2011年) 94.7% 95.8% 91.3% 1
年齢別罹患ピーク 65-75歳 2

第2章:甲状腺がんの種類と特徴

甲状腺がんは単一の疾患ではなく、組織型によって性質、進行度、予後が大きく異なります。それぞれの特徴を理解することは、適切な治療方針を決定する上で非常に重要です。

表2:日本における女性に関連する甲状腺がんの種類の概要
がんの種類 (日/英) 頻度 主な特徴(増殖速度、転移様式) 予後(10年生存率目安) 女性特有の注記など 出典
乳頭がん (Papillary) ~90% 増殖遅い、リンパ行性転移しやすい、遠隔転移は稀。微小がんは積極的経過観察の対象となることがある。 >90% 最も多い。 2, 3
濾胞がん (Follicular) ~5% 増殖遅い、血行性転移(肺、骨)しやすい、リンパ節転移は稀。 ~85% 2
髄様がん (Medullary) 1-2% 乳頭・濾胞がんより進行速い、リンパ節・遠隔転移しやすい。 ~75% 約半数が遺伝性 (RET遺伝子変異)。 2, 9
未分化がん (Anaplastic) 1-2% 進行非常に速い、周囲浸潤・遠隔転移しやすい。 <20% (1年生存率) 高齢者に多い。分化がんからの転化あり。 2, 11
甲状腺リンパ腫 (Lymphoma) 2-3% 急速な甲状腺腫大をきたすことがある。 病期による 橋本病からの発生が多い。60-70代女性に好発。 2
低分化がん (Poorly Differentiated) 1-2% 分化がんと未分化がんの中間。進行速く、遠隔転移しやすい。 病期による 2

乳頭がん (Papillary Thyroid Cancer)

甲状腺がんの中で最も多く、全体の約90%を占めます2。一般的に進行は非常に緩やかで、10年生存率は90%以上と予後良好なケースが多いです2。頸部のリンパ節への転移は比較的よく見られますが、肺や骨などへの遠隔転移は少ない傾向にあります2

濾胞がん (Follicular Thyroid Cancer)

乳頭がんに次いで多く、約5%を占めます2。こちらも進行は比較的緩やかですが、血行性に遠隔転移(肺、骨など)しやすく、良性の濾胞腺腫との鑑別が術前には困難な場合があります2

髄様がん (Medullary Thyroid Cancer)

全体の1~2%と稀なタイプで、進行が比較的速い傾向があります2。約半数は遺伝性であり、RET遺伝子の変異が原因となるため、診断時には遺伝学的検査やカウンセリングが重要になります9

未分化がん (Anaplastic Thyroid Cancer)

全体の1~2%と稀ですが、極めて悪性度が高く、進行が非常に速いがんです2。日本の多施設共同研究(ATCCJ)の報告によると予後は極めて不良ですが、一部の患者さんでは集学的治療による長期生存も可能であることが示されています11

甲状腺リンパ腫 (Thyroid Lymphoma)

甲状腺がん全体の2~3%を占め、多くは女性の10~20人に1人に見られる橋本病(慢性甲状腺炎)を母地として発生します2, 10。急速な甲状腺の腫れで発症することが特徴です2

第3章:もしかして?甲状腺がんの症状

甲状腺がんは初期段階では自覚症状がないことが多く、検診や他の目的で行われた検査で偶然発見されることも少なくありません8。しかし、以下のような症状は潜在的な警告サインである可能性があり、注意が必要です。

  • 首のしこりや腫れ: 最も一般的な症状です。痛みや圧迫感を伴うこともあります9
  • 声の変化、嗄声(させい、声のかすれ): がんが声帯を動かす反回神経に影響を及ぼすと起こります9
  • 嚥下困難(えんげこんなん、飲み込みにくさ): がんが食道を圧迫することで生じます9
  • 頸部痛、のどの違和感、圧迫感: 患者さんの体験談でもしばしば語られる症状です7
  • 頸部リンパ節の腫れ: がんがリンパ節に転移した場合に見られます。

これらの症状に加え、甲状腺機能の異常(亢進症や低下症)に伴う症状が、甲状腺の病気を調べるきっかけとなることもあります10。しかし、多くの甲状腺がん、特に初期の乳頭がんでは甲状腺機能は正常であり、症状も無しか非常に軽微です8。患者さんの体験談では、偶然発見されたケースや、のどの圧迫感などの曖昧な症状が当初はストレスのせいだと思われていたケースなどが報告されています7。そのため、症状だけに頼らず、定期的な健康診断や、気になることがあれば早めに医療機関を受診することが早期発見には不可欠です。

第4章:甲状腺がんの危険因子と予防

甲状腺がんの発生にはいくつかの因子が関与していると考えられていますが、多くは原因不明です。明確に予防できる方法は確立されておらず、対策の主眼は早期発見・早期治療に置かれます。

主な危険因子

  • 性別: 女性であることは、最も顕著な危険因子の一つです1
  • 放射線被曝: 特に小児期の頭頸部への放射線被曝は、その後の甲状腺がん(主に乳頭がん)のリスクを高めることが知られています。福島第一原発事故後の甲状腺検査と支援基金の存在12は、このリスクへの社会的な認識を示しています。
  • 家族歴: 血縁者に甲状腺がんの既往がある場合、リスクが上昇する可能性があります7。特に髄様がんは遺伝的素因が強く関与します9
  • 既存の甲状腺疾患: 橋本病(慢性甲状腺炎)は、甲状腺リンパ腫のリスク因子とされています2
  • ヨウ素摂取量: 日本はヨウ素充足国であり、通常の食事で不足することは稀です。一方で、サプリメントなどによる過剰摂取は甲状腺機能低下症を引き起こす可能性があるため注意が必要です10

第5章:甲状腺がんの診断:日本の医療機関での検査法

甲状腺がんが疑われる場合、問診や身体診察の後、専門的な検査が行われます。日本甲状腺学会や日本内分泌外科学会は専門医のリストを公開しており、適切な医療機関を探す助けとなります13

主要な診断検査

  • 超音波検査(エコー検査): 最も重要な画像検査で、結節(しこり)の有無、大きさ、性状、リンパ節転移の有無などを詳細に評価します9。成人女性の3.5人に1人に結節が見つかるとのデータもあります10
  • 穿刺吸引細胞診 (FNAC): 超音波ガイド下に細い針で結節の細胞を採取し、がん細胞の有無を顕微鏡で調べる検査です9。良性か悪性かを判断するためのゴールドスタンダードとされています。
  • 血液検査: 甲状腺機能(TSH、FT3、FT4など)を評価するほか、髄様がんではカルシトニン、分化がん(乳頭がん・濾胞がん)の術後再発モニタリングにはサイログロブリン(Tg)といった腫瘍マーカーを測定します10
  • CT検査など他の画像検査: がんの広がり(病期)を正確に把握し、治療方針を決定するために、必要に応じてCT検査やMRI検査、放射性ヨウ素シンチグラフィなどが行われます9

病期分類と遺伝学的検査

診断後は、がんの進行度を示す国際的なTNM分類に基づき、病期が決定されます。甲状腺がんのTNM分類は、組織型と年齢(分化がんの場合、55歳未満か55歳以上か)によって詳細な基準が定められており14, 11、治療方針の決定に役立てられます。また、髄様がんにおけるRET遺伝子検査9や、進行がんに対するがんゲノムプロファイリング検査15など、遺伝学的検査の重要性が増しています。これらの検査を受ける際には、専門家による遺伝カウンセリングを通じて、十分な情報を得て理解を深めることが不可欠です16

第6章:甲状腺がんの治療法:手術から最新治療まで

甲状腺がんの治療は、がんの種類、進行度、患者さんの状態や希望などを総合的に考慮して決定されます。日本の主要なガイドライン4, 17に基づき、様々な治療法が選択されます。

6.1 手術療法

外科的切除が治療の基本です9。がんが小さい場合は甲状腺の一部(葉切除術)、大きい場合や転移がある場合は甲状腺全体(全摘術)を切除します。必要に応じて頸部リンパ節郭清も行われます9。手術には、術後の甲状腺機能低下症(生涯ホルモン補充が必要)9、副甲状腺機能低下症(カルシウム値の低下によるしびれ等)14、反回神経麻痺(声のかすれ)8などの合併症リスクが伴います。伊藤病院の医師も指摘するように、根治性と術後のQOLのバランスを考慮し、医療チームとよく話し合って術式を決定することが重要です18

6.2 放射性ヨウ素内用療法 (RAI)

甲状腺細胞がヨウ素を取り込む性質を利用した治療法です。放射性ヨウ素(131I)を内服し、残存するがん細胞を内部から破壊します14。主に、中~高リスクの分化型甲状腺がんの術後や遠隔転移の治療に用いられます14。高用量の治療では、専用のアイソトープ治療病室での入院が必要です14。日本の研究では、肺転移が小さく、年齢が若く、初回治療時のサイログロブリン値が低い患者で良好な予後が得られることが示されています19

6.3 外照射療法 (EBRT)

体の外部から高エネルギーの放射線を照射する治療法です14。未分化がんの集学的治療の一環として、また切除不能ながんや症状緩和を目的に行われます14

6.4 TSH抑制療法

分化型甲状腺がんの術後、甲状腺ホルモン薬を内服し、がん細胞の増殖を刺激するTSH(甲状腺刺激ホルモン)の値を低く抑えることで、再発リスクを低減する治療です14。過剰な抑制は動悸や骨粗鬆症のリスクを高めるため、定期的な血液検査による適切な管理が重要です。

6.5 分子標的薬治療

手術不能な進行・再発がんや、標準治療に抵抗性となったがんに対して用いられる経口薬です。日本では、レンバチニブ(レンビマ®)20, 21やソラフェニブ(ネクサバール®)21などが承認されています。これらの薬剤は特有の副作用を持つため、専門医による適切な副作用管理が治療継続の鍵となります。

6.6 低リスク微小乳頭がんの積極的経過観察

日本は、低リスクの甲状腺微小乳頭がん(大きさが1cm以下で、明らかな転移や浸潤がないもの)に対する積極的経過観察の導入と普及において、世界をリードしてきました。これは、多くが生命予後に影響を及ぼさないという知見に基づき、過剰治療を避けるための重要な選択肢です。

– 隈病院の宮内昭医師や、がん研有明病院(当時)の杉谷巌医師らの提唱に基づく3, 22

定期的な超音波検査で経過を追い、増大などが見られた場合に手術を検討します。手術に伴う合併症を回避できる一方、がんを体内に持ち続けることによる心理的な不安が課題となることもありますが、その不安は時間とともに軽減することが示されています23

6.7 日本で注目される新しい治療法

より低侵襲で効果的な治療法の開発も進んでいます。

  • ラジオ波焼灼療法 (RFA): 超音波ガイド下に針を刺し、熱でがんを焼灼する治療法です5。皮膚を切開しないため傷跡が残らず、日本では現在、自由診療として行われています。昭和大学横浜市北部病院などが先駆的に導入しています5, 24
  • 標的アルファ線治療: 大阪大学では、従来の放射性ヨウ素治療が効きにくいがんに対し、より強力なアルファ線を放出するアスタチン211を用いた医師主導治験が進行中です6。これは世界初の試みであり、患者負担の少ない新たな治療法として期待されています6

第7章:治療後の生活:フォローアップとQOL

甲状腺がんの治療は、手術や放射線治療が終わった後も続きます。長期的なフォローアップとQOLの維持が極めて重要です。

長期フォローアップと副作用管理

治療後は、再発の早期発見と副作用管理のため、定期的な通院が必要です。血液検査(TSH、サイログロブリンなど)や頸部超音波検査が行われます。甲状腺全摘後は甲状腺ホルモン薬の生涯内服が必須となり、適切な薬剤調整が疲労感や体重増加といった甲状腺機能低下症状を防ぐ鍵です9。また、手術の合併症である副甲状腺機能低下症によるしびれ14や、声の変化(嗄声)8への対処も必要です。声の問題はリハビリテーションが有効なこともあります。

女性サバイバーのQOL

甲状腺がんは生存率が高い一方で、治療後のQOLに関わる様々な課題を抱えます。特に女性は、首の傷跡といった美容的な側面、ホルモンバランスの変化、妊娠・出産への影響、そして仕事や家庭での役割など、特有の悩みを抱えやすいと言えます7。患者さんの体験談からは、診断時の衝撃8、術後の回復過程での困難8、そして再発への恐怖8などが語られています。これらの「見えない負担」に対し、医療者や家族からの精神的なサポート8、そして同じ経験をした仲間と繋がれる患者会の存在が大きな支えとなります。

第8章:患者さんのためのサポートと情報源

甲状腺がん患者さんとその家族を支えるための様々なリソースが日本国内に存在します。これらの情報を活用し、一人で悩みを抱え込まないことが大切です。

表3:日本の女性甲状腺がん患者のための主要な支援リソース
リソースの種類 具体例・情報源 簡単な説明 出典例
患者会・支援団体 富山AYA世代がん患者会Colors25、NPO法人3・11甲状腺がん子ども基金12、一般社団法人甲状腺眼症の医療を前進させる患者の会26、全国がん患者団体連合会27加盟団体など 情報交換、精神的サポート、ピアサポート 12, 25, 26, 27
経済的支援 高額療養費制度28, 29、障害年金30、傷病手当金(該当する場合) 医療費負担の軽減、生活保障 28, 30
相談支援 がん診療連携拠点病院のがん相談支援センター、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士・公認心理師 療養上の悩み、社会的・経済的問題、心理的苦痛の相談 (一般的知識)
信頼できるオンライン情報 国立がん研究センターがん情報サービス1、日本甲状腺学会3、日本内分泌外科学会4、PMDA(医薬品医療機器総合機構)31 正確で最新の医療情報、公的制度に関する情報提供 1, 3, 4, 31
専門医・専門病院検索 日本甲状腺学会専門医リスト13、日本内分泌外科学会専門医リスト 専門的な診断・治療を受けられる医療機関の検索 13

健康に関する注意事項

  • 本記事は、信頼できる医学情報に基づいて作成されていますが、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。
  • 気になる症状がある場合や、ご自身の治療方針について決定される際には、必ず担当の医師や専門の医療機関にご相談ください。
  • 治療法にはそれぞれ利点と欠点(副作用・合併症)があります。ご自身の病状やライフスタイルに合った最善の治療法を、医療チームと十分に話し合って選択することが重要です。

よくある質問

Q1. 甲状腺がんの手術後、声は元に戻りますか?

声の変化(嗄声)は、手術中に声帯を動かす反回神経が影響を受けることで起こる可能性がある合併症です8, 9。多くの場合、この変化は一時的なもので、数週間から数ヶ月で改善します。患者さんの体験談でも、術後半年ほどで声が元に戻ったという報告があります8。しかし、一部では永続的な麻痺として残ることもあり、声が出しにくくなったり、高い声が出なくなったりすることがあります8。嗄声が続く場合には、音声治療(リハビリテーション)が有効なこともありますので、担当医にご相談ください。

Q2. 甲状腺を全部取った後、薬は一生飲み続けなければいけませんか?

はい、甲状腺全摘術を受けた場合は、体が甲状腺ホルモンを作れなくなるため、甲状腺ホルモン薬(レボチロキシン)を生涯にわたって毎日服用する必要があります9。この薬は、体が必要とするホルモンを補充するだけでなく、脳下垂体から分泌されるTSH(甲状腺刺激ホルモン)の値を低く抑え、がんの再発リスクを低減する目的(TSH抑制療法)もあります14。定期的な血液検査でホルモン値をチェックし、体調に合わせて薬の量を適切に調整していくことが非常に重要です。

Q3. 低リスクの甲状腺がんと診断されました。「積極的経過観察」が不安です。

「積極的経過観察」は、日本のガイドラインでも推奨されている正式な治療アプローチです4, 17。多くの低リスク微小乳頭がんは、生涯にわたって大きくならず、健康に影響を及ぼさないことが長期的な研究でわかっています3, 22。手術を避けることで、合併症のリスクや身体的負担をなくせる大きな利点があります。しかし、がんを体内に持ち続けることへの不安を感じるのは自然なことです。研究でも、経過観察を選択した方は当初は心理的なQOLが手術を受けた方より低いものの、時間とともにその不安は軽減していくことが示されています23。不安な気持ちも含めて担当医とよく話し合い、ご自身が納得できる選択をすることが最も大切です。

Q4. 甲状腺がんの治療後、妊娠・出産は可能ですか?

はい、甲状腺がんの治療を適切に行えば、安全な妊娠・出産は十分に可能です10。甲状腺ホルモンは胎児の正常な発育に不可欠であるため、甲状腺全摘術後やTSH抑制療法中は、甲状腺ホルモン薬の服用を継続し、妊娠中は特に厳密なコントロールが必要になります。放射性ヨウ素内用療法を受けた場合は、治療後一定期間(通常6ヶ月~1年程度)の避妊が推奨されます。将来的に妊娠を希望される場合は、治療開始前にその旨を担当医に伝え、長期的な計画について相談しておくことが重要です。

Q5. 進行・再発した場合、もう治療法はないのでしょうか?

いいえ、進行・再発した場合でも、治療の選択肢はあります。再発の部位や状況に応じて、追加の手術、放射性ヨウ素内用療法、外照射療法などが検討されます14。また、これらの標準治療が効きにくくなった場合でも、近年ではレンバチニブ20, 21などの分子標的薬が登場し、治療成績を大きく改善させています。がん細胞の遺伝子変異を調べて最適な薬を選択する「がんゲノム医療」15も進んでいます。諦めることなく、専門医と相談しながら最善の治療法を探していくことが大切です。

結論

甲状腺がんは、日本人女性にとって決して稀ではない疾患です。しかし、本記事で解説したように、その多くは予後が良好であり、診断・治療法は日々進歩しています。特に、日本の医療界が世界をリードする「積極的経過観察」という選択肢は、多くの患者さんのQOLを維持する上で大きな希望となっています。大切なのは、ご自身の身体からのサインに注意を払い、気になる症状があればためらわずに専門医に相談すること、そして正確な情報に基づいて、ご自身が納得できる治療を選択することです。診断は不安なものですが、信頼できる医療チームやサポート体制と共に、前向きに病気と向き合っていくことが可能です。この記事が、その一助となれば幸いです。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

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  31. 徳島県製薬協会. 重篤副作用疾患別対応マニュアル. [インターネット]. [引用日: 2025年6月10日]. 以下より入手可能: https://www.toku-seiyakukyo.jp/data/drug_news/2021/4_16389229099565.pdf.
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