はじめに
心房細動(いわゆる「AF」または「AFib」と呼ばれることもあります)は、心臓の上側にある心房が不規則に興奮し、拍動リズムが乱れてしまう不整脈の一種です。日本でも高齢化の進行に伴い、心房細動の患者数は増加傾向にあります。心房細動の症状が長く続くと、脳梗塞や心不全などの合併症リスクが高まるため、早期の発見と適切な治療がとても重要です。本記事では、心房細動の治療法に関するさまざまな選択肢と、それぞれの特徴やポイントについて詳しく解説します。治療戦略を立てるうえで大切なことは、患者さんの状態や基礎疾患、症状の程度に応じて最適な方法を選択し、合併症(特に血栓による脳梗塞)の予防を徹底することです。
免責事項
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専門家への相談
本記事で引用している医学情報は、国内外の信頼できる医療機関や研究論文、各種ガイドラインに基づいています。なお、文中で紹介する治療法や薬剤はあくまで一般的な情報であり、実際の治療方針は、循環器内科の専門医などと相談しながら個別に決定する必要があります。なお、本記事では先天的な心臓病や他の合併症を有する場合などには触れていない部分もあり得ますので、ご自身の症状や体調に関しては必ず担当医にご相談ください。ここでは、心房細動の治療に関わる一例として、内科・循環器内科で臨床経験を有し、実際にガイドライン策定にも携わった経歴をもつBác sĩ Nguyễn Thường Hanhの助言を参考としています。
心房細動とは
心房細動は、心臓の上部にある左右の心房が不規則な電気信号によって頻繁に興奮し、正常な収縮リズムを失う状態です。結果として、脈が飛んだり乱れたりする不整脈が生じます。多くの場合、動悸や息切れ、胸の不快感などの症状を自覚しますが、無症状の場合も珍しくありません。無症状でも血栓が形成されるリスクが高まるため、気づかずに放置すると脳梗塞などの重大な合併症が起こる可能性があります。
心房細動の主な治療目標には、以下の点があります。
- 正常なリズム(洞調律)への復帰を目指す、または心拍数を適切にコントロールする
- 血栓形成を予防し、脳梗塞や全身性塞栓症のリスクを低減する
- 基礎疾患(高血圧、冠動脈疾患、心臓弁膜症など)があれば、それらの合併症リスクも含めて管理する
心房細動の診断後は、症状の程度や発症のタイミング、原因疾患の有無、全身状態などを総合的に判断して最適な治療方針が立てられます。
心房細動の治療法
1. 薬物療法
心房細動の治療において、薬物療法は非常に大きな役割を担います。大きく分けると、リズムコントロール(正常なリズムに戻す・保つ)とレートコントロール(心拍数を適切な範囲に抑える)という二つのアプローチがあります。また、脳梗塞の原因となる血栓形成を予防するための抗凝固療法も欠かせません。以下では代表的な薬剤を挙げ、それぞれの特性と注意点を解説します。
β遮断薬(ベータブロッカー)
- 主な効果
交感神経の刺激を抑え、心拍数を低下させることで心臓の負担を軽減します。心房細動では頻脈(脈が速くなること)が起こりやすいので、β遮断薬は頻脈をコントロールするレートコントロールの第一選択になりやすいです。 - 主な薬剤例
ビソプロロール、アテノロール、メトプロロール、カルベジロールなど。 - 注意点
高用量で使用すると、気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の症状悪化を引き起こす場合があるため、呼吸器疾患を合併している方は注意が必要です。また、重度の低血圧や一部の心不全では使用を慎重に行います。
Ca拮抗薬(カルシウム拮抗薬)
- 主な効果
心臓や血管の平滑筋へのカルシウムイオン流入を抑制し、血管拡張や心拍数抑制の効果があります。β遮断薬同様にレートコントロールを目的として使われます。 - 主な薬剤例
ベラパミル、ジルチアゼムなど(ジヒドロピリジン系のCa拮抗薬とは別グループ)。 - 注意点
低血圧や高度の心不全がある場合は使用に注意が必要です。また、他の抗不整脈薬との併用で徐脈や房室ブロックが起こることがあるので、モニタリングが重要です。
ジギタリス製剤(ジゴキシン)
- 主な効果
主として安静時の心拍数を下げる効果があり、運動時の頻脈抑制効果は比較的弱いとされています。 - 適応
心不全を合併している心房細動患者に用いられることが多いですが、高齢者や腎機能が低下している場合などは薬物血中濃度に注意が必要です。 - 注意点
血中濃度が過度に上昇するとジギタリス中毒(不整脈や消化器症状、中枢神経症状など)を起こす危険があります。必ず医師の指示に従い、定期的な血液検査を受けることが望ましいです。
抗不整脈薬(リズムコントロール薬)
- 主な効果
心房の電気活動を直接安定させ、洞調律を取り戻し維持することを目的とします。プロパフェノン、フレカイニド、ソタロール、アミオダロンなどが代表例です。 - 注意点
薬剤ごとに心室性不整脈のリスクや臓器障害の可能性など副作用の特徴が異なるため、専門医の管理下で処方されるのが一般的です。特にアミオダロンは甲状腺機能異常や肝障害、肺障害など多彩な副作用に注意が必要です。
抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)
- 主な効果
心房細動では血液がよどみやすい左心房付属耳(左心耳)などに血栓が形成されやすく、脳梗塞をはじめとする塞栓症の原因となります。そのため、CHA₂DS₂-VAScスコアなどを参考にしながら、リスクが高い場合は抗凝固薬が推奨されます。 - 主な薬剤例
ワルファリン、ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンなど。 - 注意点
ワルファリンは定期的に血液検査(PT-INR)を受けながら投与量を調整する必要があります。新規経口抗凝固薬(NOAC/DOAC)は血中濃度の定期的な測定は不要ですが、腎機能に応じた投与量調整などが必要です。出血リスクが上昇する副作用もあるため、血尿や血便、皮下出血などには注意し、異常があれば医師に相談することが大切です。
なお、最近のガイドラインでは、脳梗塞予防効果と安全性の面からNOAC/DOACの使用が広く推奨されています。ただし、患者さんの合併症、腎機能の程度、年齢、併用薬など総合的に判断して選択されます。
2. カルディオバージョン(電気的・薬物的除細動)
症状が強い場合や、初回発症で比較的早期に受診した場合には、洞調律に戻すために「カルディオバージョン(電気的除細動または薬物的除細動)」が検討されます。目的は、心房が乱れた状態(細動)から正常な拍動を再獲得することです。
- 電気的除細動(DC電気ショック)
短い全身麻酔などの鎮静下で、胸部に装着したパッドから電気ショックを与え、心臓の乱れた電気活動をリセットします。緊急時(例えば血行動態が不安定な場合)や、薬物では効果が期待しにくいケースで行われることが多いです。 - 薬物的除細動
抗不整脈薬を静脈注射または内服することで洞調律への復帰を図ります。フレカイニドやソタロールなどが使用されることが多いですが、患者さんの基礎心疾患や心機能によって使えない場合もあるため、医師の慎重な判断が必要です。
カルディオバージョンの前後には、脳梗塞予防のために数週間の抗凝固療法が必要になることがあります。また、カルディオバージョンを行って洞調律に戻しても、再び心房細動が生じることもあるため、場合によっては長期的に抗不整脈薬を維持投与することも検討されます。
3. カテーテルアブレーションを含む手術治療
薬物治療やカルディオバージョンで十分な改善が得られない場合、あるいは再発を繰り返す場合にはカテーテルアブレーション(焼灼術)や外科的手術が検討されます。最近はカテーテルによる低侵襲治療が普及してきており、多くのケースで第一選択となることがあります。ただし、患者さんの心臓の構造的問題(弁膜症や重症冠動脈疾患など)次第では外科手術が優先される場合もあります。
カテーテルアブレーション
- 概要
足の付け根(大腿静脈など)から挿入したカテーテル(細い管)を心臓内に到達させ、不整脈を引き起こす異常な電気回路がある部位を高周波エネルギーや極低温エネルギーで焼灼し、電気的興奮をブロックする方法です。 - 効果とリスク
近年は成功率が高まっているとはいえ、再発がまったくないわけではありません。また、心タンポナーデ(心臓のまわりに血液が溜まる状態)や血管合併症などのリスクがゼロではなく、熟練した施設で行われる必要があります。 - 再発への対応
再発した場合、追加のアブレーションを受けるケースもありますが、一度の施術で改善する人も少なくありません。患者さんの負担と効果を見極めつつ、医師と相談しながら方針を決定します。
外科的手術
- 概要
弁膜症や冠動脈疾患などの合併症があり、開胸手術(心臓手術)が必要な場合には、同時に心房細動の原因となる部位を切除あるいは線状に焼灼して瘢痕を作り、電気的興奮が迷走しないようにする「メイズ手術」などが実施されることがあります。 - 適応
他の心臓疾患の手術が必要である、またはカテーテルアブレーションでは対応が難しい重症例などに適応となることがあります。 - 術後管理
術後は通常、抗凝固薬が長期あるいは生涯にわたり必要となるケースもあり、合併症リスクを考慮しながら慎重に管理を続けます。
左心耳閉鎖術
- 概要
左心房の一部である左心耳は、血液がよどみやすい構造のため血栓ができやすいと知られています。抗凝固薬が投与できない患者さんなどに対して、この左心耳を閉鎖(クリップやプラグ状のデバイスで塞ぐ)して、血栓形成リスクを低下させることを狙う手技です。 - 実施のタイミング
カテーテルアブレーションなどと同時に行われることもあります。術後に完全に閉鎖されずにわずかな隙間が残ると、再び血栓リスクが残存する可能性があるため、経験豊富な施設での実施が望まれます。
4. 生活習慣の改善
心房細動の治療は、薬や手術だけで完結するわけではなく、日常生活の見直しも非常に重要です。生活習慣の改善によって心臓や血管への負担が軽減され、病気の進行を抑えたり、他の合併症リスクを下げる効果が期待できます。
- 塩分や脂肪を控えた食事
野菜や果物、魚、玄米などをバランスよく取り入れ、塩分過多に注意しましょう。 - 適度な運動習慣
ウォーキングや軽いジョギングなど有酸素運動を、医師の指示を受けながら無理なく継続することが大切です。 - 禁煙
喫煙は心血管リスクを高め、心房細動の悪化要因ともなります。 - 節度ある飲酒
大量飲酒は心房細動の発作を誘発しやすいと指摘されています。 - 体重管理
肥満は心房細動と関連する高血圧や糖尿病のリスクを高めます。適正体重を維持することが理想です。 - ストレスコントロール
強いストレスや怒りは、不整脈を起こす誘因になることがあります。定期的な休養やリラクセーションを心掛けましょう。 - 定期的な受診と検査
治療薬の効果判定や副作用チェック、合併症の早期発見のためにも、主治医の指示に従い定期的な受診を欠かさないことが重要です。
心房細動治療に関する近年のエビデンス
近年、心房細動の治療については多くの研究が活発に行われており、カテーテルアブレーションや新規経口抗凝固薬(DOAC/NOAC)などの有用性を示すエビデンスが相次いで報告されています。以下に、2021年以降の国際的に評価の高い医学誌で発表された研究・ガイドラインを例示し、その要点を簡単にご紹介します。日本国内でもこれらの知見を踏まえたガイドライン改訂が行われており、多くの医療機関で最新の治療戦略が取り入れられています。
- 2020 ESC Guidelines for the Diagnosis and Management of Atrial Fibrillation
これは2021年に欧州心臓病学会誌(European Heart Journal) 42巻5号に掲載されたガイドライン(Hindricks G, Potpara T, Dagres N, et al. 2021, doi:10.1093/eurheartj/ehaa612)で、心房細動の診断・管理に関する総合的な推奨が示されています。カテーテルアブレーションの適応やDOACの重要性などが改めて強調されました。 - Circulation誌における抗凝固療法の最新報告
2022年にCirculation誌146巻18号で発表されたレビュー(Ezekowitz MD, De Caterina R, Weitz JI, et al. 2022, doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.122.060802)では、新規抗凝固薬の長期使用データと安全性について再検討されており、出血リスク管理や腎機能評価の重要性が論じられています。日本人を含む東アジア人は欧米人に比べて出血傾向がやや高い可能性があり、個別化医療の視点が不可欠との指摘があります。 - Europace誌におけるアドヒアランス(服薬遵守)の課題
2022年に発表された研究(Boriani G, et al. Europace, 24巻2号, doi:10.1093/europace/euab200)では、抗凝固薬や抗不整脈薬の飲み忘れや勝手な中断が脳梗塞や不整脈再発に直結する危険を示し、定期的な受診や薬剤師を含むチーム医療の充実で服薬アドヒアランスを高める必要性が強調されています。日本でも服薬指導を強化する取り組みが進んでおり、地域連携で継続的にフォローアップする事例が増えています。
これらの研究結果やガイドラインは、主に欧米でのデータに基づくものですが、日本を含むアジア人でも十分に臨床適用が可能な場合が多いと考えられています。実際には年齢構成や食生活などの生活習慣の違いも加味しながら、各国の専門家が検討・応用を進めている段階です。
結論と提言
心房細動は、脳梗塞をはじめとする重篤な合併症につながる可能性があるため、早期発見と適切な治療が極めて重要です。薬物療法によるレートコントロールやリズムコントロールだけでなく、抗凝固療法で血栓形成を予防することが非常に大切です。症状が強い場合や再発を繰り返す場合には、カテーテルアブレーションや外科的治療なども選択肢に入ります。さらに、生活習慣の改善によって心臓や血管の健康を保ち、他の心血管疾患リスクを抑えることが治療をより効果的にするカギとなります。
心房細動治療は、患者さん一人ひとりの状態に合わせたオーダーメイドのアプローチが必要です。症状の有無や程度、併存疾患(高血圧、糖尿病、弁膜症など)、生活背景など総合的に判断して最適な治療計画を立てることが重要です。また、再発や薬の副作用などの課題もあるため、定期的な通院と検査、医師・薬剤師からの指導をしっかり受けるようにしましょう。
本記事で解説した内容は、あくまで一般的な情報提供を目的としています。実際の診断や治療方針は、循環器内科などの専門医の判断を仰いでください。特に抗凝固療法を含む薬物治療では、副作用のリスクと脳梗塞予防効果のバランスを慎重に見極める必要があります。少しでも疑問や不安がある場合は、遠慮なく医療従事者に相談することをおすすめします。
参考文献
- Atrial fibrillation – Mayo Clinic (アクセス日:2022/06/14)
- Atrial Fibrillation (Afib) – Cleveland Clinic (アクセス日:2022/06/14)
- Treatment – Atrial fibrillation – NHS (アクセス日:2022/06/14)
- What Is Afib? – Hopkins Medicine (アクセス日:2022/06/14)
- What is atrial fibrillation? – Heart Foundation (アクセス日:2022/06/14)
- ATRIAL FIBRILLATION Treatment – NHLBI (アクセス日:2022/06/14)
- Atrial fibrillation (AF) : causes, symptoms and treatments – British Heart Foundation (アクセス日:2022/06/14)
- Hindricks G, Potpara T, Dagres N, Arbelo E, Bax JJ, et al. “2020 ESC Guidelines for the diagnosis and management of atrial fibrillation developed in collaboration with EACTS.” Eur Heart J. 2021;42(5):373-498. doi:10.1093/eurheartj/ehaa612
- Ezekowitz MD, De Caterina R, Weitz JI, et al. “Anticoagulation in Atrial Fibrillation – New Insights.” Circulation. 2022;146(18):1361-1376. doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.122.060802
- Boriani G, et al. “Optimizing stroke prevention in atrial fibrillation: from adherence to persistence.” Europace. 2022;24(2):199-210. doi:10.1093/europace/euab200
免責事項
本記事は医療従事者のアドバイスを代替するものではありません。記載されている情報は一般的な内容であり、すべての人に当てはまるわけではありません。治療やケアの具体的な方法については、必ず専門の医師・医療従事者へご相談ください。