この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針との直接的な関連性を示したものです。
- 日本産科婦人科学会 (JSOG): 本稿における低用量ピルの産後使用に関する指針(産後6ヶ月以降の開始推奨)は、同学会が発行するガイドラインに基づいています2。
- 世界保健機関 (WHO) / 米国疾病予防管理センター (CDC): 各避妊法の医学的適格性(特に授乳中の安全性)に関する記述は、WHOおよびCDCが発行する世界的な基準に基づいています34。
- 米国産科婦人科学会 (ACOG): 子宮内避妊具(IUD)の即時挿入やホルモン避妊法の授乳への影響などに関する見解は、ACOGが発行する診療実践速報や委員会意見に基づいています56。
- 厚生労働省: 日本国内の産後ケア事業に関する情報は、厚生労働省の調査研究事業報告書を根拠としています7。
要点まとめ
- 授乳中でも妊娠の可能性は十分にあります。特に授乳頻度の減少や産後6ヶ月以降は危険性が高まります。最初の月経(生理)の前に排卵が起こるため、「生理が再開していないから安全」という考えは通用しません。
- 国際的には、授乳中でも安全に使用できる「ミニピル(プロゲスチン単独ピル)」や、一度の処置で長期間効果が持続する「IUD(子宮内避妊具)」「避妊インプラント」が産後の避妊法の主流です。
- 日本の一般的な避妊法であるコンドームは、正しい使用でも失敗率が比較的高いため、より確実な方法の検討が推奨されます。
- 低用量ピル(混合ホルモンピル)は血栓症のリスクや母乳への影響から、日本産科婦人科学会の指針で授乳中は産後6ヶ月まで推奨されていません2。
- 最適な避妊法は個々の状況によって異なります。必ず産婦人科医に相談し、自分に合った方法を選択することが重要です。
第1章:授乳中の妊娠の可能性は「ある」— その科学的根拠
多くの人が「授乳中は妊娠しにくい」と信じていますが、これは特定の条件下でのみ当てはまる限定的な事実であり、決して「妊娠しない」という意味ではありません。この章では、なぜ授乳中に妊娠の可能性が残るのか、その科学的な背景を解説します。
プロラクチンの「避妊効果」の仕組みと限界
出産後、赤ちゃんがお母さんの乳首を吸う刺激によって、脳の下垂体から「プロラクチン」というホルモンが大量に分泌されます8。このプロラクチンは、母乳を作り出す役割を担うと同時に、卵巣からの排卵を促すホルモン(ゴナドトロピン放出ホルモン、卵胞刺激ホルモン、黄体形成ホルモン)の分泌を抑制する作用を持ちます1。この働きにより、排卵が起こらず、月経が一時的に停止します。これが「授乳中は妊娠しにくい」と言われるメカニズムです。
しかし、このプロラクチンによる排卵抑制効果は絶対的なものではありません。その効果は、授乳の頻度と規則性に大きく依存します。
「授乳性無月経法(LAM)」が有効な3つの条件
プロラクチンの排卵抑制効果を利用した自然な避妊法として「授乳性無月経法(Lactational Amenorrhea Method, LAM)」が知られています。LAMが避妊法として98%の高い有効性を持つためには、以下の3つの条件をすべて厳密に満たす必要があります9。
- 産後6ヶ月以内であること
- 月経がまだ再開していないこと(産後の悪露が終わった後の出血がない状態)
- 赤ちゃんに母乳だけを与えていること(完全母乳栄養またはそれに近い状態):日中は4時間以上、夜間は6時間以上、授乳間隔が空かないことが目安とされます。
これらの条件が一つでも崩れると、避妊効果は著しく低下します。
なぜ「神話」は崩れるのか?妊娠危険性が高まる瞬間
多くの女性がLAMの条件を満たせなくなるのは、育児の過程でごく自然に起こります。
- ミルクや混合栄養の導入:粉ミルクを足すと、授乳回数や一回あたりの吸引刺激が減り、プロラクチンの分泌が低下します10。
- 赤ちゃんの睡眠時間:赤ちゃんが夜通し眠るようになると、夜間の授乳間隔が空き、プロラクチンレベルが下がります。
- 離乳食の開始:離乳食が始まると、母乳を飲む量が自然と減少し、排卵抑制効果が弱まります8。
- 授乳回数の減少:プロラクチンの分泌レベルを高く維持するには、1日8回以上の授乳が必要とも言われています1。
このように、育児様式のわずかな変化が、気づかないうちに妊娠可能な状態へと体を戻してしまうのです。
最重要点:排卵は、最初の生理の「前」に起こる
産後の避妊において最も理解しておくべき重要な事実は、体の回復後、最初の排卵は最初の月経(生理)が来る前に起こるということです10。つまり、「生理がまだ来ていないから大丈夫」という考えは通用しません。月経の再開を待っている間に排卵が起こり、性行為があれば妊娠する可能性があるのです。実際に、産後一度も生理が来ないまま次の子を妊娠したという事例は珍しくありません1。このため、妊娠を望まない場合は、月経の有無にかかわらず、性行為を再開する時点から確実な避妊を行う必要があります。
第2章:【早見表】あなたに最適な産後の避妊法は?
産後の避妊法は多岐にわたります。それぞれに異なる効果、安全性、費用、そして授乳への影響があります。自分自身の生活習慣、健康状態、そして将来の家族計画に合った最適な方法を見つけるために、まずは全体像を把握することが重要です。以下の比較表は、あなたが情報に基づいた選択をするための第一歩となります。
方法 | 一般的な使用での避妊失敗率 | 費用目安 | 主な特徴 | 授乳中の適性 | 利点 | 欠点 |
---|---|---|---|---|---|---|
ホルモン付加IUD (LNG-IUD) | 0.2%11 | 挿入時: 4~6万円12 | 5年間有効。月経量が減る。 | ◎ 最適13 | 装着すれば手間いらず。高い避妊効果。月経痛改善。 | 挿入時の費用が高い。不正出血の可能性。定期検診が必要。 |
銅付加IUD (Copper IUD) | 0.8%11 | 挿入時: 3~5万円 | 10年以上有効。ホルモン非使用。 | ◎ 最適13 | ホルモンの副作用なし。長期的に有効。緊急避妊にも使用可。 | 月経量や痛みが増す可能性。定期検診が必要。 |
避妊インプラント (Implant) | 0.05%11 | 挿入時: 5~8万円 | 3年間有効。腕の皮下に挿入。 | ◎ 最適13 | 最も効果が高い方法の一つ。手間いらず。 | 挿入・除去に医療機関の受診が必要。不正出血が起こりやすい。 |
ミニピル (POP) | 1-9% (授乳中/非授乳で変動)11 | 1ヶ月: 3,000円前後14 | エストロゲンを含まない錠剤。毎日服用。 | ◎ 最適15 | 授乳中でも安全。血栓症危険性が低い。 | 毎日同じ時間に飲む必要。飲み忘れで効果低下。不正出血。 |
コンドーム (Condom) | 13-21%11 | 1箱: 500~2,000円 | 性交時に装着。 | ◎ 最適 | 手軽に入手可能。安価。性感染症予防効果。 | 失敗率が比較的高い。装着の手間。感覚の変化。 |
低用量ピル (COC) | 9%11 | 1ヶ月: 2,500~3,500円 | エストロゲンとプロゲスチン配合。 | △ 注意が必要 | 副効用(月経困難症改善など)が多い。 | 産後6ヶ月まで推奨されない(JSOG)。血栓症危険性。母乳への影響の可能性2。 |
授乳性無月経法 (LAM) | 2-8% (条件による)11 | 0円 | 3つの条件を満たす必要あり。 | ◎ 最適 | 自然。費用ゼロ。母子の絆を深める。 | 条件が厳しく、6ヶ月までしか使えない。失敗の危険性管理が難しい16。 |
この表は、各選択肢の概要を示しています。次の章からは、それぞれの方法について、より深く掘り下げて解説していきます。特に、日本ではまだ十分に知られていないものの、国際的には産後の避妊法として主流となっている選択肢についても詳しく紹介します。
第3章:ホルモンを使わない確実な避妊法
ホルモンの使用に抵抗がある方や、体への影響を最小限にしたいと考える方のために、効果的で安全な非ホルモン性の避妊法が存在します。ここでは、それぞれの方法の仕組み、利点、そして注意点を詳しく解説します。
子宮内避妊用具(銅付加IUD)
銅付加IUDは、T字型の小さな器具で、子宮内に装着して使用します。器具に巻かれた銅がイオンを放出し、精子の運動を妨げ、受精を阻害することで避妊効果を発揮します6。
- 効果と期間:一般的な使用での失敗率はわずか0.8%と非常に高く11、一度装着すれば10年以上にわたって効果が持続します17。
- 授乳への影響:ホルモンを含まないため、母乳の量や質に全く影響を与えず、授乳中の女性にとって極めて安全な選択肢です13。
- 副作用:主な副作用として、装着後の数ヶ月間、月経量が増えたり、月経痛が強まったりする可能性があります6。
- 装着時期:日本の産婦人科診療ガイドラインでは、子宮が妊娠前の大きさに戻る産後6週間以降の装着が一般的です18。一方で、米国産科婦人科学会(ACOG)などは、出産直後(分娩後10分以内)に装着する「即時挿入(IPP)」を推奨しています。これは、産後の健診に来られない女性の意図しない妊娠を防ぐための有効な手段と考えられていますが、産後6週以降の挿入に比べて脱出率がやや高いという側面もあります17。
コンドーム
コンドームは日本で最も広く利用されている避妊法であり、手軽に入手できる点が大きな利点です18。
- 失敗率:しかし、その手軽さとは裏腹に、一般的な使用における失敗率は13-21%と、他の近代的な避妊法に比べてかなり高いのが実情です11。これは、毎回の性交で正しく一貫して使用することが難しいためです。
- 利点:避妊効果だけでなく、HIVを含む性感染症(STD)を予防できる唯一の方法である点は、コンドームの非常に重要な利点です19。
- 産後の使用:産後の性生活を再開する際の、最初の選択肢として適しています。
授乳性無月経法(LAM)— 過信は禁物
前述の通り、LAMは3つの厳格な条件を満たした場合にのみ高い避妊効果を発揮します9。
- 専門家による評価:世界中の研究を分析したコクラン・レビューによると、LAMは理想的な条件下では有効であるものの、実際の生活の中で正しく実践できている女性は少なく、その有効性には疑問が残ると指摘されています16。いつ排卵が再開するかを正確に予測することは不可能であり、文化や個人差も大きいとされています。
- 推奨される考え方:したがって、LAMを唯一の避妊法として頼ることは大きな危険性を伴います。もしLAMを実践する場合でも、産後数ヶ月が経過したり、授乳様式に変化が見られたりした時点ですぐに、より確実な他の避妊法へ移行するか、併用することが賢明です。
第4章:授乳中でも安心なホルモン避妊法【世界の主流】
日本では「授乳中にホルモン剤は使えない」という固定観念が根強いかもしれませんが、国際的には、授乳中でも安全に使用できる効果的なホルモン避妊法が数多く存在し、産後の避妊における第一選択肢として推奨されています。これらの方法は、日本の一般的な避妊法であるコンドームの失敗率の高さを補い、意図しない妊娠を防ぐための強力な選択肢となります。
ミニピル(プロゲスチン単独ピル)— 授乳中の母親の強い味方
ミニピルは、日本の産後の女性にとって、まだ十分に知られていない「新しい常識」と言えるかもしれません。
- 特徴:一般的な低用量ピル(混合ホルモンピル)と異なり、女性ホルモンの一種である「プロゲスチン」のみを含み、「エストロゲン」を含まない経口避妊薬です14。
- 授乳への安全性:エストロゲンを含まないため、母乳の量や質に影響を与えることがなく、出産直後からでも安全に服用を開始できます15。世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)の指針でも、授乳中の女性への使用が広く認められています3。
- 血栓症危険性:産後に危険性が高まる静脈血栓塞栓症(VTE)の危険性を、エストロゲン含有ピルほど上昇させないため、より安全な選択肢とされています15。
- 使用上の注意:毎日ほぼ同じ時刻に服用する必要があり、飲み忘れに注意が必要です。服用を忘れると避妊効果が低下します20。
- 日本の現状:古い指針ではあまり言及されていませんでしたが、近年、日本の診療所でも授乳中の女性への安全な選択肢として処方が増えています14。
ホルモン付加IUD(ミレーナ®など)— 5年間、最高の安心を
ホルモン付加IUDは、子宮内に装着するT字型の器具から、ごく微量のプロゲスチン(レボノルゲストレル)を子宮内に直接放出するものです。
- 効果と利点:避妊失敗率はわずか0.2%と極めて高く11、一度装着すれば最長5年間、避妊のことをほとんど意識せずに生活できます12。子宮内膜を薄くする作用があるため、月経量が劇的に減少し、月経痛も軽減されるという大きな副次的効果があります21。
- 授乳への安全性:放出されるホルモンはごく微量で、そのほとんどが子宮内に作用するため、血中に移行する量はごくわずかです。ACOGは、これまでの多くの研究結果から、母乳育児の成功や赤ちゃんの成長に悪影響を与えないと結論付けています6。
- 即時挿入(IPP):銅付加IUDと同様に、出産直後の装着も国際的には推奨されており、育児で忙しくなる前に確実な避妊を始められる利点があります17。
避妊インプラント(ネクスプラノン®)— 最も確実な方法の一つ
避妊インプラントは、長さ4cmほどの細い棒状の器具を、腕の内側の皮下に埋め込む方法です。
- 効果:失敗率は0.05%と、現在利用可能な可逆的避妊法の中で最も高い効果を誇ります11。一度挿入すれば3年間効果が持続します6。
- 仕組み:器具から持続的に放出されるプロゲスチンが、主に排卵を抑制することで避妊効果を発揮します。
- 授乳への安全性:ホルモン付加IUDと同様、授乳や赤ちゃんへの悪影響は確認されておらず、安全に使用できるとされています13。
- 副作用:最も一般的な副作用は、月経周期が不規則になったり、不正出血が起こったりすることです6。挿入・除去には医療機関での処置が必要です。
これらの方法は「長時間作用型可逆的避妊法(LARC)」と総称され、その高い有効性と利便性から、国際的には産後の女性を含む多くの女性にとって第一に検討すべき選択肢と位置づけられています。
第5章:注意が必要な避妊法と緊急時の対応
すべての避妊法が産後の女性に適しているわけではありません。特に、日本で広く使われている低用量ピルには、産褥期特有の注意点があります。また、万が一避妊に失敗した場合の対処法を知っておくことも重要です。
低用量ピル(混合ホルモンピル)— なぜ産後6ヶ月待つべきか
一般的に「ピル」として知られる低用量ピルは、エストロゲンとプロゲスチンの2種類のホルモンを含む混合ホルモン剤です。このエストロゲンが、産後の使用において注意が必要な理由です。
- 日本産科婦人科学会の指針:授乳中の女性が低用量ピルを開始するのは、産後6ヶ月以降と明確に定めています2。
- 理由1:静脈血栓塞栓症(VTE)の危険性:妊娠中から産後にかけて、体は血液を固まりやすくする状態にあります。これは分娩時の出血に備えるための自然な変化ですが、この影響で血の塊(血栓)ができやすくなります。日本産科婦人科学会の資料によると、産後1〜6週のVTE危険性は、非妊娠時の84倍にも達します2。エストロゲンには血液凝固作用を促進する働きがあるため、この危険性が最も高い時期に低用量ピルを服用すると、危険性がさらに高まるのです。
- 理由2:母乳への影響:エストロゲンは母乳の分泌量を減少させたり、質を変化させたりする可能性が指摘されています14。赤ちゃんへの直接的な健康被害に関する証拠は確立されていませんが、この潜在的な危険性を避けるため、授乳中は使用を控えるのが原則です。
授乳していない女性の場合は、VTEの危険性がなければ産後21日以降、危険性があれば産後42日以降から開始可能とされています2。
緊急避妊薬(アフターピル)— 授乳中の正しい選び方・使い方
コンドームの破損など、避妊に失敗した際に意図しない妊娠を防ぐための手段が緊急避妊薬(アフターピル)です。授乳中に使用する場合は、薬の種類を正しく選ぶことが極めて重要です。
第一選択:レボノルゲストレル法(ノルレボ®など)
- 安全性:WHOの基準でも授乳中の使用に問題ないとされる、安全性の高い選択肢です22。WHOの医学的適格性基準(MEC)でも、授乳婦への使用は「制限なし(MEC区分1)」とされています3。
- 使用法:多くの専門家は、念のため、服用後8時間は授乳を中断し、その間に搾乳した母乳は廃棄する「パンプ&ダンプ」を推奨しています22。服用前に搾乳して冷凍母乳を準備しておくと安心です。
非推奨:ウリプリスタル酢酸エステル法(エラワン®など)
- 注意点:この成分は母乳中に長期間移行することが知られています。そのため、服用後7日間の授乳中止が必要となり、母乳育児を続ける母親と赤ちゃんにとっては現実的な選択肢ではありません22。授乳中の女性には通常処方されません3。
アフターピルは、産婦人科やオンライン診療で処方を受けることができます22。万が一の際は、ためらわずに速やかに医師に相談してください。
第6章:【時期別】産後の避妊開始時期・指針
「いつから避妊を始めればいいのか?」は、産後の女性にとって重要な問題です。ここでは、日本の指針と国際的な指針を比較しながら、各避妊法を開始するのに最適な時期を整理します。この比較から、日本の比較的慎重な取り組み方と、個々の危険性と利益を天秤にかける国際的な取り組み方の違いが見えてきます。これは、どちらが正しいかという問題ではなく、医療における考え方の違いを反映したものであり、あなたが医師と相談する際の重要な知識となります。
避妊法 | 授乳状況 | 産後期間 | 日本産科婦人科学会(JSOG)指針 | 世界保健機関(WHO)/米国産科婦人科学会(ACOG)等 国際指針 |
---|---|---|---|---|
IUD (銅/ホルモン付加) | 授乳中・非授乳 | < 48時間 (即時) | 一般的には産褥期後を推奨18 | 推奨 (MEC 1-2)3 |
産褥期後 (例: >6週) | 推奨18 | 推奨 (MEC 1)3 | ||
避妊インプラント | 授乳中 | いつでも | 明確な記載は少ない | 推奨 (MEC 1-2)3 |
ミニピル (POP) | 授乳中 | いつでも | 明確な記載は少ない | 推奨 (MEC 1-2)3 |
低用量ピル (COC) | 授乳中 | < 6ヶ月 | 非推奨2 | 非推奨 (MEC 3-4)3 |
> 6ヶ月 | 医師と相談の上可2 | 可 (一般的に問題なし) (MEC 2)3 | ||
非授乳 | < 21日 | 非推奨2 | 非推奨 (MEC 4)3 | |
21日~42日 | 危険性がなければ可2 | 危険性がなければ可 (MEC 2)3 |
この表が示すように、国際的な指針では、意図しない妊娠の危険性を重く見て、IUDやインプラント、ミニピルといった安全な選択肢をより早期から積極的に活用することを推奨する傾向にあります。特に、出産したその入院中に確実な避妊を開始できる「即時挿入(IPP)」の考え方は、産後の多忙な生活の中で健診に来られない可能性のある女性を支えるための重要な戦略とされています。
第7章:産後の心と体のケアと相談先
産後の避妊は、単なる医学的な選択にとどまらず、女性の心身の健康、パートナーとの関係、そして家族全体の幸福に深く関わっています。避妊について考えることは、自分自身の体を大切にし、産後の生活をより豊かにするための第一歩です。
産後の性行為、再開の目安
産後の性行為の再開は、焦る必要は全くありません。医学的な安全と、ご自身の心身の準備が整うことが最も重要です。一般的には、以下の点が目安となります10。
- 産後1ヶ月健診で医師の許可が出ていること。
- 産後の出血である悪露(おろ)が完全に止まっていること。
- 会陰切開や帝王切開の傷の痛みがなく、回復していること。
- 何よりも、女性自身が心身ともに性行為を望んでいること。
パートナーとよく話し合い、お互いの気持ちを尊重することが大切です。
頼れる制度「産後ケア事業」を知っていますか?
出産後の母親の心身のケアや育児を支援するため、日本には国が推進する「産後ケア事業」という公的な制度があります。多くの自治体で実施されており、心身の不調や育児不安を抱える母親にとって大きな支えとなります。
- サービスの種類23:
- 宿泊型:助産院や病院に宿泊し、心身の休息と専門家によるケア、育児指導を受けられます。
- デイサービス型:日帰りで施設を訪れ、休息やケア、他の母親との交流ができます。
- アウトリーチ(訪問)型:助産師などが自宅を訪問し、ケアや相談に応じてくれます。
- 利用状況と費用:利用率はまだ低いものの年々増加しており23、多くの自治体で利用料の補助があります。例えば、厚生労働省による令和元年度の調査では、宿泊型の自己負担額の全国平均は1泊あたり約6,885円でした7。
- 相談窓口:お住まいの市区町村の役所(子育て支援課など)や保健センターが窓口です。母子手帳交付時などに案内されることが多いですが、知らなかった方はぜひ問い合わせてみてください。
避妊や育児に関する不安を一人で抱え込まず、こうした公的サービスを積極的に活用することが推奨されます。
どこに相談すればいい?
産後の避妊に関する最も信頼できる相談先は、かかりつけの産婦人科医です。あなたの健康状態や授乳状況、生活設計を総合的に考慮し、最適な選択肢を提案してくれます。
- 産婦人科:避妊法の選択、処方、処置。
- 地域の保健センター・保健師:育児全般の悩み、産後ケア事業の案内。
- オンライン診療診療所:ミニピルやアフターピルなど、通院が難しい場合の選択肢14。
よくある質問
授乳中に妊娠した場合、母乳や赤ちゃんに影響はありますか?
授乳中に妊娠が判明しても、多くの場合、母乳育児を続けることは可能です。妊娠によって母乳の味や量が変化することがありますが、赤ちゃんに害はありません。ただし、切迫流産のリスクがある場合など、状況によっては医師から授乳の中止を勧められることもあります。妊娠がわかったら、早めに産婦人科医に相談し、指示を仰ぎましょう。
IUDや避妊インプラントは痛いですか?
IUDの挿入時には、月経痛のような痛みや違和感を伴うことがあります。多くの医療機関では、痛みを和らげるために事前に鎮痛剤を使用するなどの対策をとります。挿入後の数日間、軽い痛みや出血が続くこともありますが、通常は時間とともにおさまります。避妊インプラントの挿入・除去は、局所麻酔を使用するため、処置中の痛みはほとんどありません。処置後に内出血や軽い痛みが数日間続くことがあります。
産後の避妊について、パートナーとどのように話せばいいですか?
産後の避妊は女性だけの問題ではなく、二人の問題です。まずは、出産後の心身の変化や育児の負担について、あなたの気持ちを正直に伝えることが大切です。「次の妊娠は、もう少し時間が経ってから考えたい」という希望を共有し、二人で家族計画について話し合う機会を持ちましょう。この記事で得た情報を基に、どのような避妊法があるのかを一緒に学び、それぞれの利点や欠点を話し合うことで、お互いの納得のいく方法を見つけやすくなります。産婦人科の診察にパートナーが同席することも、理解を深める良い機会になります。
結論
本稿では、授乳中の妊娠の可能性と、産後の女性が利用できる避妊法について、国内外の最新の医学的知見に基づいて包括的に解説しました。最後に、重要な点を改めて確認します。
- 授乳中でも妊娠の可能性はある:特に、授乳回数が減ったり、産後6ヶ月が近づいたりすると危険性は高まります。最初の月経が来る前に排卵が起こるため、「生理がないから大丈夫」という考えは危険です。
- 安全で確実な選択肢は多数存在する:日本ではまだ普及が進んでいないものの、授乳中でも安全に使用できる「ミニピル」や、一度の処置で長期間高い効果が得られる「IUD(子宮内避妊具)」「避妊インプラント」は、国際的には標準的な選択肢です。コンドームの比較的高い失敗率を理解し、より確実な方法を検討することが推奨されます。
- 専門家への相談が不可欠:最適な避妊法は、一人ひとりの健康状態、生活習慣、将来の家族計画によって異なります。低用量ピルのように産後すぐには使えない方法もあり、自己判断は禁物です。
出産という大仕事を終えたあなたの体は、十分に休息し、回復する権利があります。次の妊娠をいつ迎えるかを自分自身で管理することは、あなたとあなたの家族の幸せな未来を築く上で、非常に大切な要素です。
あなたの体と将来の家族計画を守るために、この記事を参考に、ぜひかかりつけの産婦人科医に相談してください。
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