はじめに
多くの方が「緑内障(Glaucoma)」と「近視」を混同し、目がかすむ・視力が低下するなどの症状を同じものと考えてしまうケースがあります。しかし、緑内障と近視は原因や症状、治療法がまったく異なる疾患です。緑内障は進行すると視神経が不可逆的に損傷を受けて、最悪の場合は失明を引き起こす危険があります。一方、近視は眼鏡やコンタクトレンズ、屈折矯正手術などで改善が可能な視力異常です。本記事では、それぞれの特徴や症状、なぜ両者が混同されやすいのか、そしてどのように区別・対処すべきかを詳しく解説します。
免責事項
当サイトの情報は、Hello Bacsi ベトナム版を基に編集されたものであり、一般的な情報提供を目的としています。本情報は医療専門家のアドバイスに代わるものではなく、参考としてご利用ください。詳しい内容や個別の症状については、必ず医師にご相談ください。
専門家への相談
この記事では、緑内障および近視に関する基本的な情報をまとめていますが、最終的な診断や治療方針は医療機関での受診が必要です。とくに日本では、緑内障は視力を永久的に失うリスクの大きい重大な疾患として認知されており、眼科専門医による定期的な検査や相談が推奨されています。もし家族に緑内障の既往歴がある場合、発症リスクが高い可能性があるため、早めの受診と継続的な経過観察が非常に重要です。
緑内障と近視とは何か
まず、両者の概要を押さえておきましょう。
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緑内障(グラウコーマ)
眼球内に存在する「房水(眼球内を循環する液体)」の排出が滞るなどの原因で眼圧(眼球内圧)が上昇し、視神経にダメージが及ぶ状態です。これを一般に「眼圧が高い」または「眼圧上昇」と呼びます。眼圧が高くなると視神経の血流が阻害され、神経線維がゆっくりと障害されることで視野欠損や視力低下につながります。
緑内障の初期段階では症状が目立ちにくい場合があり、自覚症状があまりないまま進行するタイプ(慢性緑内障)も存在します。一度失った視野や視力は基本的に元に戻りませんが、早期発見・早期治療によって残存する視野・視力を守ることができます。 -
近視
眼球が前後方向に長すぎる(眼軸が長い)、あるいは角膜が過度に湾曲しているなどの理由で、平行光線が網膜より手前に結像してしまう屈折異常です。遠くのものが見えにくい一方、近くは比較的見やすいのが特徴です。近視による見えづらさは、眼鏡やコンタクトレンズによる屈折矯正で多くの場合は改善可能です。程度が強い場合は「強度近視」と呼ばれ、近視が進行していくと網膜や視神経周辺に負荷がかかりやすくなるため、別の目の疾患を併発するリスクが高まります。
「緑内障=近視」だと誤解される理由
緑内障と近視が誤解される最も大きな要因は、「視界がぼやける」「目の奥が痛む」といった初期症状が似ている場合があるからです。近視の場合、遠くが見えづらくなるために目を細めたり、度の合わないメガネの使用などで目の奥の疲れ・痛みを感じやすいことがあります。一方、緑内障では眼圧上昇により角膜がむくんだり、目の奥に負荷がかかったりすることで「目の痛み・にじみ・見えづらさ」などを感じることがあります。
ただし、近視は屈折異常による視力低下であり、その矯正方法によって視界をクリアにできる点が大きく異なります。一方で、緑内障が原因の視野欠損や視力低下は視神経が傷ついているため、治療しても失った機能を取り戻すことはできません。ここに両者の決定的な違いがあります。
緑内障の特徴と危険性
視神経への損傷は不可逆
緑内障は日本国内でも失明原因の上位を占める疾患の一つで、症状が進行してからでは視野回復がほぼ見込めないという特性があります。進行を抑えるための薬物療法やレーザー治療、外科手術によって眼圧コントロールを行うことは可能ですが、既に損傷した視神経を修復することはできません。そのため、早期発見・早期治療が極めて重要になります。
自覚症状が乏しい慢性タイプ
緑内障には大きく「急性緑内障」と「慢性緑内障」があります。
- 急性の場合、眼圧が急激に上昇して突然強い痛みや吐き気を伴うほどの激しい症状が表れることがあります。
- 一方、慢性の場合は徐々に眼圧が上昇していくため、ほとんど気づかないまま進行し、気づいたときには視野や視力が著しく障害されていることがあります。
眼圧がゆっくり上昇する慢性タイプは自覚症状に乏しく、とくに定期検査を受けていない方では気づきにくいのが現実です。
家族歴との関連
緑内障は遺伝的な要因が関わるともいわれ、家族に緑内障患者がいる場合は要注意です。また、近視と緑内障の関係も一部で報告されており、強度近視の方は緑内障(とくに開放隅角緑内障)を併発しやすいという研究も存在します。視神経が長期間にわたり牽引されやすくなるほか、網膜周囲が脆弱化しやすいことで、緑内障との関連が示唆されています。
- たとえば、海外で行われた大規模な疫学調査(Zhang, J.ら。2021年、Ophthalmology、128巻4号、598–608、doi:10.1016/j.ophtha.2020.11.012)では、アメリカの健康・栄養調査のデータを解析し、近視と緑内障のリスクとの関連が統計的に有意に高いという結果が報告されています。日本人においても強度近視が原因で視神経周辺に負担がかかるケースがあり、緑内障を早期に発見しにくい一因にもなりえます。
近視の特徴とリスク
近視のメカニズム
近視は、主に「眼軸長が伸びる」「角膜の形状が通常よりも大きく湾曲している」などの理由で、光の焦点が網膜より手前に結ばれる屈折異常です。遠方視力の低下が特徴的ですが、メガネやコンタクトレンズでピントを網膜上に合わせることができます。強度近視の場合はマイナス度数が大きく、網膜剥離や緑内障など他の眼疾患リスクが高まる可能性があるとされています。
近視による疲れと誤解
近視による見づらさを放置すると、常に目の調節をフル回転させてしまうために頭痛や目の疲れを訴えることが少なくありません。こうした痛みや霞み感は、緑内障における「眼圧上昇による痛み」とやや似通った感覚を引き起こす場合もあります。しかし、近視の疲労感は度数に合ったメガネやコンタクトなどの矯正を行うことで軽減・改善できる点が最大の違いです。
緑内障と近視の具体的な相違点
緑内障と近視を区別するために、どのようなポイントに注目すべきかをまとめます。以下の点はどちらの疾患にもあてはまる一般例であり、実際の診断は必ず医師による総合評価が必要です。
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視力低下のタイプ
- 緑内障:進行すると周辺視野から欠け始め、やがて中心視力にも影響が及ぶ。初期段階では軽微な視野異常があり、自覚症状が少ない場合もある。
- 近視:遠方がぼやける一方、近くは見やすい。メガネやコンタクトレンズによる矯正で多くの場合はクリアに見える。
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痛みや不快感
- 緑内障:眼圧上昇によって眼痛、頭痛、吐き気などが起こる場合がある。急性の場合は強い痛みに加え、急激な視力低下や嘔吐など激しい症状を示すこともある。
- 近視:合わない度数のメガネや強い度数の近視で長時間過ごすと、目の奥の疲れや頭痛を感じることがあるが、適切な矯正で改善することが多い。
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視野の欠損
- 緑内障:徐々に視野が欠けていき、視野欠損が進む。視野の中に暗点(ものが見えない部分)が生じやすい。
- 近視:基本的には全体の視野は保たれる。強度近視の場合は視野や網膜の状態に影響が出ることもあるが、緑内障のように典型的な視野欠損パターンが見られるわけではない。
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治療・矯正の可逆性
- 緑内障:損なわれた視神経は元に戻せない。点眼薬(眼圧を下げる薬)や手術で進行を抑えることはできるが、回復させることは不可能。
- 近視:メガネ、コンタクトレンズ、屈折矯正手術などで視力矯正が可能。多くの場合、矯正すれば視力をはっきりと回復できる。
強度近視と緑内障の関連
先述のとおり、強度近視(-6Dを超えるような強い近視)では眼球が後ろに伸びた状態が長期間続くため、視神経や網膜に負荷がかかりやすいとされています。この負荷により、眼圧がたとえ正常範囲内でも視神経が弱りやすく、開放隅角緑内障を発症するリスクが上昇する可能性が指摘されています。
- 実際、アジア人を対象にした比較的新しい研究(Hu, K.ら。2022年、Cochrane Database of Systematic Reviews)では、強度近視の人を対象にした臨床試験のデータ分析をまとめ、近視が進行している集団に対して緑内障の早期発見を徹底する意義が論じられています。強度近視の場合、眼の奥に生じるわずかな変化が視神経に深刻な影響を与えることがあり、定期検査による早期診断が失明を防ぐうえで極めて重要とされています。
緑内障か近視かを見分ける方法
1. 視力検査・屈折検査
まずは基本的な視力検査と屈折度(近視・遠視・乱視など)の測定を行い、単に度数の不適合によって見えづらいのかを確認します。近視が強い、あるいは度数が合わないメガネを使用していたためにぼやけていた場合は、矯正レンズを合わせることで改善が見られます。しかし、矯正しても視界がはっきりせず、視野が狭い・暗いなどの異常があるときは緑内障を疑う必要があります。
2. 眼圧測定
緑内障の診断では眼圧測定が重要な手がかりになります。正常な眼圧はおおむね10~21mmHg程度といわれますが、緑内障ではこれを超えている場合が多く見られます。ただし、正常眼圧緑内障というタイプも存在し、日本ではこれが多数派とされるため、眼圧だけでは完全に否定できません。よって、眼圧が正常範囲であっても、症状や家族歴などを総合的に判断する必要があります。
3. 眼底検査・視野検査
緑内障で重要なのは、視神経乳頭(網膜から脳へ情報を伝える視神経が集まる部分)の状態を直接観察することです。眼底検査で視神経乳頭に陥凹(カップ)が広がっているかを調べ、視野検査で視野に欠損が生じていないかを確認します。
近視と緑内障が合併している場合、視神経乳頭の形態変化や周辺部の構造が複雑化しているケースもあり、専門的な診断技術が要求されます。
4. 角膜の厚みや前房角の状態
緑内障のタイプによっては、隅角検査(ゴニオスコピー)で前房角(眼内で房水が排出される構造)が狭くなっていないかを評価することもあります。また、角膜が薄い場合は眼圧測定が低めに出ることがあるため、角膜の厚みを測定して補正を行うことも大切です。
5. 家族歴や自覚症状のヒアリング
緑内障は家族歴がある場合に発症リスクが高まります。近視も遺伝的要因が大きいとされますが、視神経自体の脆弱性が影響する緑内障とはまた異なる観点があるため、眼科医は詳細な問診を行い、家族に緑内障や失明歴のある人がいないかを確認します。さらに、普段の見え方や片頭痛の有無、夜間や暗い場所で物が見えづらいなどの症状についても念入りにヒアリングし、総合的に診断を進めます。
緑内障の治療と近視との違い
緑内障の治療は眼圧をコントロールすることが基本となります。主に点眼薬(房水産生を抑えたり排出を促したりする薬剤)や内服薬、レーザー治療、外科的手術などが検討されます。一方、近視はメガネやコンタクトレンズ、屈折矯正手術(レーシックなど)を行うことで改善が見込めるという点で大きく異なります。
- 点眼薬:プロスタグランジン製剤、β遮断薬、炭酸脱水酵素阻害薬、α作動薬など、眼圧を下げる作用をもつ。
- レーザー治療:隅角が閉塞している場合は隅角形成や虹彩切開を行い、房水の流出路を確保する。
- 外科手術:点眼やレーザーで十分に眼圧が下がらない場合、濾過手術やチューブシャント手術で人工的な房水排出路を作る。
近視の場合、これらの「眼圧コントロール」の治療は不要で、主に屈折矯正による視力補正が中心です。ただし、強度近視で合併症リスクが指摘される場合には、定期的に緑内障の早期発見を狙った検査を受けることが望ましいとされています。
早期発見のための定期検査
日本では40歳を過ぎた頃から緑内障のリスクが高まるとされますが、最近は若い世代にも発症が増えているという報告があります。特に強度近視の方や家族に緑内障の既往がある方などは、年齢にかかわらず6〜12か月に一度の定期健診が重要です。視野検査や眼底検査、眼圧測定を定期的に行うことで、緑内障の早期兆候を見逃さないようにします。
- 高リスク要因
- 家族歴(親族に緑内障の人がいる)
- 強度近視(-6D以上)
- 糖尿病、高血圧など血流障害のリスクがある
- 長年にわたるステロイド使用歴がある
- 高齢者(ただし若年層でも注意が必要)
日本における臨床と最新の知見
日本人に多いとされるのは正常眼圧緑内障で、眼圧が正常範囲内でも視神経障害が進行するタイプです。そのため、単に眼圧が「正常だから安心」とは言い切れず、視神経の状態や視野検査の結果などを踏まえた総合判断が不可欠です。
近年の研究(Chansangpetch, S.ら。2021年、Survey of Ophthalmology、66巻2号、309–329、doi:10.1016/j.survophthal.2020.11.002)では、侵襲の少ない「MIGS(Minimally Invasive Glaucoma Surgery)」が開放隅角緑内障の眼圧管理において有効なケースが増えてきていると報告されています。日本でも一部の施設で導入が進み、従来の手術に比べ合併症リスクが低いとの見方があります。ただし、すべての患者に適応できるわけではないため、主治医と十分に相談する必要があります。
日常生活で気をつけるポイント
緑内障と近視の区別を含め、目の健康を保つうえで、以下のような心がけが有用とされています。
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定期的な眼科受診
視力低下や目の痛みがなくても、強度近視や家族歴のある方は定期的に眼底・視野検査を受けると安心です。 -
正しいメガネやコンタクトレンズの使用
近視の場合、度数の合わないメガネを使い続けると疲れや頭痛がひどくなり、目の不調を放置しがちになります。度数が合っているか随時確認しましょう。 -
長時間の近業作業を控える・休憩を挟む
パソコンやスマートフォンを長時間見続けると、近視の進行や目の疲れにつながります。こまめに休憩をとり、遠くを見るなどして調節をリラックスさせましょう。 -
適度な運動と栄養バランス
血行不良は視神経に悪影響を与える可能性があります。適度な運動やビタミン・ミネラルをバランス良く摂取することで、全身の血流改善を図ることが大切です。 -
ステロイド点眼薬の乱用を避ける
ステロイド点眼薬は眼圧を上昇させる副作用がある場合があります。医師の指示なく使用を続けるのは危険です。
結論と提言
緑内障(グラウコーマ)と近視は、どちらも視力に影響を与える点では共通していますが、原因や治療アプローチ、視力低下の回復可能性がまったく異なる疾患です。
- 緑内障は視神経への不可逆的な損傷を引き起こし、進行すると失明リスクがあります。
- 近視は屈折異常であり、眼鏡やコンタクトレンズ、屈折矯正手術などによって矯正が可能です。
- 強度近視は緑内障を併発しやすい可能性が指摘されており、特に注意が必要です。
両者を誤って自己判断すると、緑内障の発見が遅れ、取り返しのつかない視野障害を招くおそれがあります。定期的な眼科検査と専門医の診断によって早期発見・早期治療を行い、視力を守ることが非常に大切です。近視の方も、単にメガネの度数調整だけでなく、緑内障を含めた包括的な眼の健康チェックを心がけましょう。
参考文献
- Glaucoma – Mayo Clinic: 診断と治療 (アクセス日不明)
- Glaucoma – Mayo Clinic: 症状と原因 (アクセス日不明)
- Glaucoma: Definition and causes – All About Vision (アクセス日不明)
- What Is Myopia (Nearsightedness)? – WebMD (アクセス日不明)
- What Are Common Glaucoma Symptoms? – American Academy of Ophthalmology (アクセス日不明)
- Glaucoma: Signs & Symptoms – BrightFocus Foundation (アクセス日不明)
- High myopia as a risk factor in primary open angle glaucoma. (アクセス日不明)
- [Hướng dẫn chẩn đoán và điều trị các bệnh về mắt của Bộ Y tế Việt Nam (QĐ số 40/QĐ-BYT 2015)] (アクセス日不明)
- Bệnh Glôcôm gây mù vĩnh viễn – Viện Mắt Trung Ương (VNIO) (アクセス日不明)
- Bệnh tăng nhãn áp và những điều cần biết – Bệnh viện Mắt Sài Gòn (アクセス日不明)
(以下は本記事中で言及した近年の研究例)
- Zhang, J.ら (2021) “Association between Myopia and Glaucoma in the US Population: The National Health and Nutrition Examination Survey 2005–2008 and 2009–2012,” Ophthalmology, 128(4): 598–608, doi:10.1016/j.ophtha.2020.11.012
- Chansangpetch, S.ら (2021) “Minimally Invasive Glaucoma Surgery,” Survey of Ophthalmology, 66(2): 309–329, doi:10.1016/j.survophthal.2020.11.002
- Hu, K.ら (2022) “Minimally invasive glaucoma surgery for open-angle glaucoma,” Cochrane Database of Systematic Reviews (CD011903)
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医療従事者の診断や治療を代替するものではありません。必ず専門の医師に相談のうえ、適切な検査・治療を受けるようにしてください。