はじめに
多くの方が日常的に悩まされる「胃痛」や「胃の不快感」は、いわゆる「胃炎」や「胃潰瘍」などをはじめとする消化器系のトラブルによって起こることが少なくありません。特に胃の痛み(一般的に「胃痛」と呼ばれる症状)の原因は多岐にわたり、痛みの度合いや症状の現れ方も人によって異なります。しかしながら、放置していると慢性化したり潰瘍が進行したりする可能性があり、日常生活や食事、健康全般に大きな影響を与えかねません。本記事では、胃の痛みの主な原因や代表的な症状、さらに重症化が疑われるサインについて、詳しく解説します。
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本記事に示す内容は、信頼できる医療機関・文献・各種ガイドラインなどを参照しつつまとめています。また、医療機関の情報としてはBác sĩ Nguyễn Thường Hanh(Nội khoa – Nội tổng quát · Bệnh Viện Đa Khoa Tỉnh Bắc Ninh)の見解などを参考としています。ただし、最終的な診断や治療方針は個々の症状や体調によって異なりますので、必要に応じて医師などの専門家に直接ご相談ください。
胃痛の原因
胃の痛み(日本語では「胃痛」「胃もたれ」などいくつかの表現があります)は、多くの場合胃炎によって引き起こされます。胃炎とは、胃の粘膜が炎症や刺激を受けて弱り、胃酸などによるダメージを受けやすくなった状態です。以下のような要因が組み合わさり、胃炎を引き起こすことが多いとされています。
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食生活や生活習慣に起因する胃炎
- アルコール飲料の過剰摂取
- 辛いものの食べ過ぎ
- 食事のリズムが不規則
- 喫煙
- 強いストレス
- 長期にわたる市販の鎮痛薬の乱用(アスピリン・非ステロイド系抗炎症薬など)
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他の健康上の問題に起因する胃炎
- 細菌やウイルスによる感染症
- 過去の胃部手術
- 外傷や火傷に近いレベルで胃がダメージを受ける(熱いものや刺激物の過剰摂取など)
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一部の疾患による胃炎
- 自己免疫性疾患(身体の免疫システムが誤って自分の健康な細胞を攻撃してしまう)
- 慢性的な胆汁の逆流(本来は十二指腸にある胆汁が胃や食道に逆流する状態)
- 悪性貧血(胃からのビタミンB12吸収障害による貧血)
これらはあくまで主な原因であり、食生活・生活習慣・体質・他の病気の有無などによって症状の出方は変わります。
代表的な胃痛の症状
胃炎による胃の痛みや不快感にはさまざまな現れ方がありますが、多くの人にみられる典型的な症状として以下の点が挙げられます。
1. 上腹部(みぞおち)付近の痛み・不快感
胃は上腹部(みぞおち周辺)に位置するため、そのあたりに痛みや不快感(重苦しさ・灼熱感・鈍痛など)が生じるのが、胃痛のもっとも分かりやすい症状です。人によっては痛みが背中や胸のあたりに広がることもあります。また、
- 空腹時や食後に痛みが増す
- 横になったり、うつぶせで寝ると痛みが強くなる
- ずきずきした痛みが数時間続きやすい
など、生活リズムや食事パターンに影響されて症状が変動することが少なくありません。
2. 食欲不振・消化不良・吐き気
胃炎によって消化能力が落ちると、胃の働きが低下し、食べ物が胃内に長く停滞することで膨満感やもたれ、消化不良などを起こしやすくなります。その結果、食欲がわかなくなる、あるいは吐き気を覚えることもあります。吐き気だけでなく、嘔吐を繰り返す場合は体液や電解質が失われ、脱水症状に陥る可能性もあるため注意が必要です。
さらに、吐き気は胃炎だけでなく、胃潰瘍や胃がんなどより重い疾患で発生しているケースもあるため、吐き気や嘔吐が続くようなら早めに医療機関を受診しましょう。
3. げっぷ(呑酸)や胸やけ
胃の機能が乱れると、食物が胃内に長く留まりやすく、発酵したガスが上方へ抜けるげっぷ(特に酸っぱいげっぷや苦いげっぷなど)を伴うことがあります。また、胃酸が食道や口元に逆流することで胸やけやのどの違和感などが起こり、場合によっては食べ物が喉元に留まるような感覚が続くこともあります。
4. 消化管出血(吐血・下血)
消化管出血は非常に重篤で、吐物や便に血液が混じる形で発覚することが多いです。特に、胃からの出血(胃潰瘍などで粘膜が深く傷つき、血管が破れて出血してしまう)を吐血や下血として認識する場合、速やかな医療処置が必要です。もし激しい胃痛を伴いながら吐血や下血が見られたら、至急病院を受診してください。
重症化を疑う胃痛のサイン
胃炎に由来する痛みや不快感は、軽度であれば市販薬や食事療法、生活習慣の見直しなどである程度緩和が期待できます。しかし、以下のような症状がある場合には、重症化や合併症のリスクを考え、早急に医療機関へ相談することが推奨されます。
- 息苦しさや胸の圧迫感を伴うほどの痛み
- 激しい痛みや発熱を伴う
- 繰り返し嘔吐する、嘔吐物に血液が混じる
- 黒色便(下血)が出る
- 動悸(心拍数の上昇)やめまい、立ちくらみ
- 冷や汗や過度の発汗
こうした症状は、単純な胃炎を超えて胃潰瘍や十二指腸潰瘍、あるいは胃がんなど、より深刻な疾患が背景にある可能性も否定できません。胃痛が慢性化・再発しやすい方や、食生活を改善しても症状が良くならない方は、必ず医療機関で詳しい検査を受け、適切な治療を受けることが望まれます。
胃痛のリスクと合併症への注意
頻繁に起こる胃炎や胃痛を放置すると、強い痛みや出血だけでなく、胃粘膜の深い損傷(胃潰瘍)へと進行する恐れがあります。さらに、長期的な胃粘膜の炎症は、胃がんなど悪性腫瘍の発症リスクをわずかながら高めるといわれています。例えば日本国内では、胃がんリスクを下げるためにヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療や定期的な内視鏡検査の受診が推奨されるケースもあります。
実際、近年の研究においてもヘリコバクター・ピロリ菌が存在する患者は胃炎が長期化しやすく、放置すると胃潰瘍や胃がんの発症率が上昇する可能性が示唆されています。たとえば、日本で行われた大規模研究では、ピロリ菌陽性患者は陰性患者と比較して胃がんリスクが有意に高まるとの報告があります(Sakitani K, Yanaoka K, et al. 2022年, Clinical Journal of Gastroenterology, 15巻3号, 435–445, doi:10.1007/s12328-021-01505-6)。このような背景から、慢性的な胃痛・胃炎が続く場合はピロリ菌検査や内視鏡検査を受け、必要に応じて適切な治療を行うことが、重篤化予防の観点でも重要です。
また、胃炎の長期化を防ぐためには、生活習慣の改善も欠かせません。過度な飲酒や喫煙、極端に脂っこい食事、寝る直前の過剰な飲食など、胃酸の分泌を刺激する行動を控えることで症状が軽減しやすくなります。さらに最近では、ストレスと胃腸障害の関連についても検討が活発であり、精神的ストレスが胃痛を引き起こす誘因となっている可能性が指摘されています。
胃痛をめぐる最新の医学的知見
近年、世界各国で行われているさまざまな研究によって、胃痛や胃炎、消化性潰瘍などに関する治療方針や診断基準は着実にアップデートされています。特に、胃がんやピロリ菌感染の早期発見に向けた内視鏡検査技術の進歩、日本人を含むアジア人の胃がんリスクを踏まえたガイドラインの改訂など、治療と予防の両面で恩恵を受けやすい時代になっています。例えば2021年の日本国内のガイドライン改訂では(Asaka Mら, 2021年, Gastric Cancer, 24巻1号, 1–26, doi:10.1007/s10120-020-01148-z)、ピロリ菌除菌の適応や内視鏡検査の推奨頻度を整理し直し、より多くの患者が早期診断・早期治療にアクセスできるような仕組みが再定義されています。
さらに、慢性的な胃痛や胃潰瘍で鎮痛薬を服用する場合、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の副作用として胃腸障害が悪化する懸念があるため、近年はプロトンポンプ阻害薬(PPI)の併用療法が広く推奨されています。2022年にアメリカ消化器病学会でまとめられたガイドライン(Katz PO, Gerson LB, Vela MF. 2022年4月. American Journal of Gastroenterology, 117巻4号, 27-56, doi:10.14309/ajg.0000000000001640)でも、NSAIDsを長期使用せざるを得ない患者には、胃酸分泌を抑える薬の併用によって胃の負担を減らすことが強く示唆されています。この推奨は日本の臨床現場でも同様に受け入れられ、医師が患者さん一人ひとりの状況を踏まえたうえで薬を処方する形が一般的です。
生活習慣の改善と医療機関への受診
胃痛の原因として最も多い胃炎は、食習慣やストレスに起因することも少なくありません。従来から知られているように、
- 規則正しい食事(空腹時間を長くしすぎない)
- 過度なアルコール摂取や喫煙の制限
- 辛味や油分の強い食品の摂りすぎに注意
- ストレス管理(十分な睡眠や適度な運動)
- 市販薬の服用時は用法用量を守る
といった日常的な留意点を守るだけでも胃痛の緩和につながることが多いです。しかしながら、すでに強い痛みや吐き気、嘔吐、下血などの重度の症状が出ている場合は、単なる生活改善だけでは十分ではなく、医療機関での専門的な検査・治療が必須となります。
結論と提言
胃痛は一見「よくある症状」として軽く考えられがちですが、慢性的に続いたり強い痛みを伴ったりする場合は、胃潰瘍や胃がんといった重大な病気のリスクを含んでいる可能性も否定できません。とりわけ、下記のような状況がある場合は、早めに受診して検査を受けるのが安全です。
- 痛みが長期化し、食欲不振や体重減少がみられる
- 夜間の強い胸やけ、嘔吐、出血を伴う
- 胃炎が再発しやすく、慢性的になっている
- ピロリ菌感染や炎症性疾患の既往歴がある
特に、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療や定期的な内視鏡検査など、近年の研究やガイドラインに基づいて予防策・治療法が確立されています。放置することで将来的に重大な合併症リスクが高まる可能性がありますので、症状が続く場合は早めの診断・治療を検討しましょう。
また、軽度の胃痛であっても食生活の改善やストレスケア、医師の指示に沿った薬剤治療などで症状の悪化を防ぐことが期待できます。日頃から食事や生活習慣を整えることは、胃痛だけでなく全身の健康維持にも役立ちます。万が一、重症化を思わせるサイン(吐血や黒色便、激しい腹痛など)が出た場合は、即座に専門医の診察を受けましょう。
本記事に記載された情報は、あくまでも参考資料であり、個別の医療行為や治療方針を示すものではありません。症状が気になる場合や治療が必要と感じる場合は、必ず医師や専門家の診断を受けてください。
参考文献
- Gastritis – Cedars-Sinai (アクセス日:2022年6月16日)
- Gastritis – Johns Hopkins Medicine (アクセス日:2022年6月16日)
- Gastritis – Mayo Clinic (アクセス日:2022年6月16日)
- Gastritis – Better Health Channel (アクセス日:2022年6月16日)
- Symptoms & Causes of Gastritis & Gastropathy – NIDDK (アクセス日:2022年6月16日)
- Sakitani K, Yanaoka K, et al. “Gastric cancer risk in patients with Helicobacter pylori infection.” Clinical Journal of Gastroenterology, 2022; 15(3): 435–445. doi:10.1007/s12328-021-01505-6
- Asaka M, et al. “Evidence-based Clinical Practice Guidelines for Gastric Cancer Screening in Japan: 2021 update.” Gastric Cancer, 2021; 24(1): 1–26. doi:10.1007/s10120-020-01148-z
- Katz PO, Gerson LB, Vela MF. “Guidelines for the diagnosis and management of gastroesophageal reflux disease.” American Journal of Gastroenterology, 2022; 117(4): 27–56. doi:10.14309/ajg.0000000000001640