2型糖尿病は「治る」のか?「寛解」の真実と最新治療戦略|医師が科学的根拠を徹底解説
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2型糖尿病は「治る」のか?「寛解」の真実と最新治療戦略|医師が科学的根拠を徹底解説

「2型糖尿病は一度なったら、もう治らないのだろうか?」この問いは、2型糖尿病と診断された多くの方々やそのご家族が抱く、切実な思いかもしれません。終わりが見えない治療への不安や、合併症への恐怖、そして「治る」ことへの一縷の望み。本記事は、そうした皆様の心に寄り添い、現代医学が照らし出す希望の光について、科学的根拠に基づいて包括的かつ詳細に解説することを使命としています。私たちは、「完治」という言葉の医学的な意味合いと、「寛解(かんかい)」という、より現実的で達成可能な目標との違いを明確にします。そして、その「寛解」に至るための具体的な最新治療戦略を、日本の皆様の生活背景や体質も考慮に入れながら、分かりやすく紐解いていきます。この記事を読み終えたとき、皆様が2型糖尿病と共に、しかし希望をもって、より良い人生を歩むための一歩を踏み出すための知識と勇気を得られることを、心から願っています。

要点まとめ

  • 2型糖尿病の「完治」(病気が完全に消滅し再発もない状態)は、現在の医学では極めて困難です。しかし、薬物療法なしで血糖値が正常範囲にコントロールされた状態である「寛解」は、科学的根拠に基づいたアプローチにより達成可能な目標です1
  • 寛解を達成するための最も強力な鍵は、特に肥満を伴う場合、「大幅な体重減少」です。英国のDiRECT研究では、15kg以上の減量に成功した参加者の86%が1年後に寛解を達成しました2
  • 寛解達成には、体重管理に加え、個々の状態に合わせたエネルギー摂取量の最適化、栄養バランスの取れた食事療法3、そして有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせた定期的な運動療法4が不可欠です。
  • SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬などの新しい薬剤は、体重減少を助け、寛解達成を後押しする可能性がありますが、基本は生活習慣の改善です5
  • 寛解は「治癒」ではなく、再発の可能性があるため、達成後も健康的な生活習慣の維持と定期的な医療機関でのチェックが極めて重要です1

1. 2型糖尿病:「治る」という言葉の誤解と、医学的に目指せる「寛解」の真実

2型糖尿病と向き合う上で、まず私たちが理解すべきなのは、「治る」という言葉が持つ意味の複雑さです。多くの人が期待する「完治」と、現代医学が現実的な目標として掲げる「寛解」。この二つの違いを正確に知ることが、希望への第一歩となります。

1.1. 「完治」はなぜ現状では困難なのか?その科学的根拠

2型糖尿病の「完治」が現状では極めて難しいとされる理由は、その病態の根幹にあります。2型糖尿病は主に、体内のインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」と、血糖値を下げるインスリンを分泌する膵臓のβ細胞の機能が低下する「インスリン分泌不全」という二つの要因が複雑に絡み合って発症します。遺伝的な要因に加え、長年の食生活や運動習慣、肥満、ストレスなどが積み重なることで、膵臓のβ細胞は徐々に疲弊し、その機能は少しずつ失われていきます。現在の医学では、一度著しく機能が低下してしまったβ細胞を完全に元の状態に再生させたり、インスリン抵抗性を完全に消失させたりする根本的な治療法は確立されていません。だからこそ、「病気が完全に消え去り、二度と再発の心配がない」という意味での「完治」は、現時点では非現実的な目標と言わざるを得ないのです。

1.2. 希望の光:「寛解(かんかい)」とは何か?国際的な定義と日本の状況

しかし、「完治」が難しいからといって、希望がないわけではありません。ここに「寛解(remission)」という、現代医学における非常に重要で、かつ達成可能な目標が存在します。

2021年に米国糖尿病学会(ADA)や欧州糖尿病学会(EASD)など、複数の国際的な専門機関が合同で発表したコンセンサスレポートでは、2型糖尿病の寛解は「血糖降下薬を使用せずにHbA1cが6.5% (48 mmol/mol) 未満の状態が、少なくとも3ヶ月以上持続すること」と定義されています1。この定義は、現在、寛解を評価する上での国際的な標準的指標として広く用いられています。さらに、最新のメタアナリシス(複数の研究を統合して分析する手法)では、HbA1cが6.0%未満の「完全寛解」と6.5%未満の「部分寛解」という、より詳細な分類が用いられることもあります6

日本においても、日本糖尿病学会が発行する「糖尿病診療ガイドライン2024」の中で「寛解」という概念が取り上げられており、特にライフスタイルへの介入による寛解の可能性が示唆されています78。日本国内の調査では、通院治療中の患者さんの約1%が寛解状態にあるとの報告もあります8

ここで極めて重要なのは、寛解は「治癒」ではないということです。寛解状態にあっても、糖尿病になりやすい遺伝的・体質的な背景が完全に改善されたわけではありません。そのため、生活習慣が乱れたり、加齢が進んだりすることで血糖値が再び上昇し、再発する可能性は常に残ります。寛解はゴールではなく、健康的な生活を続けるための新たなスタートラインと捉え、継続的な自己管理を続けていくことが不可欠です。

1.3. なぜ「寛解」を目指すのか?その臨床的意義と患者さんへの多大なメリット

では、なぜ私たちは「寛解」を目指すべきなのでしょうか。その理由は、寛解が単に血糖値の数値を良くするだけでなく、患者さんの人生全体に計り知れないほどのポジティブな影響をもたらすからです。

  • 合併症リスクの大幅な低減: 糖尿病の最も恐ろしい側面である合併症、すなわち網膜症(失明の原因)、腎症(透析導入の原因)、神経障害といった細小血管合併症や、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる大血管合併症の発症・進展リスクが、良好な血糖コントロールによって大幅に低下する可能性があります。
  • QOL(生活の質)の向上: 常に血糖値を気にしなければならないという精神的な負担からの解放、食事や運動の自由度の向上は、日々の生活に大きな安らぎと喜びをもたらします。
  • 医療費の削減: 血糖降下薬にかかる費用や、定期的な通院・検査費用が軽減され、経済的な負担も軽くなります。
  • 薬剤からの解放の可能性: 多くの患者さんにとって負担となる経口薬の内服やインスリン注射から、減量あるいは完全に離脱できる可能性があります。
  • 心理的効果: 自身の努力で病状をコントロールできたという事実は、大きな自信と自己効力感につながり、病気に対してより前向きな姿勢で向き合えるようになります。

このように、寛解を目指す旅は、より健康で、より自由で、より豊かな人生を取り戻すための挑戦なのです。

2. 2型糖尿病「寛解」達成の鍵:科学的エビデンスに基づく最新アプローチ

「寛解」が現実的な目標であることはご理解いただけたかと思います。では、具体的にどうすればその目標にたどり着けるのでしょうか。幸いなことに、近年の研究により、その道筋は科学的エビデンスに基づいて明確に示されつつあります。その鍵となるのは、生活習慣への包括的なアプローチです。

2.1. 体重管理:寛解への最も強力な介入策は「減量」にあり

科学的エビデンスは、特に肥満(BMI 25以上)を伴う2型糖尿病において、大幅かつ持続的な体重減少が寛解達成のための最も効果的で強力な手段であることを明確に示しています。

この分野で画期的な成果を示したのが、英国で行われた大規模臨床試験「DiRECT」です2。この研究では、プライマリケア主導による集中的な食事療法プログラムによって大幅な体重減少(平均10-15kg)を目指しました。その結果は驚くべきもので、1年後にはプログラム参加者の46%が2型糖尿病の寛解を達成しました。特に、12ヶ月で15kg以上の減量に成功した人々の中では、実に86%という非常に高い割合で糖尿病が寛解したことが報告されています2。さらに、この効果はある程度持続し、2年後でも全体の35.6%が寛解を維持していました9。この研究は、2型糖尿病が、少なくとも一部の患者さんにとっては、生活習慣の抜本的な改善によって寛解しうる病気であることを力強く証明したのです。

体重減少と寛解率の関係は、より最近のシステマティックレビュー・メタアナリシスでも裏付けられています。ある研究では、「体重が1%減少するごとに、完全寛解に至る確率が約2.17パーセントポイント、部分寛解に至る確率が約2.74パーセントポイント上昇する」という、明確な用量反応関係が示されました6。つまり、減量すればするほど、寛解の可能性は着実に高まるのです。

日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」でも、過体重・肥満を伴う2型糖尿病患者さんに対し、現体重の5-10%以上を目標としたエネルギー摂取量制限による体重減少を推奨しています3。ご自身の体重や健康状態に合わせた、個別化された目標設定が重要となります。

2.2. 食事療法:寛解をサポートする栄養戦略の最前線

適切なエネルギー管理と栄養バランスの取れた食事は、体重管理を助け、インスリン感受性を改善し、寛解の達成・維持に不可欠です。極端な食事法に偏るのではなく、持続可能な食習慣を確立することが鍵となります。

  • エネルギー摂取量の最適化: 「糖尿病診療ガイドライン2024」では、過体重・肥満者におけるエネルギー摂取量の制限が重要であるとされています37。目標体重や日々の活動量に応じて、医師や管理栄養士と相談しながら、ご自身に合った摂取エネルギー量を設定することが第一歩です。
  • 炭水化物制限(糖質制限)の有効性と限界: 炭水化物制限食は、6~12ヶ月の短期間であれば血糖コントロール改善に有効である可能性が「糖尿病診療ガイドライン2024」で示されています37。しかし、その長期的な効果や安全性、特に極端な制限については科学的エビデンスが十分ではなく、現時点では一律に推奨されていません。自己流の厳格な糖質制限は、栄養バランスの偏りや健康リスクを招く可能性があるため、必ず専門家と相談の上で行う必要があります。
  • 食事パターンと栄養バランスの重要性: 特定の栄養素だけを制限するのではなく、食事全体の質を高めることが重要です。食物繊維が豊富な野菜、きのこ、海藻、全粒穀物、良質な脂質を含む青魚やナッツ類、そして適切な量のタンパク質を組み合わせた、バランスの取れた食事が推奨されます。

日本の食文化に合わせた実践的なアドバイスとして、白米を玄米やもち麦ごはんに変えてみる、揚げる・炒める調理法より蒸す・焼く・煮る調理法を選ぶ、外食やコンビニ食を利用する際は栄養成分表示を確認し野菜の多いメニューを選ぶ、といった工夫が有効です1011

2.3. 運動療法:インスリン感受性を高め、血糖を効果的にコントロール

定期的な運動は、食事療法と並んで2型糖尿病管理および寛解達成の二本柱です。インスリンの効きやすい身体を作るために不可欠であり、体重管理、心血管疾患リスクの低減、メンタルヘルス向上など、多岐にわたるメリットがあります。

  • 有酸素運動: ウォーキング(速歩)、ジョギング、水泳、サイクリングなど、中強度以上の運動を週に合計150分以上(例:30分を週5日)行うことが目標です。
  • レジスタンス運動(筋力トレーニング): スクワット、腕立て伏せ、ダンベル体操など、主要な筋肉群を対象とした筋トレを週に2~3回行うことが推奨されます。筋肉量を増やすことは、基礎代謝を高め、インスリン感受性を改善する上で非常に効果的です。

米国糖尿病学会(ADA)や日本糖尿病学会は、これら有酸素運動とレジスタンス運動を組み合わせることが最も効果的であると推奨しています412。日常生活においては、一駅手前で降りて歩く、エレベーターではなく階段を使う、家事の合間に簡単なスクワットを取り入れるなど、少しの工夫で身体活動量を増やすことが可能です。安全に運動を行うため、特に合併症のある方は、事前に医師のメディカルチェックを受けることが重要です。モチベーションを維持するために、仲間と一緒に楽しんだり、地域の運動施設やプログラムを活用したりするのも良いでしょう。

2.4. 薬物療法:寛解導入・維持における役割と最新の進歩

薬物療法は、生活習慣の改善を補完し、血糖コントロールを助ける重要な役割を担います。特に、一部の新しい薬剤は体重減少を介して寛解達成を後押しする可能性があり、注目されています。

基本となるのはあくまで生活習慣の改善ですが、それだけでは目標達成が困難な場合に薬物療法が検討されます13。多くのガイドラインで第一選択薬とされるメトホルミンは、インスリン抵抗性を改善し、体重増加のリスクが低いという特徴があります。

近年、特に寛解への貢献が期待されているのが、以下の薬剤です。

  • SGLT2阻害薬: 尿中に糖を排泄させることで血糖値を下げます。体重減少や血圧低下の効果も併せ持ち、心臓や腎臓を保護する効果に関する強力なエビデンスが集積しています。
  • GLP-1受容体作動薬(注射剤・経口薬): インスリン分泌を促進し、食欲を抑制することで顕著な体重減少効果を示します。さらに、GIPとGLP-1の両方に作用するチルゼパチドのような新しい薬剤は、従来の薬剤を上回るHbA1c低下効果および体重減少効果が臨床試験で示されており5、寛解を目指す上で強力な選択肢となり得ます。

これらの薬剤の助けを借りて血糖コントロールと体重減少を達成し、最終的には医師の慎重な判断のもとで薬剤を減量・中止し、寛解状態に至る、というプロセスも考えられます。自己判断で薬を中止することは極めて危険ですので、必ず主治医と緊密に連携してください。

2.5. その他の重要な生活習慣因子:質の高い睡眠、ストレス管理、禁煙の役割

食事や運動に加え、生活習慣全般を見直すことが、包括的な血糖管理と寛解達成には不可欠です。

  • 質の高い睡眠: 睡眠不足は、食欲を増進させ、血糖値を上昇させるホルモンのバランスを乱し、インスリン抵抗性を悪化させることが知られています。毎日十分な睡眠時間を確保することが重要です。
  • ストレス管理: 慢性的なストレスは血糖コントロールを困難にします。趣味やリラクゼーション、適度な休息を取り入れ、自分に合ったストレス対処法を見つけましょう。
  • 禁煙: 喫煙はインスリン抵抗性を高め、糖尿病合併症、特に心筋梗塞や脳卒中、腎症のリスクを著しく増大させます。禁煙は糖尿病管理の必須事項であり、必要であれば禁煙外来などの専門的なサポートを活用することも推奨されます。

3. 日本における2型糖尿病の現状と「寛解」への挑戦

世界的なエビデンスを日本の現実に当てはめて考えるとき、私たちは日本特有の状況や課題にも目を向ける必要があります。

3.1. 日本の糖尿病患者数と社会的影響:最新データから見る課題

日本において2型糖尿病は、依然として主要な公衆衛生上の課題です。厚生労働省の「令和2年(2020年)患者調査」によると、国内で2型糖尿病の治療を受けている患者数は約370万人(男性220万人、女性149.9万人)に上ります1415。糖尿病が強く疑われる未治療者や予備群を含めると、その数はさらに膨大になります。国際糖尿病連合(IDF)の最新の推計(2025年発行)では、世界の成人糖尿病有病者数は5億8900万人を超えるとされ、日本もこの世界的な課題の例外ではありません1617。特に日本では、糖尿病はがん、心疾患、脳血管疾患など、多くの病気のリスクを高め、日本人の死因第一位である「がん」との関連も「糖尿病診療ガイドライン2024」で指摘されています18。この予防と管理、そして「寛解」を目指す取り組みは、個人の健康寿命を延ばすだけでなく、社会全体の医療経済的観点からも極めて重要です。

3.2. 日本人の体質的特徴と2型糖尿病リスク:欧米人との違いは?

日本人の2型糖尿病を考える上で、欧米人との体質的な違いを理解することは重要です。日本人を含む東アジア人は、欧米人と比較して、それほど太っていなくてもインスリンを分泌する能力(インスリン分泌能)が相対的に低い傾向があると言われています。また、BMI(肥満指数)がそれほど高くなくても、お腹周りに脂肪がたまる「内臓脂肪型肥満」になりやすく、これがインスリン抵抗性の大きな原因となります。こうした体質的特徴は、日本人が比較的軽度の肥満でも糖尿病を発症しやすい一因と考えられており、日本のトップオーソリティである日本糖尿病学会理事長の植木浩二郎医師らの研究でも、このような病態解明が進められています1920。したがって、日本人においては、欧米の基準以上に、早期からの体重管理と生活習慣改善が重要になると言えるでしょう。

3.3. 日本の医療現場における「寛解」への取り組みと今後の課題

日本でも「寛解」への関心は高まりつつありますが、その達成と維持を社会全体で推進するには、まだいくつかの課題が存在します。「糖尿病診療ガイドライン2024」でも寛解の可能性に言及しているものの78、DiRECT研究のような集中的な減量プログラムを日本の標準的な保険診療の中で広く提供することは容易ではありません。国内の調査では、寛解を達成しやすいのは、罹病期間が短く、体重減少幅が大きい患者さんであることが示唆されています8

しかし、明るい材料もあります。国立国際医療研究センター(NCGM)が開発した「糖尿病リスク予測ツール」のように、健診データから自身の将来の発症リスクを手軽に把握できるICT技術も登場しています21。また、日本には医師、看護師、管理栄養士、そして専門知識を持つ糖尿病療養指導士(CDEJ)といった多職種による手厚いサポート体制が存在します。これらの専門家と連携し、適切な指導を受けることが寛解への道を切り拓きます。寛解の実現には、医療システム、医療従事者の意識、そして何より患者さん自身の主体的な取り組みが連携することが不可欠です。WHOの技術諮問委員も務める国立国際医療研究センター糖尿病情報センター長の大杉満医師らは、こうした予防や啓発の重要性を訴えています222324

4. 「寛解」達成後の生活と再発予防:長期的な視点からの自己管理

苦労の末に「寛解」を達成したとき、それは大きな喜びと達成感をもたらすでしょう。しかし、その状態を長く維持するためには、寛解はゴールではなく、新たなスタートラインであると認識することが重要です。

4.1. 寛解はゴールではない:継続的な自己管理の重要性

寛解状態に至っても、糖尿病になりやすい体質そのものが完全に変化したわけではないことを、決して忘れてはいけません。「もう治った」と油断し、以前の不健康な生活習慣に戻ってしまえば、血糖値は再び上昇し始めます。寛解達成時に実践していたバランスの取れた食事や定期的な運動を、生活の一部として無理のない範囲で継続することが、寛解を維持する上で最も重要です。また、定期的に血糖値を自己測定したり、医療機関でHbA1cや体重、血圧などをチェックしてもらったりと、自身の状態を客観的に把握し続けることも欠かせません。

4.2. 再発のリスク因子と早期発見のポイント

寛解後に再発する主な原因は、体重の再増加、加齢に伴う自然な代謝の変化、不適切な食生活への逆戻り、運動不足、そして強いストレスなどです。これらのリスク因子を理解し、日常生活で意識的に避ける努力が求められます。もし体重が再び増え始めたり、血糖値が上昇傾向を示したりといった再発の兆候に気づいた場合は、悲観せずに、できるだけ早く主治医に相談することが大切です。早期に対処すれば、再び良好なコントロール状態に戻せる可能性は十分にあります。

4.3. 専門家との長期的な連携とサポート体制の活用

寛解後の長期的な自己管理は、決して一人で抱え込む必要はありません。主治医、管理栄養士、糖尿病療養指導士といった医療専門家との定期的なコンサルテーションを継続し、体調の変化や生活上の悩みについて気軽に相談できる信頼関係を築いておきましょう。また、必要であれば、患者会やサポートグループなどを活用することも有効です。同じ経験を持つ仲間と情報を交換し、励まし合うことは、時に大きな精神的な支えとなります。

5. 2型糖尿病治療の未来展望:研究の最前線から見える希望

2型糖尿病の治療と管理は、日進月歩で進化しています。研究の最前線からは、さらに明るい未来への希望が見えています。

5.1. 新しい作用機序を持つ治療薬の開発動向

現在、より効果的で副作用が少なく、かつ体重減少や心血管・腎保護効果といった多面的なメリットを併せ持つ、新しい作用機序の治療薬開発が世界中で進められています。経口で投与できるGLP-1受容体作動薬のさらなる進化や、GIP/GLP-1/グルカゴンといった複数の消化管ホルモンに作用する薬剤など、その可能性は広がり続けています。こうした薬物療法の進歩は、将来的により多くの患者さんにとって、寛解がさらに身近で現実的な目標となる可能性を秘めています。

5.2. 再生医療・遺伝子治療の可能性と現在の位置づけ

さらに未来を見据えれば、iPS細胞などを用いた膵β細胞の再生医療や、インスリン産生細胞の遺伝子治療など、2型糖尿病の「根治」を目指す先端的な研究も行われています。これらの治療法が一般の診療で受けられるようになるまでには、有効性や安全性の確立、コスト、倫理的な問題など、乗り越えるべき課題がまだ数多く残されています。現時点ではまだ研究段階であり、過度な期待は禁物ですが、将来の根本治療への希望として、その進展が注目されます。

5.3. AI(人工知能)やデジタルヘルス技術の活用と個別化医療への期待

より現実的な未来として、AI(人工知能)やデジタルヘルス技術の活用が、2型糖尿病の管理を大きく変えようとしています。個人の遺伝情報、生活習慣データ、そして持続血糖モニター(CGM)などから得られるリアルタイムの血糖データをAIが統合的に解析し、その人に最適化された治療法や食事・運動プランを提案する「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」の実現が期待されています。食事記録アプリや運動支援アプリ、オンライン診療プラットフォームといったデジタルツールも、患者さんの日々の自己管理を強力にサポートし、医療者との連携を密にする上で、ますます重要な役割を果たしていくでしょう。NCGMの「糖尿病リスク予測ツール」21も、こうした技術活用の好例です。

結論

2型糖尿病の「完治」は、現在の医学ではまだ難しい挑戦です。しかし、本記事で繰り返し述べてきたように、「寛解」は科学的根拠に基づいた適切なアプローチにより、多くの患者さんにとって現実的に達成可能な、希望に満ちた目標です。

その達成と維持の鍵は、大幅な体重管理を中心とした生活習慣の抜本的な改善(食事療法、運動療法)、必要に応じた適切な医療介入(薬物療法を含む)、そして何よりも、患者さんご自身の主体的かつ継続的な取り組みにあります。それは決して平坦な道のりではないかもしれませんが、その先には、合併症のリスクから解放され、より質の高い、豊かな人生が待っています。

この記事が、2型糖尿病と向き合う日本の皆様にとって、確かな知識となり、具体的な行動への一歩を踏み出すきっかけとなることを、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会一同、心より願っております。まずはこの記事で得た知識をもとに、ご自身の状態について主治医や糖尿病専門医とよく相談してみてください。そして、小さなことからでも良いので、今日から生活習慣の見直しを始めてみませんか。私たちは、科学的根拠に基づいた正確で最新の情報を、日本の皆様に分かりやすく提供することを使命とし、皆様の健康的な毎日を応援し続けます。

健康に関する注意事項

  • 本記事で紹介する治療法や生活習慣の改善は、必ず主治医や専門家と相談の上、ご自身の状態に合わせて行うようにしてください。自己判断での治療中断や変更は危険を伴う場合があります。
  • この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。症状や健康に関する不安がある場合は、速やかに医療機関を受診してください。

よくある質問

Q1: 寛解したら、もう糖尿病は治ったと考えても良いのですか?

寛解は、血糖降下薬を使用せずに血糖値が正常範囲(例:HbA1c 6.5%未満)にコントロールされている非常に良好な状態を指し、糖尿病合併症のリスクも大幅に低下しますが、医学的には「治癒(完治)」とは異なります1。糖尿病になりやすい体質的な背景が完全に解消されたわけではないため、体重が再び増加したり、不適切な生活習慣に戻ったりすると再発する可能性があります。したがって、寛解は素晴らしい成果ですが、「治った」と油断するのではなく、健康的な生活を維持するための新たなスタートと捉え、継続的な自己管理と定期的な医療機関でのチェックが非常に重要です。

Q2: 体重を具体的に何キロ減らせば寛解する可能性が高まりますか?

体重減少と寛解の可能性には強い関連がありますが、必要な減量幅は個人の初期体重、体組成、罹病期間、インスリン分泌能など多くの要因によって異なります。画期的な成果を示した英国のDiRECT研究では、平均10~15kg以上の大幅な体重減少により、参加者の約半数が寛解を達成し、特に15kg以上減量した群では86%という非常に高い寛解率が示されました2。また、あるメタアナリシスでは、体重が1%減少するごとに寛解の確率が数パーセントポイント上昇すると報告されています6。しかし、これはあくまで平均的なデータであり、5~10%程度の体重減少でも血糖コントロールの有意な改善や寛解に至るケースも十分にあります。大切なのは、ご自身に合った現実的な目標を主治医や管理栄養士と相談して設定し、継続することです。

Q3: 日本糖尿病学会のガイドラインでは、「寛解」についてどのように述べられていますか?

日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」では、「寛解」という用語が用いられ、特にライフスタイルへの介入による寛解の可能性について言及されています78。例えば、過体重・肥満を伴う2型糖尿病患者さんにおいて、エネルギー摂取量の制限を含むライフスタイル介入により、体重減少とともにHbA1cが改善し、糖尿病が寛解する可能性があることが示唆されています。寛解の定義については、国際的なコンセンサス(例:薬剤なしでHbA1c 6.5%未満を一定期間維持)を参考にしつつ、個々の患者さんの状態に応じた評価が重要であると考えられています。詳細な治療方針については、ガイドラインを参照し、主治医とよく相談することが推奨されます。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

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  21. 糖尿病ネットワーク. 「糖尿病リスク予測ツール」を公開 3年後の糖尿病発症リスクを予測. 2018. https://dm-net.co.jp/calendar/2018/028583.php.
  22. 国立国際医療研究センター. 大杉満・糖尿病情報センター長が、WHOの糖尿病技術諮問委員(TAG-D)に就任しました. 2021. https://www.ncgm.go.jp/news/2021/20211001.html.
  23. 国立国際医療研究センター病院. 糖尿病内分泌代謝科. https://www.hosp.jihs.go.jp/s007/index.html.
  24. 糖尿病研究センター. アクセス・連絡先. https://drc.ncgm.go.jp/aboutus/access/index.html.
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