私たちJAPANESEHEALTH.ORG編集部は、読者の皆様が抱える不安を解消し、確かな情報に基づいてご自身の健康に向き合えるよう、この記事を作成しました。本稿は、日本産科婦人科学会(JSOG)(1)、日本妊娠高血圧学会(JSSHP)(2)、米国産科婦人科学会(ACOG)(3)、米国心臓協会(AHA)(4)の最新基準に沿って、症状・診断から治療・産後ケアまでを簡潔に解説します。原因の根本的な仕組みから、具体的な症状、最新の治療法、そして出産後の長期的な健康管理まで、あなたの全ての疑問に専門的かつ分かりやすくお答えします。
この記事の信頼性について
本記事は、JHO編集部がAIを活用して編集・検証しました。日本妊娠高血圧学会(JSSHP 2021)、日本産科婦人科学会(産科GL 2023、市民向け解説)、ACOG 2020、AHA 2022などの一次情報を優先し、記載ごとに出典を近接表示しています。医療情報は一般向けであり、個別の医療判断は必ず主治医にご相談ください。外部の医師・専門家の関与はありません。
編集方針
日本の一次ガイドラインと国際ガイドラインを横断比較し、定義・重症所見・治療閾値を照合しました。引用は信頼性の高い情報源を原則とし、受診目安や公費助成は一次データで裏付けました。
免責事項
本記事は、信頼できる医学的情報に基づいていますが、情報提供のみを目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。診断、治療、健康管理については、必ずかかりつけの産婦人科医にご相談ください。
この記事の要点
- 定義と重症の基準:妊娠高血圧症候群(HDP)は妊娠20週以降の高血圧で、収縮期血圧140mmHg/拡張期90mmHg以上で診断されます。160/110mmHg以上は母子の危険が迫る重症状態です(3)。
- 唯一の根本治療は出産:治療の目的は、降圧薬やけいれんを予防する硫酸マグネシウム(MgSO₄)を用いて母体を守り、安全に出産を迎えることです(18)。
- 産後も続く影響:出産後も油断はできません。HDPを経験した女性は、将来的に高血圧や心血管疾患になるリスクが上昇することが分かっています(4)。
- 日本の健診制度が命綱:自覚症状がなくても進行するため、早期発見が鍵です。日本では全国の自治体で14回以上の手厚い公費助成があり、これが母子の安全を守る重要な役割を担っています(14)。
受診の目安:このような症状はためらわずに相談を
「妊娠中毒症」から「妊娠高血圧症候群」へ:なぜ名前が変わったのか?
かつて「妊娠中毒症」という言葉は、多くの妊婦さんに大きな不安を与えていました。「中毒」という響きが、未知の毒素によって母体が蝕まれるような印象を与えていたためです。しかし長年の研究で、この病態の本質が「毒素」ではなく、「高血圧」が母子に悪影響を及ぼす根源だと科学的に明らかになりました。
この医学的知見の進展を受け、日本産科婦人科学会は2005年、病態をより正確に反映する「妊娠高血圧症候群(Hypertensive Disorders of Pregnancy: HDP)」へ正式に名称を変更しました(5)。これは単なる言葉の変更ではありません。病態の中心が「高血圧」だと明確化されたことで、診断基準から「むくみ」が必須項目ではなくなり、血圧の厳格な管理が治療の主軸となったのです(1)。この名称変更の背景を知ることは、病気への不要な恐怖を減らし、正しい知識で向き合うための第一歩と言えるでしょう。
妊娠高血圧症候群(HDP)とは?- 科学的根拠に基づく正確な定義と診断基準
日本妊娠高血圧学会(JSSHP)の『妊娠高血圧症候群の診療指針2021』では、HDPは「妊娠時に高血圧を認める場合」と簡潔に定義されています(2)。具体的には、妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常血圧に回復する場合を指します。診断は、主に3つの要素に基づいて総合的に行われます。
診断の3本柱:血圧・蛋白尿・臓器障害
HDPの診断では、血圧測定、尿中の蛋白量、そして高血圧が引き起こす各種臓器の機能障害のサインがないかを評価します。これらを組み合わせて重症度を判断し、治療方針を決定します。
血圧基準
血圧はHDP診断の最も基本的な指標です。5分以上安静にした後、腕に適切にカフを巻いて座位で測定するのが原則です。以下のいずれかを満たすと「高血圧」と診断されます(2)。
- 収縮期血圧(最高血圧): 140mmHg以上
- 拡張期血圧(最低血圧): 90mmHg以上
さらに、収縮期血圧が160mmHg以上、または拡張期血圧が110mmHg以上に達した場合は「重症高血圧」と定義されます。この状態は母子ともに危険が高まるため、迅速な治療介入が絶対に必要です(4)。
蛋白尿基準
高血圧によって腎臓の血管が損傷すると、本来は尿に漏れ出ないタンパク質が排出されるようになります。これが蛋白尿です。JSSHPの指針では、以下のいずれかを満たすと陽性と判断されます(2)。
- 24時間蓄尿法: 1日の尿を全て貯めて測定し、総蛋白量が300mg/日以上
- 尿蛋白/クレアチニン比: 任意の時間の尿(随時尿)で測定し、比が0.3以上
蛋白尿がない場合の診断(重症サイン)
以前は高血圧と蛋白尿の両方が診断に必須でしたが、研究が進み、蛋白尿がなくても重篤化するケースが明らかになりました。特に米国産科婦人科学会(ACOG)は、高血圧の妊婦さんに蛋白尿がなくても、以下の臓器障害サインが一つでもあれば重症の妊娠高血圧腎症と診断すべきだと明記しています(3)。これは日本の診療でも重視されています。
- 血小板減少: 血液を固める血小板が10万/μL未満に減少。
- 肝機能障害: 肝酵素(ASTまたはALT)が正常上限の2倍以上に上昇し、右上腹部痛やみぞおちの痛みを伴うことがある。
- 腎機能障害: 血清クレアチニン値が1.1mg/dL以上に上昇。
- 肺水腫: 肺に水がたまり、息切れや呼吸困難を引き起こす。
- 中枢神経症状: 鎮痛薬が効かない持続的な激しい頭痛や、目の前がチカチカするなどの視覚異常。
表1:妊娠高血圧症候群(HDP)の診断基準の比較(要約版)
項目 | 日本(JSSHP 2021)(2) | 米国(ACOG 2020)(3) |
---|---|---|
高血圧 | 収縮期 ≥140mmHg または 拡張期 ≥90mmHg(異なる機会に2回以上) | 収縮期 ≥140mmHg または 拡張期 ≥90mmHg(4時間以上の間隔をあけて2回) |
重症高血圧 | 収縮期 ≥160mmHg または 拡張期 ≥110mmHg | 収縮期 ≥160mmHg または 拡張期 ≥110mmHg(数分以内に確認) |
蛋白尿 | ≥300mg/24時間 または 尿蛋白/Cr比 ≥0.3 | ≥300mg/24時間 または 尿蛋白/Cr比 ≥0.3、または試験紙法で2+以上 |
蛋白尿がない場合の重症サイン | 臨床的にはACOG基準を参考に管理されることが多い。 | 血小板減少、肝機能障害、腎機能障害、肺水腫、持続する頭痛・視覚異常のいずれか一つ。 |
HDPの4つのタイプ:あなたの診断はどれ?
HDPは発症時期や症状により、以下の4タイプに分類されます。この分類はリスク評価や治療方針の決定に非常に重要です。国立成育医療研究センター(NCCHD)も、それぞれのタイプの特徴について分かりやすく解説しています(17)。
1. 妊娠高血圧(GH: Gestational Hypertension)
妊娠20週以降に、高血圧のみが認められるタイプです。この時点では蛋白尿や他の臓器障害はありません。軽症に見えるかもしれませんが、GHと診断された方の約半数が後に妊娠高血圧腎症(PE)へ移行するとの報告もあり、注意深い経過観察が求められます(1)。この移行を見逃さないことが重要です。
2. 妊娠高血圧腎症(PE: Preeclampsia)
HDPの中で最も代表的で、厳重な注意が必要なタイプです。妊娠20週以降の高血圧に加え、蛋白尿、または肝機能障害や血小板減少などの臓器障害を伴います。重症化すると、けいれん発作を起こす子癇(しかん)やHELLP症候群など、命に関わる状態を引き起こす危険性があります。
3. 加重型妊娠高血圧腎症(SPE: Superimposed Preeclampsia)
妊娠前から高血圧症や腎臓病を持つ女性が、妊娠20週以降に状態が悪化するタイプです。新たに蛋白尿が出現したり、元々の症状が増悪したりします。母体にもともと負担がかかっているため、HDPの中でも特にリスクが高く、極めて慎重な管理が必要です。
4. 高血圧合併妊娠(CH: Chronic Hypertension)
妊娠前から高血圧と診断されているか、妊娠20週までに高血圧が認められる場合を指します。このタイプの女性は、妊娠中に加重型妊娠高血圧腎症(SPE)を発症するリスクが非常に高く、早期からの管理が求められます。
なぜ起こるのか?- HDPの根本原因とリスク因子
長年の研究にもかかわらず、HDPの根本原因は完全には解明されていません。しかし、現在最も有力な説として「two-stage disorder theory(二段階説)」が広く支持されています(1)。
原因:胎盤形成の異常が引き金に
この説では、HDPの発症は2つの段階で進むと考えられています。まず妊娠初期に胎盤が作られる過程で血管の構造変化が不完全に終わり、胎盤への血流が不足します。次に、血流不足に陥った胎盤から有害な因子が母体の血中に放出され、全身の血管を傷つけることで高血圧などの症状が引き起こされるのです(27)。
- 第一段階:胎盤形成不全
妊娠初期、赤ちゃんへ栄養と酸素を送る胎盤が作られる過程で、子宮の「らせん動脈」という血管の構造変化が不完全に終わることで、胎盤が低酸素状態に陥ります。 - 第二段階:全身の血管内皮障害
低酸素状態の胎盤から、血管の成長を妨げる因子(sFlt-1など)が母体の血中に過剰に放出されます。これが全身の血管の内側を覆う「血管内皮細胞」を攻撃し、高血圧や蛋白尿などを引き起こします。
つまり、HDPは単なる「血圧の病気」ではなく、「胎盤の異常に端を発する全身の血管の病気」と理解することが重要です。
あなたは当てはまる?HDPのリスク因子
HDPは誰にでも起こり得ますが、特定の因子を持つ人は発症リスクが高まります。ACOGのガイドラインでは、これらの因子を「高リスク」と「中等度リスク」に分類しています(3)。ご自身の状況を確認し、早期対策に役立てましょう。
表2:妊娠高血圧症候群(HDP)のリスク因子チェックリスト
リスク分類 | リスク因子 | 該当チェック |
---|---|---|
高リスク因子 (1つでも該当すればハイリスク) |
過去の妊娠で妊娠高血圧腎症(PE)になったことがある | ☐ |
多胎妊娠(双子、三つ子など) | ☐ | |
慢性高血圧症 | ☐ | |
1型または2型糖尿病 | ☐ | |
中等度リスク因子 (2つ以上該当すればハイリスク) |
今回の妊娠が初めての出産(初産婦)である | ☐ |
肥満(妊娠前のBMIが30以上) | ☐ | |
母親や姉妹にPEの既往歴がある | ☐ | |
年齢が35歳以上である | ☐ | |
体外受精(IVF)による妊娠である | ☐ |
出典: 米国産科婦人科学会(ACOG)Practice Bulletin No. 222 の情報に基づきJHO編集部が作成(3)(18)。
症状と危険なサイン:母体と赤ちゃんへの命の警告
HDPの恐ろしい点の一つは、初期には自覚症状がほとんどない「サイレントな病気」であることです。血圧上昇や蛋白尿は、妊婦健診で指摘されて初めて気づくことが大半です。しかし病状が進行すると、母子ともに命の危険が及ぶ重大な合併症を引き起こす可能性があります。以下のサインは、直ちに医療機関へ連絡すべき危険な警告です。
母体に現れる危険な合併症
- 子癇(しかん): HDPの最重症型で、突然けいれん発作を起こします。前兆として、目の前がチカチカする、持続する激しい頭痛、嘔吐などが現れることがあります。発作は母子の生命に直結する極めて危険な状態です。
- HELLP症候群: 溶血(Hemolysis)、肝酵素上昇(Elevated Liver enzymes)、血小板減少(Low Platelet count)の頭文字をとったもので、急速に進行します。突然の激しいみぞおちの痛みや右上腹部痛が特徴です(17)。
- 常位胎盤早期剥離: 赤ちゃんが生まれる前に胎盤が子宮壁から剥がれ、大量出血を引き起こします。持続的な激しい腹痛(お腹が板のように硬くなる)と性器出血が主なサインです。母子ともに非常に危険な状態です。
- その他の重篤な合併症: その他にも、脳出血、肺水腫、急性腎障害、播種性血管内凝固症候群(DIC)など、命に関わる合併症を引き起こすことがあります。
お腹の赤ちゃんへの影響
HDPは、お腹の赤ちゃんにも深刻な影響を及ぼします。胎盤の血管が障害され、赤ちゃんへの酸素や栄養の供給が滞るためです。
- 胎児発育不全(FGR): 胎盤機能が低下し、赤ちゃんが子宮内で十分に成長できず、週数に比べて小さくなる状態です。
- 胎児機能不全(胎児ジストレス): 胎盤からの酸素供給が不足し、赤ちゃんが苦しい状態に陥ります。胎動の減少や心拍数の異常として現れます。
- 子宮内胎児死亡: 最も悲劇的な転帰として、赤ちゃんが子宮内で亡くなってしまうことがあります。
- 早産: 母体の状態が悪化した場合、赤ちゃんを救うために妊娠を中断し、早期に出産させる(医原性早産)必要が生じることがあります。
診断と管理:日本の手厚い妊婦健診が命綱
HDPの多くは自覚症状なく進行するため、早期発見と適切な管理には定期的な妊婦健診が不可欠です。日本の制度の大きな利点として、全国1,741自治体で14回以上の健診が助成されており、2024年の全国平均公費負担額は108,481円にのぼります(14)。これは世界的に見ても非常に手厚い体制です。健診ごとの血圧測定と尿検査は、まさにHDPを早期発見するための「命綱」と言えます。異常が指摘されれば、詳細な検査や入院管理へ進み、母子へのリスクを最小限に抑える対策が講じられます。
HDPの治療法:安静、薬物療法から分娩まで
HDP治療の大原則は、唯一の根本治療が「胎盤を体外に出すこと」、つまり「分娩」であるという点です(1)。したがって、それまでの治療は全て、母子の状態を安定させ、できるだけ安全に妊娠を継続し、赤ちゃんが子宮外で生きていける週数まで時間を稼ぐことを目的とした対症療法になります。
1. 基本管理:安静と食事療法
HDPと診断された場合、まず基本となるのが安静です。血圧上昇を防ぎ、子宮や胎盤への血流を維持するために入院または自宅安静が指示されます。また、食事療法も重要で、特に塩分摂取量を1日7~8g以下に制限する減塩が推奨されます(2)。日本食は塩分を多く含む食品が多いため、出汁の旨味を活用するなどの工夫が求められます。
2. 薬物療法:血圧とけいれんをコントロールする
降圧療法
血圧が重症域(160/110mmHg以上)に達した場合、脳出血などを防ぐために速やかな降圧薬治療が必要です。ACOGガイドラインでは、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピンなどが第一選択薬として推奨されています(3)(20)。治療目標は、血圧を急激に下げすぎず、140-150/90-100mmHg程度の安定した範囲に保つことです。
表3:HDPにおける緊急降圧薬の例(ACOGガイドライン準拠)
薬剤名 | 投与方法 | 一般的な用法・用量 | 主な注意点 |
---|---|---|---|
ラベタロール | 静脈内投与 | 初回20mg、その後必要に応じて40mg、80mgと増量 | 喘息、心不全のある患者には禁忌 |
ヒドララジン | 静脈内投与 | 5-10mgを15-20分かけて投与 | 頭痛、頻脈、血圧の急激な低下に注意 |
ニフェジピン | 経口投与 | 10-20mgを20分毎に、必要であれば反復投与 | 急速な作用発現。舌下投与は推奨されない |
けいれん予防(硫酸マグネシウム)
重症PEと診断された場合や、子癇を発症した際には、けいれん発作の予防と治療のために「硫酸マグネシウム(MgSO₄)」の点滴投与が絶対的な第一選択です(18)。これは母体の安全確保に極めて重要な治療です。投与中は、副作用(呼吸抑制など)を監視するため厳重な管理下で行われます。
3. 分娩のタイミング:母子にとって最善の時期を見極める
治療の最終目標は分娩ですが、その時期は妊娠週数、HDPの重症度、母子の状態を総合的に判断して慎重に決定されます。ACOGのガイドラインでは、以下のような推奨がなされています(3)(18)。
- 妊娠高血圧(GH)または軽症のPE: 妊娠37週0日以降での分娩が推奨されます。
- 重症サインを伴うPE: 妊娠34週0日以降であれば、診断確定後、速やかに分娩させることが推奨されます。34週未満でも母子の状態が不安定な場合は、直ちに分娩が必要になることがあります。
4. 予防:ハイリスクな人のための低用量アスピリン療法
過去のPE既往、多胎妊娠、慢性高血圧など、リスク因子チェックリストでハイリスクと判断された方には、PEの発症予防のために「低用量アスピリン(81mg/日)」の内服が強く推奨されます(3)。ACOGは、妊娠12週から16週の間に開始し、36週まで継続することを推奨しています。この予防法は胎盤の血管形成を助け、HDPの発症リスクを下げることが多くの研究で示されています。
出産後も続くケア:産後の管理とあなたの長期的な健康
出産によって胎盤が排出されるとHDPは快方に向かいますが、危険が完全に去ったわけではありません。産後数日間は血圧が不安定になりやすく、子癇発作は産後に初めて起こることもあります。そのため、出産後も厳重な血圧管理が続きます。
産後の血圧管理と授乳
産後も高血圧が続く場合は、降圧薬の内服が必要になります。その際は、母乳への影響が少ない薬剤が選択されます(21)。また、会陰切開や帝王切開の痛みを和らげる鎮痛剤の中には、血圧を上げる作用を持つもの(NSAIDsなど)があるため、医師と相談しながら慎重に使用する必要があります。
最も重要なメッセージ:HDPは将来の健康への「警告」
HDPを経験した女性にとって最も重要なのは、この病気が「妊娠期間だけの問題ではない」という事実です。米国心臓協会(AHA)は、「HDPの既往は、将来の心血管疾患(高血圧、心臓病、脳卒中など)の強力な危険因子である」という科学的声明を発表しています(4)(21)。
具体的には、HDPを経験した女性は、経験しなかった女性に比べて、
- 慢性高血圧症になるリスクが約4倍
- 虚血性心疾患(心筋梗塞など)のリスクが約2倍
- 脳卒中のリスクが約2倍
に上昇することが示されています。HDPは、妊娠という身体への大きな「負荷試験(ストレステスト)」によって、その人の将来の健康上の弱点が早期に明らかになった「警告サイン」と捉えるべきです。
あなたが今からできること:生涯にわたる健康管理
この「警告」を真摯に受け止め、産後の生活習慣を見直すことが、あなたの未来の健康を守る鍵となります。
- 医療機関との連携: HDPの既往歴を、産婦人科だけでなく、内科や循環器科のかかりつけ医にも必ず伝えましょう。
- 定期的な健康診断: 少なくとも年に1回は健康診断を受け、血圧、血糖値、コレステロール値などをチェックする習慣をつけましょう。
- 健康的な生活習慣: バランスの取れた食事(特に減塩)、適度な運動、適正体重の維持、禁煙など、健康的なライフスタイルを心掛けることが、将来の心血管疾患リスクを大幅に低下させます。
よくある質問(FAQ)
むくみだけでHDPといえますか?
A: いいえ、むくみ単独ではHDPとは診断しません。多くの正常な妊婦さんにもむくみは見られます。診断は、血圧、蛋白尿、その他の臓器障害の所見を総合的に評価して判断します(1)。ただし、顔や手まで及ぶ急激なむくみは注意信号の一つです。
どの血圧で救急受診が必要ですか?
A: 収縮期血圧160mmHg以上または拡張期血圧110mmHg以上が測定された場合は、至急受診が必要です。また、それに加えて激しい頭痛、視覚異常、上腹部痛、息切れなどの症状がある場合も、時間外であってもすぐに医療機関に連絡してください(3)。
低用量アスピリンはいつ始めますか?
A: HDPの高リスク因子を持つ方に対して、妊娠12週から16週の間に開始し、妊娠36週まで継続することが推奨されています。かかりつけ医と相談の上、適切な時期に開始することが重要です(3)。
MgSO₄(硫酸マグネシウム)は誰に使いますか?
A: 重症の妊娠高血圧腎症(PE)や子癇(けいれん発作)と診断された方に、けいれんの予防・治療目的で第一選択薬として使用します。母子の安全を守るための非常に重要な治療です(18)。
経腟分娩と帝王切開の基準は?
A: 母体と胎児の状態によって総合的に判断されます。状態が安定していれば経腟分娩を試みることが可能ですが、重症で血圧コントロールが困難な場合や、胎児の状態が悪い場合は、母子の安全を優先して帝王切開が選択されます(28)。
産後のフォローアップは必要ですか?
A: はい、非常に重要です。HDP既往者は将来の高血圧、心疾患、脳卒中のリスクが上昇するため、産後も定期的に健康診断を受け、血圧や生活習慣の管理を続けることが強く推奨されます(4)。
家庭血圧の正しい測り方は?
A: 上腕で測定するタイプの血圧計を使用し、朝晩の決まった時間に、椅子に座って5分程度安静にしてから測定しましょう。測定した値は必ず記録し、健診の際に医師に見せてください(1)。
妊婦健診は何回助成されますか?
A: 日本では全国の自治体で14回以上の公費助成が標準となっており、世界的に見ても手厚いサポートが受けられます。2024年の調査では、妊婦一人当たりの平均公費負担額は約108,481円でした(14)。
【研究者/臨床向け】sFlt-1/PlGF比の臨床活用は?
A: sFlt-1/PlGF比は、HDPのリスク層別化や予後予測に有用なバイオマーカーとして期待されています。ただし、日本での保険適用や運用方法は施設によって異なるため、各施設のガイドラインや診療指針に沿った運用が求められます(1)。
【研究者/臨床向け】34週未満の重症PEの管理目標は?
A: 34週未満の重症PEでは、母体の状態を安定させ、胎児の成熟を促すステロイド投与などを考慮しつつ、可及的速やかな分娩を目指します。母体または胎児の状態が悪化した場合は、妊娠週数に関わらず分娩を決定することが推奨されます(3)。
結論
妊娠高血圧症候群(HDP)は、あなたと大切な赤ちゃんの命に関わる可能性のある、決して軽視できない病気です。しかし、その正体は「未知の毒」ではなく、「胎盤に起因する高血圧を中心とした全身の血管の病気」です。その仕組み、リスク、危険なサイン、対処法について正しい知識を持つことが、不安を乗り越える最大の力となります。
日本の優れた妊婦健診制度を最大限に活用し、定期的なチェックを欠かさないこと。そして、もし異常が指摘された場合は、専門家であるかかりつけの医師を信頼し、その指示に従うこと。これが母子の安全を守るための最も確実な道です。さらに、HDPの経験は、あなたの生涯にわたる健康への貴重な「警告」です。このメッセージを真摯に受け止め、出産後も続く健康管理に取り組むことで、あなたはより健やかな未来を築くことができるでしょう。
参考文献
- 公益社団法人 日本産科婦人科学会. 妊娠高血圧症候群. [インターネット]. (2025/01/30更新). [参照 2025-10-03]. Available from: https://www.jsog.or.jp/citizen/5709/ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
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- ヒロクリニック. 妊娠高血圧症候群とは? 注意したいポイントをご説明します【医師監修】. [インターネット]. [参照 2025-10-03]. Available from: https://www.hiro-clinic.or.jp/nipt/preeclampsia/ ↩︎
更新履歴
- 2025-10-03:こども家庭庁2024年調査に基づき、妊婦健診の公費助成状況を最新情報に更新。JSOG市民向けページの参照を2025/01/30更新版に差し替え、各所の引用情報を最新のガイドライン(ACOG 222, AHA 2022)と整合させました。