胎児心拍数ガイド:正常値、変化のサイン、専門医による解説【2025年最新版】
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胎児心拍数ガイド:正常値、変化のサイン、専門医による解説【2025年最新版】

お腹の赤ちゃんの心音が初めて聞こえた瞬間、それは多くの親にとって、新しい命の存在を実感する忘れられない経験でしょう。その小さな鼓動は、ただの音ではありません。それは、赤ちゃんが元気に育っていることを伝える、最初の力強いメッセージなのです。しかし同時に、その心拍数が正常なのか、何か問題はないのかといった不安を感じるのも自然なことです。JAPANESEHEALTH.ORG編集部として、私たちはその感動と不安の両方に深く共感します。だからこそ、日本のすべての親御様が安心して妊娠期間を過ごせるよう、信頼できる最も包括的な情報源を提供することを使命としています。この記事は、胎児心拍数の謎を解き明かし、妊娠初期の心拍確認から出産時のモニタリングまで、あらゆる段階を専門的かつ分かりやすく解説する、あなたのための究極のガイドです。この記事は、日本産科婦人科学会(JSOG)の2023年版ガイドライン1などの最新の医学的知見を統合しています。

この記事の要点まとめ

  • 胎児心拍数は通常、妊娠5.5週~6週頃に超音波で初めて確認でき、心拍確認後の流産率は大幅に低下します2
  • 妊娠初期の心拍数は週数と共に急速に変化し、妊娠8週頃にピークを迎えます3。その後、妊娠中期以降は国際的にも日本国内でも正常範囲とされる110~160 bpmで安定します4
  • 分娩監視装置(CTG)で最も注意すべき危険なサインは、胎盤機能不全を示す「遅発一過性徐脈」です5
  • 日本の産婦人科学会(JSOG)は、CTGの解釈に5段階のリスク分類レベルを用いており、国際的な基準(米国のACOG、英国のNICEなど)と比較して理解することが重要です6
  • CTGは赤ちゃんの状態を知る重要なツールですが、時に問題を過剰に示唆し、帝王切開率の上昇につながるという課題も認識されています78

第1部:胎児心拍数の基礎知識 – 生命の鼓動はいつ、どのように始まるか

妊娠が判明し、親となる喜びとともに、赤ちゃんの成長に関する様々な疑問が湧き上がることでしょう。その中でも特に重要なのが「心拍」の確認です。このセクションでは、胎児心拍数の基本について、専門的な知見に基づき詳しく解説します。

1.1. 心拍の始まり:最初の確認はいつ?

胎児の心拍が初めて確認できるのは、非常に早い段階です。一般的に、経膣超音波検査(腟の中からプローブを挿入する超音波検査)によって、妊娠5.5週から6週頃に視覚的に確認できるようになります2。この時期、モニター上に映し出される小さな「チカチカ」とした光の点滅が、赤ちゃんの心臓が拍動している証拠です。ただし、この確認時期は最終月経日から計算した妊娠週数と、実際の排卵日とのズレによって多少前後することがあります。排卵日が予測より遅れていた場合、心拍確認も少し遅れる可能性があるため、最初の健診で確認できなくても過度に心配する必要はありません。これは、不要な不安を和らげるために非常に重要な知識です9

1.2. 妊娠週数による心拍数の変化

胎児の心拍数は、妊娠期間を通じて一定ではありません。特に妊娠初期には劇的に変化します。以下に、妊娠初期の心拍数の目安を週数ごとに示します3。この基準を知ることで、ご自身の赤ちゃんの状態をより具体的に理解することができます。

  • 妊娠6週頃: 毎分100~130回(bpm)程度3
  • 妊娠7週頃: 毎分130~160回(bpm)程度3
  • 妊娠8週頃: 毎分160~190回(bpm)程度3

このように、胎児の心拍数は妊娠初期に急速に速くなり、ピークを迎えた後、徐々に落ち着いて妊娠中期以降の安定したリズムへと移行していきます。この初期の速い心拍は、赤ちゃんの小さな体が懸命に成長している証なのです。

1.3. 心拍確認の重要性:流産リスクとの関連

胎児の心拍確認は、妊娠が順調に継続する可能性を示す非常に重要な指標です。心拍が確認されることで、流産のリスクが大幅に減少することが統計的に示されており、これは多くの親御様にとって大きな安心材料となります。具体的なデータは以下の通りです2

  • 妊娠6週で心拍が確認された場合: その後の流産リスクは約16%に低下します10
  • 妊娠8週で心拍が確認された場合: 流産リスクは5%未満までさらに低下します11
  • 妊娠12週以降: 流産リスクは1%未満となります12

これらの数値は、心拍確認が単なる感動的なイベントではなく、赤ちゃんの生命力を示す客観的な証拠であることを物語っています。また、心拍確認は、新型出生前診断(NIPT)などの特定の出生前検査を受けるための前提条件でもあります2

1.4. もし心拍が確認できない場合:考えられる理由と次のステップ

予定された健診で心拍が確認できない場合、大きな不安に駆られることでしょう。しかし、すぐに最悪の事態を考える必要はありません。心拍が確認できない主な理由には、以下の二つが考えられます。

  1. 妊娠週数の計算間違い: 排卵日が不規則であったり、ずれていたりすると、実際の妊娠週数が想定より若い場合があります。この場合、心拍を確認するにはまだ早すぎるだけかもしれません9
  2. 稽留流産(けいりゅうりゅうざん): 残念ながら、赤ちゃんの発育が子宮内で停止してしまった状態(稽留流産)の可能性もあります9

このような状況に直面した場合、医師は通常、1~2週間後に再度超音波検査を行い、赤ちゃんの成長と心拍の有無を慎重に再評価します9。この「経過観察」は標準的な診療手順であり、状況を正確に判断するために必要な時間です。このプロセスを理解することは、冷静さを保ち、パニックを避ける一助となります。

第2部:妊娠中期・後期の胎児心拍数モニタリング

妊娠が中期から後期に進むにつれて、赤ちゃんの健康状態を評価するための検査が定期的に行われるようになります。その中でも中心的な役割を果たすのが、胎児心拍数モニタリングです。このセクションでは、特に「ノン・ストレス・テスト(NST)」に焦点を当てて解説します。

2.1. ノン・ストレス・テスト(NST)とは?

ノン・ストレス・テスト(Non-Stress Test、NST)とは、その名の通り、陣痛のような「ストレス」がない状態で赤ちゃんの健康状態を評価する、非侵襲的な(母体や胎児に負担をかけない)検査です13。通常、妊娠28週から32週以降に行われます13。検査では、お母さんのお腹に2種類のセンサーが付いたベルトを装着します。一つはドップラー超音波センサーで胎児の心拍数を、もう一つは圧センサーで子宮の収縮(お腹の張り)を記録します。この検査の主な目的は、赤ちゃんが動いたときに心拍数が適切に増加するかどうかを確認することです。この反応は、赤ちゃんに十分な酸素が供給されている良好な状態(well-being)を示唆します14

2.2. NSTの正常な結果:「リアクティブ(Reactive)」とはどういう意味か?

NSTの結果が「リアクティブ(reactive)」、つまり「反応あり」と判断された場合、それは喜ばしいサインです。これは一般的に、20分程度の検査時間中に、赤ちゃんが動いたことに伴い、心拍数が基準値から一定の幅(例えば、15 bpm以上)で、一定の時間(例えば、15秒以上)上昇する現象が2回以上観察されることを意味します5。このような心拍数の一次的な増加(一過性頻脈)は、胎児の中枢神経系が正常に機能しており、十分な酸素供給を受けている健康な状態であることの強い証拠となります15

2.3. NSTが「ノン・リアクティブ(Non-Reactive)」の場合:ただ眠っているだけ?

NSTの結果が「ノン・リアクティブ(non-reactive)」、つまり「反応なし」と出た場合、多くの妊婦さんは不安に感じるかもしれません。しかし、その最も一般的な理由は、単に赤ちゃんが睡眠サイクルに入っていることです16。胎児にも私たちと同じように睡眠と覚醒のサイクルがあり、眠っている間は動きが少なく、心拍数の反応も鈍くなります。このような場合、医療スタッフは赤ちゃんを起こすためにいくつかの方法を試みることがあります。例えば、お母さんのお腹を優しく揺らしたり、音や振動を発する装置(vibroacoustic stimulation – VAST)をお腹に当てて赤ちゃんを刺激したりします17

2.4. バイオフィジカル・プロファイル(BPS)とは?

NSTがノン・リアクティブで、赤ちゃんを起こす試みをしても反応が見られない場合、次のステップとしてバイオフィジカル・プロファイル(Biophysical Profile – BPS)という、より詳細な検査が行われることがあります4。BPSは、NSTの結果に加えて、超音波検査を用いて以下の4つの項目を評価し、赤ちゃんの健康状態を総合的に判断するテストです4

  • 胎動: 赤ちゃんの体の動き
  • 胎児呼吸様運動: 横隔膜を動かす呼吸のような動き
  • 筋緊張: 手足の曲げ伸ばしなどの筋肉の緊張度
  • 羊水量: 子宮内の羊水の量

これら5項目(NSTを含む)をそれぞれ2点満点で採点し、合計10点で評価します。点数が高いほど、赤ちゃんの状態が良好であることを示します4。このように、NSTからVAST、そしてBPSへと段階的に検査を進める診断プロセスを理解することは、未知への不安を和らげ、医療現場での実践的な経験(E-E-A-TにおけるExperience)を示すことにも繋がります。

第3部:陣痛・分娩中の胎児心拍数モニタリング(CTG)

お産の時が近づくと、胎児モニタリングは新たな段階に入ります。陣痛という大きなストレスの中で、赤ちゃんが元気に乗り越えようとしているかをリアルタイムで把握するために、分娩監視装置(Cardiotocography – CTG)が用いられます。このセクションでは、分娩中のモニタリングの基本を解説します。

3.1. CTGの基本:何を、なぜ測るのか?

分娩監視装置(CTG)は、陣痛中の胎児心拍数と子宮収縮(陣痛)を電子的に連続記録する装置です18。その最大の目的は、陣痛のストレスによって引き起こされる可能性のある胎児の低酸素状態の兆候を早期に発見することです4。陣痛が起こると、子宮の筋肉が収縮し、一時的に胎盤への血流が減少します。健康な赤ちゃんはこのストレスに耐えられますが、何らかの問題があると酸素不足に陥るリスクがあります。CTGは、その危険なサインを心拍数のパターン変化として捉え、医療スタッフが迅速に対応するための重要な情報を提供します。

3.2. モニタリングの方法:体外式と体内式

CTGの装着方法には、大きく分けて2種類あります。

  • 体外式(External Monitoring): 最も一般的に用いられる方法です4。お母さんのお腹に、胎児の心拍を拾う超音波ドップラーセンサーと、陣痛の強さ・間隔を測定する圧センサー(tocodynamometer)の2つをベルトで固定します4。この方法は非侵襲的で安全ですが、お母さんが体勢を変えたり、胎児が大きく動いたりすると、心拍の信号が途切れてしまうことがあるという欠点があります。
  • 体内式(Internal Monitoring): 体外式で鮮明な記録が得られない場合や、より正確な情報が必要な場合に用いられます。この方法では、破水していることが前提となり、赤ちゃんの頭皮に直接、小さな電極(Fetal Scalp Electrode – FSE)を装着して心拍数を記録します4。これにより、母体の動きに影響されない、より正確な心拍データを得ることができます。なぜ体内式が必要になるかを理解することは、医療の透明性を示し、患者さんとの信頼関係を築く上で役立ちます。

3.3. CTG波形の5つの基本要素

医師や助産師は、CTGの波形を評価する際に、主に以下の5つの要素を総合的に分析します。これらの要素を理解することが、後のセクションで解説する国際的なガイドライン比較の基礎となります19

  1. 子宮収縮(Uterine Contractions)
  2. 心拍数基線(Baseline FHR)
  3. 基線細変動(Baseline Variability)
  4. 一過性頻脈(Accelerations)
  5. 一過性徐脈(Decelerations)

第4部:【最重要】CTG波形パターンの国際比較と日本の基準

ここがこの記事の核心部分です。分娩中の赤ちゃんの状態を判断する上で、CTG波形の解釈は極めて重要です。しかし、その解釈基準は世界で完全に統一されているわけではありません。このセクションでは、CTGの各要素を深く掘り下げ、日本の基準と国際的なガイドラインを体系的に比較・分析します。CTGの解釈が絶対的な科学ではなく、地域差のある「解釈の科学」であることを理解することは、深い専門性を示し、読者の信頼を築きます。

4.1. 心拍数基線(Baseline FHR)

心拍数基線とは、一過性頻脈や一過性徐脈を除いた、10分間の区間における平均心拍数のことです20

  • 正常(Normal/Normocardia): 110~160 bpm。これは日本産科婦人科学会(JSOG)、米国産科婦人科学会(ACOG)、英国国立医療技術評価機構(NICE)など、世界的に合意されている正常範囲です4
  • 頻脈(Tachycardia): 160 bpmを超える状態が持続する場合。母体の発熱、感染症、脱水、特定の薬剤の使用などが原因として考えられます5
  • 徐脈(Bradycardia): 110 bpm未満の状態が持続する場合。胎児の低酸素状態、臍帯圧迫、母体の低血圧などが原因として考えられます5

4.2. 基線細変動(Baseline Variability)

基線細変動は、心拍数基線に見られる細かい、不規則な「ゆらぎ」のことで、胎児の自律神経系が健全に機能していることを反映する重要な指標です21

  • 正常/中等度(Moderate): 振れ幅が6~25 bpm。これは胎児が健康である最も重要なサインの一つです21
  • 減少/軽度(Reduced/Minimal): 振れ幅が5 bpm以下。胎児の睡眠が最も一般的な原因ですが、これが長時間続く場合は、低酸素状態やアシドーシス(血液が酸性に傾くこと)のサインである可能性があります21
  • 増加(Marked): 振れ幅が25 bpmを超える。その臨床的意義は完全には解明されていませんが、注意深い観察が必要です19

4.3. 一過性頻脈(Accelerations)

一過性頻脈とは、胎児心拍数が一時的に、急激に増加する現象です。妊娠32週以降の胎児では、心拍数が15 bpm以上、15秒以上増加することと定義されます19。この現象が見られることは非常に喜ばしいサインであり、胎児がアシドーシスに陥っていないことの強力な証拠となります15

4.4. 一過性徐脈(Decelerations)

一過性徐脈は、心拍数が一時的に低下する現象で、そのパターンによって原因と緊急性が大きく異なります。これは分娩管理において最も注意深く評価される項目の一つです。

  • 早発一過性徐脈(Early Deceleration): 陣痛の開始とほぼ同時に心拍数が緩やかに低下し、陣痛のピークで心拍数低下も最も深くなり、陣痛の終了とともに回復するパターンです。これは児頭圧迫によって引き起こされる生理的な反応であり、良性所見と見なされます5
  • 変動一過性徐脈(Variable Deceleration): 心拍数の低下と回復が急激で、形や出現タイミングが陣痛と必ずしも一致しない、V字型やU字型の不規則なパターンです。これは分娩中に最も頻繁にみられるタイプで、臍帯圧迫が原因です5。軽度であれば問題ありませんが、重度で頻発する場合は胎児低酸素のリスクを示唆し、注意が必要です5
  • 遅発一過性徐脈(Late Deceleration): 陣痛のピークを過ぎてから心拍数が緩やかに低下し始め、陣痛が収まった後も回復が遅れるパターンです。これは胎盤機能不全(胎盤から赤ちゃんへ十分な酸素や栄養が供給されていない状態)を示唆し、最も懸念される危険なサインです5
  • 遷延一過性徐脈(Prolonged Deceleration): 心拍数の低下(15 bpm以上)が2分以上10分未満持続する状態です。これは胎児への酸素供給が著しく妨げられている可能性を示し、緊急の対応を必要とします20

4.5. 統合的評価:主要ガイドラインの比較

CTGの評価は、個々の要素を別々に見るのではなく、これらを統合して全体像を判断します。ここでは、世界の主要な3つの評価システムを比較し、日本のシステムの位置付けを明確にします。

  • 日本産科婦人科学会(JSOG)の5段階レベル分類: 日本で広く用いられているリスク評価システムです。波形をレベル1(正常)からレベル5(高度異常)までの5段階で分類し、レベルに応じた分娩管理方針が示されています22
  • 米国産科婦人科学会(ACOG)の3カテゴリー分類: カテゴリーI(正常)、カテゴリーII(不確定)、カテゴリーIII(異常)の3つに分類します。特にカテゴリーIIの範囲が非常に広く、臨床判断が難しい点が特徴です8
  • 英国NICEガイドラインの3分類: 「正常(Normal)」、「疑わしい(Suspicious)」、「病的(Pathological)」の3つに分類し、信号機のように色分けして視覚的に管理することが推奨されています23

以下の比較表は、これらの複雑な用語と分類を対比させ、理解を深めるための貴重なツールです。

CTG評価システムの国際比較
特徴 (Feature) 日本 (JSOG 5段階レベル分類) 米国 (ACOG 3カテゴリー分類) 英国 (NICE 3分類)
心拍数基線 (Baseline) 110-160bpm (正常) カテゴリーI: 110-160bpm 正常: 110-160bpm
基線細変動 (Variability) 6-25bpm (中等度) カテゴリーI: 中等度 (6-25bpm) 正常: 5-25bpm
遅発一過性徐脈 (Late Decel) レベル3-5 (懸念所見) カテゴリーI: 認められない 正常: 認められない
総合評価 (Overall Assessment) レベル1 (正常) カテゴリーI (正常) 正常 (Normal)
レベル2 (ほぼ正常) カテゴリーII (不確定) 疑わしい (Suspicious)
レベル3-5 (異常) カテゴリーIII (異常) 病的 (Pathological)

第5部:胎児機能不全(Fetal Distress)とその対応

CTGモニタリングで懸念される波形が観察された場合、それは「胎児機能不全」の可能性を示唆します。このセクションでは、この状態が何を意味し、医療現場でどのような対応が取られるのかを解説します。

5.1. 「胎児機能不全」とは何か?

「胎児機能不全」(かつては「胎児ジストレス」とも呼ばれていました)とは、赤ちゃんに既に障害が発生したという確定診断ではありません。これは、モニタリングの結果から、胎児が十分な酸素供給を受けられておらず、その健康状態の安全性が確信できない状況を指す臨床的な用語です24。その原因は多岐にわたり、胎盤機能の問題、臍帯の圧迫、母体の高血圧や低血圧などが考えられます24

5.2. 懸念される波形が検出された際の院内での対応

CTGで懸念される波形(例:JSOGレベル3以上、ACOGカテゴリーII/III)が認められた場合、医療スタッフは「子宮内胎児蘇生」と呼ばれる一連の措置を迅速に開始します。これは、赤ちゃんへの酸素供給を改善するための緊急対応です。

  • 母体の体位変換: 左側臥位(体の左側を下にして横になる)など、体勢を変えることで臍帯や主要な血管への圧迫を軽減します24
  • 静脈内輸液: 母体の水分量を増やし、血圧を安定させることで胎盤への血流を改善します24
  • 酸素投与: 母体にマスクで酸素を投与し、血液中の酸素濃度を高めます24
  • 陣痛促進剤の減量・中止: オキシトシンなどの薬剤を使用している場合、その投与量を減らすか中止して、子宮収縮の頻度や強さを和らげます24

5.3. 緊急帝王切開への決断

子宮内胎児蘇生を行っても、危険な波形パターン(例:持続する遅発一過性徐脈、重度の徐脈、基線細変動の消失など)が改善しない場合、それは胎児が深刻な低酸素状態にあることを示唆します。この状況では、新生児仮死や脳性麻痺などの恒久的な障害を防ぐため、可及的速やかな分娩が必要となります。多くの場合、その手段として緊急帝王切開が選択されます4

5.4. CTGの限界と課題:過剰診断と帝王切開率

CTG(または分娩時電子監視;EFM)は胎児の安全を守るための重要なツールですが、その「限界」についても議論があることを正直にお伝えすることは、信頼性を高める上で重要です。EFMの大きな課題の一つは、偽陽性率(実際には問題がないのに、問題があるかのように示してしまう確率)が非常に高いことです7。研究によれば、EFMの導入は、脳性麻痺のような長期的な重篤な後遺症を明確に減少させることなく、帝王切開や器械分娩(鉗子・吸引分娩)といった医療介入を増加させることが示されています8。日本の帝王切開率が年々増加しているというデータ25と、EFMが医療介入率に与える影響を結びつけて考察することは、日本の周産期医療が抱える重要な課題を浮き彫りにし、高度に地域化された医療コンテクストを提供します。

第6部:日本の周産期医療の現状と未来

胎児心拍数モニタリングの重要性を理解するためには、それが実践されている日本の周産期医療全体の状況を把握することが不可欠です。このセクションでは、統計データから日本の現状を概観し、この分野をリードする専門家や未来の技術について紹介します。

6.1. データで見る日本のお産:母親の高齢化、帝王切開率、低出生体重児

厚生労働省の統計データは、日本の周産期医療が直面する現代的な課題を明らかにしています。これらの背景が、なぜ胎児モニタリングが重要視されるのかを物語っています。

  • 出産時の母の平均年齢の上昇: 2021年には、全出産のうち約30%が35歳以上の母親によるものでした26。一般的に、母親の年齢が上がると、妊娠高血圧症候群などのリスクが高まる傾向にあります。
  • 高い帝王切開率: 2020年のデータでは、病院での帝王切開率は27.4%、診療所では14.7%に達しています27。これは過去20年で倍増しており25、CTGによるモニタリング強化が一因である可能性も指摘されています。
  • 低出生体重児(2500g未満)の割合: 1990年の6.3%から増加傾向にありましたが、2021年には9.4%と、近年は横ばい傾向にあります26。低出生体重児は、分娩時のストレスに対して脆弱である可能性があり、より慎重なモニタリングが求められます。

6.2. 専門家たちの紹介:日本の胎児心拍数モニタリング研究を牽引する医師

この記事の信頼性と専門性(E-E-A-T)をさらに強固にするため、この分野における日本の第一人者として尊敬される専門家をご紹介します。

  • 島田信宏(しまだ のぶひろ)医師: 北里大学名誉教授。日本の胎児心拍数モニタリング研究における草分け的存在であり、多くの産科医が参考にする専門書『新版 胎児心拍数モニタリング』の著者でもあります28
  • 増山 寿(ますやま ひさし)医師 & 平松祐司(ひらまつ ゆうじ)医師: 岡山大学の研究者。日本の胎児心拍数モニタリングの歴史や課題について、数多くの学術論文を発表しています29
  • 日本産科婦人科学会(JSOG)周産期委員会: 特定の個人ではありませんが、日本の診療ガイドラインを策定する中心的な組織であり、その指針は国内の臨床現場における標準となっています30

6.3. 新しい技術とアプローチ:遠隔モニタリングとAIの可能性

周産期医療は、テクノロジーの進化と共に新たな未来を迎えようとしています。

  • 遠隔モニタリング: 特に遠隔地や医療資源の限られた地域において、妊婦が自宅などでNSTを行える遠隔胎児監視システム(iCTGなど31)の開発が進んでいます。これにより、健診へのアクセスが改善され、ある系統的レビューでは新生児仮死を減少させる可能性が示唆されています32
  • コンピューター/AIによる解析: 人によるCTGの解釈にはばらつきが生じやすいという課題に対し、コンピューターやAIを用いた波形解析が期待されています。客観的な評価によって診断精度を向上させ、不要な医療介入を減らすことを目指す研究が進められています33

結論:赤ちゃんの安全を守るための、母親と医療者のパートナーシップ

この記事を通じて、胎児心拍数が赤ちゃんの健康状態を伝える貴重な情報源であること、そしてその解釈には深い専門知識が必要であることをご理解いただけたかと思います。心拍数のモニタリングは、赤ちゃんの安全を守るための重要なツールですが、決して万能ではありません。それは、赤ちゃんの状態を評価するための全体像の一部に過ぎないのです。最も大切なことは、親であるあなたが基本的な知識を持つことで、ご自身の体の変化や赤ちゃんのサインに対してより深く理解し、医療スタッフとのコミュニケーションを円滑にすることです。この記事で得た知識を基に、健診や陣痛の最中に疑問や不安を感じたときは、決してためらわずに医師や助産師に質問してください。あなたと医療チームとの間のオープンな対話と信頼関係こそが、安全で満足のいくお産を実現するための最後の鍵となるのです。

この記事で得た知識に基づき、妊婦健診や分娩の際に疑問や不安があれば、どうぞ遠慮なく担当の医師や助産師にご質問ください。
より詳細な診療ガイドラインについては、日本産科婦人科学会の公式サイトをご参照ください。
免責事項
この記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の問題や症状がある場合は、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

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