睡眠の質を高める食事の全貌:専門家が解説する快眠食品と睡眠を妨げる食べ物
睡眠ケア

睡眠の質を高める食事の全貌:専門家が解説する快眠食品と睡眠を妨げる食べ物

日本は今、深刻化する公衆衛生上の危機、すなわち慢性的な睡眠不足に直面しています。厚生労働省による令和元年の「国民健康・栄養調査」では、男性の37.5%、女性の40.6%が一晩の睡眠時間が6時間未満であるという憂慮すべき実態が明らかになりました。この傾向は、特に30代から50代の働き盛りの世代で顕著です12。国際的に見ても、経済協力開発機構(OECD)の2021年のデータによれば、日本人の平均睡眠時間は7時間22分であり、調査対象33カ国の平均である8時間28分を1時間以上も下回っています34。問題は睡眠時間だけではありません。「睡眠休養感」、つまり睡眠によって十分に休息が取れたという感覚を得られていない国民の割合が増加しており、特に中年層でこの問題は深刻です15。この睡眠危機は、睡眠の「量」と「質」の両方が欠乏している二重の課題を提起しています。この状況は、肥満やメタボリックシンドロームといった生活習慣病のリスク増大と直接的に関連しており、危険な悪循環を生み出しています。日本の研究では、睡眠時間が5時間未満の場合、7年間で肥満リスクが1.13倍、メタボリックシンドロームのリスクが1.08倍に増加することが示されています3。逆に、生活習慣病自体が不眠の原因となることもあり6、睡眠不足が病気を招き、その病気がさらに睡眠を悪化させるという負の連鎖に陥るのです。本記事では、標準的な睡眠衛生の助言を超え、「精神栄養学」および「時間栄養学」の観点から、何を、いつ、どのように食べるかという食事の力が、科学的根拠に基づき睡眠を改善する強力な手段となり得ることを包括的に解説します。

この記事の科学的根拠

本記事は、引用元として明記された最高品質の医学的根拠にのみ基づいて作成されています。以下に、提示される医学的指導に直接関連する実際の情報源のみを掲載します。

  • 厚生労働省: 日本の睡眠不足の現状、睡眠と生活習慣病の関連性、アルコール(寝酒)に対する警告に関する指針や調査データは、厚生労働省が公表した「国民健康・栄養調査」「健康づくりのための睡眠ガイド2023」などの公式報告書に基づいています。
  • 経済協力開発機構(OECD): 日本人の平均睡眠時間に関する国際比較データは、OECDの調査に基づいています。
  • 各種学術論文・総説(PubMed, PMC, J-Stage等掲載): トリプトファン、GABA、グリシン、マグネシウムなどの栄養素が睡眠に与える影響、カフェインや食事のタイミングに関する生化学的機序と臨床的証拠は、査読済みの科学論文および系統的総説に基づいています。

要点まとめ

  • トリプトファン、GABA、グリシン、マグネシウムは、睡眠を司るホルモンや神経伝達物質の生成を助け、神経を落ち着かせる「四大栄養素」です。
  • 納豆、豆腐、味噌、魚、乳製品、海藻、緑黄色野菜など、日本の伝統的な食事にはこれらの栄養素が豊富に含まれています。
  • カフェインは覚醒作用が6~8時間以上持続するため、就寝前の摂取は厳禁です。アルコール(寝酒)は眠りを浅くし、睡眠の質を著しく低下させます。
  • 消化活動が体温を上昇させ入眠を妨げるため、夕食は就寝の3時間前までに終えることが理想的です。特に脂質の多い食事や夜食は避けるべきです。
  • 朝食でトリプトファンを摂取し、夜にメラトニンが生成される体内時計のリズムに合わせた食生活(時間栄養学)が、質の高い睡眠への鍵となります。

睡眠の生化学:食物がいかに睡眠覚醒サイクルを制御するか

睡眠は単なる「電源オフ」の状態ではなく、栄養素という構成要素に大きく依存する、精巧に調整された積極的な生化学プロセスです。このプロセスを動かす主要な分子を理解することは、睡眠を効果的に管理するための第一歩です。

睡眠を司る主要なホルモンと神経伝達物質

  • セロトニンとメラトニン: これらは睡眠を支配する強力な二人組です。その合成プロセスは、食事から摂取する必須アミノ酸「トリプトファン」から始まります。トリプトファンは、気分を安定させリラックス感を生み出す神経伝達物質セロトニンに変換されます。そして、このセロトニンがさらに、睡眠覚醒サイクルのタイミングを調節する主要ホルモンであるメラトニンへと変換されるのです7。体が食事から十分なトリプトファンを供給されなければ、メラトニンを自力で生成することはできません。
  • GABA(γ-アミノ酪酸): GABAは脳の主要な「ブレーキペダル」と考えることができます。これは主要な抑制性の神経伝達物質であり、神経細胞の活動を鎮め、不安を軽減し、リラクゼーションを促進することで、入眠を助ける働きがあります7
  • アデノシン: この分子は「睡眠圧の測定器」として機能します。私たちが覚醒している間、脳内でアデノシンの濃度が蓄積し続け、この蓄積が次第に強い眠気を引き起こします。この仕組みは、後述するカフェインの影響を理解する上で鍵となります8
  • 体温調節: 見過ごされがちですが、体の中心部の温度(深部体温)を低下させることは、睡眠を開始するための最も重要な生理的信号の一つです。これは、後述するグリシンの効果や温かいお風呂の有効性を説明する科学的根拠となります6

睡眠に対する認識を、神秘的な状態から、栄養を通じて積極的に支援できる生物学的システムへと再構築することは、生活の質を向上させるための強力な手段を私たちに与えてくれます。


睡眠を促進する食品庫:必須栄養素と食品の詳細分析

ここでは、睡眠の質を高めるために特に重要な栄養素と、それらを豊富に含む食品について、科学的根拠を基に深く掘り下げていきます。

2.1 トリプトファン:セロトニンとメラトニンの生成の親方

機序: トリプトファンはセロトニンとメラトニンの唯一の前駆体です9。必須アミノ酸であるため、食事からの摂取が不可欠です10
科学的証拠: 系統的レビューによると、特に1g以上のL-トリプトファンの補給は、入眠後の覚醒時間を短縮するなど、睡眠の質を改善する可能性が示されています11。食事からのトリプトファン摂取量が少ないことは、睡眠時間の短縮や不眠症のリスク上昇と関連していることも報告されています12
生体利用率の課題(トリプトファン/LNAA比): より専門的な概念として、トリプトファンは脳に入るために、他の大型中性アミノ酸(LNAA)と血液脳関門を通過する競争をしなければなりません13。これが、単に高タンパク質の食事を摂るだけでは必ずしも効果的でない理由です。
炭水化物の相乗効果: ここに非常に役立つ秘訣があります。トリプトファンが豊富な食品と炭水化物を一緒に摂取すると、インスリンの分泌が刺激されます。インスリンは、競合する他のアミノ酸を血流から取り除くのを助け、トリプトファンが脳に入りやすくなる環境を作り出します14
食品源(日本食中心):

  • トップクラス: 鰹節、パルメザンチーズ、乾燥大豆15
  • 優れた供給源: 豆腐(木綿:約98-120mg/100g)、納豆(約150-180mg/100g)、味噌、鶏胸肉、マグロ、鮭、豚肉、卵(約130-150mg/100g)7
  • 良好な供給源: 牛乳(約40-50mg/100ml)、ヨーグルト、ナッツ類(アーモンド、ピーナッツ)、種子類(ごま)、バナナ(約10-15mg/100g)、玄米7

2.2 GABA:脳の天然の鎮静剤

機序: GABAは神経細胞の興奮を抑え、穏やかでリラックスした状態を促進します7
科学的証拠: 日本での試験を含むヒトでの研究では、GABAの経口摂取が入眠潜時(眠りにつくまでの時間)を短縮し、睡眠の質を改善する可能性が示されています1617。GABAを豊富に含む米の研究でも、中年および閉経後の女性の睡眠改善が報告されています18。ただし、一部の系統的レビューでは、睡眠への利益に関する証拠はまだ「非常に限定的」であるが有望であると指摘されており、活発な研究分野であることが示唆されています19
食品源: 発芽玄米、味噌やキムチなどの発酵食品、トマト、ジャガイモ、キノコ、一部のお茶10

2.3 グリシン:深い眠りのための体温調節器

機序: グリシンの主な作用機序として提案されているのは、皮膚への血流を増加させることで体の深部体温を下げ、入眠時の自然なプロセスを模倣することです20。また、セロトニン濃度を高める可能性もあります21
科学的証拠: 小規模ながらも肯定的なヒトでの試験では、就寝前に3gのグリシンを摂取すると、主観的な睡眠の質が向上し、睡眠制限後の日中の疲労感が軽減され、入眠までの時間が短縮されたことが示されています2223。消費者からのレビューは賛否両論であり、より大規模な試験が必要であることは認識しておくべきです21
食品源: エビ(約2600mg/100g)、ホタテなどの魚介類に豊富です。また、ゼラチンや肉・鶏肉の皮にも高濃度で含まれています10

2.4 マグネシウム:究極のリラクゼーションミネラル

機序: マグネシウムは多面的な役割を果たします。副交感神経系(休息モード)を活性化し、メラトニンを調節し、GABA受容体に結合して神経活動を鎮めるのを助けます24
科学的証拠: これは非常に強力なエビデンスを持つ部分です。最近(2023-2024年)の系統的レビューとメタ解析では、マグネシウムの補給が、特にマグネシウムレベルが低い人々において、軽度の不眠症や不安に対して有益である可能性が高いことが示されています2425。血液脳関門を通過し、深い睡眠を改善することが示されたL-トレオン酸マグネシウムのような高生体利用率の形態に関する有望な研究は、重要な注目点です26
食品源: 海藻(ひじき、わかめ)、葉物野菜(ほうれん草)、ナッツ類(アーモンド)、種子類(かぼちゃ、チア)、豆類、全粒穀物20

2.5 その他の支援物質

  • ビタミンB6: トリプトファンをセロトニンに変換するために非常に重要です。魚(マグロ、鮭)、赤身の肉、バナナ、ジャガイモに含まれます7
  • 食品中のメラトニン: サワーチェリー、トマト、イチゴ、ピスタチオなど、一部の食品にはメラトニン自体が含まれています13
  • ハーブティー: カモミールティーやパッションフラワーティーにはリラックス効果があります7
  • テアニン: お茶(特に緑茶)に含まれるアミノ酸で、リラクゼーションを促進します。GABAとの組み合わせも注目されています27

表1:睡眠のための最適な栄養摂取ガイド

以下の表は、複雑な情報を単一で実用的な参照資料にまとめ、読者が効果的に食事計画を立てるのを助けます。

栄養素/化合物 睡眠に対する主な機能 主な食品源(日本食中心) 専門家からのヒント/注意点
トリプトファン セロトニンとメラトニンの前駆体 納豆、豆腐、味噌、鰹節、マグロ、鶏肉、卵、牛乳 脳への吸収を高めるため、炭水化物と一緒に摂取するのが最適。
GABA 神経系を鎮静化し、不安を軽減 発芽玄米、キムチ、味噌、トマト、ジャガイモ より高い含有量を求めるなら、発酵または発芽させた製品を探す。
グリシン 体の深部体温を低下させる エビ、ホタテ、魚の皮、鶏皮、ゼラチン 研究では睡眠改善のために3gの用量が使用されている。
マグネシウム リラックスモードを起動し、メラトニンを調節 海藻(わかめ、ひじき)、ほうれん草、ナッツ(アーモンド)、大豆 L-トレオン酸塩は脳への生体利用率が高い形態。
ビタミンB6 トリプトファンからセロトニンへの変換を支援 鮭、マグロ、鶏肉、バナナ、ジャガイモ 効果的なメラトニン合成に不可欠。
メラトニン 睡眠覚醒サイクルを調節するホルモン サワーチェリー、トマト、イチゴ、ピスタチオ 食品から直接メラトニンを摂取することが睡眠をサポートする可能性。

食事の妨害者:あなたの睡眠を奪う食品と習慣

睡眠を促進する食品を積極的に摂ると同時に、睡眠の質を低下させる食品や習慣を避けることも同様に重要です。

3.1 刺激物の罠:カフェインの持続的な影響

機序: カフェインは脳内のアデノシン受容体をブロックすることで作用し、脳が「睡眠圧」の信号を受け取るのを妨げます8。基本的に、脳を騙して眠くないと思わせるのです。
作用時間: カフェインの半減期は長く、作用が半分に減少するまでに3時間から8時間かかることがあります。一部の情報源によると、影響は8時間から14時間続く可能性もあります8。これが、厳格な摂取中止時間を設けることが不可欠である理由です。
指針: 就寝の少なくとも6~8時間前にはカフェインを避けることが推奨されます6。一般的な摂取源には、コーヒー、緑茶・紅茶、チョコレート、一部のエナジードリンクや健康飲料が含まれます28

3.2 偉大なる詐欺師:アルコールの二相性の影響

機序と証拠: アルコールは二相性の影響を及ぼします。初期段階では鎮静剤として作用し、入眠を容易にします29。しかし、体がアルコールを代謝するにつれて「反跳効果」が生じ、睡眠が断片化し、覚醒が増え、特に夜の後半の回復期であるREM睡眠が抑制されます2930
公式な警告: 睡眠の質への悪影響、依存のリスク、睡眠時無呼吸症候群のような状態を悪化させるため、睡眠薬としてのアルコール使用(「寝酒」)に反対する厚生労働省の強力な勧告を引用することが重要です331

3.3 時間の間違い:夜食が休息を妨げる理由

機序: ここには明確な生理的対立が存在します。睡眠は深部体温の低下と、体が副交感神経優位の状態(休息と消化)に移行することを必要とします。遅い時間の食事による活発な消化活動は、体温を上昇させ、代謝系を活動状態に保ち、睡眠に必要な信号を直接妨害します6
指針: 夕食は就寝の少なくとも3時間前までに終えることが推奨されます32

3.4 血糖値のジェットコースター:高GI食品への深い洞察

矛盾: 高GI(グリセミック・インデックス)食品と睡眠に関するデータは一見矛盾しているように見えます。一部の研究では、高GI食が不眠症リスクの増加と関連付けられています33。一方で、他の研究では、高GI食が入眠までの時間を短縮する可能性があると示唆されています34
専門家による解決策: 鍵はタイミングと食品の種類にあります。精製された砂糖や単純炭水化物を多量に含む食事を日常的に摂ることは、血糖調節不全や炎症を引き起こし、睡眠の質の低下に寄与する可能性があります35。しかし、就寝4時間前に摂取された適度なGIの単一の食事(例:白米)は、トリプトファンの脳への進入を促進することで、睡眠を促進する可能性があります34。逆に、就寝直前の高糖質のスナックは、血糖値の急降下とコルチゾールの放出を引き起こし、睡眠を中断させる可能性があります。
指針: 就寝前の甘いスナックや飲み物を避けることを推奨します。就寝数時間前に、複合炭水化物(玄米や適量の白米など)を含むバランスの取れた夕食が推奨されます。

3.5 隠れた犯人:チラミン、酸、重い脂肪

  • チラミン: 熟成食品や発酵食品に含まれるこのアミノ酸は、覚醒作用のあるノルエピネフリンの放出を刺激し、心拍数と覚醒度を高めます36。主な供給源は、熟成チーズ(チェダー、パルメザン、ブルーチーズ)、加工肉(サラミ、ペパロニ)、ザワークラウトなどの一部の発酵製品です37
  • 辛い食品と酸性食品: 胸やけや消化不良を引き起こし、不快感や覚醒の原因となることがあります38
  • 重く、脂肪の多い食事: 消化に時間がかかり、睡眠の生理を妨げます38

表2:睡眠妨害要因と予防戦略

この表は、表1の「やるべきこと」リストを補完する明確な「やってはいけないこと」リストとして、また一般的な間違いを避けるための早見ガイドとして機能します。

妨害要因 妨害の機序 ルール / 指針
カフェイン アデノシン受容体をブロックする 就寝の6~8時間前から避ける。
アルコール REM睡眠を抑制し、覚醒を引き起こす 睡眠薬として使用しない。夜間の飲酒を制限する。
多量/遅い食事 深部体温を上昇させ、消化不良を引き起こす 夕食は就寝の少なくとも3時間前に済ませる。
高糖質のスナック 血糖値の急降下とコルチゾール放出を引き起こす 就寝2時間以内は避ける。
熟成チーズ ノルエピネフリン(覚醒物質)の放出を刺激する 夕食や夜食での摂取を避ける。

JAPANESEHEALTH.ORGの快眠アクションプラン

これまでの科学的知見を、日常生活で実践できる具体的な行動計画に落とし込みます。

4.1 時間栄養学:最適な睡眠のために一日を設計する

「前装填」の朝食: トリプトファンとビタミンB6が豊富な朝食(例:卵、納豆、バナナ、ヨーグルト)の重要性を強調します14。これは、体の概日リズム(体内時計)に合わせて、その日の後半にメラトニンを合成するための構成要素を供給します。
「リラックス」の夕食: 「3時間ルール」と、重すぎないバランスの取れた食事の重要性を再確認します。

4.2 完璧な「おやすみ」食事の創出:味噌汁アプローチ

「おやすみ味噌汁」や「ぐっすりスープ」という、文化的にも親和性が高く実用的な概念をテンプレートとして活用します39
レシピの分析:

  • ベース: 味噌/豆乳(トリプトファン、GABA含有)。
  • タンパク質: 豆腐、豚肉、ツナ(トリプトファン、グリシン、ビタミンB群含有)。
  • 野菜: ほうれん草、じゃがいも、海藻(マグネシウム、GABA、ビタミン含有)。
  • 温かさ: 温かい液体は、一度深部体温を上げ、その後の低下を促すことで眠気を誘います。

これは単一のレシピではなく、読者が自分自身の睡眠に優しい食事を創造するための柔軟なテンプレートを提供します。

4.3 賢い軽食と癒しの飲み物

就寝前にお腹が空いた時のための「安全リスト」を提供します。
軽食: 小さなボウルのヨーグルトやカッテージチーズ、一握りのアーモンドやクルミ、キウイフルーツ1個40
飲み物: ホットミルク、カモミールティー、カフェインレスのほうじ茶や玄米茶、または単に白湯7

4.4 包括的アプローチ:食事と生活習慣の融合

完全な全体像を提供するために、食事に関する助言を、研究で言及されている他の重要な睡眠衛生習慣と簡潔に結びつけます。
運動: 適度な定期的な運動は睡眠を改善しますが、就寝間際の激しい運動は避けるべきです6
入浴: 就寝1~2時間前の温かい入浴は、深部体温の低下を助けます6
: 朝の太陽光を浴びることは、体内時計をリセットするのに役立ちます5

表3:「ぐっすり睡眠」日替わり食事プランの例

この表は、本報告書のすべての原則を、具体的で実行しやすい日々のガイドラインに変換するものです。「言うだけでなく示す」ための究極のツールです。

食事 食事の例 睡眠への栄養学的理由
朝食 (7:00) 白米、豆腐とわかめの味噌汁、鮭の塩焼き、納豆 夜間のメラトニン合成に備え、朝にトリプトファン(味噌、豆腐、鮭、納豆)、マグネシウム(わかめ)、ビタミンB6(鮭)を供給。ご飯の炭水化物がトリプトファンの吸収を助ける。
昼食 (12:30) 鶏肉ときのこの蕎麦 タンパク質を継続的に供給。きのこは少量のGABAとビタミンDを供給。
夕食 (19:00 – 就寝3時間前まで) 豚の生姜焼き(玉ねぎ入り)、蒸し野菜、少なめの玄米 豚肉からのグリシン、ビタミンB群、複合炭水化物。生姜には体を温める作用がある。消化への負担を避けるため、量は控えめに。
就寝前の飲み物 (21:30) 温かい牛乳一杯またはカモミールティー 最後の少量のトリプトファンとカルシウム(牛乳)またはリラックス効果のあるハーブ化合物(カモミール)を供給。温かさが深部体温の低下を助ける。

よくある質問

なぜ夜遅くに食事をすると睡眠に悪いのですか?

夜遅くに食事をすると、消化器系が活発に働く必要があります。この消化活動は体の深部体温を上昇させます。しかし、質の良い睡眠に入るためには、体がリラックスし、深部体温が低下することが生理的に必要です6。したがって、消化による体温上昇は、入眠に必要な体の自然なプロセスを妨害し、眠りにつきにくくしたり、眠りが浅くなったりする原因となります。夕食は就寝の少なくとも3時間前に終えるのが理想的です。

「寝酒」は本当に睡眠の質を下げますか?

はい、間違いなく下げます。アルコールは一時的に鎮静作用をもたらし、眠りにつきやすく感じるかもしれません。しかし、体がアルコールを分解するにつれて、睡眠の後半部分で覚醒反応が起こります。これにより、夜中に何度も目が覚めやすくなり、特に記憶の整理や心身の回復に重要な「REM睡眠」が著しく抑制されます2930。厚生労働省も、依存のリスクや睡眠の質への悪影響から、寝酒を推奨していません3

トリプトファンを効率的に脳に届けるにはどうすればよいですか?

トリプトファンは、他の多くのアミノ酸と競合しながら脳に到達します。そのため、単に肉や魚などの高タンパク質な食品を食べるだけでは、効率的に脳に届かないことがあります。最も効果的な方法は、トリプトファンを含む食品(例:魚、大豆製品、乳製品)を、お米やパンなどの炭水化物と一緒に摂ることです14。炭水化物を摂るとインスリンが分泌され、競合する他のアミノ酸が筋肉に取り込まれるのを助けるため、結果的にトリプトファンが脳に入りやすくなります。

睡眠に良いとされるサプリメント(マグネシウムやグリシン)は効果がありますか?

科学的証拠は有望です。マグネシウムは神経のリラックスを助け、メラトニンの調節に関与しており、特に不足している人には不眠や不安の改善に役立つ可能性が複数の研究で示唆されています2425。グリシンは、体の深部体温を下げることで入眠を促し、睡眠の質を向上させる効果が小規模な臨床試験で報告されています2223。ただし、サプリメントの利用を始める前には、必ず医師や薬剤師などの専門家に相談してください。


結論

本稿では、日本における喫緊の公衆衛生問題である睡眠の質と食事との間に存在する、複雑かつ深遠な関連性を詳細に分析しました。科学的証拠は、食品の選択が単に全体的な身体の健康に影響を与えるだけでなく、睡眠を制御する生化学的メカニズムを調整するための強力な手段であることを明確に示しています。

核となるメッセージは、必須栄養素を供給し、妨害要因を避けることを通じて、睡眠は積極的に改善できるということです。トリプトファン、GABA、グリシン、マグネシウムという四つの主要な栄養の柱は、ホルモン合成、神経系の鎮静、そして睡眠生理の調節において基盤的な役割を果たします。同時に、カフェイン、アルコール、そして遅い時間帯の重い、または糖質の多い食事といった睡眠の「敵」を認識し、制限することが極めて重要です。

睡眠は複雑かもしれませんが、食事はコントロールを取り戻すための、身近で効果的なツールです。不眠に対して無力感を抱く代わりに、読者の皆様にはご自身の食卓を、体がその自然な機能を果たすのを支援する手段として捉えることをお勧めします。

最終的な行動への呼びかけは、管理可能で小さな変化から始めることです。夜食を変えてみる、トリプトファン豊富な朝食を心がける、あるいは単に就寝前に温かい牛乳を一杯飲む。これらの小さな選択の一つ一つが、より良い夜の眠りと、より健康的で活力に満ちた生活への道のりにおける一歩となるのです。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的助言に代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 厚生労働省. 睡眠に関するこれまでの取組について. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001126766.pdf
  2. 日本生活習慣病予防協会. 睡眠時間が6時間未満の人は、男性 37.5%、女性40.6%。男性30〜50 歳代、女性40〜50 歳代で4割超 令和1年(2019)「国民健康・栄養調査」より. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://seikatsusyukanbyo.com/statistics/2020/010354.php
  3. 厚生労働省. 健康づくりのための睡眠ガイド 2023. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
  4. 科学技術振興機構. 「成人」「こども」「高齢者」に区分した年代別の新「睡眠指針」案、厚労省が公表. Science Portal. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20231027_g01/index.html
  5. 厚生労働省. 良い睡眠の概要(案). [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001151837.pdf
  6. 快眠と生活習慣. e-ヘルスネット. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: http://kenkoukyouikusidousyakousyuukai.com/img/file172.pdf
  7. 不眠症の改善に食事が重要。ぐっすり眠れる食べ物・飲み物とは…. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://todokusuri.com/column/post_20250319/
  8. MUJUU. カフェインと”眠れない”の関係性|なぜ,摂取量,対策まで徹底解説. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://mujuu.jp/journal/2025_0521
  9. Hartmann E. L-Tryptophan: Basic Metabolic Functions, Behavioral Research and Therapeutic Indications. Int J Tryptophan Res. 2009;2:45-60. doi:10.4137/ijtr.s2129.
  10. 株式会社タマノイ酢. 快眠は「食事」から!睡眠の質を上げる食べ物. ヘル酢タス. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.tamanoi.co.jp/healthtasu/foods-that-improve-the-quality-of-sleep/
  11. Sutanto E, et al. The impact of tryptophan supplementation on sleep quality: a systematic review, meta-analysis, and meta-regression. Nutr Rev. 2022;80(2):306-318. doi:10.1093/nutrit/nuab027.
  12. Martínez-Gómez M, et al. Sleep Patterns and Tryptophan Consumption among Students at Spanish Universities: The Unihcos Project. Nutrients. 2024;16(11):1642. doi:10.3390/nu16111642.
  13. Binks H, et al. Sleep and Diet: Mounting Evidence of a Cyclical Relationship. J Obes Metab Syndr. 2020;29(3):181-191. doi:10.7570/jomes20042.
  14. 阪野クリニック. 睡眠の質を上げる食べ物とは?. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://banno-clinic.biz/good-foods-for-better-sleep/
  15. 株式会社あしたのチーム. 【厳選】トリプトファンが多い身近な食べ物|セロトニン・睡眠への効果も. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://asitano.jp/article/8005
  16. Hepsomali P, et al. Effects of Oral Gamma-Aminobutyric Acid (GABA) Administration on Stress and Sleep in Humans: A Systematic Review. Front Neurosci. 2020;14:923. doi:10.3389/fnins.2020.00923.
  17. Yamatsu A, et al. The Improvement of Sleep by Oral Intake of GABA and Apocynum venetum Leaf Extract. J Nutr Sci Vitaminol. 2015;61(2):182-7. doi:10.3177/jnsv.61.182.
  18. Nishida M, et al. The Effect of Oral GABA on the Nervous System: Potential for Therapeutic Intervention. Pharmaceuticals (Basel). 2021;14(2):106. doi:10.3390/ph14020106.
  19. Byun JI, et al. The role of the GABAergic system on insomnia. J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 2024. doi:10.1176/appi.neuropsych.23090218.
  20. ハウス食品グループ本社株式会社. 時間より質!睡眠の質を高める食べ物とは?. from ハウス. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://comeon-house.jp/fromhouse/09/index.html
  21. Sleep Foundation. Glycine for Sleep. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.sleepfoundation.org/sleep-aids/glycine-for-sleep
  22. Yamadera W, et al. Glycine ingestion improves subjective sleep quality in human volunteers, correlating with polysomnographic changes. Sleep Biol Rhythms. 2007;5:126-131. doi:10.1111/j.1479-8425.2007.00262.x.
  23. Inagawa K, et al. New therapeutic strategy for amino acid medicine: glycine improves the quality of sleep. J Pharmacol Sci. 2012;118(2):141-8. doi:10.1254/jphs.11r04fm.
  24. SFI Health. Why magnesium should be part of your sleep routine. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.sfihealth.com/news/why-magnesium-should-be-part-of-your-sleep-routine
  25. Dr.Oracle AI. Does magnesium supplementation help with insomnia (sleep …). [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.droracle.ai/articles/106708/does-magnesium-help-for-sleep
  26. AJMC Staff. Study: Magnesium-L-Threonate Improves Objective, Subjective Sleep Quality. AJMC. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.ajmc.com/view/study-magnesium-l-threonate-improves-objective-subjective-sleep-quality
  27. Hori K, et al. An Exploratory Study to Detect the Effects of the Combined Intake of Gamma-aminobutyric Acid (GABA) and L-theanine on Sleep by Wearable Device. medRxiv. 2023. doi:10.1101/2023.10.01.23296182.
  28. 健康・体力づくり事業財団. コーヒー・紅茶・緑茶・コーラ・健康飲料・ココア・チョコレート. 健康ネット. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.health-net.or.jp/tairyoku_up/chishiki/sleep/t03_10_03_05.html
  29. 厚生労働科学研究成果データベース. 飲酒と睡眠との関連に関する文献レビュー. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2013/133061/201315046A_upload/201315046A0005.pdf
  30. 国立精神・神経医療研究センター病院. お酒を飲むとぐっすり眠れる?. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.ncnp.go.jp/hospital/guide/sleep-column22.html
  31. 柏崎市. 働き盛りに知ってほしい、アルコールと睡眠のこと. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.city.kashiwazaki.lg.jp/soshikiichiran/fukushihokembu/kenkosuishinka/3/1/30533.html
  32. 全国健康保険協会. 健康と睡眠. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.kyoukaikenpo.or.jp/file/202207280919.pdf
  33. すぎおかクリニック. 血糖上昇の速い食品(高GI)と不眠症. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://sugioka-clinic.jp/blog/%E8%A1%80%E7%B3%96%E4%B8%8A%E6%98%87%E3%81%AE%E9%80%9F%E3%81%84%E9%A3%9F%E5%93%81%EF%BC%88%E9%AB%98gi%EF%BC%89%E3%81%A8%E4%B8%8D%E7%9C%A0%E7%97%87/
  34. 厚生労働科学研究成果データベース. 食習慣と睡眠の関連性についての疫学研究レビュー. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2013/133061/201315046A_upload/201315046A0008.pdf
  35. スポーツ栄養Web. 食事性炎症指数が高い食生活は、睡眠中に目覚めやすくて再入眠に時間がかかりやすい. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://sndj-web.jp/news/002217.php
  36. MedicineNet. 8 Foods You Should Avoid That Will Keep You Awake at Night. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.medicinenet.com/8_foods_you_should_avoid_that_will_keep_you_awake/article.htm
  37. Mayo Clinic. MAOIs and diet: Is it necessary to restrict tyramine?. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/depression/expert-answers/maois/faq-20058035
  38. Baptist Health. Can Diet & Foods Impact Sleep? Tips for Better Sleep. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.baptisthealth.com/blog/sleep-care/can-diet-affect-sleep
  39. 味の素株式会社. 医師が考案! 睡眠お助け「おやすみそ汁」. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.ajinomoto.co.jp/hondashi/misoshiru/ouen_oyasumi/index.html
  40. 株式会社七彩工房. 睡眠の質を上げるには?睡眠に良い食べ物や飲み物を紹介. なないろMAGAZINE. [インターネット]. 2025年7月25日引用. Available from: https://www.nanairolife.co.jp/magazine/about_health/media-289/
この記事はお役に立ちましたか?
はいいいえ