がん・腫瘍疾患

女性の咽頭がん、首のしこりは危険信号?HPV時代の新常識を専門医が解説

喉の痛み、声のかすれ、飲み込みにくさ。これらの症状が続くと、多くの方が風邪や疲れを疑うかもしれません。しかし、もしそれが女性の「咽頭がん」のサインだとしたらどうでしょうか。かつては喫煙や飲酒をする中高年男性に多いとされたこのがんですが、近年、その様相は大きく変化しています。特に、ヒトパピローマウイルス(HPV)に関連する中咽頭がんは著しく増加しており、従来のイメージとは異なる症状で発症することが少なくありません。国立がん研究センターの最新統計によると、2021年に日本で新たに診断された口腔・咽頭がんの患者のうち、女性は6,744人を占め、2023年には2,451人の女性がこの病気で命を落としています10。本稿はJAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が、最新の科学的知見と日本の臨床ガイドラインに基づき、現代を生きるすべての女性が知っておくべき咽頭がんの正しい知識、見過ごされがちな危険な兆候、そして自らの未来を守るための予防法について、深く、そして分かりやすく解説します。

この記事の科学的根拠

この記事は、特定の医師個人の意見ではなく、以下の国内外の主要な公的機関、学術団体、および査読付き科学研究によって確立されたエビデンスに基づき、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が責任を持って編集しています。各情報の正確性と信頼性を担保するため、すべての主要な主張は本文中で具体的な情報源にリンクされています。

  • 日本頭頸部癌学会 (JSHNC): 日本における咽頭がんの診断・治療の標準的なアプローチは、本学会の診療ガイドラインを基にしています。
  • 国立がん研究センター (NCCJ): 日本国内の正確な罹患数・死亡数などの統計データや、一般的な治療法の解説は、がん情報サービスの情報を主要な典拠としています310
  • 厚生労働省 (MHLW): HPVワクチンに関する日本の公衆衛生政策や公式見解は、厚生労働省の発表に基づいています9
  • 国際的な医学研究論文: HPV関連がんと症状の関連性など、最新の知見については、PubMed(米国国立医学図書館のデータベース)などで公開されている査読付きの国際的な学術論文を引用しています56

要点まとめ

  • 咽頭がんの常識は変化している:かつての「喫煙・飲酒男性の病気」というイメージは古く、HPVの感染を原因とする中咽頭がんは女性や非喫煙者にも増加しています。
  • 「首のしこり」は最重要サイン:喉の痛みや声がれといった従来の症状に加え、HPV関連の中咽頭がんでは、痛みのない「首のしこり(リンパ節の腫れ)」が最初の症状であることが非常に多いです。
  • 持続する症状は専門医へ:2〜3週間以上続く喉の違和感、声のかすれ、飲み込みにくさ、片側の耳の痛み、そして首のしこりなど、いずれかの症状に気づいた場合は、自己判断せず耳鼻咽喉科を受診することが極めて重要です。
  • 予防にはHPVワクチンが有効:HPV関連の咽頭がんは、HPVワクチン接種によって予防できる可能性があります。日本でもワクチンの積極的勧奨が再開されており、正しい情報に基づいて医師と相談することが推奨されます。

咽頭がんの基本:3つの部位とそれぞれの特徴

「咽頭」とは、鼻の奥から食道の入り口まで続く、長さ約13センチの管状の器官です。空気と食物の両方が通過する重要な通り道であり、部位によって「上咽頭」「中咽頭」「下咽頭」の3つに分けられます。がんはどの部位に発生するかによって、原因、症状、治療法が大きく異なります。

  • 上咽頭(じょういんとう):鼻の最も奥に位置し、頭蓋骨のすぐ下にあります。この部位のがんは、EBウイルスというウイルスとの関連が指摘されています。
  • 中咽頭(ちゅういんとう):口を開けたときに正面に見える、いわゆる「のどちんこ」や扁桃腺(へんとうせん)が含まれる領域です。近年、HPVに関連するがんがこの部位で急増しています。
  • 下咽頭(かいんとう):咽頭の最も下、食道の入り口付近に位置します。この部位のがんは、伝統的に喫煙や過度の飲酒との関連が深いとされています。

最も重要なサイン:見過ごされがちな初期症状と危険な兆候

咽頭がんの発見において最も重要なのは、体からの些細なサインを見逃さないことです。特に、原因によって初期症状の現れ方が大きく異なるという「新常識」を理解する必要があります。

HPV関連がんと従来型のがん:異なる症状のパターン

近年の研究で最も注目すべき発見の一つは、がんの原因によって初期症状が異なるという点です。2014年に発表された研究では、HPV陽性の中咽頭がん患者とHPV陰性(主に喫煙や飲酒が原因)の患者の初期症状が比較されました。その結果、驚くべき違いが明らかになりました5

  • HPV陽性の中咽頭がん:最も一般的な最初の症状は「首のしこり(頸部リンパ節腫脹)」でした。これは、元の腫瘍が小さく症状を出さないうちから、リンパ節に転移して腫れとして現れるためです。喉の痛みは比較的少ない傾向にあります。
  • HPV陰性(従来型)のがん:最も一般的な症状は「持続する喉の痛み」でした。腫瘍そのものが大きくなりやすく、痛みや潰瘍を引き起こします。

この事実は、「喉は痛くないから大丈夫」という自己判断がいかに危険であるかを示唆しています。特に女性や非喫煙者で原因不明の首のしこりがある場合、それは咽頭がんの重要なサインである可能性を念頭に置く必要があります。

部位別の注意すべき症状リスト

がんが発生する部位によって、特徴的な症状が現れます。以下の症状が2〜3週間以上続く場合は、専門医への相談を強く推奨します。

表1:咽頭がんの部位別・主な初期症状
部位 主な初期症状 解説
中咽頭 ・痛みのない首のしこり
・飲み込むときの違和感、異物感
・片側の喉の痛み
・食事がしみる感じ
・片側の耳の痛み(放散痛)
HPV関連がんの増加に伴い、「首のしこり」が最初のサインとして最も重要視されています。扁桃腺の腫れが左右非対称な場合も注意が必要です12
下咽頭 ・声のかすれ(嗄声)
・飲み込むときの痛みや、つかえる感じ
・食べ物がむせる
声の変化や嚥下(えんげ)時の異常が特徴です。症状が進行するまで気づかれにくい傾向があります13
上咽頭 ・片側の鼻づまり、鼻血
・片側の耳の閉塞感、難聴
・ものが二重に見える(複視)
鼻や耳に関連する症状が特徴です。顔面のしびれなどが現れることもあります2

女性特有のリスクと原因:あなたが知っておくべきこと

咽頭がんのリスク要因は一つではありません。伝統的な要因に加え、女性が特に注意すべき新たな、あるいは歴史的な要因が存在します。

  • 喫煙と飲酒:これらは依然として、特に下咽頭がんの最も強力なリスク要因です。アルコールは、タバコに含まれる発がん物質の作用を増強させると考えられています。
  • HPV(ヒトパピローマウイルス):今や中咽頭がんの主要な原因となっています。日本の多施設共同研究では、中咽頭がん患者の約50.3%でHPVが検出されました13。さらに最新のBROADEN研究によれば、日本におけるHPV駆動型の頭頸部がんは2008-2009年の44.2%から2018-2019年には51.7%へと有意に増加しており、この傾向は今後も続くと予測されています6。HPVは主に性的接触を介して感染しますが、多くの場合は自然に排除されます。しかし、ごく一部でウイルスが持続感染し、数年から数十年かけて細胞をがん化させることがあります。
  • Plummer-Vinson(プランマー・ビンソン)症候群:これは、重度の鉄欠乏性貧血に伴い、嚥下困難や舌炎などを引き起こす症候群です。かつて栄養状態が良くなかった時代の日本の女性において、下咽頭がんの重要なリスク要因とされていました11。現代では稀になりましたが、鉄欠乏性貧血を持つ女性における咽頭がんリスクの歴史的背景として知っておくべき知識です。

診断プロセス:医師は何を調べるのか?

気になる症状があって耳鼻咽喉科を受診した場合、診断は通常、以下のような段階的なプロセスで進められます。これは、日本頭頸部癌学会の診療ガイドラインなど、標準的な手順に基づいています。

  1. 問診と視診・触診:症状の詳しい内容や経過、喫煙・飲酒歴、生活習慣などを聴取します。その後、口の中を直接観察し、首の周りを触ってしこりの有無やリンパ節の腫れを確認します。
  2. 内視鏡検査:細いファイバースコープを鼻から挿入し、肉眼では見えない上咽頭、中咽頭、下咽頭の粘膜を詳細に観察します。がんが疑われる病変の有無を確認するための最も重要な検査です。
  3. 生検(組織検査):内視鏡検査で異常が見つかった場合、その組織の一部を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を確定診断します。この際、p16というタンパク質を調べる検査を追加することで、がんがHPVに関連しているかどうかを高い精度で判定できます。
  4. 画像診断:がんが確定した場合、CTやMRI、PET検査などの画像診断を行い、がんの正確な位置、大きさ、周辺への広がり(深達度)、リンパ節や他の臓器への転移の有無を詳細に評価します。これにより、治療方針を決定するための病期(ステージ)が確定します。

未来を守るために:予防とHPVワクチンに関する最新情報

咽頭がん、特にHPVに関連するタイプは、予防できる可能性があります。ライフスタイルの見直しと、HPVワクチンに関する正しい知識が鍵となります。

生活習慣による予防

喫煙と過度の飲酒は、依然として咽頭がんの主要なリスクです。禁煙と節度ある飲酒は、下咽頭がんをはじめとする多くのがんを予防する上で最も効果的な手段の一つです。

HPVワクチン:日本の現状と科学的根拠

HPVワクチンは、子宮頸がんの予防で知られていますが、中咽頭がんを含む他のHPV関連がんの予防にも効果が期待されています。日本では過去に、ワクチン接種後の多様な症状が報告されたことから、一時的に国からの積極的な接種勧奨が差し控えられ、世界的に見ても低い接種率が続いていました78

しかし、その後の国内外での大規模な追跡調査や、日本の「名古屋スタディ」を含む複数の研究において、ワクチンと報告された症状との間に科学的な因果関係は認められませんでした8。これらの豊富な科学的証拠に基づき、厚生労働省は2022年4月からHPVワクチンの積極的勧奨を再開しました9

現在、日本では小学校6年生から高校1年生までの女子を対象に公費での定期接種が行われています。また、積極的勧奨が差し控えられていた期間に接種機会を逃した女性に対しても、キャッチアップ接種の制度が設けられています。ご自身やお子様のワクチン接種については、最新の科学的情報に基づき、その利益と考慮すべき点についてかかりつけの医師と相談することが重要です。

結論:あなたの体からのサインに耳を傾けて

咽頭がんの知識は、この10年で大きく進化しました。もはや特定の層だけの病気ではなく、HPVの台頭により、すべての女性が当事者意識を持つべき疾患となっています。最も重要なメッセージは、「これまでの常識にとらわれず、体の小さな変化に気づき、迅速に行動すること」です。特に、痛みを伴わない首のしこり、2〜3週間以上続く声のかすれや喉の違和感は、決して見過ごしてはならない危険なサインです。早期に発見すれば、咽頭がんは機能温存を目指した治療も可能な病気です。この記事で得た知識を元に、ご自身の体を大切にし、少しでも不安な症状があれば、ためらわずに専門医の扉を叩いてください。それが、あなた自身の健康と未来を守るための、最も確実な一歩となります。

免責事項本記事は情報提供のみを目的としており、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康に関する懸念や、ご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

参考文献

  1. 大阪がんクリニック. 女性の咽頭がんと光免疫療法「詳細な解説」. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://gan-medical-chiryou.com/cancer-knowledge/pharyngeal-cancer-in-women/
  2. Cellcloud. 女性でも咽頭がんになる?罹患するリスクを高める原因や初期症状・検査方法を解説. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://micro-ctc.cellcloud.co.jp/column/pharyngeal-cancer-women
  3. 国立がん研究センター がん情報サービス. 中咽頭がん 検査. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://ganjoho.jp/public/cancer/mesopharynx/diagnosis.html
  4. 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会. HPV関連中咽頭がん-意外と知らない. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.jibika.or.jp/owned/contents7.html
  5. Pang J, Morgan M, Lopes V, Ma C, Kim J, Lin D, et al. Initial symptoms in patients with HPV-positive and HPV-negative oropharyngeal cancer. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2014;140(6):531-6. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24652023/
  6. Kojima T, Kiyota N, Tahara M, Onoe T, Chibana K, Ota Y, et al. Human papillomavirus-driven head and neck cancers in Japan during 2008-2009 and 2018-2019: The BROADEN study. Cancer Sci. 2024;115(8):2905-15. Available from: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11309946/
  7. 日本医師会. ヒトパピローマウイルス感染症に係る定期接種及び子宮頸がん. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.med.or.jp/people/health/kansen/011756.html
  8. ピンクリボン運動推進協議会. 子宮頸がんワクチンの接種が日本で遅れている理由。正しい情報を入手するために. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.pinkribbon-no-wa.jp/news/%E5%AD%90%E5%AE%AE%E9%A0%B8%E3%81%8C%E3%82%93%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%8E%A5%E7%A8%AE
  9. 厚生労働省. 9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン(シルガード9)について. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_9-valentHPVvaccine.html
  10. 国立がん研究センター がん情報サービス. 口腔・咽頭がん 統計. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/3_oral.html
  11. 阿部伸一, ほか. 下咽頭輪状後部癌とPlummer-Vinson症候群. 頭頸部癌. 1991;17(2):198-202. Available from: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhnc1974/17/2/17_2_198/_article/-char/ja/
  12. 銀座七丁目クリニック. 咽頭がんの初期症状とは?部位別の症状や検査、発生原因などについて解説. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.g-cg.jp/column/laryngeal.html
  13. Hama T, Orita Y, Miki K, Yumoto E, Kurita T, Nishizaki K. Prevalence of human papillomavirus in oropharyngeal cancer: a multicenter study in japan. Acta Med Okayama. 2016;70(3):197-202. Available from: https://kyushu-u.elsevierpure.com/en/publications/prevalence-of-human-papillomavirus-in-oropharyngeal-cancer-a-mult
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  15. 大垣市民病院. 咽頭がん. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://www.ogaki-mh.jp/gankyoten/cancer/intou.html
  16. 関西医科大学附属病院. 下咽頭がん. [インターネット]. [2025年7月27日参照]. Available from: https://hp.kmu.ac.jp/hirakata/visit/search/sikkansyousai/d24-020.html
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