性的健康

【産婦人科医・整形外科医監修】その腰痛、病気のサインかも?性交後の腰痛、5つの原因と最新治療法を徹底解説

性交の後に感じる腰の痛み。パートナーには言い出しにくく、「ただの疲れだろう」と一人で抱え込んでいませんか。あるいは、「この痛みは普通のことなのだろうか」と、漠然とした不安を感じているかもしれません。多くの女性が経験しながらも、その原因や対処法について正確な情報を得る機会は少ないのが現状です。この記事は、そのような悩みを抱えるすべての女性のために、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会が産婦人科および整形外科の専門家の知見を結集し、科学的根拠に基づいて作成した信頼できる羅針盤です。あなたの痛みの原因を正しく理解し、適切な一歩を踏み出すための、最も包括的で信頼性の高い情報を提供することをお約束します。

この記事の科学的根拠

本記事は、引用されている入力研究報告書に明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下に示すリストは、実際に参照された情報源のみを含み、提示された医学的指導との直接的な関連性を示しています。

  • 日本整形外科学会/日本腰痛学会: 本記事における腰痛の定義、自然経過、および標準的な治療法(薬物、運動、認知行動療法)に関する指針は、これらの学会が発行した「腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)」に基づいています11011
  • 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会: 子宮内膜症や骨盤内炎症性疾患(PID)など、婦人科系疾患が性交後腰痛の原因となる可能性とその標準治療に関する記述は、「産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023」を典拠としています12
  • 栗田宜明准教授らの研究: 日本における腰痛の有病率や年代・性別の特徴に関する最新の統計データは、日本腰痛学会が発表した「腰痛に関する全国調査 報告書 – 2023年版」に基づいています6
  • 世界保健機関(WHO): 運動療法や心理療法の推奨など、慢性腰痛管理に関する世界的な治療の潮流は、WHOが発行したガイドラインに基づいています13
  • 国際的な査読付き学術論文(PubMed等): 子宮内膜症の痛みのメカニズムや慢性骨盤痛と中枢感作の関連など、最先端の基礎・臨床研究に関する知見は、PubMedなどのデータベースで検証可能な国際的学術論文を典拠としています141516

要点まとめ

  • 性交後の腰痛は、一時的な筋肉の疲れから、子宮内膜症などの婦人科系疾患のサインまで、原因が多岐にわたります。
  • 月経周期と連動する痛み、突き上げるような深部の痛み、不正出血や発熱を伴う場合は、単なる腰痛ではなく病気が隠れている危険なサインかもしれません。
  • 日本の最新調査では、成人女性の約15%が直近1ヶ月で腰痛を経験しており、これは国民的な健康課題です6
  • 痛みは身体だけの問題ではなく、不安や恐怖心といった心理社会的要因が痛みを増幅させ、慢性化させることがあります。
  • 治療法は原因に応じて異なり、ホルモン療法、運動療法、認知行動療法など多角的なアプローチが存在します。痛みを我慢せず、専門医に相談することが解決への第一歩です。

第1部:痛みの原因を特定する – 筋骨格系の問題か、婦人科系のサインか

性交後の腰痛と一言で言っても、その原因は様々です。多くは一時的な身体への負担によるものですが、中には医療機関での治療が必要な病気が隠れている可能性もあります。まずは、ご自身の痛みがどちらのタイプに近いのかを見極めることが重要です。

1.1 多くのケース:性行為に伴う一過性の「筋骨格系」腰痛

性行為は、時に普段使わない筋肉を使ったり、無理な姿勢を長時間続けたりすることで、腰の筋肉や関節に負担をかける身体活動です。多くの場合、性交後の腰痛は、このような機械的なストレスによる一過性のものです。

1.1.1 原因1:不適切な体位と腰への機械的ストレス

性行為中の特定の体位、特に腰を過度に反らせたり、深く捻ったりするような動きは、腰椎(背骨の腰の部分)の間にある椎間板や、骨盤の後方にある仙腸関節に大きな負荷をかけます17。このような機械的ストレスが、関節やその周囲の靭帯、筋肉に微細な損傷や炎症を引き起こし、痛みとして感じられることがあります。特に、腰に負担がかかりやすいとされる体位を長時間続けた場合に起こりやすいと考えられます。

1.1.2 原因2:オーガズムに伴う筋肉の過緊張と痙攣

オーガズム(性的興奮の頂点)に達する際、骨盤の底にある骨盤底筋群や、背骨を支える傍脊柱筋といった筋肉が、無意識のうちに強く収縮します。この急激かつ強力な筋肉の収縮が、性交後の筋肉痛や、場合によっては筋肉の痙攣(こむら返りと同じような状態)を引き起こすことがあります18。これは運動後の筋肉痛に似た生理学的な反応であり、通常は時間と共に改善します。

1.1.3 原因3:既存の腰の問題の一時的な悪化

もともと軽度の椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎すべり症といった腰の持病がある場合、性行為による物理的な負荷が加わることで、それらの症状が一時的に悪化したり、顕在化したりすることがあります19。普段は無症状でも、性行為が引き金となって、隠れていた問題が痛みとして表面化するケースです。

1.2 【重要】見過ごし厳禁:婦人科系疾患が隠れている5つの危険なサイン

「いつもの腰痛と違う」「単なる筋肉痛ではなさそうだ」と感じる場合、その背後には婦人科系の疾患が隠れている可能性があります。以下のサインは、速やかに医療機関、特に婦人科を受診すべき重要な警告です20

1.2.1 サイン1:子宮内膜症 – 月経ごとに悪化する腰痛と「突き上げる」性交痛

子宮内膜症は、本来子宮の内側にあるはずの子宮内膜組織が、子宮以外の場所(例えば卵巣、腹膜、腸など)で増殖・出血を繰り返す病気です。日本産科婦人科学会によれば、生殖年齢女性の約10%に存在すると推定されています21。この病巣が骨盤内、特に子宮と直腸の間にあるダグラス窩や、子宮を後ろから支える仙骨子宮靭帯にできると、性交時にペニスが深く挿入されることで直接刺激され、「突き上げるような」激しい痛み(深部性交痛)や腰痛を引き起こします。この痛みは月経周期と連動して悪化する傾向があり、病巣で産生される炎症性物質(サイトカインなど)が周囲の神経を過敏にさせることが、痛みの根本的な原因であると近年の研究で明らかにされています15

1.2.2 サイン2:骨盤内炎症性疾患(PID) – 持続的な下腹部痛・腰痛と帯下の異常

骨盤内炎症性疾患(PID)は、クラミジアや淋菌などの性感染症が原因で、細菌が腟から子宮、卵管、そして骨盤腹膜へと上行性に広がり、炎症を引き起こす病気です22。急性期には発熱や激しい下腹部痛を伴いますが、慢性化すると骨盤内で臓器同士の癒着が起こり、持続的な下腹部痛や腰痛、そして性交痛の原因となります。普段と違う色や匂いの帯下(おりもの)の異常を伴うことも特徴です。

1.2.3 サイン3:子宮筋腫・子宮腺筋症 – 圧迫による重い痛み

子宮筋腫は子宮の筋肉にできる良性の腫瘍で、子宮腺筋症は子宮内膜に似た組織が子宮の筋層内にできる病気です。これらの病変が特定の位置にできたり、大きくなったりすると、周囲の臓器や骨盤内の神経を圧迫し、性交時の刺激によって腰に響くような重い痛みや圧迫感として感じられることがあります23

1.2.4 サイン4:卵巣腫瘍(嚢胞など) – 進行に伴う骨盤内の圧迫痛

卵巣に液体や脂肪が溜まってできる卵巣嚢胞などの腫瘍も、ある程度の大きさになると骨盤内のスペースを占拠し、周囲の臓器や神経を圧迫します。これにより、性交時の体勢の変化や物理的な圧迫が引き金となり、腰痛や下腹部痛が生じることがあります17

1.2.5 サイン5:深部子宮内膜症(DIE)による神経への直接浸潤 – 坐骨神経痛様の激痛

これは特に重篤なケースですが、深部浸潤型子宮内膜症(DIE)と呼ばれる特殊なタイプの子宮内膜症では、病巣が骨盤の奥深くにある仙骨神経叢や坐骨神経にまで直接浸潤することがあります24。この場合、性交時の刺激が直接神経を刺激し、腰痛だけでなく、お尻から太ももの裏側にかけて広がる、電気が走るような激しい痛み(坐骨神経痛様症状)を引き起こすことがあります。月経周期に合わせて症状が変動するのが特徴です。

1.3 痛みを増幅させる「脳」の問題:心理社会的要因の役割

痛みは、単なる身体的な信号ではありません。特に痛みが3ヶ月以上続く慢性痛の場合、その維持・増悪には「生物・心理・社会モデル」で説明されるように、心理的な要因や社会的な環境が深く関わっています25。性交後の腰痛が長引く場合も例外ではありません。痛みが続くことで、脳の痛みを感じる回路そのものが過敏になり、通常では痛みを感じないような弱い刺激でも強く痛みを感じるようになる「中枢感作」という状態に陥ることがあります26。さらに、「また痛くなるかもしれない」という痛みへの恐怖心(恐怖回避思考)や、パートナーとの関係性への不安、仕事や家庭のストレスなどが、無意識のうちに痛みをさらに増幅させてしまうのです。この点は日本の「腰痛診療ガイドライン2019」でも極めて重要視されており、策定に関わった福島県立医科大学の紺野愼一教授も、腰痛の慢性化における心理社会的要因の関与を繰り返し指摘しています227

【表1:痛みの特徴から考える原因セルフチェック】

症状の特徴 筋骨格系の可能性が高い 婦人科系の可能性が高い
痛みのタイミング 動作中、直後のみで、安静にすると和らぐ 性交後も持続し、特に月経周期と連動して悪化する
痛みの場所 腰の表面的な筋肉、背骨のあたり 下腹部の奥、骨盤全体、腰の深い部分
痛みの種類 動かした時の鋭い痛み、または筋肉痛のような鈍痛 突き上げるような鋭い痛み、ズーンと響くような重い痛み
随伴症状 特になし 不正出血、帯下の異常、発熱、排便・排尿時の痛み

第2部:日本の現状 – データで見る腰痛と性の悩み

性交後の腰痛という問題は、個人の悩みであると同時に、日本の社会が抱えるより大きな健康課題の一端を映し出しています。

2.1 日本は「腰痛大国」:最新データが示す実態

厚生労働省の国民生活基礎調査でも、腰痛は日本人が訴える自覚症状の中で常に男女ともにトップクラスを占めています28。この国民病とも言える腰痛の実態をより詳細に明らかにしたのが、日本腰痛学会が実施し、栗田宜明准教授(福島県立医科大学)らが報告した「腰痛に関する全国調査 報告書 – 2023年版」です。この日本で最大規模の調査によると、過去1ヶ月間に腰痛を経験した人の割合(有病率)は、成人女性で14.7%にものぼります6。つまり、日本の成人女性のおよそ7人に1人が、ごく最近、腰痛に悩まされていたことになります。これは、性交後の腰痛という一見特殊な悩みが、決して稀なことではなく、非常に大きな土台の上にある問題であることを示唆しています。

2.2 性交痛:語られない女性の悩み

一方で、性の悩みは、日本では特に他者に相談しにくい文化的背景があります29。ある国内の調査では、性交痛を経験したことがある女性は85%以上に達するものの、そのうち3割以上が何も対処したことがなく、「自分が我慢すればよい」と考えてしまう傾向があることが報告されています30。日本女性心身医学会も、性交痛の原因には子宮内膜症などの身体的な問題だけでなく、興奮不足による潤滑不全といった心因性の要因も複雑に関わっていると指摘しており、カウンセリングを含む多角的なアプローチの重要性を説いています31。痛みを我慢し、一人で抱え込んでしまう文化が、問題の発見と解決を遅らせている可能性があるのです。

2.3 【本記事の核心的洞察】データが示す「隠れ婦人科疾患」の可能性

ここで、これらのデータを統合して見えてくる重要な洞察があります。「腰痛に悩む多数の女性」というマクロな事実と、「性交痛を我慢しがちな文化」という背景、そして「婦人科疾患が腰痛や性交痛を引き起こす」という医学的事実を組み合わせると、一つの仮説が浮かび上がります。それは、一般的に「腰痛」として整形外科などを受診したり、あるいは受診せずに我慢したりしている女性の中に、未診断の子宮内膜症や骨盤内炎症性疾患といった婦人科系の病気が、かなりの数、隠れているのではないかという可能性です。性交後の腰痛は、その「隠れた病気」を発見するための重要なきっかけ(シグナル)となり得るのです。

第3部:専門医による診断と治療 – 医療機関で何が行われるか

痛みが続く場合や、危険なサインに思い当たる場合は、専門医への相談が不可欠です。「どの科に行けばいいのか」「どんな検査をされるのか」といった不安を和らげるため、医療機関での一般的な流れを解説します。

3.1 診断プロセス:問診から精密検査まで

まず、婦人科と整形外科のどちらを受診すべきか迷うかもしれませんが、月経との関連や不正出血など、婦人科系のサインが一つでもある場合は、まず婦人科を受診することをお勧めします19

  • 問診:医師は、痛みの性質(いつから、どんな時に、どんな痛みか)、月経周期との関連、過去の病歴、妊娠・出産の経験などについて詳しく質問します。パートナーとのことなど、話しにくい内容も含まれるかもしれませんが、正確な診断のために正直に伝えることが重要です。
  • 内診・触診:子宮や卵巣の大きさ、形、硬さ、痛みのある場所などを、医師が指で触って確認します。子宮内膜症による癒着やしこり(硬結)を見つける上で非常に重要な診察です。
  • 超音波(エコー)検査:腟の中から、あるいは腹部の上から超音波をあてて、子宮や卵巣の状態を画像で確認します。子宮筋腫や卵巣嚢胞の有無、大きさなどを評価できます。
  • MRI検査:超音波検査でさらに詳しい情報が必要な場合に行われます。特に深部の子宮内膜症や癒着の状態を詳細に描出するのに優れています。
  • 血液検査:炎症の程度を示すCRP値や、子宮内膜症の補助診断に用いられる腫瘍マーカー(CA125など)を測定することがあります。

3.2 日本のガイドラインに基づく最新治療戦略

診断がついた後の治療は、原因となっている疾患や症状の程度、そして患者本人の年齢や妊娠希望の有無などを総合的に考慮して決定されます。治療の目標は、痛みをコントロールし、生活の質(QOL)を向上させることです。日本の主要な診療ガイドラインでは、以下のような治療法が推奨されています。

3.2.1 婦人科疾患へのアプローチ

日本産科婦人科学会の「産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2023」に基づき、以下のような治療が標準的です12

  • ホルモン療法:子宮内膜症や子宮腺筋症の治療の第一選択です。女性ホルモン(エストロゲン)の分泌を抑えることで、病巣の増殖を抑制し、痛みを軽減します。低用量ピル、黄体ホルモン剤(ディナゲストなど)、GnRHアゴニスト/アンタゴニストといった薬が使われます。
  • 抗菌薬治療:骨盤内炎症性疾患(PID)が原因の場合は、原因菌に有効な抗菌薬を内服または点滴で投与し、炎症を鎮めることが最優先されます。
  • 手術療法:薬物療法で効果が不十分な場合や、病変が大きい場合、あるいは妊娠を強く希望する場合などには手術が検討されます。腹腔鏡下手術が主流で、病巣を摘出したり、癒着を剥がしたりします。

3.2.2 筋骨格系・心理社会的要因へのアプローチ

「腰痛診療ガイドライン2019」11およびWHOのガイドライン13では、薬物だけに頼らない多角的なアプローチが推奨されています。

  • 薬物療法:痛みが強い場合には、まず非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が用いられます。神経の痛みが疑われる場合は、プレガバリンなどの神経障害性疼痛治療薬が有効なこともあります。
  • 運動療法:安静は必ずしも有効ではなく、可能な範囲で身体活動を維持することが強く推奨されています。ストレッチやウォーキング、ヨガなどの運動は、痛みの軽減や機能改善に有効であることが多くの研究で示されています。千葉大学大学院の大鳥精司教授らの研究グループでは、ゲーム機(Nintendo Switch)を応用した運動療法の効果も報告されています3
  • 認知行動療法(CBT):特に痛みが慢性化し、心理社会的要因の関与が疑われる場合に非常に有効な治療法です。痛みに対する誤った認知(考え方の癖)や、痛みを恐れて活動を避けてしまう行動パターンを修正することで、痛みがあっても生活の質を向上させることを目指します。

第4部:今日からできるセルフケアと予防策

医療機関での治療と並行して、あるいは症状が軽い場合には、日常生活の中で痛みを和らげ、繰り返さないための工夫も重要です。

4.1 痛みを和らげる応急処置と体位の工夫

  • 体位の工夫:女性が上になり、動きや深さを自分でコントロールできる体位や、横向きで腰への負担が少ない体位などを試してみましょう17。クッションや枕を腰の下に入れることで、腰の反りすぎを防ぐことも有効です。
  • リラクゼーション:性交前に温かいお風呂にゆっくり浸かったり、軽いストレッチをしたりして、心身ともにリラックスした状態を作ることも痛みの緩和につながります。
  • 潤滑ゼリーの活用:潤滑不足が痛みの原因の一つである場合は、市販の潤滑ゼリーをためらわずに使用しましょう。これは性機能の一部を補うための、賢明で健康的な選択です17

4.2 痛みを繰り返さないための身体づくり

  • 骨盤底筋トレーニング:骨盤の底でハンモックのように内臓を支えている骨盤底筋群を鍛えることは、骨盤周りの安定につながり、性交痛や腰痛の予防に役立ちます。息を吐きながら腟と肛門をゆっくり締め、数秒間保持した後に息を吸いながら緩める、という運動を繰り返します。
  • 体幹のストレッチとエクササイズ:腹筋や背筋といった体幹の筋肉をバランスよく鍛え、股関節周りの柔軟性を高めることは、腰への負担を軽減する上で非常に重要です。

4.3 パートナーとの対話:痛みを共有し、理解を得るために

最も重要で、時に最も難しいのが、パートナーとのコミュニケーションです17。痛みを我慢して性行為を続けることは、あなた自身の心身を傷つけるだけでなく、二人の関係性にも影を落とす可能性があります。「どんな時に、どんなふうに痛いのか」「どんな体位なら楽なのか」を具体的に、そして冷静に伝えることが大切です。「あなたを責めているわけではない」という前置きをすることで、相手も受け入れやすくなるかもしれません。痛みを二人で乗り越えるべき共通の課題と捉えることが、より良いパートナーシップを築く上でも不可欠です。

【表2:専門医への相談を強く推奨する危険な兆候(Red Flags)】

以下の症状が見られる場合は、重篤な疾患の可能性があるため、自己判断で様子を見ずに、できるだけ早く医療機関を受診してください。

危険な兆候(Red Flags) 考えられる深刻な状態 すぐに受診すべき理由
どんどん痛みが強くなる 感染症の悪化、腫瘍の増大 早期治療が予後を大きく左右するため。
安静にしていても痛い、夜間に悪化する 悪性腫瘍、感染性脊椎炎 一般的な筋骨格系の痛みとは異なるパターンのため。
足のしびれ、麻痺、排尿・排便障害 重度の神経圧迫(馬尾症候群など) 緊急手術が必要な場合があり、放置すると後遺症のリスク。
原因不明の発熱、悪寒、体重減少 全身性の感染症、悪性腫瘍 腰痛が全身疾患の一症状である可能性。

よくある質問

Q1: 性交後の腰痛は、どのくらいの期間続いたら病院に行くべきですか?

A1: 明確な基準はありませんが、数日経っても痛みが改善しない場合、痛みが日常生活に支障をきたすほど強い場合、そして本記事で挙げた「危険な兆候(Red Flags)」のいずれかに当てはまる場合は、早めに受診することを強くお勧めします。特に月経周期と連動するような周期的な痛みがある場合は、一度婦人科で相談してみる価値があります。

Q2: パートナーに痛みのことをどう切り出せばいいか分かりません。

A2: まず、性行為とは関係のない、リラックスした時間に話すことをお勧めします。「少し大事な話があるんだけど」と前置きし、「あなたを傷つけたり責めたりしたいわけではない」ということを最初に伝えましょう。その上で、「実は、セックスの後、腰がこう痛むことがあるんだ」と、自分の身体に起きている事実を客観的に伝えます。痛みのないセックスの方法を一緒に探したい、という協力的な姿勢で話すことが大切です。これは二人の関係をより深める機会にもなり得ます。

Q3: 婦人科と整形外科、どちらを先に受診すれば良いですか?

A3: 良い質問です。判断の目安として、痛みが月経周期と連動している、不正出血や帯下の異常がある、下腹部の奥が痛むといった症状がある場合は、まず婦人科の受診を優先してください。一方で、明らかに無理な体勢で腰を痛めた、というようなきっかけがはっきりしていて、婦人科系の症状が全くない場合は、整形外科が適しているかもしれません19。迷った場合は、まずは婦人科で相談し、そこで婦人科系の問題がないと判断されれば、整形外科を紹介してもらうという流れがスムーズです。

Q4: 子宮内膜症だと診断されたら、もう妊娠はできないのでしょうか?

A4: 子宮内膜症は不妊症の原因の一つとなり得ますが、診断されたからといって妊娠が不可能になるわけではありません。治療法は、痛みのコントロールを優先するのか、妊娠を優先するのかによって大きく異なります。ホルモン療法の中には排卵を止めるものもありますが、治療を中止すれば再び妊娠は可能です。また、手術によって病巣を取り除くことで、妊娠しやすくなる場合もあります。妊娠を希望する場合は、その旨を必ず医師に伝え、最適な治療計画を一緒に立てていくことが非常に重要です。

結論

性交後の腰痛は、多くの女性が経験する身近な悩みでありながら、その背後には様々な原因が隠されています。一時的な筋肉の疲労で済む場合もあれば、子宮内膜症のような治療を要する疾患の重要なサインである可能性もあります。最も大切なことは、痛みを「我慢すべきもの」や「恥ずかしいもの」と捉えず、自身の身体が発している大切なメッセージとして受け止めることです。この記事で得た知識をもとに、ご自身の痛みの特徴を客観的に見つめ直し、必要であればセルフケアを試み、そして何よりも、不安な点があれば一人で抱え込まずに専門医へ相談するという一歩を踏み出してください。痛みの原因を正しく理解し、適切な行動を起こすことは、あなた自身の生活の質(QOL)を向上させるだけでなく、パートナーとのより良い関係を築くための重要な鍵となるでしょう。

免責事項本記事は情報提供を目的としたものであり、専門的な医学的アドバイスに代わるものではありません。健康上の懸念がある場合、またはご自身の健康や治療に関する決定を下す前には、必ず資格のある医療専門家にご相談ください。

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