要点まとめ
- 下部尿路閉塞(LUTO)は、尿の通り道が狭くなる状態で、頻尿、尿勢低下、残尿感などの症状(LUTS)を引き起こします。日本の成人の大多数が何らかのLUTSを抱えていますが、受診率は極めて低いのが現状です3。
- 原因は性別で異なり、男性では主に前立腺肥大症5、女性では骨盤臓器脱や閉経に伴うホルモン変化が一般的です62。男女共通の原因には尿路結石や神経因性膀胱などがあります1。
- 診断は問診、尿検査、超音波検査、尿流量測定などで行われ、原因を正確に特定します。治療は生活習慣の改善から薬物療法、負担の少ない低侵襲治療、外科手術まで多岐にわたります5。
- 尿が全く出ない(急性尿閉)、激しい痛み、発熱を伴う場合は緊急の対応が必要です1。症状を「年のせい」と諦めず、泌尿器科専門医に相談することが、QOLの維持・向上に繋がります。
1. 下部尿路の仕組みを理解する
下部尿路閉塞について理解を深めるためには、まず下部尿路の基本的な構造と働きを知ることが不可欠です。下部尿路は、主に「膀胱(ぼうこう)」と「尿道(にょうどう)」という二つの臓器から構成されています1。
膀胱 (boukou)
腎臓で作られた尿を一時的に溜めておく、筋肉でできた袋状の臓器です。尿が溜まると風船のようにしなやかに膨らみ、壁にあるセンサーが伸展を感知します。そして、一定量の尿が溜まると、その信号が脳に送られて尿意を感じるようになります。
尿道 (nyoudou)
膀胱に溜まった尿を体外へ排出するための管状の通路です。排尿時には、膀胱の筋肉が力強く収縮し、それと同時に尿道の出口を取り囲む尿道括約筋という筋肉が協調して緩むことで、尿がスムーズに体外へ流れ出ます。男性と女性では尿道の構造に顕著な違いがあります。男性の尿道は約16〜20cmと長く、S字にカーブしており、途中、栗の実ほどの大きさの前立腺の中を貫通しています。一方、女性の尿道は約3〜4cmと短く、ほぼ直線的です。この解剖学的な違いが、下部尿路閉塞の原因が男女で異なる一因ともなっています。この膀胱と尿道が神経系によって精緻にコントロールされ、連携して働くことで、私たちは適切に尿を溜め(蓄尿)、そして排出する(排尿)という複雑な機能を果たしています。下部尿路閉塞は、この尿の最終的な通り道である尿道のどこかが狭くなったり、物理的に詰まったりすることで発生します。この基本的な仕組みを理解することは、なぜ特定の症状が現れるのか、どのような治療が必要とされるのかを把握する上で大きな助けとなり、医療従事者との円滑なコミュニケーションの基盤ともなります。
2. 認識すべき兆候:下部尿路閉塞の一般的な症状
下部尿路閉塞(LUTO)が発生すると、多彩な下部尿路症状(LUTS)が現れます。これらの症状は、閉塞の程度や原因、そして個々人の健康状態によって様々ですが、以下に挙げるような症状が一つでも持続したり、日常生活に支障をきたしたりする場合は、決して軽視せず、専門の医療機関への相談を強く推奨します。
- 排尿開始困難 (Hesitancy): トイレで排尿しようと意気込んでも、すぐには尿が出始めない状態です3。
- 尿勢低下 (Weak stream): 尿の出る勢いが弱く、ちょろちょろとしか出ない、あるいは放物線を描かずに足元に落ちるような状態です3。
- 尿線途絶 (Interrupted stream): 排尿の途中で尿が一度止まってしまい、再びいきまないと出ない状態を指します3。
- 腹圧排尿 (Straining to urinate): お腹に力を入れないと尿が出にくい、または全く出せない状態です3。
- 残尿感 (Feeling of incomplete bladder emptying): 排尿が終わった後も、まだ膀胱に尿が残っているような、すっきりしない不快な感覚です1。
- 頻尿 (Frequent urination): 日中の排尿回数が通常よりも多い状態です。一般的に、起きている間の排尿回数が8回以上の場合を指しますが、個人差も大きいとされます1。
- 尿意切迫感 (Urgency to urinate): 突然、抑えがたいほどの強い尿意を感じ、我慢することが困難な状態です2。
- 夜間頻尿 (Nocturia): 夜間、排尿のために1回以上起きなければならない状態を指します3。
- 腹痛・膀胱部痛 (Pain in the abdomen or bladder area): 下腹部や膀胱のあるあたりに、重苦しい痛みや不快感を感じることがあります1。
- 血尿 (Blood in urine): 尿が赤や茶色に見える肉眼的血尿や、検査で初めてわかる顕微鏡的血尿など、尿に血液が混じる状態です1。
- 尿閉 (Urinary retention): 尿意があるにもかかわらず、全く尿を出すことができない状態です。これは医学的に緊急を要する状態であり、直ちに医療機関を受診する必要があります1。
これらの症状は、下部尿路閉塞だけでなく、過活動膀胱(OAB)、尿路感染症、間質性膀胱炎など、他の病気でも見られることがあります7。自己判断で放置せず、泌尿器科専門医による正確な診断を受けることが、適切な治療への最も重要で確実な第一歩となります。
症状 (Shoujou) | 考えられること・注意点 (Kangaerareru koto / Chuuiten) |
---|---|
尿の出始めに時間がかかる、尿の勢いが弱い | 尿道のどこかで尿の流れが物理的に妨げられている可能性があります。男性であれば前立腺肥大症、男女共通では尿道が狭くなっている状態(尿道狭窄)などが強く疑われます。 |
排尿後も尿が残っている感じがする | 膀胱から尿を完全に排出しきれていないサインです。閉塞によって尿が出し切れない、あるいは長年の閉塞により膀胱の収縮力が低下していることなどが考えられます。 |
トイレの回数が多い、夜中に何度もトイレに起きる | 膀胱に尿を十分に溜められない状態を示唆します。残尿が多くてすぐに膀胱がいっぱいになる、または閉塞による刺激で膀胱が過敏になっていることなどが考えられます。過活動膀胱など他の原因も鑑別が必要です。 |
急に強い尿意を感じ、我慢が難しい | 膀胱が過敏になっている可能性があります。閉塞による膀胱への刺激や、それに伴う二次的な過活動膀胱などが原因として考えられます。 |
尿に血が混じる | 尿路のどこかに出血があるという重要なサインです。結石、炎症、腫瘍など、様々な重篤な原因が考えられるため、決して放置せず、必ず医療機関を受診してください。 |
尿が全く出ない | 尿路が完全に閉塞している可能性があり、緊急の処置が必要です。腎臓への深刻なダメージや尿毒症のリスクがあるため、夜間や休日でも直ちに救急医療機関を受診してください。 |
3. 原因の解明:なぜ下部尿路閉塞は起こるのか?
下部尿路閉塞(LUTO)は、単一の疾患ではなく、様々な原因によって引き起こされる状態です。原因は性別によって特有なものもあれば、男女共通のものも存在します。正確な原因を特定することが、最も効果的で安全な治療法を選択する上で極めて重要です。
A. 男性の主な原因 (Dansei no Omona Gen’in)
- 前立腺肥大症 (Benign Prostatic Hyperplasia, BPH): 男性特有の臓器である前立腺が、加齢とともに非がん性に肥大する状態です。肥大した前立腺が、その中央を走る尿道を物理的に圧迫し、尿の通り道を狭めることで閉塞を引き起こします1。これは特に中高年男性における下部尿路閉塞の最も代表的な原因です1。
- 尿道狭窄 (Urethral Stricture): 外傷(骨盤骨折など)や尿道炎などの炎症、過去の手術(内視鏡操作など)によって尿道に瘢痕(はんこん)組織が形成され、その部分の尿道が恒久的に狭くなる状態です6。
- 前立腺がん (Prostate Cancer) (稀に): 前立腺がんは初期段階では無症状であることが多いですが、がんが進行して大きくなると前立腺肥大症と同様に尿道を圧迫し、排尿困難などの閉塞症状を引き起こすことがあります。そのため、特に中高年男性では、血液検査による前立腺特異抗原(PSA)値の測定などによる鑑別診断が不可欠です5。
B. 女性の主な原因 (Josei no Omona Gen’in)
- 骨盤臓器脱 (Pelvic Organ Prolapse, POP): 出産や加齢、肥満などにより骨盤の底を支える筋肉や靭帯(骨盤底筋群)が緩み、膀胱、子宮、直腸といった骨盤内の臓器が正常な位置から下がり、膣から体外に出てしまう状態です6。下がってきた膀胱(膀胱瘤)が尿道を圧迫したり、尿道の位置をねじ曲げたりすることで、排尿困難や尿閉を引き起こすことがあります6。「陰部に何かが下がってくる感じ」や「股の間に何かが挟まっている感じ」といった異物感が特徴的な症状です6。
- 閉経関連泌尿生殖器症候群 (Genitourinary Syndrome of Menopause, GSM): 閉経に伴う女性ホルモン(エストロゲン)の急激な低下により、外陰部、膣、および下部尿路(膀胱・尿道)の組織が萎縮し、乾燥や炎症を起こしやすくなる状態です2。これにより、尿道の柔軟性が失われたり、知覚が過敏になったりして、頻尿、尿意切迫感、排尿時痛といった症状や、時に尿が出にくいといった機能的な閉塞感が生じることがあります2。これらの症状は単なる加齢現象として見過ごされがちですが、適切なホルモン補充療法などで改善する可能性があります。
- 尿道狭窄 (Urethral Stricture): 男性ほど頻度は高くありませんが、女性でも過去の外傷や炎症、手術などが原因で尿道狭窄が起こることがあります6。
C. 男女共通の原因 (Danjo Kyoutsuu no Gen’in)
- 尿路結石 (Urinary Stones): 腎臓や膀胱内で形成された結石が尿管を下降し、膀胱から尿道へ排出される際に詰まることで、突然の激しい痛みとともに尿閉を引き起こすことがあります1。
- 膀胱がん・尿道がん (Bladder or Urethral Tumors/Cancer): 膀胱や尿道に発生した腫瘍がカリフラワーのように増殖し、尿の通り道を物理的に塞いでしまうことがあります6。痛みを伴わない血尿が初期症状として見られることも多いのが特徴です。
- 神経因性膀胱 (Neurogenic Bladder): 脳卒中、脊髄損傷、パーキンソン病、多発性硬化症、糖尿病性神経障害など、脳、脊髄、末梢神経の病気や損傷によって、膀胱の収縮や尿道括約筋の弛緩をコントロールする神経の働きが障害される状態です6。これにより、膀胱がうまく収縮できずに尿を出しきれない(機能的閉塞)、あるいは排尿時に括約筋がうまく緩まないために尿が出にくい(括約筋協調不全)といった症状が現れます。これは物理的な閉塞ではなく、神経系の機能不全によるものです。
- 感染症・炎症 (Infections and Inflammation): 重度の尿路感染症(膀胱炎や尿道炎)や、間質性膀胱炎などの慢性的な炎症により、膀胱の出口や尿道が腫れて内腔が狭くなり、一時的に閉塞症状を引き起こすことがあります6。
- 薬剤の副作用 (Medication Side Effects): 一部の市販の風邪薬(抗ヒスタミン薬)、抗うつ薬、過活動膀胱の治療に用いられる抗コリン薬、パーキンソン病治療薬などが、膀胱の収縮力を弱めたり、尿道括約筋を過度に収縮させたりすることで、尿が出にくくなることがあります5。他の病気で服用している薬が原因となることもあるため、医師に相談する際は、現在服用中の薬(お薬手帳など)を全て正確に伝えることが極めて重要です。
- その他 (Other): 骨盤内の手術や外傷による尿道の直接的な損傷、先天的な尿路の形態異常なども、まれに下部尿路閉塞の原因となることがあります。
カテゴリー | 原因 |
---|---|
主に男性 | 前立腺肥大症 (Zenritsusen Hidaishou) |
尿道狭窄 (Nyoudou Kyousaku) | |
前立腺がん (Zenritsusen Gan) (稀に) | |
主に女性 | 骨盤臓器脱 (Kotsuban Zouki Datsu) |
閉経関連泌尿生殖器症候群 (Heikei Kanren Nyoudou Seishokuki Shoukougun) | |
尿道狭窄 (Nyoudou Kyousaku) (男性より頻度は低い) | |
男女共通 | 尿路結石 (Nyouro Kesseki) (膀胱結石、尿道結石) |
膀胱がん・尿道がん (Boukou Gan / Nyoudou Gan) | |
神経因性膀胱 (Shinkei Insei Boukou) | |
感染症・炎症 (Kansenshou / Enshou) | |
薬剤の副作用 (Yakuzai no Fukusayou) | |
外傷・手術後 (Gaishou / Shujutsugo) |
4. 診断:医師はどのように下部尿路閉塞を特定するのか
下部尿路閉塞が疑われる場合、泌尿器科専門医による体系的で専門的な診断プロセスが不可欠です1。診断は、まず患者さんの訴えに真摯に耳を傾ける丁寧な問診から始まり、段階的に客観的な検査が行われます。全ての人が全ての検査を受けるわけではなく、個々の症状や身体所見、初期検査の結果に応じて、必要な検査が選択されます5。
受診の目安
本記事の「2. 認識すべき兆候」で挙げたような症状が一つでも続く場合、特にそれによって夜眠れない、外出をためらうなど、日常生活に支障が出ている場合は、ためらわずに泌尿器科を受診してください。
診断の流れ
- 問診 (Medical History): 医師は、どのような症状がいつからあるのか、症状の程度や頻度、他に病気(既往歴)があるか、現在服用している薬はあるかなどを詳しく尋ねます5。排尿日誌(24時間の水分摂取量、排尿時刻、排尿量などを記録するもの)をつけている場合は、排尿パターンを客観的に把握するための非常に貴重な情報となります。
- 症状スコア質問票 (Symptom Questionnaires): 症状の重症度やQOLへの影響を客観的かつ定量的に評価するために、国際前立腺症状スコア(IPSS)8などの標準化された質問票が用いられることがあります5。女性で閉経関連泌尿生殖器症候群(GSM)が疑われる際には、外陰腟問診票(VSQ)などが補助的に用いられることもあります2。
- 身体診察 (Physical Examination): 腹部の触診(尿で満たされた膀胱が張っていないかなど)、男性では直腸診(肛門から指を挿入し、直腸越しに前立腺の大きさ、硬さ、表面の性状を調べる)5、女性では内診(骨盤臓器脱の有無や程度を調べる)などが行われることがあります。
- 尿検査 (Urine Tests): 尿中の白血球(炎症のサイン)や赤血球(出血のサイン)の有無、細菌の存在などを調べ、尿路感染症や血尿の有無を迅速に確認します1。がん細胞の有無を調べる尿細胞診が追加で行われることもあります5。
- 血液検査 (Blood Tests): 腎機能(血清クレアチニン値など)を調べ、閉塞による腎臓への悪影響が及んでいないかを確認します5。男性では、前立腺がんの可能性を評価するためのスクリーニング検査としてPSA(前立腺特異抗原)値を測定します。ただし、PSA値は前立腺肥大症や前立腺炎でも上昇することがあるため、結果の解釈には専門的な判断が必要です5。
- 超音波(エコー)検査 (Ultrasound): 体の表面からプローブを当てるだけで、腎臓、膀胱、そして男性では前立腺の大きさや形、結石や腫瘍の有無などを非侵襲的に観察できます1。特に、排尿直後に膀胱内にどれくらい尿が残っているか(残尿量測定)を簡単かつ正確に評価できるため、極めて有用な検査です5。
- 尿流量測定 (Uroflowmetry): 専用の装置が付いたトイレで普段通りに排尿するだけで、尿の勢い(最大尿流率、平均尿流率)、排尿量、排尿にかかる時間などをグラフとして客観的に測定します5。これにより、患者さんの自覚症状を裏付ける客観的なデータを得ることができます。
必要に応じた専門検査
上記の基本検査で診断が確定しない場合や、より詳細な情報が必要な場合には、以下のような専門的な検査が行われることがあります。
- 膀胱鏡検査 (Cystoscopy): 先端に高性能カメラが付いた細くしなやかな管(軟性膀胱鏡)を尿道から膀胱へ挿入し、尿道や膀胱の内部粘膜を直接カラー映像で観察します5。閉塞の原因となっている尿道狭窄、結石、腫瘍などを直接確認できる最も確実な検査の一つです。
- 尿流動態検査 (Urodynamic Studies): 膀胱に細いカテーテルを留置し、生理食塩水を注入しながら膀胱内圧や腹圧などを測定することで、膀胱の蓄尿機能や排尿機能を詳細に評価する検査です5。神経因性膀胱など、神経や筋肉の機能的な問題が強く疑われる場合に特に重要となります。
- 画像検査 (Imaging: CT, MRI): CT検査やMRI検査は、尿路結石の位置や大きさ、膀胱がんや前立腺がんの広がり(病期診断)などをより立体的かつ詳細に評価するために用いられます5。
これらの検査を適切に組み合わせることで、下部尿路閉塞の有無、その正確な原因、重症度を総合的に把握し、一人ひとりに最適な治療方針を立てることができます。重要なのは、下部尿路症状(LUTS)が必ずしも物理的な閉塞(LUTO)によって引き起こされるわけではないという点です。例えば、過活動膀胱(OAB)や間質性膀胱炎といった非閉塞性の疾患でも類似の症状が現れるため2、これらの検査は閉塞の存在を証明し、他の疾患と明確に鑑別するために不可欠な役割を果たします。
5. 下部尿路閉塞の治療法
下部尿路閉塞(LUTO)の治療法は、その根本原因、症状の重症度、患者さんご自身の全身状態や生活スタイル、そして治療に対する希望などを総合的に考慮して、オーダーメイドで決定されます5。治療の主な目的は、①閉塞を解除または軽減して症状を改善すること、②腎機能障害などの合併症を予防すること、そして③生活の質(QOL)を最大限に向上させることです。一般的に、治療は身体への負担が少ない方法から段階的に進められます。
A. 生活習慣の改善と行動療法 (Lifestyle and Behavioral Therapies)
軽症の場合や、特定の原因に対しては、まず生活習慣の見直しや理学療法が試みられます。これらは他の治療法と並行して行われることも多い、基本的なアプローチです。
- 水分摂取の調整: 水分の摂りすぎや、カフェイン、アルコールなど利尿作用のある飲料、あるいは就寝前の過度な水分摂取を控えるなど、飲水量を適切に管理します2。ただし、尿路結石の予防など、逆に十分な水分摂取が推奨される場合もあるため、自己判断は禁物です。
- 食事療法: 尿路結石の種類によっては、シュウ酸を多く含む食品の摂取を控えるなど、特定の食事指導が有効な場合があります9。また、肥満は前立腺肥大症に伴う下部尿路症状を悪化させる可能性があるため、バランスの取れた食事と運動による体重管理も重要です5。
- 膀胱訓練: 尿意を感じてもすぐにはトイレに行かず、少しずつ排尿間隔を意識的に延ばしていく訓練です。主に頻尿や尿意切迫感といった蓄尿症状の改善に役立ちます2。
- 骨盤底筋体操: 骨盤の底にある筋肉群を意識的に締めたり緩めたりする体操で、特に女性の軽度の骨盤臓器脱やそれに伴う排尿障害、尿失禁の改善に効果が期待できます2。
B. 薬物療法 (Medications)
原因疾患や主たる症状に応じて、様々な種類の薬が用いられます。
- 前立腺肥大症(男性)に対して:
- α1遮断薬 (Alpha-blockers): 膀胱の出口(膀胱頸部)や前立腺の筋肉(平滑筋)の緊張を和らげ、尿道を物理的に広げて尿を出しやすくする薬です。効果発現が早いのが特徴です5。
- 5α還元酵素阻害薬 (5-alpha-reductase inhibitors, 5ARI): 男性ホルモンの一種が前立腺に作用するのをブロックすることで、肥大した前立腺そのものを縮小させる効果があります。効果発現までに数ヶ月単位の期間が必要ですが、根本的な改善が期待できます5。
- PDE5阻害薬 (PDE5 inhibitors): 元々は勃起不全(ED)治療薬として開発されましたが、下部尿路の血流を改善し、平滑筋を弛緩させることで排尿症状を改善する効果も認められており、前立腺肥大症に伴う排尿障害の治療選択肢の一つとなっています5。
- これらの薬剤を組み合わせる併用療法も広く行われています5。
- 過活動膀胱症状に対して: 下部尿路閉塞がなくても頻尿や尿意切迫感が強い場合、あるいは閉塞治療後もこれらの症状が残る場合に、膀胱の過敏な異常収縮を抑える抗コリン薬やβ3作動薬が用いられます2。
- 閉経関連泌尿生殖器症候群(GSM)(女性)に対して: 局所エストロゲン製剤(膣錠やクリーム)を使用し、ホルモン低下によって萎縮した膣や尿道の粘膜の状態を改善することで、関連する下部尿路症状の緩和が期待できます2。
- 感染症に対して: 尿路感染症が原因または合併している場合には、原因菌に合わせた抗生物質による治療が行われます9。
C. 低侵襲治療 (Minimally Invasive Procedures)
薬物療法で効果が不十分な場合や、より積極的な治療が必要な場合に、身体への負担が比較的少ない治療法が検討されます。
- 尿道カテーテル留置 (Urinary Catheterization): 急性尿閉で全く尿が出せない場合や、慢性的に残尿が多く腎機能への影響が懸念される場合に、尿道から膀胱へ細い管(カテーテル)を挿入し、一時的または持続的に尿を体外へ排出させます1。
- 前立腺肥大症に対する新しい低侵襲治療(男性): 近年、前立腺肥大症に対して、経尿道的水蒸気治療(WAVE療法、Rezūm™)、経尿道的尿道吊り上げ術(UroLift®)、一時的埋込式前立腺ステント(iTIND™)など、従来の手術よりも体への負担が格段に少ない新しい治療法が登場しています。これらの治療法の適応や長期的な効果については、専門医との十分な相談が必要ですが、患者さんの選択肢を大きく広げるものとして注目されています10。日本の診療ガイドラインは2017年のものが最新であり5、これらの新しい治療法に関する詳細な言及はまだ少ないですが、国際的には有効な治療選択肢として議論されています11。
- 尿路結石除去 (Stone Removal): 体の外から衝撃波を当てて結石を砕く体外衝撃波結石破砕術(ESWL)や、尿道から細い内視鏡を挿入してレーザーなどで結石を直接砕き、取り出す経尿道的結石破砕術(TUL)などがあります1。
- 尿道拡張術・ステント留置 (Urethral Dilation/Stent): 尿道狭窄に対して、狭窄部を特殊な器具(ブジー)で拡張したり、金属製の網状の筒(ステント)を留置して尿道を内側から広げたりする方法です。
D. 外科的治療 (Surgical Options)
保存的治療や低侵襲治療で改善が見られない重症例、あるいは閉塞の原因や程度によっては、根治を目指す手術が必要となることがあります。
- 前立腺肥大症(男性)に対して:
- 尿道狭窄に対して: 尿道形成術(狭窄部を切除して正常な尿道を繋ぎ直す、あるいは口腔粘膜などを移植して尿道を再建する根治的な手術)。
- 骨盤臓器脱(女性)に対して: 緩んだ骨盤底をメッシュなどの人工物で補強したり、下がった臓器を吊り上げたりする手術。
- 腫瘍・がんに対して: 腫瘍の種類や進行度に応じて、内視鏡手術、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術などで腫瘍を摘出します。
原因疾患 | 生活習慣・行動療法 | 薬物療法 | 低侵襲治療 | 外科手術 |
---|---|---|---|---|
前立腺肥大症 (BPH) | 水分調整、体重管理 | α1遮断薬、5α還元酵素阻害薬、PDE5阻害薬 | 尿道カテーテル、水蒸気治療 (Rezūm™)、尿道吊り上げ術 (UroLift®) など | TURP、HoLEP など |
尿道狭窄 | ― | ― | 尿道拡張術、尿道ステント | 尿道形成術 |
骨盤臓器脱 (POP) | 骨盤底筋体操、生活指導 | ― | ペッサリー療法 | 骨盤底修復手術 |
尿路結石 | 水分摂取、食事療法 | 鎮痛薬、排石促進薬 | ESWL、TUL | (稀に)経皮的腎砕石術、開腹手術 |
GSMに伴うLUTS | 保湿剤、潤滑剤 | 局所エストロゲン療法 | ― | ― |
6. 下部尿路閉塞との付き合い方と予防策
下部尿路閉塞(LUTO)と診断された場合、あるいはそのリスクが高いと考えられる場合、適切な自己管理と予防策を日常生活に取り入れることで、症状の悪化を防ぎ、QOLを維持・向上させることが期待できます。
慢性的な下部尿路閉塞との付き合い方
- 定期的な泌尿器科医の受診: 症状が安定しているように見えても、それは治療によってコントロールされている状態かもしれません。定期的に医師の診察を受け、残尿量の測定や腎機能のチェックなどを行い、状態の変化や合併症の有無を客観的に評価してもらうことが非常に重要です。
- 処方された治療の継続: 医師から処方された薬は、自己判断で中断したり量を変更したりせず、必ず指示通りに服用を続けることが大切です。特に症状が改善したと感じた時こそ、その状態を維持するために治療の継続が必要です。間欠的自己導尿(一定時間ごとに自分で清潔なカテーテルを尿道から挿入して排尿する方法)などの処置が必要な場合も、正しい手技を遵守して確実に行いましょう。
- 合併症のモニタリング: 下部尿路閉塞が長期間続くと、膀胱内に尿が常に滞ることで、尿路感染症、膀胱結石、さらには腎臓に尿が逆流して腎機能障害(水腎症)といった重篤な合併症を引き起こす可能性があります。血尿、発熱、排尿時痛、腰痛、足のむくみなどの新たな症状が現れた場合は、合併症のサインかもしれないため、速やかに医師に相談してください。
予防のためにできること (Preventive Measures)
全ての下部尿路閉塞を完全に予防できるわけではありませんが、いくつかの対策は特定のリスクを減らすのに役立ちます。
- 適切な水分摂取: 特に尿路結石の再発予防には、1日2リットル以上を目安に十分な水分を摂り、尿を希釈して尿量を保つことが極めて効果的です9。ただし、心臓や腎臓に持病がある方は、水分制限が必要な場合があるため、必ず医師の指示に従ってください。
- バランスの取れた食事と体重管理: 脂肪や肉類の多い食事の偏りを避け、野菜や果物を取り入れたバランスの良い食生活を心がけ、適正体重を維持することは、前立腺肥大症の進行リスクを抑える可能性や、全身の健康維持に繋がります5。
- 骨盤底筋体操(特に女性): 特に経産婦の女性の場合、骨盤底筋を日頃から鍛えることで、将来的な骨盤臓器脱の予防や進行抑制に役立つことがあります。
- 尿路感染症の早期治療: 膀胱炎などの尿路感染症の症状があれば、「そのうち治るだろう」と我慢せずに早めに治療を受けることが、炎症による組織の瘢痕化などを防ぎ、慢性化や合併症の予防に繋がります。
- 排尿を我慢しすぎない: 日常的に長時間、排尿を我慢しすぎると、膀胱が過度に引き伸ばされ、膀胱の収縮力低下に繋がる可能性があります。適度なタイミングで排尿する習慣をつけましょう。
健康に関する注意事項
- この記事で提供される情報は、一般的な知識の提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。排尿に関する何らかの症状がある場合は、自己判断せず、必ず泌尿器科専門医にご相談ください。
- 特に、突然尿が全く出なくなる(急性尿閉)、激しい痛みや高熱を伴う場合は、緊急の医療介入が必要です。ためらわずに救急外来を受診するか、かかりつけ医に連絡してください。
- 服用中の薬がある方は、市販の風邪薬などを自己判断で追加すると、排尿困難を悪化させる可能性があります。新しい薬を始める前には、必ず医師または薬剤師に相談してください。
よくある質問 (FAQ)
排尿の悩みは「年のせい」と諦めるしかないのでしょうか?
決してそのようなことはありません。確かに加齢は下部尿路症状の大きなリスク因子ですが、「年のせい」で片付けてしまうのは非常にもったいないことです。2023年の日本の調査では、40歳以上の8割以上が何らかの症状を抱えているにもかかわらず、医師に相談しているのはわずか4.9%でした3。多くの人が治療可能な病状を放置している可能性があります。前立腺肥大症、骨盤臓器脱、過活動膀胱など、原因は様々ですが、その多くは薬物療法や生活習慣の改善、低侵襲治療などで症状を大幅に改善できます。QOLを著しく損なうこれらの症状を放置せず、専門医に相談することが、快適な生活を取り戻すための第一歩です。
男性です。「前立腺肥大症」と「前立腺がん」はどう違うのですか?
これは非常に重要な違いです。前立腺肥大症(BPH)は、前立腺の細胞が増殖して前立腺自体が大きくなる「良性」の疾患です。がんと違って転移することはありません。一方、前立腺がんは、前立腺の細胞が異常な増殖を始める「悪性」の腫瘍であり、進行すると骨やリンパ節などに転移する可能性があります。両者は症状が似ている(尿が出にくい、頻尿など)ことがあるため、鑑別が不可欠です。泌尿器科では、直腸診や血液検査(PSA値の測定)5、必要に応じて超音波検査や生検(組織を採取して調べる検査)を行い、両者を正確に診断します。
女性でも下部尿路閉塞になるのですか?
治療は痛みを伴いますか? 回復にはどのくらいかかりますか?
治療法によって大きく異なります。生活習慣の改善や薬物療法は、痛みはありません。尿道カテーテルの挿入は多少の不快感を伴いますが、局所麻酔ゼリーなどを使用します。手術に関しては、麻酔を使用するため術中に痛みを感じることはありません。術後は、方法によりますが、数日から数週間、軽い痛みや排尿時の違和感が続くことがあります。例えば、標準的な前立腺肥大症の手術であるTURPやHoLEPでは、数日間の入院が必要です5。一方、Rezūm™(水蒸気治療)のような新しい低侵襲治療は、日帰りや短期入院で済み、体への負担が少ないのが特徴です10。どの治療法が最適か、回復期間はどのくらいか、といった点については、ご自身の状態やライフスタイルに合わせて医師と十分に話し合うことが大切です。
突然、尿が全く出せなくなったらどうすればよいですか?
結論
下部尿路閉塞(LUTO)は、特に日本の超高齢社会において、多くの人々が直面する可能性のある身近な健康問題です。その原因は、男性の代表格である前立腺肥大症から、女性に特有の骨盤臓器脱、さらには尿路結石や神経因性膀胱など、実に多岐にわたります。尿の出にくさ、頻尿、残尿感といった症状は、決して軽視できるものではなく、放置すれば日常生活の質(QOL)を大きく損なうだけでなく、腎機能障害などの深刻な合併症に至るリスクもはらんでいます。最も重要なメッセージは、これらの症状を単なる「年のせい」として片付けず、その背景に治療可能な医学的原因が隠れている可能性を認識することです。本稿で詳述したように、現代の医療では診断技術が進歩し、下部尿路閉塞の原因を正確に特定することが可能です。そして、その原因と個々の患者さんの状態に合わせて、生活習慣の改善から薬物療法、身体への負担が少ない低侵襲治療、そして根治を目指す外科手術まで、非常に多様な治療選択肢が存在します。特に、尿が全く出なくなる急性尿閉や、発熱を伴う尿路症状、原因不明の血尿などは、迅速な医療介入を必要とする「赤信号」です。これらのサインを見逃さず、早期に専門医の診察を受けることが、ご自身の健康を守る上で極めて重要です。日本においては、下部尿路症状を抱えながらも医療機関を受診する人の割合が依然として低いという課題があります3。しかし、泌尿器科専門医は排尿に関するあらゆる悩みに対応するプロフェッショナルです。この記事が、下部尿路閉塞に関する正しい知識を提供し、ご自身、あるいはご家族の泌尿器の健康状態へ関心を持つ一助となり、必要であればためらわずに医療の扉を叩くきっかけとなることを、JAPANESEHEALTH.ORG編集部一同、心より願っています。積極的な健康管理こそが、より豊かで快適な人生を送るための確固たる基盤となるのです。
参考文献
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