この記事の科学的根拠
この記事は、引用元として明示された最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下のリストには、実際に参照された情報源と、提示された医学的指導との直接的な関連性が含まれています。
- スティーブン・ラバージ博士の研究: この記事における明晰夢の基本的な定義や検証方法、MILD法やガランタミンに関する記述は、同氏が発表した複数の研究に基づいています11325。
- 松田英子教授(東洋大学)の研究: 日本における明晰夢の階層(自覚夢と制御夢)や、創造性との関連に関する指導は、松田教授の論文に基づいています7。
- 国際明晰夢誘発研究(ILDIS): MILD法やSSILD法といった誘発テクニックの有効性に関する記述は、この大規模国際共同研究の結果に基づいています515。
- 各種系統的レビューおよび学術論文: 明晰夢療法(LDT)の有効性19、潜在的な危険性921、瞑想との関連23など、各項目の指導は、信頼性の高い複数の学術論文やレビューに基づいています。
- 公的機関・専門機関の情報: 睡眠に関する基本的な情報や精神疾患に関する記述は、厚生労働省8や国立精神・神経医療研究センター(NCNP)20、日本睡眠学会2などの公的機関の情報に基づいています。
要点まとめ
- 明晰夢は科学的に検証された現象です。夢の中で「これは夢だ」と自覚する状態で、レム睡眠中に脳の一部が覚醒に近い活動をすることで生じます。
- テクニックで誘発可能です。MILD法やSSILD法など、科学的研究で有効性が示された方法が存在しますが、継続的な実践が必要です。
- メリットと危険性の両面があります。悪夢の克服や不安の軽減といった治療的な応用が期待される一方、睡眠の質の低下や精神衛生上の問題を引き起こす可能性も指摘されています。
- 安全な実践が最も重要です。特に精神疾患の既往がある方や睡眠に問題を抱えている方は、自己判断で試す前に必ず医師や専門家に相談してください。
明晰夢とは何か?:科学が解き明かす「夢の中の意識」
1.1. 明晰夢の基本的な定義
明晰夢とは、睡眠中に「今、自分は夢を見ている」という事実を自覚している、特異な意識状態を指します1。この用語は、1913年にオランダの精神科医であり作家でもあったフレデリック・ヴァン・エーデンによって初めて学術的に用いられました4。
多くの場合、この「夢である」という自覚に伴い、夢の中の登場人物、物語の展開、あるいは環境そのものに対して、ある程度の意図的なコントロールが可能になります4。しかし、コントロールの可否よりも、「夢を見ているという自覚」こそが明晰夢を定義づける最も重要な要素です。
この現象は決して稀なものではなく、あるメタ分析によれば、世界の成人人口の約55%が、生涯に少なくとも一度は明晰夢を経験したことがあると報告されています3。
1.2. 【日本の視点】明晰夢の2つの階層:「自覚夢」と「制御夢」
明晰夢の体験は、すべてが同じではありません。この点に関して、日本の臨床心理学者であり、東洋大学社会学部教授の松田英子氏による研究は、非常に重要な視点を提供しています。松田教授は、明晰夢をその体験の深さに応じて、二つの階層に分類することを提唱しています6。
- 自覚夢(じかくむ): 夢の中で「これは夢だ」と気づいているものの、その内容を積極的にコントロールするには至らない状態。夢の展開を、まるで映画を観るように客観的に眺めているような体験です。
- 制御夢(せいぎょむ): 夢であると自覚した上で、さらに自分の意志で夢の内容(自身の行動、他者の行動、物や環境など)を変化させることができる、より高度な状態。
松田教授が芸術に関心のある日本人成人を対象に行った調査では、明晰夢(自覚夢)の体験率は75.86%と非常に高い一方で、制御夢まで体験している人はそれよりも少ないことが示されており、多くの人にとって「自覚」はできても「制御」はより難しい体験であることが示唆されています7。この階層的な理解は、自分自身の夢体験をより正確に位置づける上で役立ちます。
1.3. 明晰夢が起こる仕組み:レム睡眠と脳の活動
明晰夢は、主に急速眼球運動(Rapid Eye Movement)を伴うレム睡眠の段階で発生します3。レム睡眠は、体は深く弛緩しているにもかかわらず、脳は活発に活動しており、鮮明な夢が最も多く見られる時期です8。
近年の神経科学的研究により、明晰夢中の脳は、通常のレム睡眠とも完全な覚醒とも異なる、独特の活動パターンを示すことが明らかになってきました。専門家はこれを、睡眠と覚醒の要素が混在する「ハイブリッドな意識状態」と表現しています9。
具体的には、明晰夢を見ているとき、自己認識、意思決定、ワーキングメモリといった高度な認知機能を司る前頭前野(ぜんとうぜんや)などの脳領域が、部分的に”目覚めた”ような活動を示すことが確認されています1112。つまり、脳の大部分は夢を見ながら眠っている一方で、自己を客観視する「司令塔」の部分が活性化し、「これは現実ではなく夢である」というメタ認知(自分自身の認知活動を客観的に認識すること)を可能にしているのです11。この脳内のユニークな共同作業が、明晰夢という不思議な体験の神経科学的な基盤であると考えられています。
【実践編】明晰夢を誘発するための5つの科学的テクニック
2.1. テクニックを試す前の注意点
これらのテクニックを試す前に、いくつかの重要な点を理解しておく必要があります。
- 効果には個人差があります。 一度試しただけで成功する人もいれば、数週間から数ヶ月の継続的な実践が必要な人もいます。
- 継続が力となります。 これらのテクニックの多くは、習慣化することで効果が高まります。焦らず、気長に取り組むことが重要です。
- 危険性を理解してください。 後述するように、特に睡眠を中断させるテクニックには、睡眠の質の低下などの潜在的な危険性が伴います。必ず危険性に関するセクション(セクション4)を熟読し、ご自身の健康状態を考慮した上で、自己の責任において実践してください。
2.2. テクニック1:記憶誘導法(MILD) – 最も効果が実証された方法
MILD(Mnemonic Induction of Lucid Dreams)は、明晰夢研究の第一人者であるスティーブン・ラバージ博士によって開発されたテクニックです13。その有効性は、後述する大規模な国際共同研究(ILDIS)を含む複数の研究で科学的に裏付けられており、現在最も信頼性の高い方法の一つとされています514。
具体的な手順:
- 夜中に目が覚めたとき(特に、就寝から4~6時間後が効果的)、直前に見ていた夢をできるだけ詳細に思い出します。
- ベッドに戻り、リラックスした状態で、再びその夢の中に戻ることを想像します。
- 夢の中で、夢であることに気づくべきポイント(「ドリームサイン」と呼ばれる、非現実的な出来事など)を見つけます。
- そのドリームサインに気づいた瞬間に、自分が「これは夢だ」と認識する場面を鮮明にイメージします。
- 最後に、「次に夢を見たら、夢であることに気づこう」あるいは「次に夢を見たら、夢だと思い出す」といった意図を、心の中で静かに、しかし強く繰り返しながら眠りにつきます。
このテクニックは、「未来の特定のタイミングで、ある行動を思い出す」という展望記憶の能力を活用しています。
2.3. テクニック2:現実確認(Reality Testing, RT)
これは、日中の覚醒している間に「今、自分は夢を見ているのか、それとも現実か?」と自問自答する習慣をつける精神的な訓練です16。この習慣が潜在意識に根付くと、夢の中でも同じ行動を自動的に行うようになり、それが夢であることに気づくきっかけとなります。
具体的な方法:
- 手のひらを見る: 自分の手のひらをじっと見つめます。夢の中では、指の数が増減したり、形が歪んだりすることがあります。
- 固い物体を押す: 指で壁やテーブルなどを押してみます。夢の中では、指が物体をすり抜けることがあります。
- 時計や文字を見る: デジタル時計の数字や本の一節などを二度見します。夢の中では、見るたびに数字や文字が変化したり、意味不明なものになったりすることが多いです。
- 鏡を見る: 鏡で自分の姿を見ます。夢の中では、自分の顔が歪んでいたり、別人の顔になっていたりすることがあります。
これらの確認作業を、1日に5~10回程度、意識的に行うことが推奨されます。ただし、2020年のILDIS研究では、RTを1週間続けただけでは、明晰夢の頻度を有意に増加させる効果は見られなかったと報告されており、MILD法などの他のテクニックと組み合わせることや、より長期的な実践が効果的である可能性が示唆されています15。
2.4. テクニック3:WBTB法(Wake-Back-to-Bed)
WBTB法は、意図的に睡眠サイクルを調整し、明晰夢が起こりやすいレム睡眠のタイミングを狙うテクニックです16。
具体的な手順:
- 通常の起床時刻より90分~2時間早く警報機をセットして眠りにつきます。
- 警報機で目が覚めたら、一度ベッドから出て、30分~60分程度、覚醒状態を保ちます。この間、読書(特に明晰夢に関するもの)や静かな活動をするのが効果的です。
- 再びベッドに戻り、MILD法などのテクニックを実践しながら眠りにつきます。
この方法は、一度覚醒を挟むことで、その後の睡眠でレム睡眠が出現しやすくなる生理学的特性を利用しています。MILD法と組み合わせることで、相乗効果が期待できると報告されています18。
2.5. テクニック4:SSILD法(Senses Initiated Lucid Dream)
SSILD法は、比較的新しいテクニックで、眠りにつく過程で自身の感覚に意識を集中させることで、夢への移行を自覚しやすくする方法です3。2020年のILDIS研究では、MILD法と同等の高い有効性が示されました5。
具体的な手順(WBTB法と組み合わせることが多い):
- WBTB法と同様に、夜中に一度目を覚まします。
- ベッドに戻り、リラックスして目を閉じ、以下の感覚のサイクルを繰り返します。
- 視覚(見る): まぶたの裏に見える光の模様や闇に意識を集中させます。(数秒)
- 聴覚(聞く): 耳に聞こえる音(部屋の中の微かな音や、自身の耳鳴りなど)に意識を向けます。(数秒)
- 身体感覚(感じる): 体が布団に触れている感覚、空気の温度、体の重さなどに意識を向けます。(数秒)
- この「見る→聞く→感じる」というサイクルを、最初は素早く数回、次にゆっくりと時間をかけて数回繰り返します。この過程で自然に眠りにつくことを目指します。
2.6. テクニック5:夢日記
これは直接的な誘発テクニックではありませんが、他のすべてのテクニックの基礎となる非常に重要な習慣です16。
具体的な方法:
- 枕元に手記帳と筆記用具を置いておき、目が覚めたら体を動かす前に、覚えている夢の内容をすぐに書き留めます。
- キーワード、感情、登場人物、場所など、断片的な情報だけでも構いません。
- 定期的に日記を読み返すことで、自分の夢に繰り返し現れる様式や、非現実的な要素(これを「ドリームサイン」と呼びます)を認識できるようになります。
夢日記をつけることで、夢に対する意識そのものが高まり、夢の記憶力が向上します。これにより、夢の中で「これはいつもの夢の様式だ」と気づき、明晰夢へと移行する確率が高まります。
明晰夢がもたらす便益と治療への応用
明晰夢は、単なる興味深い現象に留まらず、私たちの精神的健康や自己成長に貢献する可能性を秘めています。特に、悪夢の克服や不安の軽減といった分野で、その治療的応用が注目されています。
3.1. 悪夢障害(PTSD含む)の克服
繰り返し見る悪夢、特に心的外傷後ストレス障害(PTSD)に伴う悪夢は、患者に深刻な苦痛と睡眠障害をもたらします。明晰夢は、この問題に対する有望な取り組み方となる可能性があります。
夢の中で「これは安全な夢の世界だ」と自覚できることで、悪夢の筋書きを自分の意志で変えたり、恐怖の対象に立ち向かったり、あるいは単に悪夢が現実ではないと認識して冷静さを保ったりすることが可能になります16。この過程は、悪夢に対する無力感を克服し、自己効力感を高める上で非常に重要です。
実際に、明晰夢のテクニックを応用した明晰夢療法(Lucid Dreaming Therapy, LDT)が、悪夢の頻度とそれに伴う苦痛を軽減する上で有効であることを示した系統的レビュー(複数の研究を統合・評価した信頼性の高い研究)も発表されています19。
日本においても、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が悪夢障害を治療対象となる精神疾患として認識しており20、前述の松田英子教授の研究では、夢をコントロールできる「制御夢」を経験する人は、そうでない人に比べて悪夢の内容が良好化する(悪夢の要素が少なくなる)傾向があることが示唆されています7。これは、明晰夢の技能が、悪夢という苦痛な体験を管理するための有効な内的資源となり得ることを示しています。
3.2. 不安の軽減と技能の向上
悪夢の克服と同様の仕組みで、明晰夢は現実世界の不安を軽減するためにも利用できます。例えば、高所恐怖症の人が夢の中で安全に空を飛ぶ体験をしたり、対人不安のある人が夢の中で自信を持って発表を行ったりするなど、安全な環境下で恐怖や不安の対象に段階的に直面する「暴露療法」のような効果が期待できます16。
さらに、運動選手が新しい技を練習したり、音楽家が演奏を予行演習したり、あるいは重要な会議の準備をしたりといった、具体的な技能の向上に明晰夢を活用できる可能性も指摘されています。夢の中での精神的な予行演習が、現実世界での遂行能力向上につながるという報告もあります19。
3.3. 創造性の涵養と自己探求
夢は、私たちの意識が普段かけている制約から解放される場です。明晰夢は、この自由な世界を意識的に探求する機会を提供します。多くの芸術家や科学者が、夢から着想を得たという逸話は有名ですが、明晰夢はそれをより意図的に行うことを可能にします。
松田英子教授の研究では、明晰夢の想起頻度と、映像制作のような創造的活動との間に関連が見られることが報告されており、明晰夢体験が創造性を刺激する可能性が示唆されています7。奇想天外な発想を試したり、普段の自分なら考えつかないような問題解決法を探ったりと、明晰夢は個人の創造性を育むための強力な道具となり得ます。
【最重要】明晰夢の危険性と安全に取り組むための注意点
明晰夢が持つ魅力的な側面に光が当てられる一方で、その潜在的な危険性について正しく理解することは、安全な探求のために不可欠です。特に、意図的な誘発テクニックは、心身に予期せぬ影響を及ぼす可能性があります。ここでは、科学的知見に基づき、主要な危険性を解説します。
4.1. 睡眠の質への影響:睡眠断片化の危険性
明晰夢を誘発するために紹介したWBTB法などのテクニックは、意図的に睡眠を中断させることを伴います。このような睡眠の断片化は、たとえ総睡眠時間が同じであっても、睡眠の質を著しく低下させる可能性があります9。結果として、日中の過度な眠気、集中力の低下、倦怠感などを引き起こすことがあります。
さらに、明晰夢そのものが脳を部分的に覚醒させる「ハイブリッド状態」であるため、通常のレム睡眠が担っている重要な機能、すなわち記憶の定着や感情の整理といった過程を妨げるのではないかという懸念が、一部の研究者から指摘されています9。頻繁な明晰夢が、長期的に見て睡眠の回復効果を損なう可能性については、さらなる研究が必要ですが、現時点では無視できない危険要因です。
4.2. 精神衛生への影響:現実と夢の混同、解離症状
明晰夢の危険性の中で、最も慎重な配慮が求められるのが、精神衛生への影響です。
特に、統合失調症などの精神病性障害や、解離性障害の診断を受けている、あるいはその傾向がある方にとって、明晰夢の探求は症状を悪化させる危険性があります921。明晰夢における「自分を客観視する」というメタ認知の状態は、現実感が失われ、自分が自分であるという感覚が希薄になる「解離症状」と現象学的に類似している点が指摘されています9。現実と夢の世界の境界が曖昧になることで、混乱や苦痛が増大する危険性があるのです。
また、ある研究では、意図的に明晰夢を誘発しようとする試みが、うつ病や強迫症状の程度の高さと関連していることも報告されています9。これが、そうした症状を持つ人が明晰夢に惹かれやすいという相関関係なのか、あるいは明晰夢の誘発行為(特に睡眠中断)が症状を悪化させるという因果関係なのかはまだ明らかではありませんが、いずれにせよ注意深い取り組み方が求められます。
4.3. 睡眠麻痺(金縛り)との関連
明晰夢は、意識ははっきりしているのに体を動かすことができない「睡眠麻痺」、いわゆる金縛りと同時に起こることがあります16。睡眠麻痺自体は生命に危険を及ぼすものではありませんが、強い恐怖感や圧迫感、幻覚を伴うことがあり、非常に不快で恐ろしい体験となる可能性があります。明晰夢の探求が、こうした望まない体験の引き金となることも考慮に入れるべきです。
4.4. 安全な実践のための指針
これらの危険性を踏まえ、明晰夢に安全に取り組むためには、以下の指針を遵守することが極めて重要です。
医師または専門家への相談を
うつ病、不安障害、統合失調症、PTSD、解離性障害などの精神疾患の診断を受けている方、あるいはその可能性がある方、また、不眠症などの睡眠障害に悩んでいる方は、自己判断で明晰夢の誘発テクニックを試すことは絶対に避けてください。実践を検討する際は、必ず主治医や臨床心理士などの専門家に相談し、その指導のもとで行うようにしてください。
一般の方であっても、まずは夢日記や瞑想といった、睡眠を直接妨げることのない安全な方法から始めることを強く推奨します。そして、少しでも心身に不調を感じた場合は、すぐに実践を中断し、必要であれば専門家に相談してください。
よくある質問
Q1. 明晰夢は誰でも見られますか?
A. 個人差は大きいですが、多くの人が体験する可能性を持っています。生涯未経験の人もいれば、頻繁に見る人もいます。重要なのは、明晰夢を見る能力は、ある程度訓練によって向上させることができるという点です。2020年の大規模な国際共同研究(ILDIS)では、MILD法などのテクニックを実践することで、もともとの頻度に関わらず、参加者の明晰夢の回数が増加したことが示されています15。
Q2. 明晰夢から覚められなくなったらどうすればいいですか?
A. 明晰夢から抜け出せなくなるという恐怖はよく聞かれますが、実際には夢はいつか必ず終わります。もし意図的に覚醒したい場合は、いくつかの方法が有効とされています。例えば、夢の中で大声で助けを求めたり、何かを叫んだりすること、あるいは激しくまばたきを繰り返すことなどが、脳に覚醒の信号を送るきっかけとなります。逆説的ですが、夢の中で「眠りにつく」という行為も、意識状態をリセットし、現実の覚醒につながることがあります16。
Q3. 瞑想は明晰夢に効果がありますか?
Q4. 明晰夢を見るためのサプリメントはありますか?
A. アセチルコリンという神経伝達物質の働きを強める「ガランタミン」という物質が、明晰夢を誘発する効果を持つことが、ラバージ博士らによる二重盲検比較試験(科学的に信頼性の高い試験方法)で示されています25。ガランタミンは、米国などでは記憶力を補助する補給剤として市販されていますが、日本ではアルツハイマー型認知症の治療薬として医師の処方が必要です。副作用の危険性もあり、自己判断での使用は非常に危険です。いかなる薬物や補給剤の使用も、必ず医師の指導のもとで行ってください。
結論
明晰夢は、もはや単なる超常現象や神秘体験ではなく、神経科学と心理学の分野で真剣に研究が進められている、客観的に検証可能な意識現象です。本稿で詳述したように、明晰夢は悪夢の克服や創造性の向上といった計り知れない可能性を秘めている一方で、睡眠の質の低下や精神衛生上の危険性といった、決して軽視できない側面も併せ持っています。
この興味深い内なる世界を探求する上で最も重要なのは、科学的根拠に基づいた正しい知識を持ち、自身の心と体の安全を最優先する、責任ある態度です。
特に、睡眠を中断させるような積極的な誘発テクニックを試す際は、その危険性を十分に理解し、慎重な計画のもとで行う必要があります。そして、精神的な不調や睡眠に関する問題を抱えている場合は、独力で解決しようとせず、必ず専門家の助けを求めてください。
夢日記や瞑想といった安全な方法から始め、自分自身の内なる声に注意深く耳を傾けること。それこそが、明晰夢という現象を、単なる一過性の体験ではなく、自己理解を深め、人生を豊かにするための持続可能な道具として活用するための、賢明な第一歩となるでしょう。
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