【科学的根拠に基づく】末期糖尿病の症状の全貌:生命を脅かすサイン、重篤な合併症から治療の希望まで徹底解説
糖尿病

【科学的根拠に基づく】末期糖尿病の症状の全貌:生命を脅かすサイン、重篤な合併症から治療の希望まで徹底解説

「末期糖尿病」という言葉は、多くの患者様やそのご家族に深刻な不安を抱かせるかもしれません。しかし、まず理解すべき重要な点は、これが正式な医学的診断名ではないということです。医学的には、糖尿病の管理が長期間にわたり不十分であった結果、生命を脅かす、あるいは生活の質(QOL)を著しく損なう重篤な合併症が一つ以上、不可逆的な段階まで進行した「状態」を指す言葉として用いられます1。この状態は、死の宣告を意味するものではありません。むしろ、「特定の臓器機能が著しく低下し、透析療法や高度な外科治療といった専門的な医療介入を恒常的に必要とする段階」と捉えるべきです。そして、この段階への到達は、適切な治療と自己管理によって回避、あるいはその進行を大幅に遅らせることが可能であることを、本稿を通じて強調します。

この記事の科学的根拠

この記事は、入力された研究報告書で明示的に引用されている最高品質の医学的根拠にのみ基づいています。以下の一覧には、実際に参照された情報源と、提示された医学的指針への直接的な関連性のみが含まれています。

  • 厚生労働省: 日本の糖尿病患者数、医療費、国の予防プログラムに関する指針は、厚生労働省の公式報告に基づいています。
  • 日本糖尿病学会: 糖尿病の合併症(腎症、網膜症、足病変など)の診断、病期分類、治療に関する指針の多くは、同学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」に基づいています。
  • 日本腎臓学会: 糖尿病性腎症の進行度評価や慢性腎臓病(CKD)の管理に関する指針は、同学会のガイドラインに基づいています。
  • 日本透析医学会: 透析導入基準や透析患者の統計データに関する指針は、同学会の報告に基づいています。
  • 国立国際医療研究センター: 糖尿病に関する日本の公的情報、特に足病変のセルフケアやリスク予測に関する指針は、同センターの情報源に基づいています。
  • 国際的ガイドライン(KDIGO, ADA): 腎症や糖尿病管理に関する最新の国際的標準治療は、KDIGOや米国糖尿病協会(ADA)のガイドラインに基づいています。

要点まとめ

  • 「末期糖尿病」は正式な病名ではなく、重篤な合併症が不可逆的に進行した状態を指します。これは治療の終わりを意味しません。
  • 急性合併症である糖尿病ケトアシドーシス(DKA)や高浸透圧高血糖症候群(HHS)は、命に関わる緊急事態であり、迅速な医療介入が必須です。
  • 三大合併症の末期像として、糖尿病性腎症は透析導入、網膜症は失明、神経障害は感覚喪失や自律神経の破綻に至る可能性があります。
  • 糖尿病は心筋梗塞や脳卒中の危険性を著しく高め、特に自覚症状のない「無症候性心筋虚血」に注意が必要です。
  • 糖尿病足病変は神経障害、血流障害、免疫力低下が絡み合い、小さな傷から潰瘍・壊疽へと進行し、下肢切断に至ることがあります。毎日の観察が極めて重要です。
  • SGLT2阻害薬などの新薬や集学的チーム医療により、腎症の進行抑制や足の救済が可能になってきており、治療には希望があります。
  • 症状がない段階からの定期検診と、日々の自己管理の継続が、深刻な合併症を回避するための最も確実な方法です。

命に関わる急性発作 – 緊急対応を要する危険な状態

糖尿病の管理が急激に破綻すると、数時間から数日のうちに生命の危機に直結する急性合併症を引き起こすことがあります。これらは医学的な緊急事態であり、患者様本人およびご家族がその兆候を早期に察知し、迅速に行動することが極めて重要です。

糖尿病ケトアシドーシス(DKA)

主に1型糖尿病患者様や、インスリン治療を自己中断してしまった場合、あるいは感染症や清涼飲料水の大量摂取(ペットボトル症候群)などをきっかけに、インスリンの作用が極度に不足することで発症します2。体内でブドウ糖をエネルギーとして利用できなくなるため、代わりに脂肪が急激に分解されます。その過程で「ケトン体」という酸性の物質が血液中に大量に蓄積し、血液が酸性に傾く(アシドーシス)ことで、全身の機能に深刻な障害を引き起こします。

DKAを強く示唆する特徴的な症状には以下のようなものがあります。

  • 強い口渇、多飲、多尿
  • 悪心、嘔吐、激しい腹痛
  • 果物のような甘酸っぱい息(アセトン臭)3
  • 深くて速い呼吸(クスマウル大呼吸)
  • 意識障害(混乱、傾眠から昏睡へ)

これらの症状、特に腹痛や嘔吐、特徴的な呼吸や口臭が認められる場合は、生命を脅かす緊急事態です。直ちに救急車を要請するか、医療機関を受診する必要があります4

高浸透圧高血糖症候群(HHS)

主に高齢の2型糖尿病患者様に見られ、肺炎などの感染症や脱水、一部の薬剤などが引き金となって発症します2。インスリンの作用はある程度保たれているため、ケトン体の産生は軽度ですが、血糖値が600mg/dL、時には1000mg/dLを超えるような極度の高血糖状態に陥ります。これにより血液の浸透圧が異常に上昇し、体内の水分が細胞から血管内へ引きずり出され、結果として深刻な脱水状態となります。

HHSはDKAとは異なり、数日から数週間かけてゆっくりと進行することが多いため、ご家族など周囲の方が「何となく元気がない」「受け答えがおかしい」「眠りがちになった」といった変化に気づくことが重要です。

主な症状は以下の通りです。

  • 極度の口渇と著しい脱水症状
  • 高度の頻尿
  • 重度の意識障害(錯乱、傾眠、昏睡)2
  • 痙攣
  • 片側の麻痺など、脳卒中に似た神経症状

HHSもまた、死亡率が非常に高い危険な状態であり、速やかな医療介入が不可欠です。

表:DKAとHHSの比較
項目 糖尿病ケトアシドーシス(DKA) 高浸透圧高血糖症候群(HHS)
好発 主に1型糖尿病、インスリン依存状態の2型 主に高齢の2型糖尿病
誘因 インスリン中断、感染症、清涼飲料水多飲 感染症、脱水、脳血管障害、心筋梗塞
進行速度 速い(数時間~数日) 遅い(数日~数週間)
血糖値 高値(250mg/dL以上が多い) 極めて高値(600mg/dL以上が多い)
特徴的症状 悪心・嘔吐、腹痛、アセトン臭、クスマウル大呼吸 高度の脱水、重度の意識障害、痙攣
血液の状態 ケトン体増加、血液が酸性(アシドーシス) ケトン体は軽度、血液浸透圧が著しく上昇

三大合併症の終末像 – 不可逆的な臓器障害との向き合い方

長期間にわたる高血糖は、全身の細い血管(細小血管)を静かに、しかし確実に蝕んでいきます。特に影響を受けやすいのが腎臓、眼(網膜)、神経であり、これらは「糖尿病の三大合併症」と呼ばれます。これらの合併症が末期に至ると、生活に深刻な支障をきたし、生命予後にも大きく関わります。

糖尿病性腎症:末期腎不全と透析療法

糖尿病性腎症は、高血糖によって腎臓の糸球体(血液をろ過するフィルター)が破壊され、徐々に腎機能が低下していく病気です1。初期には自覚症状が全くありません。しかし、一度進行すると元に戻すことは困難であり、日本の新規透析導入患者の原因疾患として第1位を占め続けている、極めて深刻な合併症です5

進行プロセスと病期分類

腎症の進行度は、尿中に漏れ出すアルブミンの量と、腎臓の働きを示すeGFR(推算糸球体濾過量)の値によって、以下の5つの病期に分類されます6

表:糖尿病性腎症の病期分類
病期 病態 尿アルブミン区分 (mg/gCr) eGFR (mL/分/1.73m²) 主な自覚症状
第1期 腎症前期 30未満(正常) 30以上 ほぼ無し
第2期 早期腎症期 30~299(微量アルブミン尿) 30以上 ほぼ無し
第3期 顕性腎症期 300以上(顕性アルブミン尿) 30以上 むくみ、息切れ、尿の泡立ち
第4期 腎不全期 問わない 15~29 強い倦怠感、食欲不振、貧血
第5期 透析療法期 問わない 15未満 尿毒症症状(下記参照)、呼吸困難
出典: 日本腎臓学会、日本糖尿病学会の病期分類を基に作成6

末期腎不全の症状(尿毒症)

第4期以降、eGFRが著しく低下すると、体内に老廃物や余分な水分が蓄積し、「尿毒症」と呼ばれる様々な症状が出現します1

  • 全身症状:強い倦怠感、食欲不振、悪心・嘔吐、皮膚のかゆみ
  • 循環器症状:むくみ(浮腫)、高血圧の悪化、呼吸困難(心不全、肺水腫)
  • 神経症状:集中力の低下、意識の混濁、痙攣
  • 血液症状:貧血による動悸、息切れ

透析導入の基準と現実

これらの尿毒症症状が、薬物療法や食事療法といった保存的治療ではコントロールできなくなった場合、生命を維持するために透析療法(血液透析または腹膜透析)の導入が検討されます。厚生労働省の基準では、臨床症状、腎機能(血清クレアチニン値)、日常生活の障害度を点数化し、合計60点以上で導入が推奨されます7。しかし、糖尿病患者様の場合は、心不全などを合併しやすく、体液管理が困難になることが多いため、基準の点数に達する前の、比較的eGFRが高い段階(例:20mL/分/1.73m²程度)で早期に導入が検討されることも少なくありません8

透析導入後の生命予後は、合併症のない場合に比べて厳しい現実があり、日本透析医学会(JSDT)の統計によれば、糖尿病を原疾患とする60~64歳で透析を導入した患者様の5年生存率は約60%と報告されています8。しかし、これはあくまで統計データであり、適切な透析管理と合併症対策を行うことで、QOLを維持しながら社会生活を送ることは十分に可能です。

糖尿病網膜症:失明に至るプロセス

糖尿病網膜症は、かつて日本における成人の失明原因第1位であり、現在でも緑内障に次ぐ主要な原因となっています9。年間約3,000人もの方々が、この合併症によって光を失っているという事実は、その深刻さを物語っています5。腎症と同様に、初期には全く自覚症状がないため、「見えているから大丈夫」という自己判断が最も危険です。

進行プロセス

網膜症は、重症度に応じて以下の3段階で進行します1

  1. 単純網膜症: 網膜の細い血管に小さなこぶ(毛細血管瘤)や点状の出血が見られる初期段階。自覚症状はほとんどありません。
  2. 増殖前網膜症: 血管が詰まり、網膜の広範囲に酸素が届かなくなる中等症の段階。目のかすみなどを感じることがありますが、無症状の場合も多いです。
  3. 増殖網膜症: 酸素不足を補おうとして、網膜上に脆く異常な「新生血管」が発生する重症段階。この新生血管が、失明につながる様々な問題を引き起こします。

失明のメカニズム

増殖網膜症の段階で起こる、失明に直結する二大イベントは「硝子体出血」と「牽引性網膜剥離」です。

  • 硝子体出血: 脆い新生血管が容易に破れ、眼球の内部を満たす硝子体というゲル状の組織に出血が広がります。患者様は「突然、目の前に墨を流したような影が広がった」「無数の黒い点やクモの巣のようなものが見える(飛蚊症)」といった症状を自覚します。出血が多量の場合、視力は著しく低下します1
  • 牽引性網膜剥離: 出血が吸収される過程で、網膜上に線維性の「増殖膜」が形成されます。この膜が収縮する際に、網膜を内側に引っ張り、壁から剥がしてしまいます(牽引性網膜剥離)。剥がれた網膜は光を感じることができなくなり、視野欠損や永続的な視力喪失(失明)に至ります1

日本眼科医会の報告によれば、年間3,000人という失明者のほとんどは、これらの重篤な症状が出現して初めて眼科を受診した方々です10。自覚症状のない段階での定期的な眼底検査と、必要に応じたレーザー治療(網膜光凝固術)など早期の介入が、視力を守るための唯一の道です。

糖尿病神経障害:感覚の喪失と自律神経の破綻

神経障害は最も早期から現れる合併症であり、その影響は全身に及びます。末期に至ると、QOLを著しく低下させるだけでなく、生命に直接関わる危険な状態を引き起こします。

末梢神経障害の末路

初期には手足の末端に「ジンジン」「ピリピリ」としたしびれや痛みを感じますが、進行すると感覚が完全に麻痺し、温度や痛みに対する感覚を失います1。この「感覚の消失」こそが、次に解説する糖尿病足病変の最大の引き金となります。熱い風呂で火傷をしても、靴の中に小石が入っていても気づかず、重篤な傷へと発展してしまうのです。さらに重症化すると、足の骨が破壊され、著しく変形する「シャルコー足」という状態に至ることもあります。

重症自律神経障害

内臓の働きや血圧、体温などを無意識に調節している自律神経が障害されると、生命維持そのものが脅かされます。

  • 胃不全麻痺: 胃の動きが悪くなり、食後の吐き気や嘔吐、早期満腹感が続きます。栄養吸収が悪化し、血糖コントロールも極めて不安定になります11
  • 起立性低血圧: 立ち上がった際に血圧が急激に低下し、めまい、立ちくらみを起こし、時には失神して転倒することもあります12
  • 無自覚性低血糖: 低血糖の警告症状である冷や汗、動悸、手の震えなどを感じることなく、突然意識を失う極めて危険な状態です。自動車の運転中などに起これば大事故につながります13
  • 神経因性膀胱: 膀胱に尿が溜まっても尿意を感じにくくなり、排尿が困難になります。膀胱内に尿が残る(残尿)ため、尿路感染症を繰り返しやすくなります11

これらの自律神経障害は、一度進行すると有効な治療法が乏しく、対症療法が中心となります。血糖コントロールを良好に保ち、進行を食い止めることが何よりも重要です。この感覚の消失が、なぜ足の切断という悲劇に繋がるのか、次の章で詳しく見ていきましょう。

大血管障害と足病変 – 生命と四肢を脅かす合併症

高血糖は細い血管だけでなく、心臓や脳、足へと血液を送る太い血管(大血管)の動脈硬化も強力に促進します。これによる合併症は、三大合併症以上に直接的に生命を脅かします。

心血管疾患と脳血管疾患

糖尿病患者様の死因として、癌に次いで心筋梗塞や脳卒中などの血管疾患が多くを占めています4。糖尿病があると、これらの疾患の発症リスクは非糖尿病者の2~4倍に高まるとされています12

特に注意すべきは、糖尿病患者様に特有の「無症候性心筋虚血(サイレント・イスケミア)」です。これは、心臓の神経障害により、心筋梗塞の典型的な症状である「締め付けられるような激しい胸痛」を感じないまま、あるいは「何となく胃がもたれる」「肩が凝る」といった非典型的な症状のみで発症するものです4。気づかないうちに心臓の筋肉が壊死し、ある日突然、重篤な心不全や致死的な不整脈を引き起こす可能性があるため、非常に危険です。症状がなくても、定期的な心電図検査や心臓の精密検査が重要となります。

糖尿病足病変:潰瘍・壊疽から足切断へ

あなたの足は、糖尿病管理状態を映し出す鏡です。足病変は単なる足の問題ではなく、神経、血管、免疫という全身のダメージが、体の末端である足に集約して現れた「氷山の一角」なのです。日本糖尿病学会のガイドラインによると、足病変を有する患者様は、心血管疾患による死亡リスクも極めて高いことが知られています14

発症のメカニズム(負の三重奏)

足の切断という悲劇は、以下の3つの要因が複雑に絡み合って引き起こされます。

  1. 神経障害(感覚麻痺): 感覚が鈍ることで、靴擦れ、低温やけど、釘を踏むなどの外傷に気づきません14
  2. 末梢動脈疾患(血流障害): 足の血管の動脈硬化により血流が悪化し、傷を治すために必要な酸素や栄養、白血球が患部に届きにくくなります11
  3. 免疫力低下(易感染性): 高血糖状態は白血球の機能を低下させ、細菌に対する抵抗力を弱めます。そのため、小さな傷から容易に細菌が侵入し、爆発的に増殖します4

この「負の三重奏」により、本来なら数日で治るはずの小さな傷が治らずに悪化し、皮膚や皮下組織がえぐれた「難治性潰瘍」を形成します。さらに感染が深部へ広がり、組織が死んで黒く変色する「壊疽」へと進行すると、敗血症など生命に関わる事態を防ぐために、下肢の切断を選択せざるを得なくなります13

日本における足潰瘍の年間発症率は約0.3%、下肢切断率は約0.05%と報告されています15。また、一度下肢を切断すると、その後の生命予後は極めて不良で、5年生存率は一部のがんよりも低いとの報告もあります16

表:足を守るための毎日のセルフチェックリスト

観察のポイント

  • □ 足の裏全体を鏡などを使ってよく見る
  • □ 指と指の間を一本ずつ開いて確認する
  • □ 皮膚に赤み、腫れ、熱っぽさはないか
  • □ タコ、ウオノメ、マメ、靴擦れはないか
  • □ 切り傷、すり傷、やけどはないか
  • □ 皮膚の乾燥やひび割れはないか
  • □ 爪の色や形は変ではないか(巻き爪、肥厚、変色など)

ケアのポイント

  • □ 毎日、ぬるま湯と石鹸で優しく洗う
  • □ 洗った後は、指の間まで水分をしっかり拭き取る
  • □ 乾燥している場合は保湿クリームを塗る(指の間は避ける)
  • □ 爪は深爪をせず、まっすぐ(スクエアカット)に切る

注意! 異常を見つけたら、自分で処置せず、すぐに主治医や皮膚科医に相談しましょう。

出典: 日本糖尿病学会ガイドライン14、国立国際医療研究センター情報17を基に作成

日本の現状 – 統計データと国の取り組み

これまで解説してきた深刻な合併症が、日本全体でどれほどの規模の問題となっているのか、そして国がどのような対策を講じているのかを知ることは、患者様が孤立せずに社会的な支援を活用する上で重要です。

マクロな視点での再確認

厚生労働省の令和2年(2020年)の調査によれば、日本には治療を受けている糖尿病患者様が数百万人存在し18、関連する年間医療費は1兆2,000億円を超えています19。これは、本稿で詳述した腎症による透析、網膜症による失明、足病変による切断といった重篤な事態が、決して稀なケースではなく、膨大な数の人々に起こりうるリスクであることを示しています。

国の重要施策:「糖尿病性腎症重症化予防プログラム」

このような状況に対し、国や地方自治体は対策を講じています。その代表的なものが「糖尿病性腎症重症化予防プログラム」です20。このプログラムの主な目的は以下の通りです。

  • 未受診者・治療中断者への介入: 健康診断などで血糖値の異常を指摘されながら、医療機関を受診していない、あるいは治療を自己中断してしまったリスクの高い人に対し、保健師などが受診を促します。
  • ハイリスク者への保健指導: すでに糖尿病治療中の方の中から、腎症が悪化するリスクが高い(例:尿アルブミンが出ている、eGFRが低下し始めている)人を選定し、かかりつけ医と連携しながら、管理栄養士などが個別の保健指導(食事療法や生活習慣の改善指導)を行います。

このプログラムの存在は、重症化予防が個人の努力だけに委ねられているのではなく、社会全体で支えようという動きがあることを示しています。もしあなたが健康診断で異常を指摘されたままにしているなら、お住まいの市町村の国民健康保険担当課などに問い合わせることで、このような支援を受けられる可能性があります21222324

よくある質問

Q1. 「末期」と告げられました。もう打つ手はないのでしょうか?

A1. 「末期」という言葉は、特定の臓器機能が著しく低下した状態を指しますが、治療の終わりを意味するものではありません。例えば、末期腎不全と診断されても、透析療法という確立された治療法によって生命を維持し、旅行や趣味を楽しむなど、質の高い社会生活を続けることは十分に可能です。重要なのは、残された機能を最大限に維持し、さらなる合併症の進行を防ぎ、今ある症状を和らげる(緩和ケア)ことです。主治医、看護師、管理栄養士など多職種の医療チームと共に、今あなたにとってできる最善の治療法を一緒に考えていくことが大切です。

Q2. 人工透析を回避、または先延ばしにするための最新治療はありますか?

A2. はい、近年、腎症の進行を抑制する上で画期的な新薬が次々と登場しています。これまでの治療の主軸であった血糖降下や血圧降下に加え、腎臓そのものを保護する作用が科学的に証明された薬剤です。代表的なものに「SGLT2阻害薬」「非ステロイド性MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)」、そして一部の「GLP-1受容体作動薬」があります。これらの薬剤は、日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」や、腎臓病領域の国際的な「KDIGOガイドライン」でも、腎症の進行抑制のために強く推奨されています2526。適切な患者様に早期から使用することで、透析導入を大幅に遅らせる効果が期待されていますので、主治医と治療選択肢について相談する価値は非常に高いと言えます。

Q3. 足の切断を防ぐために、どのような専門的治療がありますか?

A3. 足切断の最大の原因である足潰瘍・壊疽に対し、現在最も有効な治療法は「集学的フットケア」です14。これは、一人の医師が単独で治療するのではなく、糖尿病専門医、形成外科医、血管外科医、皮膚科医、そして専門知識を持つ看護師(創傷管理、フットケア)、理学療法士、義肢装具士などがチームを組んで、多角的に治療にあたる体制を指します。具体的には、カテーテル治療やバイパス手術による血流の改善(血行再建)、適切な抗菌薬の選択(感染制御)、壊死した組織の除去(デブリードマン)、そして特殊な靴や装具を用いた潰瘍部への体重負荷の軽減(免荷)などを、患者様の状態に合わせて組み合わせます。このようなチーム医療が受けられる専門施設に相談することで、かつては切断しか選択肢がなかったような重症の足でも救済できるケースが増えています。

結論

本稿では、糖尿病が重症化し、「末期」と呼ばれる状態に至った際に現れる様々な症状とその背景にある病態を、科学的根拠に基づいて詳述しました。腎不全による透析、網膜症による失明、神経障害による激痛や感覚消失、そして足の切断。これらが、糖尿病という一つの疾患から派生しうる、紛れもない厳しい現実であることは間違いありません。

しかし、これらの重篤な合併症の進行は、決して避けられない宿命ではありません。現代医療は、この静かなる破壊者に対して、数多くの武器を手にしています。血糖、血圧、脂質の厳格な管理はもちろんのこと、SGLT2阻害薬に代表される臓器保護作用を持つ新薬の登場、そして多職種が連携して一人の患者様を支えるチーム医療は、合併症の発症と進行を抑制する上で大きな力となります。

最も重要なことは、患者様自身がご自身の体の小さな変化を見逃さず、不安があれば一人で抱え込まず、早期に専門家へ相談する勇気を持つことです。「症状がないから大丈夫」という油断が、最も危険な罠です。定期的な検診を受け、主治医と良好な関係を築き、正しい知識を持って日々の自己管理に取り組む。その地道な一歩一歩の積み重ねこそが、深刻な合併症を回避し、QOL(生活の質)を高く維持したまま、自分らしい人生を長く謳歌するための、最も確実で希望に満ちた道筋なのです。

免責事項本記事の情報は一般的な理解を深めるためのものであり、個別の病状や治療方針を示すものではありません。具体的な診断や治療が必要な場合は、必ず医師や医療専門家にご相談ください。

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