筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは?その症状と治療法について
脳と神経系の病気

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは?その症状と治療法について

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis、以下ALS)は、自分の意思で動かせる筋肉(随意筋)の動きを制御する神経細胞、すなわち運動ニューロンが変性・消失していく進行性の神経疾患です1。この神経細胞の障害により、脳からの指令が筋肉に届かなくなり、結果として筋力の低下や筋肉の萎縮が起こります2。病状は時間とともに進行し、話す、食べる、動く、そして呼吸するといった基本的な生命活動が徐々に困難になります1。この記事では、JHO(JAPANESEHEALTH.ORG)編集部が、ALSの基本的な知識から、日本における最新の治療法、公的支援、そして研究の最前線まで、深く、そして分かりやすく解説します。

要点まとめ

  • ALSは、脳と脊髄の運動ニューロンが障害される進行性の神経難病で、筋力低下、筋萎縮、会話や嚥下、呼吸の障害を引き起こします12。多くの場合、意識や知能は鮮明に保たれます1
  • 原因の90%以上は不明な「孤発性」ですが、約5-10%は遺伝的要因が関わる「家族性」です1。日本では2020年度に10,514人の患者が報告されており、高齢化に伴い増加傾向にあります616
  • 治療法は確立されていませんが、進行を遅らせる薬剤(リルゾール、エダラボン、メコバラミン、トフェルセン等)が存在します31222。呼吸ケア、栄養管理、リハビリテーションなどの包括的な支持療法がQOL維持に極めて重要です32
  • ALSは日本の「指定難病」であり、医療費助成制度や障害福祉サービスなどの公的支援が利用可能です67。日本ALS協会などの患者支援団体も重要な支えとなります30
  • 遺伝子治療や再生医療、iPS細胞を用いた創薬など、世界中で研究が精力的に進められており、将来の個別化医療への期待が高まっています2038

1. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の基礎知識

ALSという病気を理解するためには、まずその本質と、日本における位置づけを知ることが重要です。

1.1. ALSとは何か?:脳と筋肉の通信が途絶える病

ALSの核心は、脳と筋肉間のコミュニケーションが途絶えることにあります。これは単なる筋力低下ではなく、脳が随意運動を「開始し、制御する」能力を失っていく過程です2。私たちの体は、脳からの指令が神経を伝って筋肉に届くことで動きます。この指令を伝える役割を担うのが「運動ニューロン」です。運動ニューロンには、脳から脊髄へ指令を伝える「上位運動ニューロン」と、脊髄から筋肉へ指令を伝える「下位運動ニューロン」の2種類があり、ALSではこの両方が進行性に障害されます3。運動ニューロンが変性・消失すると、筋肉は脳からの指令を受け取れなくなり、筋力低下、筋肉の萎縮(やせ)、そして線維束性収縮(筋肉のぴくつき)といった症状が生じます2。かつては、著名な野球選手の名前からルー・ゲーリッグ病とも呼ばれていました2。病気は進行性であるため1、このコミュニケーションの断絶は悪化し続け、徐々に、しかし容赦なく身体のコントロールが失われていきます。多くの場合、患者さんの意識、思考力、記憶力などは鮮明に保たれるため1、この進行性の機能喪失は計り知れない精神的苦痛を伴います。

1.2. 日本におけるALS:「指定難病」としての位置づけ

日本では、ALSは厚生労働省によって「指定難病」の一つとして認定されています6。指定難病とは、原因が不明または十分に解明されておらず、確立された治療法がなく、長期の療養を必要とする希少な疾患群を指します6。ALSもこの定義に合致し、根本的な原因の解明や治療法の確立には至っておらず、全身の筋力低下が進行していく病気です6。この指定難病としての認定は、患者さんが公的な医療費助成制度を利用できる根拠となり、経済的負担の軽減につながります7。「難病」という言葉は治療の困難さを示唆しますが、この「指定」は、日本において構造化された支援への入り口でもあります。つまり、国がその疾患の重篤性を公式に認め、特定の医療費助成や福祉サービスといった支援メカニズムを発動させるトリガーとなるのです7。したがって、この指定は、絶望感だけでなく、利用可能なリソースを探索し活用するという、患者さんとご家族にとって実際的な情報を提供するものであり、療養生活における重要な側面と言えます。

2. ALSの原因と疫学

ALSがなぜ発症するのか、そしてどのような人々に多いのか。その原因と日本国内の状況について解説します。

2.1. 主な原因:孤発性と家族性ALS

ALSの原因はまだ完全には解明されていませんが、大きく分けて「孤発性ALS」と「家族性ALS」の二つのタイプが存在します。

孤発性ALS (Sporadic ALS)

ALS症例の大部分(90%以上)は孤発性であり、明らかな危険因子や家族歴なしに、偶発的に発症すると考えられています1。孤発性ALSの正確な原因は不明ですが、神経細胞を傷つけるフリーラジカルによる障害や、神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰な作用による毒性(グルタミン酸毒性)などが、有力な仮説として挙げられています3。また、多くの孤発性ALS患者さんのゲノム情報を網羅的に解析し、疾患にかかりやすくなる遺伝子(疾患感受性遺伝子)を探索する研究も進行中です3

家族性ALS (Familial ALS, FALS)

全ALS症例の約5~10%は家族性で、遺伝的要因が関与していると考えられています1。家族性ALSは通常、片方の親から原因遺伝子を受け継ぐだけで発症する常染色体優性遺伝の形式をとることが多いです1。これまでに十数種類以上の原因遺伝子が同定されており、その中でも「C9ORF72遺伝子」の変異は家族性ALSの約25~40%、そして孤発性ALSのごく一部にも見られます1。また、日本においては、家族性ALSの約2割で、抗酸化酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)遺伝子の変異が報告されています3

孤発性が大多数を占めるものの、家族性ALSにおける特定遺伝子の同定は、学術的な意義に留まりません。これらの遺伝的知見は、例えばSOD1遺伝子変異を持つALS患者さんに対するトフェルセンのような、標的化された治療法の開発へと道を開いています11。これにより、遺伝子診断が特定の治療法選択に直結する可能性が生まれつつあります13。一方で、症例の約90%を占める孤発性ALSの原因が依然として不明確であるという事実は1、酸化ストレスやグルタミン酸毒性といった、より普遍的な神経変性メカニズムの探求の重要性を示しており、それがリルゾールやエダラボンといった治療薬の開発に繋がっています3

2.2. 日本国内の患者数と発症年齢・性別

日本におけるALSの患者数は増加傾向にあります。厚生労働省の特定医療費(指定難病)受給者証所持者数によると、平成13年度(2001年度)の6,180人15、2014年度の9,950人16に対し、令和2年度(2020年度)には10,514人に達しています6。人口10万人当たりの年間発症率は約1.1~2.5人と報告されており16、難病情報センターのデータでは平均2.2人とされています5

ALSは中年以降に発症することが多く、特に55歳から75歳の間に症状が現れ始めるのが一般的です1。日本国内のデータでも、平均発症年齢は60歳前後で、最も発症しやすいのは60~70代とされています4。男性が女性に比べてやや発症しやすく、その比率は1.3~1.5倍と報告されていますが、高齢になると男女差は目立たなくなります1。40歳以下の若年で発症するケースも約10%存在しますが4、10代や20代といった極めて若い世代での発症率に関する明確な統計情報は現在のところありません6。特定の職業との関連は認められていません5。日本における患者数の増加は、診断技術の向上や疾患認知度の高まりに加え、社会の高齢化が大きな要因として指摘されています16。この人口動態の変化は、将来の医療計画やリソース配分、そして高齢者神経学の専門知識や年齢に応じたケアモデルの充実が一層求められることを示唆しています。

3. ALSの症状

ALSの症状は個人差が大きいものの、一般的に初期症状から始まり、病気の進行に伴って多様な症状が現れます。

3.1. 気づかれやすい初期症状

ALSの初期症状は、しばしば見過ごされやすい軽微なものから始まることがあります。一般的には、筋肉の脱力感やこわばり(痙縮)が初期の兆候として現れることが多いです1。具体的には、腕や脚、肩、舌などに筋肉のぴくつき(線維束性収縮)、筋肉のつり(筋クランプ)、筋肉の硬直感がみられることがあります2。発症の仕方によって初期症状は異なります。

  • 四肢発症型 (Limb-onset ALS): 手足の筋力低下から始まるタイプです。例えば、指先の細かい作業(ボタンをかける、字を書くなど)がしにくくなったり、足がもつれて転びやすくなったりといった症状で気づかれることがあります2。厚生労働省の分類では「上肢型(普通型)」や「下肢型(偽多発神経炎型)」がこれに該当します3
  • 球麻痺発症型 (Bulbar-onset ALS): 話しにくい(構音障害)、ろれつが回らない、声が鼻にかかる、食べ物や飲み物が飲み込みにくい(嚥下障害)といった症状から始まるタイプです2。厚生労働省の分類では「球型(進行性球麻痺)」と呼ばれます3

これらの初期症状は、他の一般的な疾患や加齢による変化と間違われやすいため、診断までに時間がかかることがあります。ある患者さんはゴルフのスイングで力が入らないことで異変に気づき17、別の患者さんは魚釣りの際に右手の違和感を覚えたもののすぐにはALSとは思わなかったと語っています18。このような症状の微妙さが診断の遅れにつながる可能性があるため、症状が持続・進行する場合には早期に神経内科専門医を受診することの重要性が指摘されています16

3.2. 病気の進行に伴う多様な症状

ALSが進行するにつれて、全身の随意筋が徐々に侵され、様々な機能が低下していきます1

健康に関する注意事項

  • ALSの症状は進行性であり、二次的な合併症(低栄養、呼吸不全、関節拘縮など)を引き起こす可能性があります1。これらの合併症は生命予後に大きく影響するため、栄養療法、呼吸療法、リハビリテーションなどを含む包括的かつ積極的なアプローチが不可欠です。
  • 嚥下障害は誤嚥性肺炎や窒息のリスクを、呼吸筋の筋力低下は呼吸不全のリスクを増大させます1。これらの症状は生命に直接関わるため、専門医による定期的な評価と早期の介入(NIVや胃ろう造設など)が極めて重要です。この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は必ず専門家にご相談ください。

以下に、進行期に見られる主な症状をまとめます。

表2: ALSの主な症状と進行の目安
症状の領域 主な初期症状 進行期に見られる症状 関連する注意点
運動機能(四肢・体幹) 手指の使いにくさ(書字困難、ボタンかけ困難など)、足のもつれ・つまずき、筋力低下、筋肉のぴくつき・つり、こわばり 全身の筋力低下・筋萎縮の進行、起立・歩行困難、座位保持困難、寝たきり 転倒リスク、関節拘縮の予防、褥瘡予防、ADL(日常生活動作)低下への対応、福祉用具の活用
嚥下・会話機能(球麻痺症状) 話しにくい(ろれつが回らない、声が鼻にかかる)、むせやすい、飲み込みにくい、舌の萎縮・ぴくつき 構音障害・嚥下障害の悪化、流涎、食事摂取困難、誤嚥性肺炎のリスク増大、コミュニケーション困難 栄養低下・脱水リスク、窒息リスク、食事形態の工夫、経管栄養(胃ろうなど)の検討、コミュニケーション手段の確保
呼吸機能 労作時の息切れ、長く話せない、睡眠障害(夜間低換気による)、早朝の頭痛、倦怠感 安静時呼吸困難、呼吸筋麻痺の進行、痰の喀出困難、呼吸不全 呼吸機能検査の定期的実施、非侵襲的陽圧換気(NIV)の導入検討、侵襲的陽圧換気(TPPV)の意思決定支援
認知・精神機能 (多くは保たれるが)一部に物忘れ、意欲低下などが見られることも。不安、抑うつ。 進行すると一部の患者で前頭側頭型認知症(FTD)様の症状(性格変化、判断力低下など)が出現することがある。感情失禁(偽性球麻痺症状)。 精神心理的ケア、家族へのサポート、意思決定能力の変化への注意、コミュニケーション方法の工夫

出典: 1 を基に作成

3.3. 認知機能への影響

伝統的にALSは主に運動機能が障害される疾患と考えられてきましたが、一部の患者さんでは認知機能や行動の変化が見られることがわかってきました。多くの患者さんは、理性、記憶、理解、問題解決といった高次の精神機能は比較的保たれるため、自身の機能が進行性に失われていくことを認識しており、これが不安や抑うつを引き起こす一因ともなります1。しかし、一部の患者さんでは言語能力や意思決定能力に問題が生じることがあり、前頭側頭型認知症(FTD)を合併するALS(FTD-ALS)も存在します2。日本でも、紀伊半島の一部地域に見られるALS/パーキンソニズム認知症複合(ALS/PDC)では、認知症が症状の一つとして現れます19。このように、多くの患者さんが身体機能の低下の中で意識が鮮明であるという側面と、一部では認知機能障害が疾患の一部として現れるという二面性は、ケアや意思決定を複雑にし、個別化されたアプローチの重要性を示唆しています。

4. ALSの診断プロセス

ALSの診断は、特異的な単一の検査法が存在しないため、臨床症状、神経学的検査、および他の疾患を除外するための各種検査を総合的に評価して行われる「除外診断」が基本となります。

4.1. 専門医による診察と必要な検査

ALSの診断は、まず神経内科専門医による詳細な病歴聴取と神経学的診察から始まります。診断を補助し、他の疾患を除外するために以下の検査が行われます。

  • 針筋電図検査 (EMG) および神経伝導検査 (NCS): ALS診断において非常に重要な検査です。EMGは、筋肉の電気的活動を記録し、下位運動ニューロンの障害(神経からの指令が途絶えたことによる筋肉の異常な電気活動など)を検出します1。NCSは、神経の信号が伝わる速度を測定し、他の末梢神経疾患を除外するのに役立ちます2
  • 磁気共鳴画像検査 (MRI): 脳や脊髄のMRIは、ALSと似た症状を引き起こす可能性のある他の疾患(例:脳腫瘍、脊髄腫瘍、頸椎症など)を除外するために行われます1。通常、ALS患者さんのMRI画像に明らかな異常は見られません1
  • その他の検査: 全身状態の評価や他の疾患を除外するために、血液検査、尿検査、髄液検査、まれに筋生検が行われることがあります2

上位運動ニューロン徴候(痙縮、腱反射亢進など)と下位運動ニューロン徴候(筋力低下、筋萎縮など)が認められ、症状が進行性であり、かつ他の疾患が除外されることが診断の要点となります1

4.2. 診断基準と他の病気との鑑別

ALSの診断には、国際的に用いられている改訂El Escorial基準などがありますが、基本的には上位および下位運動ニューロン障害の証拠、症状の進行、そして他の疾患の除外が核となります8。症状が似ているため鑑別が必要な疾患には、頸椎症性脊髄症、多巣性運動ニューロパチー(MMN)、筋ジストロフィーなど多岐にわたります1。このため、神経筋疾患の経験が豊富な神経内科医による診断が極めて重要です。手足の麻痺などが治療開始から1ヶ月経っても改善しない場合は、神経内科医への相談が推奨されます16

5. ALSの治療とケア:最新情報

現時点では、ALSを完治させる治療法は確立されていません1。しかし、病気の進行を遅らせる薬剤や、様々な症状を緩和し生活の質(QOL)を維持・向上させるための対症療法・支持療法が積極的に行われています。

5.1. 進行を遅らせるための薬物療法(日本で承認されている薬剤)

日本で承認され、ALSの進行抑制効果が期待される主な薬剤は以下の通りです。

表3: 日本で利用可能な主なALS治療薬と支持療法
治療法・ケアの種類 主な目的・効果 日本での承認・保険適用状況 簡単な説明・留意点
リルゾール(リルテック®) 病勢進行抑制(生存期間延長効果) 承認済み・保険適用 グルタミン酸神経伝達抑制。肝機能障害などの副作用に注意。
エダラボン(ラジカット®) 病勢進行抑制(機能低下抑制効果) 承認済み・保険適用(点滴静注製剤、経口懸濁液) フリーラジカルスカベンジャー。腎機能障害、過敏症などに注意。特定の患者群で効果が高い可能性。
メコバラミン(ロゼバラミン®) 病勢進行抑制 承認済み・保険適用(筋注製剤) 高用量ビタミンB12。2024年販売開始。作用機序の詳細は研究中。
トフェルセン(Qalsody®) 病勢進行抑制(SOD1遺伝子変異陽性ALS対象) 日本でも承認済み アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)。髄腔内投与。遺伝子検査が必要。
非侵襲的陽圧換気(NIV) 呼吸補助、QOL改善、生存期間延長の可能性 保険適用 鼻マスクや顔マスクを使用。早期導入が推奨される場合がある。
気管切開下陽圧換気(TPPV) 生命維持のための長期的な呼吸補助 保険適用 気管切開が必要。導入には患者・家族との十分な話し合いと意思決定が不可欠。
胃ろう(PEG)など経管栄養 栄養・水分補給、誤嚥防止、QOL維持 保険適用 嚥下障害が進行した場合に検討。比較的早期の造設が推奨されることもある。
リハビリテーション(理学・作業・言語聴覚療法) 残存機能維持、関節拘縮予防、ADL支援、嚥下・コミュニケーション機能の維持・代償 保険適用 個々の状態に合わせたプログラム。QOL維持に重要。
サイバニクス治療(医療用HAL®) 歩行機能改善(一部患者対象) 保険適用(施設基準あり) 装着型サイボーグを用いたリハビリテーション。
コミュニケーション支援機器 意思伝達手段の確保 福祉制度による給付・貸与あり(条件による) 文字盤から高度な意思伝達装置(視線入力など)まで多様。早期からの導入検討が重要。
心理社会的支援 不安・抑うつ軽減、精神的安定、QOL向上、家族支援 医療保険適用(カウンセリングなど)、公的相談窓口は無料の場合あり 患者本人だけでなく家族も対象。精神科医、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーなどが関与。

出典: 3 を基に作成

これらの薬剤の登場、特に近年のロゼバラミン22(徳島大学の梶龍兒特任教授らの研究成果24)や、SOD1遺伝子変異を標的とするトフェルセン13の承認は、日本のALS治療における重要な進展です。治療選択肢が拡大し、遺伝子型に基づいた個別化治療の可能性が示されています。「筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023」でも、これらの薬剤は推奨されています21

5.2. 症状を和らげる対症療法と日常生活のサポート

薬物療法と並行し、出現する様々な症状に対応するための包括的な対症療法と支持療法が極めて重要です。

  • 呼吸ケア: 呼吸筋の筋力低下に対し、非侵襲的陽圧換気療法(NIV)や、進行した場合には気管切開下の人工呼吸器(TPPV)が用いられます。NIVはQOL改善や生存期間延長に寄与する可能性があります3。TPPVの導入は、患者さん本人およびご家族との慎重な意思決定が必要です3
  • 栄養管理: 嚥下障害による低栄養や誤嚥性肺炎を防ぐため、食事形態の工夫や、経口摂取が困難になった場合は胃ろう(PEG)による経管栄養が行われます2。ALS患者さんは基礎代謝が亢進しているため、十分な栄養摂取が特に重要です1
  • リハビリテーション: 理学療法、作業療法、言語聴覚療法により、残存機能の維持、関節拘縮の予防、日常生活動作(ADL)の支援、コミュニケーション手段の確保などを行います312。日本で開発された装着型サイボーグ「医療用HAL®」を用いたサイバニクス治療も、一部の患者さんの歩行機能改善に効果が報告されています26
  • コミュニケーション支援: 会話が困難になっても、文字盤や、眼球運動などを利用した意思伝達装置(例:「伝の心」17)などで意思疎通を図ります。ある患者さんは「奪われた声は”伝の心”で戻りました。メール、インターネット等の新しい世界が広がりました」と語っています17

これらのケアは、神経内科医、呼吸器内科医、リハビリテーション医、看護師、療法士、栄養士、ソーシャルワーカーなど多職種が連携する「集学的治療」体制で行われるのが理想です29

5.3. 心理的ケアと意思決定支援

意識が保たれたまま身体機能が失われていく過程は、深刻な心理的負担を生みます1。そのため、心理カウンセリングや精神科医によるサポートなど、患者さんとご家族双方への精神心理的ケアが非常に重要です。また、人工呼吸器の使用や胃ろう造設といった生命維持に関わる医療選択については、患者さんの価値観を尊重し、医療者と患者・家族が共に考える「協働意思決定(Shared Decision Making)」のプロセスが不可欠です3。病状が進行する前に、予め話し合いの場を設け、十分に時間をかけて検討することが極めて大切です3

6. 日本における公的支援と相談窓口

ALSは指定難病であるため、日本国内では様々な公的支援制度や相談窓口が利用可能です。これらを活用することで、経済的負担の軽減や療養生活の困難の解消が期待できます。

6.1. 利用できる制度と相談窓口

以下の表は、日本におけるALS患者さんのための主な相談窓口と公的支援をまとめたものです。

表1: 日本におけるALS患者さんのための主な相談窓口と公的支援
支援・相談の種類 具体的な制度名・団体名 主な内容・受けられる支援 主な相談先・申請窓口
医療費助成 特定医療費(指定難病)助成制度 医療費自己負担額の軽減 市区町村役場、保健所、かかりつけ医(臨床調査個人票作成)
障害福祉サービス 身体障害者手帳、障害者総合支援法に基づくサービス(居宅介護、重度訪問介護、補装具給付など) ヘルパー派遣、福祉用具(車椅子、意思伝達装置など)の給付・貸与、日常生活用具の給付など 市区町村役場(障害福祉担当課)
介護保険サービス 介護保険法に基づくサービス(40歳以上が対象) 訪問介護、通所介護、福祉用具貸与、住宅改修など 市区町村役場(介護保険担当課)、ケアマネジャー
患者会による支援 一般社団法人日本ALS協会(JALSA)および各支部 療養相談、情報提供、患者・家族交流会、機関誌発行、啓発活動、ピアサポート 日本ALS協会本部・各支部
専門相談窓口 各都道府県・指定都市の難病相談支援センター 療養生活上の相談、情報提供、就労支援、社会資源の紹介 各センター
民間相談窓口の例 相談窓口あいあい(ALS・神経難病専門) 支援制度・日常ケア・将来設計に関する相談 各相談窓口

出典: 6, 27, 30, 37 等を基に作成

特に**一般社団法人日本ALS協会(JALSA)**は、療養相談、情報提供(機関誌や「ALSケアブック」32の発行)、交流会の開催、治療法開発促進のための提言活動などを行う中心的な支援団体です30。また、各都道府県の**難病相談支援センター**は、療養生活上の悩みや各種制度の利用について専門的な相談に応じています27。これらの窓口を積極的に活用することが望まれます。

7. ALS研究の最前線と将来への希望

ALSの原因究明と治療法開発に向けた研究は、世界中で精力的に進められています2

7.1. 国内外の最新研究動向

近年、特に目覚ましい進展を見せている研究分野には以下のようなものがあります。

  • 遺伝子治療: 遺伝性ALS(全体の約2割38)に対して大きな期待が寄せられています。特定の原因遺伝子を標的とするアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)製剤であるトフェルセン(対SOD1遺伝子変異)11やウレフネルセン(対FUS遺伝子変異)22などの開発が進んでいます。
  • 再生医療(幹細胞治療): 間葉系幹細胞やiPS細胞などを用いた細胞移植療法が研究されています。神経保護作用や免疫調節作用により、神経細胞の変性を抑制する効果が期待されています11
  • iPS細胞創薬: 日本国内では、iPS細胞技術を活用し、既存薬の中からALSへの効果が期待される薬剤を見つけ出す「リポジショニング」研究が進められており、ロピニロールやボスチニブといった薬剤の治験が行われています20

日本国内でも、東北大学の青木正志教授(「ALS診療ガイドライン2023」作成委員長21)や、徳島大学の梶龍兒特任教授(「ロゼバラミン®」開発研究を主導24)など、多くの研究者がALS研究を牽引しています。これらの研究の進展は、将来の「個別化医療」への移行を示唆しており、ALS診療における遺伝子検査の重要性を一層高めるものです14

7.2. 新しい治療法開発への期待

ALSに対する治療法開発は多くのハードルが存在しますが20、米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)をはじめとする多くの研究機関が新治療法の開発を目標に掲げており2、「ALS診療ガイドライン2023」も将来の治療法開発に確信を示しています21。遺伝子治療、幹細胞治療、iPS創薬、そしてHAL®のような先進的リハビリテーション機器など、多様なアプローチを組み合わせた「多角的な治療戦略」が、将来のALS治療の鍵となる可能性があります11

よくある質問 (FAQ)

ALSの最初のサインにはどのようなものがありますか?

初期症状は現れる部位によって異なりますが、一般的には軽微な筋力低下や筋肉のぴくつき、こわばりなどです12。「四肢発症型」では、ペンが持ちにくい、ボタンがかけにくい、足がもつれるといった手足の症状で気づかれ2、「球麻痺発症型」では、ろれつが回らない、食べ物が飲み込みにくいといった話し方や飲み込みの症状で始まります2。これらの症状は他の疾患や加齢と間違われやすいため、持続・進行する場合は神経内科専門医への相談が重要です16

ALSは遺伝するのでしょうか?

ALSの大部分(90%以上)は血縁者には発症しない「孤発性」です1。しかし、約5~10%は遺伝的要因が関わる「家族性ALS」であり、親から子へ遺伝する可能性があります1。SOD1やC9ORF72など、いくつかの原因遺伝子が特定されており、これらの遺伝子変異を持つ患者さんに対しては、トフェルセンのような遺伝子治療薬の開発が進んでいます311。遺伝に関する不安がある場合は、遺伝カウンセリングを受けることも選択肢の一つです。

ALSと診断されたら、どのような公的支援が受けられますか?

ALSは日本の「指定難病」であるため、様々な公的支援を利用できます6。主なものに、医療費の自己負担額に上限が設けられる「特定医療費(指定難病)助成制度」があります9。また、「身体障害者手帳」を取得することで、ヘルパー利用(居宅介護、重度訪問介護)、車椅子や意思伝達装置などの補装具の給付といった障害福祉サービスが受けられます。40歳以上の方は介護保険サービスも利用可能です。これらの制度の申請や利用については、お住まいの市区町村の担当窓口、保健所、または難病相談支援センターにご相談ください27

ALSは知能や意識にも影響しますか?

多くの場合、ALSは運動機能に主眼を置いた疾患であり、患者さんの理性、記憶、理解力といった高次の精神機能や意識は、病気が進行しても比較的鮮明に保たれます1。これが、動かなくなる体を意識し続けるという精神的苦痛の一因ともなります。しかし、一部の患者さんでは言語能力や意思決定能力に問題が生じたり、前頭側頭型認知症(FTD)を合併したりすることもあります2。そのため、ケアにおいては認知機能の変化にも注意を払う必要があります。

呼吸が苦しくなったらどうすればよいですか?

呼吸筋が弱まると、息切れや睡眠障害などの症状が現れます1。これに対しては、まず鼻や顔に着けるマスクを通して呼吸を補助する非侵襲的陽圧換気(NIV)が有効な選択肢となります3。NIVはQOLを改善し、生存期間を延ばす効果も期待できます。病状がさらに進行し、NIVでの管理が難しくなった場合は、気管切開を行い人工呼吸器を装着する侵襲的陽圧換気(TPPV)が選択肢となります3。どの段階でどのような呼吸ケアを選択するかは、患者さんの人生観に関わる重要な決定です。主治医やご家族と十分に話し合い、協働で意思決定していくことが極めて重要です。

結論

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、確かに厳しい病気であり、診断を受けた患者さんとご家族の衝撃や不安は計り知れません。しかし、絶望だけが全てではありません。現在、根治治療法は未確立であるものの、病気の進行を遅らせる薬剤や、様々な症状を緩和し生活の質(QOL)を維持・向上させるための治療法やケア、そして日本には手厚い公的支援制度が存在します。ALSという進行性の疾患と向き合う中での「希望」とは、必ずしも完治のみを意味するわけではありません。辛い症状が和らぐこと、自分らしい生活を一日でも長く続けること、家族や大切な人との繋がりを保つこと、そして日進月歩で進む研究の成果に対する期待など、その形は多様です。多くの患者さんが、困難な状況の中でもそれぞれの形で希望を見出し、力強く生きています17。大切なことは、一人で抱え込まず、利用できる医療・福祉サービスや支援制度を積極的に活用し、日本ALS協会のような患者支援団体や地域の相談窓口に繋がることです30。医療者と患者さん・ご家族が協働して意思決定を行い21、その人らしい生き方を支えていくことが求められます。ALSの研究は世界中で進められており、一歩一歩の進展が、未来の、そして今を生きる患者さんとご家族にとっての希望の光となることを信じて、医療者も研究者も努力を続けています。この記事が、ALSと向き合う皆様にとって、少しでも正確な情報と前向きな力となれば幸いです。

免責事項この記事は医学的アドバイスに代わるものではなく、症状がある場合は専門家にご相談ください。

参考文献

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