フェイコ手術(白内障超音波乳化吸引術)のすべて:最新眼内レンズの比較から費用、高額療養費制度まで徹底解説
眼の病気

フェイコ手術(白内障超音波乳化吸引術)のすべて:最新眼内レンズの比較から費用、高額療養費制度まで徹底解説

「最近、物がかすんで見える」「車のライトが以前より眩しく感じる」「片目で見ても物が二重に見える」。もし、このような症状に心当たりがあれば、それは白内障のサインかもしれません。白内障は、目のレンズの役割を果たす「水晶体」が年齢とともに濁ることで視力が低下する病気です1。日本の厚生労働省の調査によると、80歳以上では実に100%の人に水晶体の混濁が見られると報告されており、誰にとっても非常に関わりの深い疾患です2。しかし、幸いなことに、今日では「フェイコ手術(超音波水晶体乳化吸引術)」という非常に安全で効果的な治療法が確立されています。この記事では、JapaneseHealth.org編集委員会が、国内外の最新の研究データと日本の公的ガイドラインに基づき、フェイコ手術の全貌、最新の眼内レンズ(IOL)の選択肢、そして多くの人が気になる費用と公的保険制度の活用法について、どこよりも深く、そして分かりやすく解説します。

この記事の科学的根拠

本記事は、JapaneseHealth.orgの厳格な編集方針に基づき、明示的に引用された最高品質の医学的エビデンス(科学的根拠)にのみ基づいて作成されています。提示される医学的指導の信頼性を担保するため、以下に本記事で参照された主要な情報源とその関連性を記載します。

  • 厚生労働省: 日本における白内障手術の公的な統計データ(手術件数など)や、高額療養費制度といった公的医療保険制度に関する記述は、厚生労働省が公開する「NDBオープンデータ」や公式資料に基づいています34
  • 日本眼科学会 & 日本眼科医会: 白内障の定義、手術の適応、臨床ガイドライン、そして手術後のケアに関する推奨事項は、日本の眼科領域における最高権威である日本眼科学会および日本眼科医会の公式見解と発行物を基準としています56
  • 査読付き国際学術雑誌 (The Lancet, PubMed等): フェムト秒レーザー白内障手術(FLACS)と従来の超音波手術の比較(FEMCAT試験、FACT試験など)や、各種多焦点眼内レンズの性能比較に関する分析は、The Lancet、PubMedなどに掲載された大規模なランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシスの結果を直接参照しています78
  • 米国眼科学会 (AAO): 手術の合併症に関するリスクと発生頻度については、世界的な権威である米国眼科学会(AAO)の包括的な臨床データベース(EyeWiki)の情報を基に、日本の臨床現場の実情を加えて解説しています9

要点まとめ

  • 白内障の標準治療は「フェイコ手術(超音波水晶体乳化吸引術)」であり、非常に安全で成功率の高い手術です。
  • 眼内レンズには、鮮明な視界を提供する保険適用の「単焦点レンズ」と、眼鏡への依存を減らす選定療養の「多焦点・焦点深度拡張型レンズ」があり、ライフスタイルに応じた選択が重要です。
  • 最新の多焦点レンズでは、「眼鏡からの独立性」と「ハロー・グレアなど副作用の少なさ」がトレードオフの関係にあり、個人の価値観に基づく慎重な判断が求められます。
  • 費用は公的保険が適用され、自己負担は1割〜3割です。「高額療養費制度」を活用すれば、月々の自己負担額には上限が設定されており、経済的負担を大幅に軽減できます。
  • 最新の「レーザー白内障手術(FLACS)」は、視力回復において従来の手術より優れているという科学的根拠は確立されておらず、費用対効果の観点から慎重な検討が必要です。

白内障と最新治療法:フェイコ手術のすべて

白内障は加齢現象の一環であり、誰にでも起こりうる病気です。視界がかすんだり、光が眩しく感じたりする症状が進行し、日常生活に支障をきたすようになった時が、手術を検討する一つの目安となります1。現在、世界中で行われている白内障治療のゴールドスタンダード(標準治療)が、フェイコ手術、正式名称「超音波水晶体乳化吸引術」です10

フェイコ手術とは?

フェイコ手術とは、超音波の微細な振動を利用して、濁って硬くなった水晶体を乳化(液状化)させて吸引除去し、その代わりに透明な人工の眼内レンズ(IOL)を挿入する、非常に洗練された手術法です11。この手術法の最大の革命は、わずか2〜3mmという極めて小さな切開創で全ての操作が完結する点にあります11。この小さな切開創は、縫合を必要としない「自己閉鎖性」であり、術後の乱視の発生を最小限に抑え、患者のより速やかな回復を可能にしました。世界的な眼科医である日本の赤星隆幸医師が開発した「フェイコ・プレチョップ法」など、日本で生まれた技術もこの手術の発展に大きく貢献しています12

手術の流れ:5分から15分の精密な手技

手術は非常に短時間で完了しますが、その中には精密な手技が凝縮されています。患者が経験する一般的な流れを以下に示します。

  1. 麻酔: 手術は主に点眼麻酔で行われます。そのため、手術中に痛みを感じることはほとんどありません13
  2. 角膜切開: 黒目の部分(角膜)の縁に、器具を挿入するための約2〜3mmの小さな切開創を作成します11
  3. 粘弾性物質の注入: 角膜の内皮細胞など、眼の中の繊細な組織を保護し、手術操作を行うための空間(前房)を安定して確保するために、ヒアルロン酸ナトリウムなどを主成分とするゲル状の粘弾性物質を注入します14
  4. 前嚢切開 (CCC): 水晶体を包んでいる薄い透明な袋(水晶体嚢)の前面を、ピンセットのような器具で円形に切り取ります。Continuous Circular Capsulorhexis (CCC) と呼ばれ、この後の操作とIOLの安定した固定のために極めて重要なステップです11
  5. 超音波乳化吸引: これが「フェイコ」の核心部です。超音波を発するチップを水晶体に挿入し、その高速振動で硬くなった水晶体の核を細かく破砕(乳化)しながら、同時に吸引して取り除きます11。この間、眼内圧を一定に保つため、灌流液の注入と吸引が絶妙なバランスで制御されています。
  6. 眼内レンズの挿入: 濁った水晶体が取り除かれた後の水晶体嚢の中に、折りたたまれた状態の眼内レンズをインジェクターという器具で挿入します。レンズは嚢の中でゆっくりと広がり、正しい位置に固定されます11
  7. 完了: 粘弾性物質を洗浄・除去し、手術は終了です。角膜の切開創は、眼内圧によって自然に閉鎖するため、通常は縫合を行いません15。手術全体の時間は、症例にもよりますが、多くの場合5分から15分程度です12

フェイコ手術 vs. フェムト秒レーザー白内障手術 (FLACS)

近年、一部の医療機関では「フェムト秒レーザー白内障手術(FLACS)」が、より先進的な選択肢として提供されています。FLACSは、前述の手術工程のうち、角膜切開、前嚢切開、水晶体核の事前分割といった一部のステップを、執刀医の手技に代わってコンピューター制御のレーザーで自動化する技術です8。「レーザー手術」と聞くと、より正確で安全な印象を受けるかもしれません。

しかし、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会は、患者が偏りのない情報に基づいて意思決定を行うことの重要性を強調します。複数の大規模なランダム化比較試験(RCT)、例えばFEMCAT試験やFACT試験の結果を分析すると、現時点での科学的コンセンサスは明確です。これらの信頼性の高い研究によると、FLACSは従来の超音波乳化吸引術と比較して、最終的な視力回復の結果や合併症の発生率において、統計的に有意な優位性を示していません716。一方で、FLACSは自由診療または追加費用がかかるため、費用対効果の面では劣ると結論付けられています7。この事実は、マーケティング主導の情報と、科学的根拠に基づく情報を見分ける上で極めて重要です。

表1:標準的な超音波手術とレーザー白内障手術の比較

特徴 標準的な超音波乳化吸引術 (Conventional Phaco) フェムト秒レーザー白内障手術 (FLACS) 科学的根拠 (EVIDENCE)
技術 熟練した執刀医の手技による レーザーが一部の工程を自動化 11
視力回復 同等 同等 FEMCAT trial7, FACT trial16: 3ヶ月後の視力に有意差なし
安全性(合併症率) 同等 同等 FEMCAT trial7: 合併症発生率に有意差なし
費用 標準的(保険適用) 高額(自由診療または追加費用) 17
結論 現在のゴールドスタンダード(標準治療) 視力回復における優位性は証明されておらず、費用対効果も低い 7

手術の安全性とリスク:知っておくべき合併症と対策

白内障の超音波乳化吸引術は、現代医学において最も安全で成功率の高い外科手術の一つとされています18。しかし、あらゆる医療行為と同様に、ゼロリスクではありません。不必要な不安を煽るのではなく、正確な情報を知ることが、適切な意思決定につながります。合併症のリスクは、手術手技そのものだけでなく、患者個人の元々の眼の状態(例:非常に硬い白内障、他の眼疾患の有無)や全身状態(例:糖尿病)にも影響されるため、術前の詳細な検査が極めて重要です919

表2:白内障手術の主な合併症と発生頻度

以下の表は、米国眼科学会(AAO)などの信頼できる情報源に基づき、主な合併症の概要と、そのおおよその発生頻度をまとめたものです。「約3,000人に1人」といった具体的な数値を知ることで、漠然とした恐怖を管理可能な統計的理解へと変えることができます。

合併症 概要 発生頻度(目安) 主なリスク因子 根拠
後嚢破損 (Posterior Capsule Rupture) 眼内レンズを支える水晶体の後方の袋(後嚢)が術中に破れること。 約0.5%~1.0%
(熟練医の場合)
非常に硬い白内障、偽落屑症候群、強度近視 9
術後眼内炎 (Post-op Endophthalmitis) 手術創から細菌が侵入し、眼内で重篤な感染・炎症を起こすこと。失明に至る可能性もある最も重い合併症の一つ。 約0.03% (約3,000例に1例) 後嚢破損、85歳以上の高齢、眼瞼炎(まぶたの炎症) 9
嚢胞様黄斑浮腫 (Cystoid Macular Edema) 網膜の中心部で物を見るのに最も重要な部分(黄斑)に水が溜まってむくみ、視力が低下すること。 約1-2% 糖尿病網膜症の既往、術中の合併症 9
眼圧上昇 (Elevated IOP) 術後に使用する薬剤や、眼内に残存した粘弾性物質などの影響で、一時的に眼圧が上昇すること。 比較的多いが、ほとんどは一過性で点眼薬でコントロール可能。 緑内障の既往 20
水疱性角膜症 (Bullous Keratopathy) 角膜の透明性を維持する内皮細胞が手術侵襲により減少し、角膜が濁ってしまうこと。 フックス角膜内皮ジストロフィー、角膜内皮細胞が元々少ない場合 20

眼内レンズ(IOL)の選択:あなたのライフスタイルに最適なレンズは?

白内障手術は、単に濁りを取り除くだけでなく、「どのような見え方を取り戻したいか」を自分で選択できる機会でもあります。その鍵を握るのが、水晶体の代わりとなる眼内レンズ(IOL)の選択です。このセクションは、本記事の中で最も重要であり、あなたの術後の生活の質(QOL)を大きく左右します。

基本の選択:単焦点レンズ vs. 多焦点レンズ

  • 単焦点眼内レンズ (Monofocal IOL): これが公的保険適用の標準的なレンズです1。遠方、中間(PC作業など)、近方(読書など)のいずれか一つの距離にピントが合うように設計されています。例えば遠くにピントを合わせれば、遠くの景色は非常に鮮明に見えますが、手元のスマートフォンや本を見るためには老眼鏡が必要になります。逆もまた然りです。利点は、コントラスト感度が非常に高く、クリアで質の高い視界が得られることです。
  • 多焦点眼内レンズ (Multifocal IOLs): こちらは、複数の距離にピントが合うように光学設計された高機能レンズで、眼鏡への依存度を減らすこと(眼鏡からの独立)を主な目的としています1。この利便性と引き換えに、公的保険適用外の「選定療養」という制度を利用するため追加の費用がかかること、そして「異視症」と呼ばれる特有の視覚的な副作用(夜間の光がにじんで見えるハローや、ギラついて見えるグレアなど)を感じる可能性があることがトレードオフとなります。

深掘り:最新の多焦点・焦点深度拡張型レンズの核心的トレードオフ

近年、多焦点レンズの技術は目覚ましく進歩し、選択肢は多様化しています。現在の主流は、大きく分けて「3焦点レンズ」と「焦点深度拡張型(EDOF)レンズ」です。この二つの技術間の違いを理解することが、最適なレンズ選択の鍵となります。

  • 3焦点レンズ (Trifocal IOLs): 代表的なレンズにアルコン社の「PanOptix(パンオプティクス)」があります。遠方・中間・近方の3つの明確な焦点を持つように設計されており、あらゆる距離で良好な裸眼視力が期待でき、眼鏡から完全に解放される可能性が最も高いレンズタイプです21。しかし、その分、ハロー・グレアといった異視症の発生率が比較的高くなる傾向があります。
  • 焦点深度拡張型レンズ (EDOF IOLs): 代表的なレンズにアルコン社の「Vivity(ビビティ)」があります。これは、明確な焦点を複数持つのではなく、遠方から中間にかけて焦点が滑らかに連続するように設計されています。そのため、3焦点レンズと比較してハロー・グレアが大幅に少なく、より自然で質の高い見え方が期待できます22。その代わり、近方(特に細かい文字の読書)の視力は3焦点レンズに比べてやや弱くなるため、必要に応じて弱い老眼鏡が必要になる場合があります。

また、ジョンソン・エンド・ジョンソン社の「Synergy(シナジー)」は、EDOFと2焦点の技術を組み合わせたハイブリッド型のレンズで、優れた近方視力と広い焦点範囲を目指したものです21。このように、現代のレンズ選択における核心的な対立(トレードオフ)は、3焦点レンズが提供する優れた「眼鏡からの独立性」を最優先するのか、あるいはEDOFレンズが提供する優れた「視覚の質(異視症の少なさ)」を重視するのか、という点に集約されます。どちらが優れているというわけではなく、個々のライフスタイルや価値観によって最適な選択は異なります。

表3:最新の多焦点・焦点深度拡張型眼内レンズの性能比較

この表は、複雑なレンズの選択肢を、患者とその家族が比較検討するための究極の意思決定支援ツールです。あなたのライフスタイル(例:夜間の運転が多い、細かい手仕事が好き、PC作業が主)と照らし合わせながら、どの特徴を最も重視するかを考えてみてください。

レンズ名 (代表例) タイプ 遠方視力 中間視力 近方視力 ハロー・グレア メガネ依存度 費用区分 根拠
PanOptix (Alcon) 3焦点 Excellent Good Excellent 発生率高め 非常に低い 選定療養 2123
Synergy (J&J) EDOF + 2焦点 Excellent Excellent Excellent (特に近距離) 発生率高め 非常に低い 選定療養 2124
Vivity (Alcon) 焦点深度拡張 (EDOF) Excellent Excellent 機能的だが弱い 非常に少ない 中程度 (読書時に眼鏡が必要な場合あり) 選定療養 2225
一般的な単焦点レンズ 単焦点 Excellent Poor Poor (逆も然り) ほぼ無し 高い (眼鏡が必須) 保険適用 1

費用と公的保険制度:自己負担額を徹底解説

「手術にはいくらかかるのか?」これは、患者が抱く最も切実な問いの一つです13。幸いなことに、日本には手厚い公的医療保険制度があり、高額に見える医療費も、仕組みを理解すれば自己負担を大幅に抑えることが可能です。

日本の医療費制度の基本

まず、窓口で支払う自己負担割合は年齢や所得に応じて決まっています。75歳以上の方は原則1割、70歳から74歳の方は原則2割、70歳未満の方は3割です4。これに基づき、保険が適用される標準的な単焦点レンズを用いた白内障手術(片眼)の自己負担額の目安は以下の通りです。

  • 1割負担の場合: 約15,000円 ~ 20,000円
  • 2割負担の場合: 約30,000円 ~ 40,000円
  • 3割負担の場合: 約45,000円 ~ 60,000円

※上記はあくまで目安であり、医療機関によって多少異なります。

選定療養とは?

多焦点眼内レンズなど、より高機能なレンズを選択したい場合、「選定療養」という制度が適用されます26。これは、手術や診察といった基本的な部分は公的保険の対象となりますが、標準的な単焦点レンズと選択した高機能レンズとの「差額分」を追加で自己負担するハイブリッドな仕組みです。このレンズの追加自己負担額は、レンズの種類や医療機関によって異なりますが、片眼あたり約15万円から40万円以上になるのが一般的です17

最強の味方:高額療養費制度

高額療養費制度は、医療費の家計への負担が重くなりすぎないように、1ヶ月(月の初めから終わりまで)にかかった医療費の自己負担額に上限を設ける制度です4。上限を超えて窓口で支払った分は、後から申請することで払い戻されます。この上限額は所得によって区分されていますが、ターゲット層である70歳以上の所得一般の方の場合、上限額は非常に低く設定されています。

  • 70歳以上・所得一般(年収約370万円未満):
    • 外来のみの場合の月の上限額: 18,000円
    • 入院を含む場合の月の上限額: 57,600円

この制度を賢く利用する上で、最も重要なヒントは「両眼の手術を同じ月に行う」ことです。なぜなら、上限額は患者ごと、月ごとに計算されるため、両眼の手術を同月内に行えば、2回分の手術費用が合算され、自己負担の上限が1回だけ適用されるからです。

表4:白内障手術の費用シミュレーション(70歳以上・所得一般・自己負担割合に応じる場合)

このシミュレーションは、公的制度がいかに強力なセーフティネットであるかを示しています。

手術内容 制度利用なし(窓口支払額目安) 高額療養費制度利用後(最終的な自己負担額) 備考 根拠
片眼・単焦点レンズ 約1.5万~4.5万円 18,000円 (上限適用) 外来の月の上限は18,000円 427
両眼・単焦点レンズ (別々の月) 約3万~9万円 36,000円 (18,000円 x 2回) 各月で上限が適用されるため割高になる 427
両眼・単焦点レンズ (同じ月) 約3万~9万円 18,000円 1ヶ月の支払いは合算され、上限が1回適用 (最も経済的) 427
片眼・多焦点レンズ (選定療養) 手術代(1.5-4.5万) + レンズ代(例:20万) = 約21.5-24.5万円 手術代(1.8万) + レンズ代(20万) = 218,000円 選定療養のレンズ代は高額療養費制度の対象外 426

※医療費控除:年間の医療費が10万円を超えた場合、確定申告を行うことで所得税の還付が受けられる可能性があります。これも重要な制度です。

結論

白内障手術、特に現代の標準治療である超音波乳化吸引術は、技術の進歩により非常に安全で効果的な治療法となりました。この記事で詳述したように、手術の成功は、単に濁った水晶体を取り除くこと以上の意味を持ちます。それは、あなたのライフスタイルや価値観に最も合った「見え方」を、眼内レンズ(IOL)の選択を通じて主体的に設計するプロセスです。

保険適用の単焦点レンズが提供するクリアな視界を選ぶのか、あるいは選定療養を利用して眼鏡への依存度を減らす多焦点・焦点深度拡張型レンズの利便性を追求するのか。その判断に「唯一の正解」はありません。重要なのは、3焦点レンズの「眼鏡からの独立性」と、EDOFレンズの「優れた視覚の質(異視症の少なさ)」といった、それぞれのレンズが持つ核心的なトレードオフを正確に理解することです。

また、費用に関する不安は、日本の手厚い公的保険制度、特に「高額療養費制度」によって大幅に軽減できることもご理解いただけたかと思います。科学的根拠に基づいた正しい知識は、不必要な恐怖を取り除き、あなたを最善の意思決定へと導く力となります。

最終的な判断は、信頼できる眼科専門医と十分に相談の上で行うことが不可欠です。本記事が、その対話のための強固な基盤となり、あなたが再びクリアな視界と豊かな生活の質を取り戻すための一助となることを、JAPANESEHEALTH.ORG編集委員会一同、心より願っています。

よくある質問

手術後の日常生活はいつから元に戻せますか?

日本眼科医会の指針によると、日常生活の再開時期の目安は以下の通りです6。ただし、回復には個人差があるため、必ず執刀医の指示に従ってください。
入浴・洗顔・洗髪: 術後数日~1週間は、目に水や石鹸が入らないように保護が必要です。洗髪は美容院のように上向きで行うか、保護メガネを使用します。湯船に浸かるのは1週間程度避けるのが一般的です。
仕事: デスクワークなど、目に負担の少ない仕事は翌日から可能な場合が多いです。力仕事や埃の多い環境での作業は、最低1週間は避けるべきです。
運転: 視力が安定し、ご自身が見え方に慣れたと感じてから再開します。通常、術後1週間程度が目安となります。
運動: 軽い散歩は翌日から可能ですが、汗が目に入るような激しいスポーツや水泳は、約1ヶ月間は控える必要があります。

手術後、物が青みがかって見えるのですが、大丈夫でしょうか?

はい、それは「シアノプシア」と呼ばれる正常な術後経過の一つです28。白内障になると水晶体は黄色っぽく濁っていきますが、これが一種の黄色いサングラスのように機能していました。手術でその濁った水晶体が取り除かれ、透明な眼内レンズに置き換わることで、これまでカットされていた青い光が網膜に多く届くようになります。そのため、一時的に世の中のものが全体的に青みがかって見えるのです。この現象には、脳が数週間から数ヶ月かけて徐々に適応していきますので、心配はいりません。

白内障は一度手術すれば再発しないのですか?

一度取り除いた白内障(水晶体の濁り)そのものが再発することはありません。しかし、手術から数ヶ月~数年経過すると、眼内レンズを支えている水晶体の後ろの袋(後嚢)がすりガラスのように濁ってくることがあります。これは「後発白内障」と呼ばれ、手術の合併症や失敗ではなく、約20%程度の頻度で起こりうる生理的な変化です13。症状としては、「また目がかすんできた」と感じられます。治療は非常に簡単で、外来で「YAGレーザー」というレーザーを濁った後嚢に照射し、数分で完了します。痛みもなく、この治療を行えば視力は回復し、後発白内障が再度起こることはありません。

手術後、飛蚊症がひどくなったように感じます。

これもよくある訴えの一つです。手術によって視界がクリアになることで、元々眼の中に存在していた硝子体の濁り(飛蚊症の原因)が、以前よりもはっきりと認識されるようになるためです29。多くの場合、飛蚊症の数や形自体が変化したわけではありません。ただし、見える浮遊物の数が急に増えたり、光が走る(光視症)などの症状が伴う場合は、網膜剥離など他の病気の可能性も考えられるため、すぐに医師に相談してください。

免責事項本記事は、医学的知識の普及・啓発を目的としており、専門的な医学的アドバイスを提供するものではありません。健康に関する問題や治療に関する決定については、必ず資格を有する医療専門家にご相談ください。

参考文献

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