大動脈解離の前兆と症状|スタンフォード分類とガイドライン
この記事でわかること
目次
結論から言うと、大動脈解離は大動脈の壁が裂けて血液の通り道が二重になる病気で、「前兆」と呼べるような発症前のサインはなく、多くの場合は前触れなく突然の激痛で発症します[4]。心臓に近い部分(上行大動脈)まで裂けている「スタンフォードA型」は緊急手術の対象で、手術などの治療をしなければ発症から48時間以内に約半数が亡くなるとされています[1]。
この症状、いつ受診すべきか確認しますか?
回答に合わせて必要な質問だけを表示します。診断は行いません。
症状はいつから続いていますか?
回答により質問数が変わります・途中でいつでも記事に戻れます
これまで経験したことのない「引き裂かれるような」突然の胸や背中の痛みが起きたら、様子を見ずすぐに119番通報してください。日本循環器学会のガイドラインによると、心臓から離れた部分だけが裂けている「B型」は、まず安静と血圧管理から治療を始めることが一般的です[1]。
要点まとめ
- 済生会の解説によると、大動脈の壁(内膜・中膜・外膜の3層)の中に、新しい血液の通り道(偽腔)ができる病気[4]。
- 同会は、ほとんどの場合、前触れなく突然の激痛で発症するとしている[4]。「数日前から違和感があった」というような一般的な前兆は、今回確認した資料には見当たらなかった。
- 日本循環器学会のガイドラインでは、スタンフォードA型(心臓に近い上行大動脈が裂けている)は緊急手術、B型(上行大動脈は裂けていない)はまず内科的な血圧管理が基本とされる[1]。
- 同ガイドラインによると、大動脈解離を起こした人の8割は高血圧を合併しており、高血圧は対策できる危険因子とされている[1]。
- 突然の激しい胸や背中の痛み、意識が遠のく感覚、手足の麻痺やしびれがあれば、様子を見ずすぐに119番。
編集方針
JHO編集部がAIツールの支援を受け、日本循環器学会・日本心臓血管外科学会のガイドラインや学会誌に掲載された論文と照合して作成しました。最終確認は人の目で行っています。医師による個別の診断の代わりにはなりません。数値や分類はガイドラインの改定により変わることがあります(2026年7月時点)。
大動脈解離とは?なぜ起こるのか、仕組みをみる
大動脈は、心臓から全身に血液を送り出す、体の中でもっとも太い血管です。その壁は、内側から内膜・中膜・外膜という3つの層でできています[4]。日本循環器学会と日本心臓血管外科学会による「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」は、大動脈解離を「大動脈壁が中膜のレベルで2層に剝離し、大動脈の走行に沿ってある長さをもち2腔になった状態」と定義しています[3]。もともとの血液の通り道を「真腔」、新しくできた通り道を「偽腔」と呼びます。
同ガイドラインによると、この病気の背景には、加齢や高血圧などによって中膜の弾性板が少しずつ減っていく「中膜病変」があり、そこに血圧の変動などの負荷が加わることで発症すると考えられています[1]。つまり、ある日いきなり丈夫な血管が壊れるというより、長い時間をかけて壁がもろくなった土台の上に、きっかけとなる負荷が重なって起こる病気だと考えられているということです。
日本循環器学会のガイドラインによると、生まれつき大動脈の壁をつくる組織が弱いマルファン症候群のような遺伝性結合織疾患では、フィブリリン-1という遺伝子の異常によって中膜のミクロフィブリルが不安定になり、比較的若い年代から解離を起こしやすくなることが知られています[1]。
なお「大動脈瘤」という似た名前の病気と混同されることがありますが、両者は別の病態です。同ガイドラインによれば、大動脈瘤は壁の3層構造が保たれたまま血管全体がこぶ状に膨らむ状態で、大半は無症状のまま画像検査で偶然見つかります[1]。これに対して大動脈解離は、壁の中に新しい通り道ができる急性の出来事であり、多くは突然の激しい痛みとして発症するとされています[1]。同ガイドラインは、大動脈解離が慢性期に至って偽腔がこぶ状に拡大したものを「解離性大動脈瘤」と呼び、両者が組み合わさることもあるとしています[1]。
動脈硬化に伴う一般的な大動脈解離とは、発症のしくみが異なる点に注意が必要です。なお、同じ大動脈の入り口にある大動脈弁がかたくなる病気については、大動脈弁狭窄症の解説記事で別に取り上げています。
「大動脈解離」という名前がついていなくても、同じ仲間として扱われる病態がいくつかあります。日本血管外科学会雑誌に掲載された解説によると、内膜が裂けていないのに大動脈の壁の中に血液がたまる「壁内血腫(IMH:intramural hematoma)」、動脈硬化の潰瘍が中膜まで達した「穿通性粥状硬化症(PAU:penetrating atherosclerotic ulcer)」、CT画像で偽腔の一部だけに造影剤が入り込んで見える「潰瘍様突出(ULP:ulcer-like projection)」などが、いずれも大動脈解離に近い病態として2020年の改訂ガイドラインで定義が整理されました[2][3]。これらは専門的な画像診断でしか区別できないため、患者本人が自己判断する必要はありませんが、「解離」という診断名でなくても油断できない病態がある、ということは知っておいて損はありません。
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スタンフォード分類A型・B型 — 何が「緊急手術」と「まず様子を見る」を分けるのか
大動脈解離は、裂けた範囲によって大きく2つに分けられます。日本循環器学会のガイドラインが採用している「スタンフォード分類」は、心臓に近い上行大動脈に解離が及んでいるかどうかという1点だけで、A型とB型を区別する分類の基準を定めています[1]。これに加えて、同ガイドラインは、解離した範囲や入口(tear)の位置で分類する「デベーキー分類」も併用するとしています[1]。デベーキー分類では、上行大動脈に入口があり弓部より末梢まで解離が及ぶものをⅠ型、上行大動脈に解離が限られるものをⅡ型、下行大動脈に入口があるものをⅢ型(さらに腹部大動脈に及ぶか否かでⅢa・Ⅲbに細分)と、同ガイドラインは定義しています[1]。スタンフォード分類が「A型かB型か」という治療方針の分かれ目を示すのに対し、デベーキー分類は解離の広がり方をより詳細に記録するために使われますが、治療方針を決めるうえで実務上もっとも重要なのはA型・B型の区別です。
| 項目 | スタンフォードA型 | スタンフォードB型 |
|---|---|---|
| 分類の基準 | 上行大動脈に解離がある | 上行大動脈に解離がない |
| 特徴的な痛みの部位 | 前胸部痛が多い | 背部痛や腹痛が多い[1] |
| 治療方針 | 緊急・準緊急手術(開胸して人工血管に置き換える)[1] | まず安静と降圧薬による内科治療。破裂の危険や臓器への血流障害があれば、ステントグラフトを使うTEVAR(血管内治療)を検討[1] |
| 侵襲的治療をしなかった場合 | 発症後48時間以内の致死率が約50%、1時間ごとに1〜2%ずつ上昇すると報告[1] | 命に関わる合併症があるのに侵襲的治療ができなかった症例では、内科治療のみの急性期死亡率が23.2〜35.6%と報告[1] |
| 手術・侵襲的治療後の院内死亡率 (2016年・日本胸部外科学会の集計) |
急性期 11.3%[1] | 急性期 10.0%[1] |
出典:日本循環器学会・日本心臓血管外科学会「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」(2020年)[1]
この数字が示しているのは、A型で治療をしないという選択肢がほぼ存在しないということです。手術には合併症のリスクがありますが、それでも侵襲的治療を行わなかった場合の致死率のほうがはるかに高いため、診断がつき次第、緊急手術が検討されます[1]。一方でB型は、同ガイドラインによると、合併症のない「uncomplicated」型であれば、まず薬による血圧・心拍数の管理を優先し、破裂の危険や血流障害のサインが出た「complicated」型でだけ侵襲的治療に進む、という段階を踏んだ考え方がとられています[1]。
同ガイドラインによると、A型の手術は、全身麻酔をかけ、人工心肺で全身の血流を保ちながら、裂けた部分の大動脈を人工血管に置き換える方法が標準的です[1]。心臓の出口に近い大動脈基部や大動脈弁まで解離が及んでいる場合には、人工弁と人工血管が一体になった器具を用いる「Bentall手術」のような術式が選ばれることもあり、この方法は1968年に発表されて以来、標準的な治療の一つとされてきたと同ガイドラインは説明しています[1]。B型でTEVARを行う場合は、太ももの血管などからカテーテルを通し、ステントグラフトという金属の骨組みが入った人工血管を、裂けた部分の内側から広げて留置します[1]。開胸するA型の手術に比べて体への負担が小さいことが、TEVARが選ばれる理由の一つだと同ガイドラインは述べています[1]。
受診の目安 — 今すぐ救急要請が必要なサイン、そして「前兆」は本当にあるのか
受診の目安:日本循環器学会のガイドラインをもとにすると、次のいずれかがあれば様子を見ずすぐに119番通報すべきとされています[1]
- これまで経験したことのない、引き裂かれるような突然の胸や背中の痛み
- 痛みの場所が移動する、または急に痛みが軽くなる・消える(※ 痛みが治まった=解離そのものが治まったという意味ではなく、進展が一時的に止まっただけの可能性があります。狭心症でも痛みが消えたタイミングがかえって危険な場合があり、胸痛が消えた時ほど危険な場合があることの解説も参考にしてください)
- 意識が遠のく、気を失う
- 手足に力が入らない、しびれる、片方だけ脈が触れにくい
- 痛みをまったく感じず、突然の失神や脱力だけで始まることもある
「前兆」という言葉で調べる方の多くは、発症する前に体からの警告サインがあるかどうかを知りたいのだと思います。しかし正直にお伝えすると、今回参照したガイドラインや医療機関の解説の中に、日常生活の中で見分けられるような「発症前の予兆」についての具体的な記載は見当たりませんでした。済生会は大動脈解離について「予兆なく突然の激痛で発症します」と説明しており[4]、名古屋大学大学院医学系研究科の血管外科学分野も「大動脈解離は何の前触れもなく、胸や背中、腰の激痛として発症します」と述べています[5]。日本循環器学会のガイドライン本文でも、発症時の疼痛は「突然発症が特徴的である」と記載されており[1]、数日単位で徐々に強くなるような経過は想定されていません。
なぜここまで急ぐ必要があるのか、数字で補足します。東京都監察医務院が大動脈解離による突然死・剖検例を調べた報告では、病院に到着する前に亡くなった方が61.4%を占め、発症から死亡までの時間は1時間以内が7.3%、1〜6時間が12.4%、6〜24時間が11.7%で、病院到着前の死亡と合わせると93%が24時間以内に亡くなっていたとされています[1]。これは突然死として記録された剖検例についての報告であり、大動脈解離と診断された人すべてに当てはまる数字ではありませんが、症状が出てからの時間がいかに大切かを示すデータです。
「〇日前からこんな症状があったら危ない」という具体的なチェックリストを作ることは、この病気については誠実ではないと編集部は考えます。実際には見分けようのない予兆を無理に並べ立てるより、次の項目で説明する危険因子を知り、当てはまる人はふだんから血圧を管理しておくことのほうが、実際に命を守ることにつながります[1]。なお、急性大動脈解離のおよそ6%は痛みをまったく伴わず、9〜20%は典型的な痛みがなく失神で発症すると報告されており[1]、「痛くなければ大丈夫」とも言い切れない病気です。胸痛にはこの病気以外にも心臓・肺・消化管などさまざまな原因があり、胸の痛みの原因と危険なサインの全体像もあわせて確認しておくと、いざというときの判断材料になります。
原因と危険因子 — 高血圧・マルファン症候群・妊娠・激しい運動
日本循環器学会のガイドラインによると、大動脈解離を起こした人のおよそ8割で高血圧の合併が認められ、逆に高血圧がある人ほど解離の発症率が高いことが示されています[1]。解離を起こした人の約半数は、発症前から180mmHg以上の血圧が何度も記録されていたという報告もあり、高血圧は治療によって対策できる危険因子と考えられています[1]。急激な血圧上昇そのものが命に関わる状態については、高血圧緊急症についての解説で詳しく取り上げています。
| 危険因子 | 内容 |
|---|---|
| 高血圧 | 解離症例の約8割に合併。血圧の変動が大きく、夜間に血圧が下がらない・上昇するタイプの人は、夜間のB型解離の発症に関連するという報告もある[1] |
| マルファン症候群などの遺伝性結合織疾患 | 大動脈の壁を作る組織そのものが弱いため、比較的若い年齢から発症しうる[1] |
| 妊娠 | マルファン症候群の女性は妊娠中・産褥期に大動脈解離のリスクが高まることが知られ、妊娠中はバルサルバ洞(大動脈基部)の拡大速度も増すとされている[1] |
| 身体的・精神的な強いストレス | 重量挙げなど瞬間的に強い力を入れる運動では、血圧が300mmHgを超えることがあると報告されており、解離の発症に関与しうるとされる[1] |
| 動脈硬化 | 加齢性の変化や慢性的な高血圧による血管壁の弾力低下が背景になる[1] |
出典:日本循環器学会・日本心臓血管外科学会「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」(2020年)[1]
発症する季節や時間帯についても、同ガイドラインはいくつかの疫学報告を紹介しています。大動脈解離の発症は冬に多い傾向があるとされますが、関連がないとする報告もあり、見解は一致していません[1]。時間帯については、活動が始まる午前6〜12時に発症が多いという報告が複数あり、血圧や心拍数の上昇、交感神経の緊張などが関係している可能性が示唆されています[1]。曜日については、月曜日に発症が多いとする報告と、差を認めないとする報告の両方があります[1]。
診断から治療までの流れ — 病期による分類
大動脈解離を疑う場合、まず身体所見やバイタルサインを確認しながら、CT検査などの画像診断で真腔・偽腔の広がりを調べ、スタンフォードA型かB型かを判定します[1]。急性心筋梗塞のトロポニンのように、この病気に特有の血液検査項目はありませんが、Dダイマーという血液の項目は多くの症例で上昇するとされ、500ng/mLを目安にすると感度96.6%と高く、この病気を除外する手がかりとして役立つとされています[1]。ただし、偽腔が完全に詰まっているタイプや若い患者では、Dダイマーが上がらないこともあるため注意が必要とされています[1]。欧米のガイドラインでは、症状や身体所見を点数化する「大動脈解離診断リスクスコア(ADD-RS)」とDダイマーを組み合わせ、リスクが低くDダイマーも低ければCT検査を省略できるとする考え方が紹介されています[1]。ある前向き研究では、1,850例のうちADD-RSが0または1点でDダイマーが500ng/mL未満だった924例のうち、実際に急性大動脈解離だったのはわずか3例(0.3%)だったと報告されており[1]、この組み合わせが除外診断に役立つ可能性を裏づけています。もっとも、これは主に欧米での運用が念頭に置かれた基準であり、実際にCT検査を省略するかどうかは、日本国内では担当医が総合的に判断します。
ガイドラインでは、発症からの経過時間によって治療方針の考え方も変わるため、病期を次のように分類しています[1]。
| 病期 | 発症からの時間 |
|---|---|
| 超急性期 | 発症後48時間以内 |
| 急性期 | 発症後2週間以内 |
| 亜急性期 | 発症後2週間を超えて3ヵ月以内 |
| 慢性期 | 発症後3ヵ月を超えるもの |
出典:日本循環器学会・日本心臓血管外科学会「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」(2020年)[1]
A型と診断された場合は、偽腔に血流がある「偽腔開存型」であれば緊急外科手術を行うことが推奨されています(推奨クラスI)[1]。手術は、開胸して裂けた部分の大動脈を人工血管に置き換える方法が標準的です[1]。偽腔に血流のない「偽腔閉塞型」については、緊急手術を考慮する場合と、内科治療を考慮する場合の両方が示されており、病状に応じて専門医が判断します[1]。
B型のうち、破裂の危険や重要な臓器への血流障害(malperfusion)がない「uncomplicated」型は、心拍数と血圧を厳格に管理する内科治療がまず選ばれます[1]。急性期の初期治療としては、心拍数を60/分未満、収縮期血圧を100〜120mmHgの範囲に保つことを目標に薬剤で調整するとされています[1]。
一方で、①切迫した破裂の徴候、②臓器への血流障害(malperfusion)、③持続する痛みや痛みの再発、④薬でもコントロールできない高血圧、⑤大動脈の径が大きい・急速に拡大している、のいずれかがある「complicated」型では、ステントグラフトを血管の内側から留置するTEVARという治療が、病期に応じて検討されます[1]。このcomplicated型の急性B型解離は、B型解離全体のおよそ25%を占めるとされています[1]。心臓や脳、腸、腎臓、手足など、どの臓器への血流が障害されるかによって症状は大きく異なり、下肢の対麻痺(脊髄への血流障害)は解離全体の約4%に起こるとされています[1]。
合併症(malperfusion)— どの臓器に血流障害が起きるか
日本循環器学会のガイドラインによると、大動脈解離では、裂けた大動脈から枝分かれする血管が圧迫されたり閉塞したりすることで、その先の臓器に血液が届きにくくなる「malperfusion(灌流障害)」が起こることがあります[1]。同ガイドラインは、どの臓器が影響を受けるかによって症状も緊急度も大きく変わるとして、臓器ごとの頻度を整理しています[1]。
| 影響を受ける臓器 | 頻度の目安 | 起こりうる症状 |
|---|---|---|
| 心臓(冠動脈) | A型のショックを除く心筋虚血が3〜9%[1] | 胸痛、房室ブロック、息苦しさなど心筋梗塞に似た症状[1] |
| 心膜(心タンポナーデ) | 急性期の死因としてもっとも多いとされる[1] | 裂けた上行大動脈から心臓を包む膜(心膜)の中に血液が漏れ出し、心臓が十分に広がれなくなることで血圧が急激に下がる状態。剖検例では死因の70%が心膜腔への穿破と報告[1] |
| 脳血管 | 頚動脈・椎骨動脈への解離の波及で発生[1] | 意識障害、手足の麻痺など局所的な神経症状[1] |
| 脊髄 | 下肢の対麻痺は約4%[1] | 両足に力が入らなくなる(対麻痺) |
| 腸管 | 2〜7%。B型に多いとする報告もある[1] | 腹痛、下血。合併すると予後不良とされ、注意深い診断が必要[1] |
| 腎臓 | 約7%[1] | 尿量の減少、血尿、高血圧の合併[1] |
| 下肢 | 7〜18%[1] | 片足の脈が触れにくい、足の血の気が引く |
| 上肢 | A型の2〜15%[1] | 左右の腕で血圧に20mmHg超の差が出ることがあり、注意すべきサインとされる[1] |
出典:日本循環器学会・日本心臓血管外科学会「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」(2020年)[1]
この表からわかるとおり、大動脈解離は「胸や背中が痛む病気」というだけでは説明しきれません。どの血管が巻き込まれるかによって、心筋梗塞のような症状、脳卒中のような症状、あるいは急な腹痛や下肢の脱力として現れることもあります[1]。左右の手足で脈の強さや血圧に差がある、片方だけしびれる、といった「左右差」は、この病気を疑うきっかけの一つとされています[1]。
腸管への血流障害は、症状だけでは気づきにくい合併症です。同ガイドラインは、腸管虚血を伴った大動脈解離は予後が悪い傾向があるとし、腹痛や下血といった症状に加え、血液検査での乳酸値やLDHの上昇にも注意しながら診断を進めるべきだとしています[1]。腹痛は「よくある症状」として見過ごされやすいため、大動脈解離の診断を受けた後に新たな腹痛が出てきた場合は、我慢せずすぐに医療スタッフに伝えることが勧められます。
なお、日本血管外科学会雑誌の総説によると、交通事故などで胸に強い衝撃を受けたときや、体幹が急激に減速したときにも大動脈解離が起こることがあり、この場合はいわゆる大動脈峡部という部位の近くで起こることが約9割を占めるとされています[3]。同総説は、冠動脈のカテーテル治療や開心術、TEVAR、末梢血管の血管内治療、大動脈内バルーンパンピングといった医療行為そのものがきっかけで解離が起こる「医原性大動脈解離」という病態も知られていると述べています[3]。これらは、高血圧や加齢を背景に自然に起こる一般的な大動脈解離とは、きっかけが異なる別のタイプとして扱われます。
手術後の経過、後遺症、退院後に気をつけること
大動脈解離は、手術や急性期治療を乗り越えた後も、生涯にわたる経過観察が必要な病気です。ガイドラインは、退院後の血圧管理の目標を収縮期血圧・拡張期血圧ともに130/80mmHg未満としています[1]。これは、血圧が高い状態が続くと、残った偽腔が拡大したり、慢性期に新たな瘤(解離性大動脈瘤)を形成したりする危険が高まるためです[4]。
後遺症として起こりうるものは、どの臓器への血流障害を伴ったかによって変わります。脊髄への血流障害を伴った場合の下肢の対麻痺(約4%)[1]のほか、脳血管への影響による意識障害や麻痺、腎機能の低下などが起こることがあります[1]。手術後は、吻合部に新たな瘤ができたり、残った偽腔が広がったりすることがあるため、定期的なCT検査による経過観察が生涯にわたって必要になります[4]。済生会は、手術成績の向上により、かつて20%前後だった死亡率が現在は10%以下まで下がってきていると説明しています[4]。
B型解離で内科治療を選んだ場合、退院後に残った偽腔がどのくらい広がりやすいかは、人によって差があります。ガイドラインは、亜急性期までの時点で偽腔が将来拡大しやすい特徴として、年齢が60歳未満であること、心拍数が速いこと(60/分以上)、マルファン症候群など遺伝性大動脈疾患があること、大動脈の径がすでに40mm以上あること、偽腔に血流が保たれていること(偽腔開存型)などを挙げています[1]。反対に、偽腔が完全に血栓でふさがっている場合や、大動脈の径が40mm未満にとどまっている場合は、広がりにくい方向の特徴とされています[1]。これらに当てはまる人は、CT検査の間隔をより短く設定されることがあります。
入院や手術には高額な医療費がかかることが多く、高額療養費制度の対象になる場合があります。制度の詳細や自己負担の目安は、加入している医療保険の窓口で確認してください。また、A型の緊急手術や長期の入院で仕事を休む必要が生じた場合、会社員や公務員であれば健康保険の傷病手当金の対象になることがあります。制度を使えるかどうか、申請の方法は、勤務先の担当部署や加入している健康保険組合に確認するのが確実です。
| 適用時期 | 年収の目安 | 計算式 | 100万円の場合 |
|---|---|---|---|
| ~2026年7月診療分 現行 | 年収約370万~770万円(区分ウ) | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% | 87,430円 |
| 2026年8月診療分から 見直し後(第1段階) | 年収約370万~770万円(区分ウ) | 85,800円+1%(PDF原文の表記) | 約92,940円<br><small>(編集部試算)</small> |
| + 年間上限 53万円(新設) | |||
※「100万円の場合」の金額のうち、現行(~2026年7月)欄は出典PDFに記載の計算例そのものです。2026年8月欄について、出典PDFに印字されているのは「85,800+1%」という表記のみです。1%を乗じる基準額(現行の267,000円に相当する部分)と、100万円の場合の約92,940円は、PDFに印字されておらず、現行制度と同じ計算方法にもとづくJHO編集部試算です。正確な金額は加入されている健康保険組合等にご確認ください。
※ 制度は改定されることがあります。受診・手術の時期によって自己負担額が変わるため、最新の情報は
厚生労働省の高額療養費制度ページで必ずご確認ください。
出典:厚生労働省「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」(令和7年12月16日) (PDF)
|JHO確認日:2026-07-16
どんな人がなりやすいのか — 年齢・性別と国際的なデータとの比較
大動脈解離の発症年齢のピークは、男女ともに70歳代とされています[1]。動脈硬化を背景とする一般的な解離は高齢になるほど増える一方で、マルファン症候群など遺伝性結合織疾患が背景にある場合は、前述のとおりもっと若い年代でも起こりうる点が異なります[1]。
発症の頻度について、日本国内では長年「10万人あたり年間3人前後」と考えられてきましたが、東京都急性大動脈スーパーネットワークが集めたより新しいデータでは、10万人あたり年間10人と報告されています[1]。日本血管外科学会雑誌に掲載された総説も、同じ東京都のデータを引用し、これまでの推定より発症数が多い可能性を指摘しています[3]。地域や集計方法によって数字に幅があること自体が、この病気を正確に捉えることの難しさを表しています。
また、国際大動脈解離登録(IRAD)の報告では、内膜の裂け目(tear)を伴わない「壁内血腫(IMH)」というタイプの解離が全体の6%を占めるとされており[2]、国内の剖検報告(3〜7%)とおおむね近い範囲にあります[2]。日本のガイドラインは2020年の改訂で、この壁内血腫(IMH)や潰瘍様突出(ULP)といった用語を国際的な使われ方に合わせて再定義しており[2]、大動脈解離のとらえ方そのものが、国内外の知見をすり合わせながら少しずつ更新され続けていることがわかります。
「ガイドライン」という言葉には、一度決まったら変わらない、という印象を持つ方もいるかもしれません。しかし実際には、2020年改訂版は前回の2011年版から約10年ぶりの改訂であり[2]、その間に蓄積された研究データをもとに、用語の定義や治療の推奨内容が見直されています[2][3]。今この記事で紹介している数字も、将来のガイドライン改訂で変わる可能性があることを念頭に置いてください。
今日からできること
大動脈解離そのものを確実に防ぐ方法は確立されていません[1]。しかし、ここまで見てきた危険因子をふまえると、次のことは今日から始められます。
- 血圧を知り、管理する。 解離を起こした人の8割に高血圧の合併があり、高血圧は対策できる危険因子とされています[1]。すでに降圧薬を処方されている人は、自己判断で中断しないでください。
- 瞬間的に強い力を入れる運動には注意する。 重量挙げのような運動では血圧が300mmHgを超えることがあると報告されています[1]。持病や家族歴が心配な人は、運動の強度について主治医に相談してください。
- 家族にマルファン症候群や大動脈の病気の人がいないか確認する。 遺伝性結合織疾患がある場合、より若い年代からの注意が必要です[1]。
- 「引き裂かれるような」突然の痛みを覚えておく。 この特徴的な痛みが自分や家族に起きたときに、すぐ119番という判断につながります[1]。
- 「前兆を待ってから動く」という考え方をやめる。 見分けられる前兆がない以上、危険因子の管理と発症時の即断こそが、この病気に対してできる現実的な備えです。
受診の際に医師に伝えると役立つ情報(印刷して持参できます)
- 痛みが始まった日時・場所(胸・背中・腹部など)
- 痛みの性質(引き裂かれるような/移動した/急に消えた、など)
- これまでに指摘されたことのある病気(高血圧・マルファン症候群など結合織の病気の家族歴)
- 現在飲んでいる薬(降圧薬など)
- 意識が遠のいた・手足が動かしにくいなどの症状があったか
- 妊娠中・産後である場合はその旨
- 血縁者に大動脈解離やマルファン症候群と診断された人がいるか
- ふだんの血圧の記録(お薬手帳や血圧手帳があれば持参)
発症の季節や曜日による違いについては、報告ごとに結果が分かれており、現時点で確定的な結論は出ていません[1]。また、MSDマニュアルなど一部の医療情報サイトについては、今回の作成時点で該当ページを直接確認できなかったため、本記事では引用していません。国際的なガイドライン(欧州循環器学会や米国心臓病学会のもの)との詳細な比較についても、今回一次資料まで確認できた範囲にとどめており、すべての項目を網羅した比較にはなっていません。
更新日:2026年7月26日。本記事の内容に誤りや古い情報を見つけた場合は、お問い合わせフォームからお知らせください。事実関係を確認のうえ、訂正いたします。
よくある質問
大動脈解離の痛みはどこに出ますか?
何科を受診すればよいですか?
退院後、血圧はどのくらいを目標にすればよいですか?
参考文献
- 日本循環器学会・日本心臓血管外科学会「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」2020年 https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf
- 日本血管外科学会雑誌「2020年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン―疫学・病理・定義・診断・検査―」2021年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsvs/30/4/30_21-00033/_pdf
- 日本血管外科学会雑誌「2020年改訂版大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン―胸部・解離―」2021年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsvs/30/4/30_21-00034/_pdf
- 社会福祉法人恩賜財団済生会「大動脈解離(だいどうみゃくかいり)とは」 https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/aortic_dissection/
- 名古屋大学大学院医学系研究科 血管外科学「大動脈解離」 https://vascsurg.jp/treatment/aor_dissection.php
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